現行犯逮捕をめぐる主な論点|逮捕の必要性・判断資料・準現行犯の整理を解説
現行犯逮捕は、令状主義の例外として、目の前で犯罪が行われた場合に、逮捕が可能とされる制度です。
しかし、実際には「逮捕の必要性はあるといえるのか」「現行犯といえる判断資料は何か」など、現場や法廷で争点となることが少なくありません。
これらは現場対応だけでなく、後の違法逮捕・勾留請求却下などの判断にも関わる重要な論点です。
本記事では、現行犯逮捕・準現行犯逮捕をめぐる主な論点と、裁判例・弁護上の留意点を整理します。
※ 本記事は公開時点の情報を基にしています。
※ 一般的な実務上の運用などをご紹介するもので、全てに賛同しているわけではありません。
1 現行犯逮捕における必要性の要否
現行犯逮捕においても、通常逮捕と同様に「逮捕の必要性」(被疑者が逃亡するおそれ、または罪証を隠滅するおそれ)が要件として必要か、という論点があります。
(1) 通常逮捕との比較
通常逮捕の場合には、条文上、逮捕の必要性が要件とされています。
刑事訴訟規則を根拠に、逮捕の必要性とは、逃亡の恐れと罪証隠滅のおそれを指すのが一般的とされています。
現行犯逮捕の場合にはそのような規定がありませんので論点とされてきました。
刑事訴訟法 第199条
1 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、30万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、2万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。
2 裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。次項及び第201条の2第1項において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。ただし、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。
3 検察官又は司法警察員は、第1項の逮捕状を請求する場合において、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があったときは、その旨を裁判所に通知しなければならない。
刑事訴訟規則 第143条の3
逮捕状の請求を受けた裁判官は、逮捕の理由があると認める場合に おいても、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、 被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がな いと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない。
(2) 裁判例の状況
裁判例の多くは、現行犯逮捕も逮捕の必要性を要するとする積極説を採用しています。
- 積極説の裁判例
- 逮捕の必要性を要件と肯定し、「逃亡するおそれ又は罪証を隠滅するおそれが存在すること」を指すと解すべきであるとした例(東京高判平21.1.20 LEX/DB)。
- 逮捕の必要性を欠いたとして、国家賠償請求が争われた事案で、現行犯逮捕も逮捕の必要性を要件とする旨を示した例(大阪高判昭60.12.18判タ600号98頁)。
- 消極説の裁判例
- 一方、現行犯は犯罪の明白性が高いため、逮捕の必要性の有無を問題にする余地はないとする消極説をとる裁判例もあります(東京高判昭41.1.27下刑集20巻6号707頁)。
- なお、この裁判例は、「仮に逮捕の必要性の有無が問題になりうるとしても,その程度は刑事訴訟規則第143条の3の規定よりはるかに寛やかに解すべき」としました。
- 一方、現行犯は犯罪の明白性が高いため、逮捕の必要性の有無を問題にする余地はないとする消極説をとる裁判例もあります(東京高判昭41.1.27下刑集20巻6号707頁)。
(3) 有力な見解
・ 必要性の要否
- 令状主義の例外として、現行犯逮捕が許容される趣旨は、犯罪及び犯人が明白であり過誤の恐れが少ないこと、犯行直後の状況では、直ちに逮捕しなければ犯人が逃亡する恐れがあるなど令状を取っている余裕がないなど、迅速な処理を要する緊急性があることに求められます。
- 逆にそのような緊急性が認められないケースもあるように思います。
- また、現行犯逮捕は身体の自由に対する重大な制約であるため、憲法33条の人身の自由の要請から、謙抑的であるように思います。
- したがって、現行犯逮捕においても逮捕の必要性はあると考えるべきです。
- 逮捕の必要性も要件として必要であるとするのが多数説・有力な見解のようです。
・ 必要性の程度
- 逮捕の必要性の程度については、事実上問題とならない、一般的に「その存在が推定されている」という見解もあるようです。
- 既に挙げた、東京高判昭41.1.27下刑集20巻6号707頁も、「その程度は寛やかに解すべき」としています。
- もっとも、逮捕が身体の自由に対する重大な制約であることを踏まえると、通常逮捕と比較して緩やかに解する理由はなく、同様の逃亡または罪証隠滅のおそれが要求されるべきです。
- 現行犯逮捕であっても、被疑者の身元が判明しており、逃亡や罪証隠滅のおそれが全くない場合かなど、逮捕が違法なものと言えるか、チェックする必要があります。
- なお、準現行犯の場合にも、同様の議論が当てはまるように思います。
2 現行犯の判断資料
(1) 現行犯人である旨の認定について
- 逮捕当時の状況について、客観的、合理的に判断すれば足りるとされています(最決昭和41.4.14判時449号64頁)。
- この見解によれば、必ずしも逮捕者が犯行そのものを現認する必要がないということになります。
- 逮捕時の状況から、認めたことが客観的に正当であれば、後日の資料により逮捕が違法となるものではないとされています(大阪高判昭和28.10.1高集6.11.1497など)。
- 急迫した状況判断であるため、特定の構成要件に該当するか、違法、有責であるか、厳格な判断を要するものではないという考えが有力です(東京高判平成3.5.9判時1394.70)。
(2) 現行犯の認定は一般人が直接認識し得る資料に限られるか
・ 厳格な見解(外観上明白説)
- 逮捕の根拠である罪証は外観上明白でなければならず、一般人が直接覚知し得るものに限るべきだという有力な考え方があります。
- 厳格説を支持する裁判例
- 機械による速度測定に基づく速度違反の現行犯逮捕は、現行犯に当たらないとされました(大森簡判昭40・4・5)。
・ 緩和された見解(逮捕者の合理的判断説)
- 逮捕者が、犯人であることを誤りなく判断できる状況にあればよく、一般人が認識できる場合に限定する必要はないとされます。
- 緩和説を支持する裁判例
- 速度測定による速度違反につき、上告審では、取締りにあたった警察官に犯人であることが明白であれば足り、一般人が明白な状況がなくても現行犯人ではないとする理由はないと判断されました(東京高判昭41・1・27)。
・ 専門的知識・事前資料に基づく逮捕
- 逮捕者の特殊な技術や経験に基づく逮捕(例:スリ犯人の逮捕、飲酒検知管を使用した道交法違反者の逮捕)であっても、犯人であることが明白でないとは言えないという考えが有力です。
- また、事前に収集した資料(内偵、張込み等による知識)を用いることができるのは当然とされています。
- 事前内偵の裁判例
- 競馬の呑み行為のように隠密の中に行われる犯罪においては、内偵や張り込み等で得た知識により、一般人が知れば現行犯人と考える状況にあれば、現行犯人として逮捕できるとされました(東京高判昭41・6・28)。
(3) 供述証拠の現行犯人認定への利用
警察官が現場に駆けつけた際、被害者や目撃者の供述、または被疑者の自白といった供述証拠を、現行犯人であることの「明白性」の判断材料としてどこまで利用できるか、という点も問題になります。
・ 判断資料を限定する立場
- 逮捕者(警察官)が直接覚知した現場の客観的状況のみに判断資料を限定すべきであり、供述証拠によって初めて犯人だと分かった場合は、現行犯逮捕は許されないとする見解があります。
- 裁判例
- 被害者からの犯人特定供述のみに頼り、外見上犯罪の証跡がない者を逮捕した事案について、現行犯逮捕の実体的な要件が具備されていないとして違法と判断した例(東京地決昭44.11.5判時629号103頁)。
・ 総合的に判断する立場
- 逮捕者が現場で犯人の明白性を判断するにあたり、被害者の通報や目撃者の供述、自供なども諸般の状況の一つとして総合的に考慮して判断するのが通常であり、供述証拠を全く考慮しないとするのは非現実的であるとされます。
- この立場では、供述証拠も他の判断資料と同様に総合的に判断する資料の一つとして用いてよいと解するのが妥当とされています。
- このような見解であっても、供述に信用性が十分にあると判断された場合に限られるように思います。
- なお、補助的な資料として供述証拠を利用できるとする見解もあります。
・ 私人逮捕の代行構成
- 被害者や目撃者といった「私人」が逮捕権を有している場合、警察官がその私人の逮捕行為を代行し、または協力するものとして、警察官による逮捕を適法とする法律構成も存在します。
- この場合、明白性判断の主体は私人であるため、警察官の明白性は問われないとされています。
- 裁判例
- 強制わいせつ事件で、被害者の父親が被害者に協力する形で犯人を逮捕した事案について、父親が被害者に代わって逮捕という実力行動に出たものであり、実質的な逮捕者は父親と被害者であるとして、現行犯逮捕の要件を満たすとして適法と判断しました(東京高判平17.11.16東高時報56巻1-12号85頁)。
3 準現行犯の判断資料
- 「罪を行い終ってから間がないと明らかに認められる」こと、刑事訴訟法212条2項各号の要件が満たされていることが必要です。
第212条(現行犯人・準現行犯人)
1 現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者を現行犯人とする。
2 左の各号の一にあたる者が、罪を行い終ってから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。
➀犯人として追呼されているとき。
②贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
③身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
④誰何されて逃走しようとするとき。
- 「罪を行い終ってから間がないと明らかに認められる」という文言から、逮捕者に直接覚知し得るものだけではなく、他の証拠と相まって認定されれば足りるという見解が有力です。
- 現行犯の「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った」という要件と異なり、刑事訴訟法212条2項各号の要件だけでは犯罪を犯したか、犯罪が行われて間がないかが必ずしも明らかにならないことが多いと考えられ、法律自体が他の証拠を準現行犯認定の資料として用いることを予定しているという点を根拠としています。
- 例として「誰何されて逃走しようとするとき」は、何らかの犯罪を犯したのではないかという合理的な疑いが生ずるにとどまり、犯罪の内容や時間的接着性は他の資料によらなければ判断できないということが挙げられています。
- 現行犯の「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った」という要件と異なり、刑事訴訟法212条2項各号の要件だけでは犯罪を犯したか、犯罪が行われて間がないかが必ずしも明らかにならないことが多いと考えられ、法律自体が他の証拠を準現行犯認定の資料として用いることを予定しているという点を根拠としています。
- 被疑者を職務質問し、被疑者の供述により、「罪を行い終ってから間がないと明らかに認められる」かは、消極的な見解が有力です。
4 共犯者の現行犯逮捕
現行犯逮捕の対象となる「罪」は、実行正犯(狭義の実行行為を行った者)に限定されるか、という点も論点となります。
(1) 通説・実務の立場
- 現行犯逮捕は、「罪を行う」という文言で何らの限定も付していないことからしても、実行正犯に限定されず、修正された構成要件ともいわれる、共謀共同正犯1、教唆犯2、幇助犯3なども広くその対象となるとするのが通説・実務の立場とされています。
- 実行行為について、「現に罪を行い又は現に罪を行い終わった」という要件が備わっている必要があると考えられています。
(2) 教唆犯・幇助犯
- 教唆犯や幇助犯の場合、実行行為に加え、教唆行為や幇助行為自体の現行犯性が認められる場合に現行犯逮捕が可能と考えられています。
(3) 共謀共同正犯
- 共謀共同正犯は、共謀のみに関与した者は、実行行為自体を行わず、共謀自体も実行行為とは言い難いため、問題になり得ます。
- もっとも、共謀の現行犯性は実行行為の際には常に存在することなどから、共謀自体が現認される必要はなく、共犯者による実行行為の現行性があれば足りると解されています。
- ただし、共謀の存在を認定するために、現場での状況証拠(例:見張り行為やガード行為など、現場の状況から共謀に加わっていることが明らかな場合)が必要とされます。
- 裁判例
- 集団の行動から、異なるセクト間でも相互に支援し合う黙示の共謀が状況的に認定され、逮捕を是認した事例(東京高判昭57.3.8高刑速昭和57年145頁、いわゆるアスパック事件)。
- 事前に計画された組織的襲撃事件において、武装開始前の段階で現場に向かっていた共謀共同正犯者を現行犯逮捕した事例(東京地判昭63.3.17判タ671号253頁、浅草橋駅襲撃事件)。
5 まとめ
現行犯逮捕は、形式的には「令状不要」であっても、身体拘束を伴う重大な処分であり、常に慎重な要件判断が求められます。
逮捕の必要性、判断資料の範囲、供述証拠の扱いなどは、弁護実務で違法性を争う上でも重要なチェックポイントです。
事案ごとに、裁判例や憲法上の要請を踏まえた丁寧な検討が欠かせません。
6 他の記事など
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