暴行を加え現金を脅し取った事案で、少年院送致が取り消された事例
被害者が少年の交際相手との性交渉を目的として連絡を取ったと考えて立腹し、暴行を加えて、現金を脅し取った事件について、原審家庭裁判所は少年院送致と判断し、東京高裁(本件決定)はこれを取り消しました。
少年院送致されるかの、限界事例の1つの参考として紹介します。
1 事案の概要(東京高裁令和元年8月28日決定)
少年は、被害者が少年の交際相手との性交渉を目的としてSNSで連絡を取ったと考えて立腹し、被害者から現金を脅し取ろうと考え、共犯少年ら3名と共謀して、被害者を殴る、蹴るなどする暴行を加えて怖がらせ、現金約9,000円を脅し取り、さらに、被害者の頭部、腹部、胸部等を足蹴りするなどの暴行を加え、一連の暴行によって、被害者に加療約1週間を要する左大腿部打撲傷等の傷害を負わせました。
2 裁判所の判断
1 原審家庭裁判所の判断(第1種少年院送致+短期処遇勧告)
本件犯行は、短絡的かつ自己中心的で、動機に酌むべき点が見当たらない。
共犯少年ら3名とともに、一方的に危険性の高い態様の行為に及び、被害者は軽微とはいえない傷害を負った。
被害者は上半身裸で土下座を強いられ、これを撮影されて強い精神的苦痛を感じた。
被害金額は、高校生の被害者にとって比較的多額で、財産面でも結果は相応に重い。
以上によれば、本件非行は相応に重大で、少年の非行性の高さや非行への親和性の高さがうかがえる。
少年の補導歴や、少年が窃盗や道路交通法違反にも複数回及んでいることを踏まえると、規範意識は相当程度鈍麻している。
少年は、高校2年時に部活動を辞めた後に不良交友を拡大し、不良行為に及ぶことで承認欲求を満たしていったことがうかがえ、こうした状況の下で非行性が急速に進化していったとみられる。
その非行傾向が根深いものとまでは認められないが、少年に本件非行の悪質性や責任を自覚させた上、非行の原因となった価値観を改めさせるとともに、適切な自己実現の在り方等を指導する必要がある。
少年の両親は、本件非行を含む少年の非行性について気付くことができず、今後の指導監督の意向を踏まえても、家庭での監護において、教育、指導が十分果たされるとはいい難い。
以上の諸事情を考慮すれば、少年を施設に収容し、内省を深めて健全な価値観の習得や、感情統制能力の涵養を図るとともに、いったん生活地域との関係を切って健全な交友関係の構築を図ることが必要であるが、少年に保護処分歴がないこと、理解力の高さがうかがえること等に鑑みると、短期間の集中的な指導で所期の目的を達しうると考えられるから、短期間の処遇勧告を付するのが相当である。
2 東京高裁の判断(少年院送致を取り消し)
原決定が、本件非行が相応に重大で、少年の非行性の高さがうかがえると説示する点は概ね妥当である。
しかし、被害者の傷害は、腫れや変色、内出血にとどまり、被害金額も少額とはいえないにしても、客観的に見て多額とはいえない上、被害者との間で50万円を支払う旨の示談が成立している。
暴行の危険性、態様の悪さ、被害者の精神的苦痛等は考慮すべき事情であるが、生じた結果の大きさを踏まえて、付加して考慮されるべきものである。
そうすると、本件非行が相当に重大であるとしても、極めて悪質であるとはいえず、そこからうかがえる少年の非行性も極めて高いものとはいえない。
原決定が、本件非行の内容や重大性に照らして、少年の非行への親和性の高さがうかがえるとする点については、本件の1回の非行から、直ちに一般的な非行への親和性がうかがえるとはいい難い。
また、補導歴等から、少年の規範意識が相当程度鈍麻しているとする点については、補導歴は喫煙や深夜徘徊の程度にとどまり、件数も多数とはいえない上、窃盗や道路交通法違反も少年の供述からうかがえるものにすぎず、本件非行の際に行ったもの以外にも若干あるという程度であるから、非行への親和性を十分に根拠づけるものとはいい難い。
原決定が、少年の非行性が急速に進んだものの、いまだ非行傾向は根深くないとする点、少年の価値観を改めさせ、適切な自己実現の在り方等を指導する必要があるという点を説示する部分に誤りはない。
原決定が、少年の家庭での監護において、教育、指導が十分果たされるとはいい難いとする点については、社会調査において、監護が甘くなりがちであったとの指摘があるものの、家庭環境や家族関係等についての特段の問題点は指摘されておらず、保護者の監護意欲が残されており、これまでの監護の在り方を反省し、今後の監護を強化していく意向であることが指摘されている。
また、50万円の示談金を少年の保護者を含む3家族で分担し、少年の保護者が17万円を負担していることは、保護者が被害回復に向けて積極的に対応する姿勢を有していることをうかがわせる。
そうすると、家庭の教育、指導についての原決定の説示は是認できない。
以上によれば、本件非行は、相当に重大であるとしても、極めて悪質なものとはいい難く、少年の非行性も、急速に進行してきたが、いまだ進んだものではなく、それほど根深いものではない。
少年の家庭環境も、原決定が危惧するほど深刻とはいえない。
少年の知的能力に問題がなく、怠学や家庭からの逸脱がないこと、補導歴はあるが、家庭裁判所への係属歴はないこと、一連の手続を経て少年なりに反省の情を深めていることがうかがえることからすれば、要保護性が極めて高いとはいえない。
そうすると、これまで公的機関の指導を受けたことがない少年については、試験観察に付することを含め、在宅処遇の可能性を検討すべきであって、収容処遇しか選択の余地がないとはいえない。
少年に対し、健全な価値観の習得や感情統制能力の涵養を図る必要があるとしても、少年の非行性及び要保護性が直ちに少年院における矯正教育を必要とするような深刻なものであるとは認められないから、短期間の処遇勧告をしたことを考慮しても、原決定の処分は著しく不当である。
3 処遇選択についてのコメント
1 原審と東京高裁の違い
本件決定(東京高裁)は、原決定が認定する本件非行の重大性に関する部分は概ね妥当であると評価しましたが、傷害の程度、被害金額からして、本件非行が相当に重大であるとしても、極めて悪質とはいえず、そこからうかがえる少年の非行性も極めて高いとはいえないとしています。
2 処遇選択について
少年事件においては、非行事実と要保護性の関係から処遇が検討されます。
収容処遇を選択する場合には、それに相応する非行事実の重さや要保護性の高さが必要です。
家裁係属歴がない少年は、公的機関の系統的な指導を受けた経験がないから、最初から収容処遇を選択しなくても、他に有効な手段が選択できる可能性が高いです。
また、家庭や学校に定着しているか、仕事に就いているかなど、いわゆる「居場所」があるか否かは、在宅か収容かを決めるひとつのポイントです。
同様に、不良交友や不良集団からの隔離が必要かどうかも、在宅か収容かを決める観点です。
非行の原因に少年の知的能力や発達障害等が関係する場合で、これに対応できる有効な保護環境が乏しい場合には、在宅処遇が難しくなります。
被害弁償について
少年事件における被害弁償の位置付けは、成人の刑事事件とは異なり、これが直ちに処遇決定に影響しないことが多いといえるでしょう。
弁償するのはとりあえず親であることが多く、また、これによって少年の非行性や要保護性が変化するわけではないからです。
しかし、被害弁償について真摯に考え、これを実行しようとする保護者がいることは、少年の保護環境が良いと評価するひとつの事情となります。
本件決定は、これらの観点に照らし、原決定と判断を異にする点を指摘しています。