少年院送致決定に対する抗告とは?認容事例と棄却事例をそれぞれ解説
-
少年院送致決定に対する抗告審の裁判では、どのような点が重視されますか?
-
少年院送致決定に対する抗告が認容されるには、原決定に「重大な事実の誤認」もしくは「処分の著しい不当」が認められなければなりません。
抗告が認容された裁判例を見ると、非行事実や少年の資質において原決定の判断が正しいといえるのか否かを詳細に検討しているのは当然のこと、少年を社会復帰させた場合に適切に監護できる環境が整っているのかという点が重視されています。
少年院送致とその他の保護処分を分ける決定的な違いは、社会内における更生が可能か否かです。
少年の社会内における更生を可能とするためには生活環境の整備が欠かせません。
その点で、少年の監護を担う保護者に求められる役割は非常に大きなものがあります。今回は、少年院送致決定に対する抗告申立事件についての概要を解説したうえで、抗告の認容事例と棄却事例を紹介します。
第1 少年院送致決定に対する抗告申立事件とは?
少年院送致を含む少年審判の保護処分決定に対しては、抗告による不服申立てができます(少年法32条)。
(抗告) 少年法第32条 保護処分の決定に対しては、決定に影響を及ぼす法令の違反、重大な事実の誤認又は処分の著しい不当を理由とするときに限り、少年、その法定代理人又は付添人から、二週間以内に、抗告をすることができる。ただし、付添人は、選任者である保護者の明示した意思に反して、抗告をすることができない。 【参照】少年法|e-Gov法令検索 |
抗告の理由は、次の3つに限られます。
- 決定に影響を及ぼす法令の違反
- 重大な事実の誤認
- 処分の著しい不当
少年院送致決定に対する抗告申立では、要保護性にかかわる「重大な事実の誤認」や保護処分のうち少年院送致を選択したことについての「処分の著しい不当」が問題となるケースが多いでしょう。
抗告には、保護処分決定を告知された日の翌日から2週間以内という期間制限があるため、抗告する場合は、早急に原決定の検討や被害者との示談、生活環境の整備などを進めていかなければなりません。
抗告の手続きについて詳しく知りたい方は、こちらの記事も併せてご覧ください。
第2 抗告が認容された事例集
ここでは、少年院送致決定に対する抗告申立が認容された事例を紹介します。
1 福岡高等裁判所決定令和3年1月7日
【事案の概要】 本件は、少年が共犯少年と共謀のうえ、歩道上において、少年が被害者の背部を飛び蹴りしてその場で転倒させるなどの暴行を加えてその犯行を抑圧し、共犯少年が現金や財布の入っている手提げバッグを奪い、その際、被害者に加療2週間を要する傷害を負わせた事案です。 【結論】 原決定を取り消す。 本件を福岡家庭裁判所小倉支部に差し戻す。 【取り消された原決定の判断とは、どのようなものか?】 本件非行は、暴行の態様が危険で、被害者の傷害の程度も軽くない。 少年の他人に対する防衛的な構え、承認欲求、落伍感等は、本件非行以前の数年にわたる経緯から醸成されたものであり、少年は、周囲に立ち遅れているという現実を受け入れることができていない。 他者を尊重する気持ちや健全な規範意識が身に付いていなければ、別の形で周囲を犯罪に巻き込むおそれもある。 少年の問題は根深く深刻である。 少年は、形式的に就労環境を整え、母親と同居すれば、一定期間生活を崩さないことが可能と思われるが、問題の根本的な解決には至らず、再非行に及ぶ危険性はなお否定できず、要保護性は高い。 したがって、少年が深く後悔、反省していること、両親が早期に被害者に謝罪して示談したこと、母親が監督を誓い、就労先のあっせんもしており、父親も少年に積極的に関わりたいと述べていることなどを考慮しても、少年を一定期間矯正施設に収容するのが相当である。 【抗告審の判断】 原決定は、少年を直ちに収容保護しなければ、少年を改善更生し、再非行を防止することができないことを説得的に説示しておらず、その判断を是認することはできない。 本件非行は、相当に悪質な対応で、自己の利益のために平気で他人に危害を加え、法を破るという少年の考え方、行動傾向が現れており、少年には猛省が求められる。 他方で、少年は、教師に対する暴行で不処分となった非行歴があるが、そのほかに本件までに非行に及んだことはない。 少年は、職を転々としており、本件非行当時は勤務が減っていたが、これは派遣先の閉業や交際相手と別れたことが影響してのものである。少年には、特段の不良交友はみられない。 少年の生活歴をみると、少年は非行を反復してきたわけではないし、非行の温床となるほどの不良交友や生活の乱れがあったともいえないのであって、直ちにその非行性が強く懸念される状況にあるといえるかは疑問である。 原決定の指摘する少年の資質上の問題が、非行リスクという観点からみて、原決定のいうほど根深く深刻なものであるかは疑問であり、むしろ、少年が、中学校卒業後それなりに就労を続けていたことや、本件非行後、生活を崩すことなく、再非行に及ぶこともなかったことは、自力による問題改善の余地があることを示している。 少年は本件非行を反省し、今後についても見通しの甘さはあるかもしれないが、更生に向けた意欲を示している。 少年の母親は、これまで少年を放任してきた面があり、適切な観護がされるかには不安もある。 しかし、母子関係に大きな問題はなく、母親は被害弁償を行い、知人に少年の雇用を頼むなど、保護者として適切な対処もしている。 父親も少年の更生に協力する意向を示しており、少年に対する保護環境が整っていないとはいえない。 以上によれば、これまで保護処分を受けたことのない少年については、母親の下で生活し、少年の受入れを表明している雇用主の下で仕事をしながら、社会内処遇によりその改善更生を図る余地もあるというべきであり、試験観察に付することを含め在宅処遇の可能性を慎重に検討することなく、直ちに少年を少年院に送致した原決定の処分は著しく不当であるといわざるを得ない。 |
本件では、決定に影響を及ぼす法令の違反や重大な事実の誤認はなく、処分の著しい不当があるか否かという点での検討が行われています。
本件の少年には保護処分歴がなく、最初の保護処分で少年院送致を選択するには、「少年を直ちに収容保護しなければ、少年を改善更生し、再非行を防止することができない」ことが必要です。
抗告審では、少年の生活歴や非行歴から少年の非行性を丁寧に認定したうえで、少年については、自力による問題改善の余地があると認定しています。
さらに、母親との関係や非行後の母親や父親の行動から、保護環境が整っていないとはいえないと認定しています。
少年院送致を避けるには、本人の資質はもちろんのこと、保護環境が整えられているのかも重要な要素となるでしょう。
2 大阪高等裁判所決定令和2年9月2日
【事案の概要】 本件は、少年が普通自動二輪車の無免許運転及び共同危険行為をした道路交通法違反保護事件において、原決定で少年院送致とされた事案です。 【結論】 原決定を取り消す。 本件を大阪家庭裁判所に差し戻す。 【取り消された原決定の判断とは?】 無免許運転は常習的なものであり、共同危険行為も常習的な集団暴走の一貫である。 少年の交通法規軽視の態度は甚だしく看過しがたい。 少年の問題性は、養育環境、不良交友、不適応体験等に起因した根深いものである。 少年の母親について、主体的かつ適切な指導ができるとの期待を寄せるのは難しく、ほかに少年を監護できる適切な親族等も見当たらず、有効な社会資源はない。 少年は、常習的な交通法規違反に及んだ原因に係る内省を深めて対策を講ずるには至っておらず、根深い問題性を自力で改善するのは困難であり、長期間の専門的指導による力強い支援が必要である。 【抗告審の判断】 少年は、当初は普通自動二輪車の運転免許を取得しようとしていたのであって、はじめから免許制度を無視しようとしていたわけではない。 本件共同危険行為を含め、少年が繰り返したとされる集団暴走は、夜遊びの延長上で始めるものであり、多いときでも10台前後が関与する規模にとどまり、暴走族等を結成のうえ、規模が大きい、または高速で危険性の程度が大きい暴走行為を繰り返す共同危険行為の類型などと比較してそれほどに反社会性が強い類型ではない。 集団暴走の先導役を少年が担ったことはなかったとうかがわれるのであって、少年自身にこの類型の非行に傾斜している節があるともいえない。 むしろ、思慮の浅い同年代の者らによく見られるとおりの、自尊心が育っていないがゆえに享楽的、発散的に規範を乗り越え、自己実現を補うかのように誇張した振る舞いをする行動傾向が現れた類型とみるのが相当である。 学生時の少年に係る周囲の評価には、心根の優しさを指摘し、また、指導に対しては素直に聞き入れる姿勢であったなどを指摘するものが認められ、人格のゆがみを指摘するものは見られない。 少年は、工場で働き、週5日の勤務を怠ることなく維持しており、逮捕までの約8か月間勤続していたと認められる。 勤務先は、社会復帰後の少年を再び雇用する姿勢にあると認められ、少年の勤務態度は良好であったことがうかがわれる。 少年については、自律の意識を保って苦労にも耐え、前向きな生活を送ろうとする姿勢が、年齢相応に一応根付きつつあったと評価できる。 少年の要保護性の改善を社会内で果たそうとする試みが可能かどうかが問題となり、有効な社会資源の有無に関し、少年の父母の監護に不足があったとし、現時点でその監護力に期待をすることはできない旨の原決定の評価は、その限りにおいては正当であると認められる。 しかし、少年の家庭では、異父次兄が家計を支え、幼少者の養育にも協力していることが認められ、異父次兄は、少年に稼働先を紹介して就業を維持させたと認められる。 原決定は、「少年を監護し得る適切な親族等は見当たらない」と指摘しているが、この異父次兄の存在を社会資源として適切に検討したのかどうかの点に疑問が残る。 原決定の少年は、常習的な交通法規違反に及んだ原因に係る内省を深めて対策を講ずるには至っておらず、根深い問題性を自力で改善するのは困難との指摘は、本件の調査及び審判において、関連する問いかけを受けた少年の応答が、芳しいものでなかったことを指すものと解される。 しかし、短期間の手続に現れる少年の受け答えから人格の深まりを探るのには限界がある。 少年について、言語による表現が苦手であるとの指摘があることも踏まえると、受け答えの点を重視し過ぎるのは相当でなく、むしろ、客観的な行動経過等に依拠して人物の評価を行う要請が働くといえる。 そして、客観的な考察に基づいてみるならば、厳格な処分が直ちに必要であるとの見立てをするのには疑問が残ると言わざるを得ない。 少年の抗告申立書は、少年が反省し、更生を誓っている状況下、その更生を導くことのできる社会資源の存在等の良好な見通しがあるにもかかわらず、十分に考慮しなかった原決定は不当であると論難する内容であって、これらの主張は受け入れられるべきものと考えられる。 |
本件における抗告審の判断では、非行事実について、その内容だけでなく非行に至る経緯や動機なども考慮したうえで、原決定が認定したほどに厳しい評価はできないとしています。
そのうえで、少年の社会内における更生の可能性を探り、異父次兄の存在に着目しています。
少年院送致を免れるには、社会復帰後における少年の生活環境の整備が重要です。
非行事実や少年の資質について原決定の認定が厳しすぎる場合であっても、少年を社会内に受け入れる社会資源がなければ、少年院送致の決定を覆すのは難しくなってしまうのです。
少年の保護者、付添人としては、非行事実の認定に誤りがない限り、少年を適切に監護するための環境をいかに整えるかが重要な活動となるでしょう。
3 東京高等裁判所決定令和2年4月2日
【事案の概要】 本件は、少年が交際相手である被害者(当時22歳)に対し、「俺がお前をぶっ殺すぞ」と言って、持っていた包丁を示して脅迫したという事案です。 【結論】 原決定を取り消す。 本件を水戸家庭裁判所に差し戻す。 【取り消された原決定の判断とは?】 本件非行の動機や経緯に酌量の余地があるとはいえず、被害者との示談が成立していることを考慮しても、本件非行は相応に悪質なものである。 少年は、異種前歴であるが、短期保護観察に付され、公的指導を受けたにもかかわらず、非行性が十分改善されないまま、本件に至ったのであり、少年の要保護性は相当に高い。 少年は、被害者の心情等を一切考慮することなく、自身が望む反応を得られなかったことに一方的に憤りを感じ、容易に刃物を持ち出して本件犯行に及んだものであり、少年の性格、行動傾向上の問題点が現実化したものといえる。 少年と同居する実母は、少年の問題点を踏まえた少年への指導、監護の方針について、思いが至っているとは言い難い。 他に少年に見るべき外的資源はない。 少年を少年院に送致し、強固な枠組みの中で集団生活を営ませ、適切な対人関係を構築する能力や、感情や行動の統制力を涵養し、健全な方法により葛藤やストレスを解消し得る能力を身に付けさせる必要がある。 【抗告審の判断】 本件非行に至る経緯を子細に見れば、「動機や経緯に酌量の余地があるとはいえない」と断じ得るかは疑問である。 本件は、少年が被害者との交際の復活を喜び、無理をしてプレゼントを準備してきたのに対し、被害者が良い反応を示さなかったことから、被害者の体調不良等に思い至らなかった少年が、被害者の対応に不満を募らせた結果、いさかいが生じ、被害者が何度も「死ね」という言葉を発したことに少年が逆上して本件に及んだとみることができる。 以上の経緯をみると、少年より4歳年上の成人である被害者の対応にも問題点が少なからずあるのであって、本件の動機や経緯に酌量の余地がないとはいえない。 少年は、再度異種の非行を行ったといえるものの、窃盗の非行傾向が改善されていないとはいえないから、非行の範囲が広がり、それが要保護性を高めるとの原決定の説示は相当ではない。 少年は、包丁を持ち出した点については、被害者を黙らせるために、暴力を振るうのはよくないから脅すという少年なりの理由を述べており、手段は不相当であるものの容易に刃物を持ち出したとは必ずしもいえず、少年の性格、行動傾向上の問題点が現実化したと評価するのはいささか飛躍がある。 経済的な困窮等もあって、実母が少年の指導、監護に十分に関わることができず、しつけや情緒面の関与が薄かったことや、本件に対する実母の受け止めの軽さはうかがえるものの、少年や姉が働いて家計に相応の金銭を入れるなどしていることからすれば、家族にまとまりがないという評価は当たらない。 実母は、示談金を一部立て替え、今後の対応についても引き受ける旨述べており、実母なりに考えて本件に対応しているといえる。 さらに、本件では少年の就労先について調査された形跡がうかがえない。少なくとも少年は、就労先になじんでいたことがうかがわれ、就労先があるにもかかわらず、みるべき外的資源がないとの評価には疑問がある。 以上によれば、本件非行に及んだ少年の動機等に酌量すべき点がないとはいえず、非行の態様についても、極めて悪質なものとはいえない。 また、要保護性の根拠として、少年による女性や親しい者への暴力の危険性が重視されているところ、少年の衝動性や身勝手さが改善されていないとしても、これが少年の暴力的な行動に結びつき、再非行に及ぶ可能性が十分な根拠の下で検討されたとはいえない。 原決定は、必ずしも認定の根拠が十分でない事実に基づく評価や、事実に基づく評価として不相当な内容を含む鑑別結果や調査を基に、少年に対して少年院送致決定をした疑いがあり、その処分は著しく不当であるといわざるを得ない。 |
抗告審の判断では、上記の内容に加え、原決定の論拠となる鑑別結果通知書や少年調査票の内容について、問題点を多く指摘しています。他の事例では、鑑別結果通知書や少年調査票の問題点を指摘するものは多くありません。
鑑別結果通知書や少年調査票に不相当な内容があれば、要保護性の判断にも悪影響を与えます。原決定の内容を検討する際には、非行事実や要保護性の前提事実についての判断は当然のこと、判断の前提となる鑑別結果通知書や少年調査票の内容にも着目すべきです。
第3 抗告が棄却された事例集
ここでは、少年院送致決定に対する抗告申立が棄却された事例を紹介します。
1 東京高等裁判所決定令和4年5月27日
【事案の概要】 本件は、少年が、かねてより少年を虐待してきた実母から逃れるため実母を殺害しようと考え、就寝中の実母に対し、頸部を包丁で1回突き刺したが、全治約3週間の頸部刺傷を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかったという事案です。 【結論】 本件抗告を棄却する。 【原決定の判断】 本件は、実母に対する殺人未遂という重大事案である。 その経緯には同情すべき点も多いものの、殺害を決意するに至った意思決定は厳しい非難を免れない。 少年は、事件の半年前ころから統合失調感情障害、摂食障害、ADHD、境界性パーソナリティー障害の診断を受け、心療内科に通院していた。 捜査段階の精神鑑定では、PTSDなどの診断を受け、少年鑑別所では、双極性感情障害、愛情障害の診断がされている。 少年には他社との情緒的な交流や受容される経験に乏しく、会話によって適切に感情を統制する力や対話によって信頼関係を気づく姿勢が培われていない、 実母との関係が共依存状態に陥っているなどの、性格、行動傾向上の問題点が指摘されている。 本件非行も、上記の性格、傾向に精神疾患による不安定な精神状態が合わさり、強い攻撃性を顕在化させたものと推察され、少年の問題点が如実に現れている。 少年は、実母とは別居し当分の間は連絡も取らないと述べるものの、実母への思いを整理できていない様子がうかがわれ、実母と適切な距離を取っていく決意を固めてはいない。 実母は、少年と同居はしないと述べるものの、今後も定期的に面会し日常の連絡も取っていく意向を示している。 また、幼少期から長年にわたって少年を苦しめてきたとの自覚に乏しく、事件後の大きな行動改善もみられない。 母方祖母は少年を引き取る意思を示しているが、少年は過去に何度も母方祖母方に逃げては実母に戻ることを繰り返している。 精神疾患を抱える少年の適切な監護を期待できる他の親族は存しない。 少年の資質、性格傾向上の問題は根深く深刻であるうえ、再非行防止のための監護体制も整っていないことからすると、少年が今後も実母との葛藤等を契機に再び同種非行に及ぶおそれは大きい。 また、少年は精神疾患を抱え、非行にも影響がうかがわれるから、専門医による医療上の介入が不可欠である。 【抗告審の判断】 これまでの母子関係を考慮すると当面は少年を実母と隔離する必要があるところ、少年が、非行の約1週間前に児童相談所に一時保護されても実母に促されて帰宅し、調査時には感情的になって実母への愛情をうかがわせる発言をしていることや、実母も今後少年と同居できないことは理解しつつも頻繁に会うことを希望していること等に照らせば、社会内処遇により両者の距離を適切に保つことは相当困難である。 少年がたびたび母方祖父母方に逃げ込み、警察や児童相談所が介入することもあったという経緯に照らすと、原決定が母方祖母方に居住したのでは実母との分離を図るのは困難であるとしたことに誤りはない。 少年には医療的な措置が必要不可欠であるところ、少年が本件非行に至る前に意思から処方された向精神薬を適切に服用していなかったことなどからすると、任意入院により少年に対する効果的な医療を期待することはできない。 |
本件は、実母に対する殺人未遂という重大な非行の事案です。
しかし、少年が非行に至った経緯には、実母からの虐待などの経緯があり、その経緯には酌むべき事情もありました。
そのため、非行事実を考慮しても、少年の資質や適切な監護者の存在によっては、少年院送致を避けられる可能性は十分にあったものと考えられます。
本件では、少年と母親に共依存の関係が見受けられ、それが本件非行後も解消される見込みがないこと、適切な監護者が不在であること、少年に医療的措置が不可欠であることなどを理由に棄却されています。
この判断からすると、抗告の認容・棄却の判断においては、非行事実だけでなく、少年の資質や環境の問題も重要視されていると言えるでしょう。
2 東京高等裁判所決定令和2年7月16日
【事案の概要】 本件は、少年が共犯者らと共謀のうえ、深夜に一般民家に侵入し、被害者に対し、馬乗りになり口を手でふさぎ、両足に養生テープを巻き付けるなどし、現金および財布の入ったリュックサックを強取し、その際、被害者に加療約2か月を要する傷害を負わせたほか、正当な理由による場合でないのにカッターナイフ1本を携帯したという事案です。 【結論】 本件抗告を棄却する。 【原決定の判断】 本件強盗致傷の態様は、非常に粗暴かつ危険で悪質性の高いものであり、生じた結果も重い。 少年は、報酬欲しさから、家人をテープで縛ったりカッターナイフで脅したりする可能性があることを認識しながら被害者方に侵入したうえで重要な役割を果たしている。 本件強盗致傷後もカッターナイフを所持し続けるなど非行に至る経緯もよくない。 そうすると、本件強盗致傷を主導したのが氏名不詳の共犯者らであり、少年は付和雷同的に行動していたこと、被害者との示談が成立していることを踏まえても、本件各非行の問題性は非常に大きい。 少年は、主体性、自発性が乏しく、周囲と同調することで安心感を得ようとしがちであることが不良交友や逸脱への関心を強め、素行が乱れる過程で本件非行に至った。 少年がこうした問題を解決せず、自律的、主体的に行動することができるようにならなければ、今後も良くない者からの影響を受け、何かしらの再非行に及ぶ可能性は否定できない。 少年の両親は、示談金を払っているほか、少年の更生に意欲を持っているが、その監護力には限界がある。 本件各非行の内容と非行性の程度、少年の抱える問題、少年を取り巻く環境等に照らすと、保護処分歴がないことを踏まえても、少年を社会内で生活させる中でその立ち直りを図ることは相当ではなく、社会内処遇の可能性があることを前提として試験観察に付することも適当とはいえない。 【抗告審の判断】 少年は、SNSの闇サイトを介した犯罪の勧誘でそれが強盗になることを十分認識しながら、容易に本件非行に加担し、被害者の足を養生テープで縛るなど重要な役割を果たしている。 純粋な財産犯であれば被害弁償により被害法益の事後回復とみる余地はあるが、本件強盗致傷はそのような類型のものではなく、態様、結果ともに見過ごしにできない重大な非行である。 原決定は、少年が自律的、主体的に行動することができるようにならなければ、今後も他者からの影響を受けて再非行に及ぶ可能性があると説示しているのであって、少年自身の問題だけを見て再非行の危険性が高いとしているものではない。 少年については現状の交友関係を改めるだけでは不十分であり、そもそもの原因を見極め、将来にわたって健全な友好関係を築く能力を身に付ける必要がある。 両親は、被害弁償に取り組むなど本件を真摯に受け止め、少年との関係も良好であるものの、少年の自律性、主体性をはぐくむ上では有効な対応ができなかったなど、その指導力には限界がある。少年自身の自律性、主体性を涵養することが再非行防止のために不可欠であることからすると、相応の枠組みの下における専門的な指導と少年自身が事件と向き合う時間が必要である。 しかし、少年にはこれまで保護処分歴がないこと、少年が一連の法的手続きを経て自らの問題を認識しつつあること、少年と両親の関係性は良好であり、少年自身に両親の指導を重く受け止めて指導に従おうとする意欲が認められ、両親も指導への意欲を高めていることについて十分な検討をするならば、短期の処遇を付すことが相当でないとする原決定の判断は合理性に欠けるといわざるを得ず、少年に対しては一般短期処遇による教育を実施することが相当というべきである。 |
本件は、少年に保護処分歴がなく、両親が指導への意欲を持っている事案にもかかわらず、非行事実の悪質性から、少年院送致決定への抗告は認められなかった事例です。
当然のことですが、少年の資質や生活環境に特段の問題がなくても、非行事実の内容によっては、初めての非行でも少年院送致となったり、逆送による刑事裁判を受けることになったりする可能性はあります。
ただし、抗告審では、少年の保護処分歴や非行性の程度、更生への意欲、保護環境などに着目し、少年院への収容期間は一般短期処遇が相当であると判断しています。
少年院送致決定に対する抗告申立においては、少年院送致そのものについて不当であると主張するだけでなく、少年院送致そのものは認めるとしても、短期処遇を付さなかったことが不相当であるという争い方も可能です。
少年院の処遇期間は、家庭裁判所の審判における処遇勧告によって異なります。処遇勧告には、特別短期間、短期間、処遇意見なしの3種類があり、処遇意見なしの場合には、特別短期間、短期間を目指しての抗告申立ても可能です。
3 大阪高等裁判所決定令和元年9月12日
【事案の概要】 本件は、少年が共犯者と共謀のうえ、ドラッグストアで医薬品等を万引きし、さらに、同日別のドラッグストアでも医薬品等を万引きしたという窃盗2件の非行事実が問題となった事案です。 【結論】 本件抗告を棄却する。 【原決定の判断】 少年は、本件各非行に及んだころには、ほぼ毎日大麻を使用していた。 本件各非行は、非常に大胆で悪質な非行であり、少年は万引きをしたことにより保護観察に付され、それによる指導を受けたにもかかわらず、抵抗感なくより悪質な犯行に及んでいるといえる。また、少年は長期間にわたって頻繁に大麻を使用してきており、大麻に対する親和性、依存性は顕著である。これらの事情に照らせば、少年の非行性は深化しており、深刻な状況にある。 少年のこれまでの行動状況、本件各非行の内容及びこれらに至る経緯、大麻の使用に係る問題の大きさなどに照らせば、少年の要保護性は高く、少年の抱える問題を改善し、再非行を防止するためには、試験観察を含む社会内処遇では足りない。 【抗告審の判断】 少年の大麻の使用に関する事情は、あくまで審判に付すべき事由として送致等はなされておらず、立件されたことのないものである。 そして、大麻の使用に関する事情は、窃盗の直接の動機になっているものでなく、本件非行事実である窃盗とは性質が大きく異なる。 原決定の処遇の理由における説示は、非行事実でないが処分に実質的に大きな影響を与える可能性のある大麻の使用に関する事情を、本件の要保護性の判断として許容される限度を超えて、あたかも非行事実であったかのように扱って処分を導き出していると解されるものであり、法令違反があると言わざるを得ない。 大麻の使用に関する事情を除いた場合でも第一種少年院送致との結論が相当である限りは、原決定の違法は決定に影響を及ぼすとまではいえないと解するのが相当である。 |
本件は、抗告申立書において「原決定が余罪である大麻の使用を要保護性の判断資料として少年院送致決定の処分を選択したことにつき、要保護性の基礎事実の認定に重大な誤認があり、保護処分の種類の選択に当たって合理的な裁量の範囲を著しく逸脱して著しく不当である」との主張がなされた事案です。
これに対し、抗告審は、大麻の使用に関する事情を要保護性の判断として許容される限度を越えて、非行事実であるかのように扱った点については法令の違反があることを認めつつ、それは決定に影響を及ぼすものではないとして、結局のところ抗告を棄却しました。
抗告理由のうち「決定に影響を及ぼす法令の違反」については、文言のとおり単に法令の違反が認められるだけでなく、それが決定に影響を及ぼすほど重大なものでなくてはなりません。この点で、本件の抗告審の判断は、抗告が認容されるハードルの高さを示しているものと言えるでしょう。