【事例】試験観察中の補導委託先からの無断退去等により少年院送致(東京高裁令3年9月6日決定)
事例ポイント
傷害事件(被害者を引き倒して腹部を踏みつけるなどにより腹部挫傷等の傷害を負わせた事案)において、非行歴も家裁係属歴もない少年に対し、身柄付補導委託の試験観察を行うこととなりました。
しかし、試験観察中に補導委託先から無断退去し、不良交友に居場所を求めたこと等を指摘し、第1種少年院送致となりました。
(ポイント✍)
本件非行自体もさほど犯情が悪いものではなく、かつ、試験観察中に再非行はないこと等を考慮しても、補導委託先から無断退去したという遵守事項違反により少年院送致決定をした事案として、少年の環境整備の重要性が分かる参考事例です。
【参考】 「試験観察」とは?少年・保護者や付添人(弁護士)は何をするか?
【事案の概要】
少年が、駅前デッキ上りエスカレーター上において、被害者に対し、その方に手を回し前方に押し倒すなどの暴行を加えた後、同デッキ上において、同人の首に腕を回し引き倒した上、腹部等を踏みつけるなどの暴行を加え、よって、同人に対し、加療約10日間を要する見込みの全身打撲、頚椎捻挫、腹部挫傷等の傷害を負わせたという事案。
【決定の要旨】
少年は、幼少期から保護者の安定した監護下に置かれたことがほとんどなく、施設で暮らすことが多かった。
少年には、本件以前に非行歴も家裁係属歴もないが、本件非行当時、家庭や施設に寄り付かず、さらには○○市にある暴力団関係者のもとに出入りするなど生活環境が芳しくなく、少年院送致決定が想定されるほど要保護性が高い状況であった。
そこで、原審裁判所は、令和3年△月×日の審判期日において、少年に対し、身柄付補導委託の方法による試験観察を行う旨決定し、併せて試験観察中の遵守事項として、家庭裁判所調査官及び受託者の指導に従うこと、再非行をしないこと、委託先から退去、逃亡しないことなどを定めた。
少年は、同日より、委託先に住み込み勤務を開始した。
もっとも、少年は、同月×日頃、路上で、かつてトラブルになった暴走族関係者と遭遇し、委託先の住所等を知られてしまったなどとして、これ以上委託先にとどまると何をされるか分からないとの恐怖心から、誰にも伝えることなく委託先を抜け出した。
その後、少年は、○○市にある知人宅や○○県にある養父宅等を転々とし、最終的には先輩から紹介されたという○○市にある○○会社で住み込み就労することが同月×日に決まったというが、前記○○会社と反社会的勢力との関わりや経営者の素性等については定かでない。
鑑別結果通知書によれば,少年の知的能力は低く、基礎的な学習を十分に受けてこなかったようであり、また、不遇な成育歴からくる劣等感や愛情欲求が少年の心の根底にはあると考えられる。
2 保護環境等
少年の母親は、同人自身が安定した社会生活を送るだけの能力に欠けており、これまで少年を適切に監護したことはなく、少年を引き取り監護する意思を有していないなど監督者としての適格性に欠ける。そのほか社会内に適切な監督者も見当たらない。
3 まとめ
少年は、試験観察決定後、再非行という遵守事項違反こそないものの、わずかな期間で補導委託先を無断で退去し、以後、居所を転々として不安定な生活を続けており、本件非行当時と同様の極めて不安定な生活状況に戻ってしまっている。
少年自身は何とか仕事をしなければならないという意図はあったものの、家庭裁判所調査官に事前に相談することもなくほとんど独断で行動しており、精神面の幼さや社会性の未熟さが如実に表れている。
したがって、現在少年の置かれた状況は極めて不安定であり、さりとてこれ以上少年に対して社会内で適切な保護環境を確保することは不可能である。
こうした不安定な状況下では少年による再非行を強く懸念せざるを得ない。
そうすると、本件非行自体さほど犯情が悪いものではなく、少年に保護処分歴がないことなどの事情を考慮しても、少年の要保護性は極めて高く,直ちに少年院に収容した上で情緒面を安定させつつ、健全な社会規範を身に付けさせるほかない。
抗告趣意に対する判断
以上の原決定の説示は、本件非行に関する記録、鑑別結果及び調査結果等に照らして不合理なところはなく、少年の非行性や問題点、保護環境の判断及び処遇の選択等において不合理、不当な点はない。
問題なのは、少年は、当時試験観察中であり、家庭裁判所調査官や受託者の指導に従うという約束があったのに、これらの者や警察等に相談して、目の前の困難について適切に解決する方法を考えることなく、委託先を無断退去し、その後も、家庭裁判所調査官に身元や連絡先を伝えることができない先輩のところに身を寄せたり連絡を取ったりして、不良交友に居場所を求めた点である。
【メモ】
試験観察は少年を「試す」ものであるから、重大な再非行に及ぶような事態がなければ、例えば、補導委託先から逃走するような「失敗」が生じたとしても、それはある程度やむを得ない事態であろうし、裁判官や調査官はそのようなリスクを一定程度織り込みながら、適切な処遇選択を見極めるために試験観察を行うことも多いとも考えられます。
しかし、少年の要保護性の高さは、家庭や施設に寄り付かず、暴力団関係者のもとに出入りするなど生活環境が芳しくないなどの点にあったものと考えられます。
そのため、試験観察を通して、正にその点に関する事情として、少年の不良交友に対する問題意識の歪みや、少年の公的機関に対する姿勢の問題等が鮮明になったといえ、補導委託先からの無断退去をもって、一過性の失敗とみることは相当ではないと判断されました。