強制わいせつ事件の少年院送致が処分不当で取り消され保護観察となった事例
✍ 本件のポイント
少年が、①路上で、女児に対して、わいせつ行為をし、②その1ヵ月足らず後に、別の女児を追尾してマンション敷地内通路に侵入し、わいせつ行為をしようとしたが、抵抗をされて逃げられた、わいせつ未遂の事件です(①はわいせつ既遂、②は未遂)。
家庭裁判所(原審)は、少年を第1種少年送致の判断をしましたが、少年側が処分不当を理由に抗告を申立て、大阪高裁は少年側の抗告を認めました。
本件は、家庭裁判所(原審)の少年院送致の決定が取り消されて、再び家庭裁判所に審理が戻され、最終的には保護観察が確定しています。
保護観察と少年院送致との、限界事例の1つといえるでしょう。
1 事案の概要(大阪高裁平成27年10月8日決定)
本件は、少年が、路上で、当時○歳の原決定第1の被害者に対しわいせつな行為をし、その1か月足らず後に、わいせつな行為をする目的で当時○歳の原決定第2の被害者を追尾して、マンション敷地内通路に侵入し、同所において、同人に対しわいせつな行為をしようとしたが、抵抗を受け、発覚を恐れて逃走したため、その目的を遂げなかったという、強制わいせつ1件と住居侵入・強制わいせつ未遂1件です。
2 裁判所の判断
1 家庭裁判所(原審)の少年院送致とした判断
原決定は、①原決定第1の非行は、突然手を差し入れてわいせつな行為に及ぶという大胆な態様のもの、原決定第2の非行は、マンション敷地内まで被害者を追尾し、わいせつな行為に及ぼうとしたという執ような態様のもので、いずれも、性欲充足という身勝手な動機から女児を狙った卑劣な非行である。
②被害者らに与えた恐怖感等は大きく、被害感情も相応に厳しい、③本件各非行から、性非行への罪障感の薄さ、他人への共感性の乏しさといった少年の問題性がうかがわれる、④少年は、平成○年△月に成人女性の胸を触って○○児童相談所に通告されたことがあり、指導を受けるなどしていたが、平成○年に入ってから、本件各非行のほか、同年△月×日にも当時○歳の女児に対するわいせつ行為に及び、このほかにも同様のわいせつ行為に及んだことがある旨供述している。
⑤少年が性非行を繰り返す背景には、保護者に言われるがままに生活してきており、主体性等が育まれておらず、自分だけの世界に閉じこもりがちであるほか、内心では現状への漠然とした不満等をくすぶらせ、次第に他者の気持ちにも関心を払わなくなり、意のままにしやすいとみた年少者に対してわいせつ行為を反復するようになっており、周囲からの働き掛けに対して表面的には従いながら受け流すことが少なくないことなどといった根深い資質性格上の問題点があるとみられる。
⑥父母は、少年が過去に類似の行為をしたことを把握しながら、家族間の情緒的交流の乏しさなどから十分な指導監督ができなかった上、少年の問題点が根深いことなどからすれば、家庭の監護力には期待し難い。
⑦以上によれば、付添人の指摘する少年の反省等を考慮しても、少年に対しては、矯正教育を施し、内省を深めさせ、上記問題点を自覚、改善させて、性非行への罪障感、社会適応力等を涵養させる必要があるとして、少年を第1種少年院に送致することとした。
2 大阪高裁の判断
しかしながら、記録によれば、①及び③については、本件各非行は大胆かつ執ような非行ではあるものの、わいせつ行為そのものは、制服内に手を差し入れて女児の胸をなで回したり、女児の胸を触ろうと手を伸ばしたところ、両手をつかまれるなどの抵抗を受けたことから、逃走したという程度のものにとどまっており、少年において、胸を触る以上のわいせつ行為をしようとしていたとはうかがわれない。
また、本件各非行当時においては、少年の性非行に対する罪障感は薄かったといわざるを得ないが、少年が、本件各非行により初めて逮捕勾留され、更に観護措置に付されて、初めて家裁調査官や少年鑑別所技官の面接を受けるなどする過程で、自ずと性非行に対する罪障感を涵養しつつあるとうかがわれるのみならず、捜査の初期段階では事実を否認するなどしていたものの、本件各非行で逮捕勾留されてからは、素直に事実を認め、被害申告のないものを含めて余罪についても素直に供述し、被害者らに対して申し訳ないことをした、二度と同じことはしない旨供述するなど、反省の情を示すに至っていることも軽視できないと考えられる。
④については、少年は、中学○年生であった平成○年△月の事件がきっかけで上記児童相談所の助言指導を受けているが、その後約5年にわたり社会内で問題なく生活しており、上記わいせつ行為の際に在学していた中学校やその後に進学した高校においては、中学○年の際に1回遅刻したことを除いて遅刻等することなく6年間通学し続けているのであって、特に、高校からは、温厚な人物で、口数は多くないが、所属していた○○部の友人が多かったなどともみられていることなどからすれば、上記わいせつ行為と本件各非行とのつながりの有無、程度については慎重に評価する必要がある。
また、少年の供述を前提とすると、少年は、本件各非行以外にも、高校を卒業する頃から同様のわいせつ行為を複数回繰り返していたとうかがわれるが、必ずしも長期間にわたりわいせつ行為を反復していたとまではいえないのであって、高校卒業を控えた時期から大学に入学して間もなくの時期に本件各非行等が行われていることを考慮すると、進学時における生活環境や交友関係の変動の影響が少なくなかったとみる余地もある。
⑤については、確かに、少年は、高校進学や大学進学の際には、両親らと相談の上、自らの成績等も考慮して進学先を決めており、服装等にも頓着せず、母親の用意した服を着るなど、自己主張や物事に対するこだわりが強い方ではないと認められるものの、保護者に言われるがままに生活してきたとか、主体性に乏しいなどとまでいえるのかについては、いささか疑問が残る。
むしろ、少年が、上記④のとおり、平成○年に指導を受けてから約5年にわたり社会内で問題なく生活しており、本件まで家裁係属歴がなく、本件各非行に及んだ頃も、不良交遊や生活態度の崩れはなく、家庭を中心とした保護環境からの離反もなかったこと、捜査段階から大学への通学を継続する意欲を示していること、IQが120を超えているなど、知的能力に恵まれていること、上記のとおり、初めて逮捕勾留され、家裁調査官等の面接を受けるなどしたことを通じて、性非行に対する罪障感を涵養しつつあるとうかがわれることなども併せ考慮すれば、施設内処遇を必須とするほどの根深い資質性格上の問題点ないし性非行を繰り返す危険性が少年にあると断定するには、多分に疑問が残る。
⑥については、少年の父母の監護能力には十分でない点があるものの、少年は、○○である父とパートとして週○回ほど日中に稼働している母らと同居し、それなりに安定した監護環境の下で、上記④のとおり、約5年にわたり社会内で問題なく生活してきたこと、また、父母が、本件各非行により少年が逮捕勾留等されたことを契機として、リビングの書類を整理するなどして家庭内で会話をするための環境を整え、審判においても、少年と会話をするようにしたい旨供述するなど、改めて監護意欲を高めつつあるとうかがわれること、少年自身も、父母らと会話をするようにしたいなどと供述していることに鑑みると、保護者の監護能力に期待し難いとまではいえない。
以上によれば、少年に対しては、試験観察に付するなどして、社会内処遇による改善更生の可能性を見極める必要があり、この点を十分に検討することのないまま、直ちに少年を第1種少年院に送致することとした原決定の処分は重きに失し、著しく不当であるといわざるを得ない。
よって、少年法33条2項により原決定を取り消し、本件を大阪家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
3 少年事件の処分の決定(審判の対象)についてのコメント
1 少年審判の審理
少年事件の審判の対象は、非行事実と要保護性の双方と考えられています。
さらに、要保護性は、犯罪的危険性、矯正可能性、保護相当性によって構成されると考えられています。
非行事実が軽微であっても要保護性が高いことを理由に少年院送致決定をしたり、あるいは、要保護性が低くとも非行事実の重大性から少年院送致を決定するなど、このような要素を総合的に考慮して、少年の処分は決定されます。
大多数の決定例では、処遇の理由として、①非行事実の内容や軽重等、②少年の内面における資質上の問題点の有無及び程度等、③家庭、学校、勤務先や交友関係等の少年を取り巻く社会生活上の問題点の有無及び程度等を挙げたうえで、事案に応じて、これら諸事情のいずれに重点を置くべきかを検討して、具体的な処遇を決定しています。
2 本件における原審家庭裁判所と大阪高裁の判断の違い
以上のとおり、原決定と本件抗告審決定とは、①の非行事実の重さの程度についての見方を異にしているだけでなく、②の少年の資質上の問題点等について、過去の同様の行為をどの程度重視すべきであるのか、資質上の問題点が本当に根深いか否か、また、本件各非行の背景となっていると見るのか否か、といった点でも見方が異なったことから、結論を異にしたものと思われます。
大阪高裁の抗告審決定は、やや形式的な判断に流れた原決定に対し、非行事実や少年の実際の姿をより見極めて、慎重に吟味することを求めているものといえるでしょう。