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【事例】犯行時15歳の被告人の殺人罪等について少年法55条移送意見を排斥した(福岡地判令4年7月25日)

✍ 保護処分にする社会的許容性がないとされた事例

家庭裁判所から検察官送致(刑事事件)された事件においては、弁護人は少年法55条の適用を主張し、刑事手続(刑事罰)ではなく、保護処分(少年院等)による矯正教育を主張することがあります。

55条移送については、保護処分の有効性(可能性)社会的許容性の2つの観点から判断する裁判例が多くあります。

本件は、有効性(可能性)を肯定しつつ、社会的許容性がないとして、55条による移送を認めませんでした。

【事例】

被告人(犯行当時15歳)は、福岡市の商業施設において、包丁を万引きしたうえで、見ず知らずの女性らを見かけ、性的な興味を抱いたことから女子トイレに入った後をつけていきました。
女子トイレに入った後、被告人が包丁を持っているのを見た被害者より自首するよう諭されたことなどに逆上し、殺意をもって、同人の頚部等を万引きした包丁で多数回突き刺しなどして、被害者を頚部の刺創に基づく出血性ショックにより死亡させました。
被告人はその後の逃走中に、6歳の子を人質にしようと、母親に対して包丁を突きつけ、同人の生命、身体に危害を加えかねない気勢を示して脅迫しました。

【判決】

被告人を懲役10年以上15年以下に処する。

保護処分の可能性

1 被告人については、第3種少年院において、これまで行われた形跡のない治療的養育と心理・精神療法、認知行動療法を行うことによって更生する余地は残されているといえるが、「被告人は、……小学生の時期から長期間複数の施設や少年院で処遇を受けたにもかかわらず、粗暴傾向が改善されないまま、粗暴な行為等を繰り返し……、少年院仮退院からわずか二日後に殺人のような残虐な事件を引き起こしており、……事件後2年近く経過した現在でも、法廷で事件や被害者、遺族らと向き合い反省する姿勢を見せておらず、親権者である母親は、被告人の更生に協力する姿勢を見せていない。これらの事情からすると、……被告人が保護処分によって更生する可能性が高いと見ることは困難である。」
2 被告人の殺人の犯行は、「通り魔的に行った極めて残虐な犯行であり、被害者の尊い生命を奪うという重大な結果を生じさせて」おり、「いずれも身勝手な欲求から、全く落ち度がない被害者らに対して行った非常に凶悪な犯行であり、社会に与えた影響も大きい」。「被告人には、他者と円滑に接することができず短絡的に暴力に訴えようとする点や、共感性、罪悪感を欠いている点など、同年代の少年と比べてもより人格的に未熟な面が……本件犯行に影響を及ぼしていたことは否定できず……そのような未熟さの背景には、家族から種々の虐待を受けたという、被告人の責任ではない成育歴、家庭環境の影響があることも認められるが、本件は、……見ず知らずの被害者に対する通り魔的な犯行であって、小学5年生以降の施設等に入所の成育歴の影響を考慮することにも限界がある。」、「非常に残虐、凶悪な犯行によって、各被害者らに激しい恐怖心を与え、……社会も大きく動揺させた被告人が、その人格的な未熟さや成育歴等を理由に保護処分を受けることは、社会的に許容し難く、」、「被告人には保護処分相当性がないと認められるから、本件を家庭裁判所に移送することはできない。」と判示しました。

量刑の理由

刑の公平性の観点から同種事案(犯行時18歳以下の少年が犯した殺人事件1件のもの)の量刑傾向に照らして検討すると、本件は、被告人に対して無期懲役刑や定期刑を科するには至らないものの、同種事案の中で非常に重い部類に属する。
したがって、法定の上限の期間を長期とする不定期刑を科することは、判示第3(脅迫)の被害者との間で示談が成立したことなど被告人のために酌むべき事情を考慮しても、まことにやむを得ない。
また、被告人が、これまで複数の施設や少年院に入所したにもかかわらず、保護観察期間中に更生保護施設から脱走し、少年院を仮退院したわずか二日後に本件犯行に及んでいること、法廷で一応事実を認めたとはいえ反省や謝罪の態度が見られないことも考慮すると、現時点では再犯のおそれが大きいといわざるを得ない。
確かに、被告人は未だ17歳と若年であるし、被告人と事件後1年以上文通を続けている人物は、法廷でも被告人の更生を願って支援を続ける旨を述べている。
そのため、被告人が、今後、賞罰の明確な刑務所内で正しい生活習慣と社会のルールを身に付けるとともに、信頼できる人間関係を構築していくことで、自らを省みて事件や被害者らと向き合い更生することも、全く不可能なわけではないと考えられる。
しかし、被告人の根深い問題の改善には相当の長期間を要するといえるから、不定期刑の短期も、法定の上限の期間を定める必要がある。

【メモ】

判決は、少年法55条について、以下のように判断しています。

少年法55条の保護処分に付すために移送すべきかどうかについて、本件の判決では、保護処分の有効性(可能性)は肯定しましたが、保護処分の社会的許容性は否定しました。
被告人の暴力行為の背景には、父親の兄に対する暴力や兄の被告人に対する暴力(日常化した家庭内の暴力)や、母親によるネグレクト、性的ネグレクト、並びに「死ねばいい」と言われるなどの精神的虐待という成育環境に由来する。
そのため、少年院において、治療的養育、心理・精神療法、認知行動療法を行うことで、成育歴による問題を改善し、更生する余地があるとしました。
しかし、全く落ち度のない被害者らに対する非常に凶悪な犯行、社会に与えた影響も大きい。
虐待を加えた相手ではなく、見ず知らずの被害者に対する通り魔的な犯行。
小学5年生以降は家族と離れて虐待を受けることのない施設等に入所していた事実からは、人格的未熟さや成育歴等を理由に          保護処分を受けることは、社会的に許容し難いと判断しました。

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