「ちょっと待って」は拒否できる?職務質問の停止の限界
警察官から「ちょっと待ってください」と声をかけられ、行く手を阻まれる。
これは私たちの日常で起こり得る「職務質問」の光景です。
そのとき、必ず立ち止まらなければならないのでしょうか。
結論から言えば、職務質問は原則として任意ですが、実務上は一定の範囲で身体への働きかけ(実力行使)も許容されています。
もっとも、その限界を超えて人の行動を制圧するような「停止」は違法となる可能性があります。
本記事では、警察官職務執行法2条に基づく「停止」について、
- そもその停止とは
- どこまでが適法か
- どこからが違法か
を、判例・裁判例の傾向と実務の観点から詳しく解説します。
※ 本記事では一般的な見解をご紹介するもので、そのすべてに賛同するものではありません。
※ 公開日時点の情報を基にしています。

1 「停止」の意義と法的性質
(1) 停止の意義
警職法2条1項は、「警察官は……(中略)……を停止させて質問することができる」と規定しています。
ここでいう「停止」とは、職務質問を行うために、歩行者を呼び止めて立ち止まらせ、あるいは走行中の自動車や自転車に停車を求める、下車を求めるといった行為を指します。
「停止させて質問する」という規定の趣旨は、質問を受ける相手方を、質問が可能な状態に置くことにあります。
したがって、歩行者を停止させずに、並行して歩きながら質問を続けることは当然に可能とされており、相手方を強制的にその場に拘束することまでを常に意味するものではありません。
職務質問の要件が認められない場合には、停止させる行為も違法となります(大阪地判昭63.4.14判時1303号97頁)。
(2) 停止は任意か強制か
ア 原則としての任意性
警職法2条3項は、刑事訴訟法によらない限り、「身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない」と規定しています。
このため、職務質問における停止は、あくまで相手方の任意の協力を前提とした「任意手段」であるのが原則です。
当時の立案担当者の見解によっても、停止は呼び止めて説得する程度の意味であり、腕力で強制的に停止させるものではないとされています。
なお、停止の時間についても質問を行うに必要な時間は停止の状態を続けさせることができるが、不当に長い時間の停止は認められないという考えもあります。
イ 有形力行使を認める見解(実力説・警察上の強制手段説)
一方で、相手方が停止の要求に応じない場合に、一切の物理的働きかけが許されないかは議論があります。大別して以下のような立場に分かれています。
(ア)いかなる実力行使も認めない任意手段とする立場
(イ)強制手段とする立場(実力説・即時強制説・警察上の強制手段説
(ウ)強制にわたらない程度の実力行使は認められる立場
ウ 判例・通説の立場:任意手段説と付随的態様
現在の通説的見解および判例は、職務質問を「任意手段」としつつも、その目的を達するために必要かつ相当な限度であれば、一定の有形力(実力)の行使を伴う停止も許容されると解しているように見えます。
名古屋高判昭和28.12.7判時18号24頁(最決昭29・7・15刑集8巻7号1137頁で上告棄却)は、逃走しようとする者の腕に手をかけて引き止める行為について、「この程度の挙動に出ることは真に止むを得ないことであって正当な職務執行」であると判示しました。
つまり、強制処分の域に達しない程度の物理的働きかけは、任意手段としての停止に付随するものとして適法と認める可能性が高いのが現状です。
(3) 停止の時的限界
ア 不審事由の解消と終了
停止の状態を継続できる時間は、職務質問の目的を達成するために必要な最小限度に限られるというのが一般的な理解です。
質問の結果、相手方の不審事由が解消された場合には、直ちに停止を解き、質問を終了しならないとされています。
イ 社会通念上の相当性
停止の継続時間は、犯罪の嫌疑の程度や現場の状況に応じ、社会通念上妥当な範囲内でなければならないとされます。
たとえば、(自転車の盗難照会に要する時間などの事情があれば)数分から十数分、場合によっては数十分程度の停止は通常許容され得るかもしれません。
不当に長く停止させておくことや、実力によって強制的に長時間留め置くことは、警職法の趣旨を逸脱し違法となります。
実力行使も停止し質問に答えるよう説得する限度に留まるべきで、たとえば、腕をつかんだまま質問を継続するなど、質問を行う間継続して行われるべきではないという考えもあります。
判例では、覚せい剤使用の嫌疑がある者に対し、捜索差押許可状が発付されるまでの約6時間半にわたり現場に留め置いた措置について、任意捜査としての限界を超え違法であると判断したものがあります(最決平6・9・16刑集48巻 6 号420頁)。
2 停止の具体的な態様と限界
(1) 開始のための追跡・停止
ア 職務質問を開始するための必要性
たとえば、警察官が声をかけようとした際に相手が逃走した場合、不審性が高まったと判断され、追跡・停止を行う必要性が認められると評価される可能性が高まります。
単なる追跡(「待て」と呼びかけながら追いかけること)は、相手の意思を制圧する強制手段とは考えられず、任意手段として適法とされることが多いと考えられます。
イ 開始時の停止における判例
札幌高判函館支部昭27・12・15高刑集5巻12号2294頁は、「不審者と認めた者に対し職務質問するためこれを停止させるに用いる方法が具体的に妥当であるかぎり、正当な職務執行の方法といわなければならない。肩に手をかける程度の実力を加えることは右正当性を失わない」としています。
(2) 職務質問続行のための追跡・停止
ア 嫌疑の増大と続行の必要性
質問の途中で相手が逃走しようとした場合、警察官としては不審を解くために質問を続行する必要性がさらに高まると考えられています。
この場合、逃走する者を追跡し、停止を求めることは警察官の当然の職務と解されています。
イ 続行時の停止における判例
- 最判昭和30・7・7刑集9巻9号1908頁は、深夜の公園で挙動不審者として職務質問を受け任意同行を求められた者が突如逃走した場合に、職務質問をしようと追跡した行為を、人身の自由を拘束したものではなく適法な職務執行であると認めました。
- 東京高判昭和29・5・18(最決昭29.12.27刑集8巻13号2435頁の原審)も、要旨、警察官が職務質問を開始したにもかかわらず、相手方が答えようとせず停止の要求にも応じない場合に、自己の疑念を解くために強制にわたらない程度で注意を与え、翻意させて質問を続行しようとすることや逃走する相手を追跡し停止を求め質問を続行することは、警察職務の本義に照らし正当であるとしています。
3 任意同行に関連する停止
(1) 任意同行を求めるための停止
警職法2条2項は、その場での質問が本人に不利益な場合や交通の妨害になる場合に、警察署等への同行を求めることができると規定しています。
この同行を求める過程で、相手方を停止させることも「職務質問のための停止」の一部として認められると考えられています。
交通の頻繁な繁華街などで、犯罪の嫌疑が高い者に対し、落ち着いた場所へ誘導するために停止を求めることは、適法な職務執行の範囲内とされ得ます。
(2) 任意同行後の追跡・停止
任意同行に応じた後、警察署等へ向かう途中や到着後に、相手方がその場所から逃走しようとする場合があります。
任意同行は「強制的な連行」ではないため、相手方には立ち去る自由があるのが原則です。
他方、質問によりさらに嫌疑が濃厚になった者が、答えに窮してその場を逃走する場合に、質問を継続するのは当然の責務という考えもあり得ます。
最決昭和29・7・15刑集8巻7号1137頁は、派出所に任意同行され所持品検査中に逃走した者に対し、約130メートル追跡して腕に手をかけ停止させた行為を、正当な職務執行の範囲内であると判示しました。
4 停止のための有形力行使の限界
(1) 有形力行使の一般的基準
停止を実現するために許容される有形力の行使は、警察比例の原則に従い「事案の重大性、嫌疑の程度、職務質問の必要性・緊急性に照らし、やむを得ない最小限度のもの」に限られるとされています。
(2) 適法とされた具体的な働きかけ
裁判例において適法とされた例には以下のものがあります。
- 巡査駐在所に任意同行され、所持品等につき質問中隙をみて逃げ出した被告人を、更に質問を続行すべく追跡して背後から腕に手をかけ停止させる行為(最決昭和29・7・15刑集8巻7号1137頁)。
- 自転車を引いて立ち去ろうとした者に対し自転車の荷台を手で押さえた(東京高判昭和55・9・4判時1007号126頁)。
- 歩いて立ち去ろうとする者の背後から「待ちない」と声をかけ、右手首を掴む(東京高判昭和49・9・30刑事裁判月報6巻9号960頁)。
- 逃走しようと抵抗する者の着衣の襟元を掴んで制止する(東京高判昭和60・9・5判タ585号78頁)。
(3) 違法(限界越え)とされる態様
物理的な制約が強すぎ、相手方の意思を完全に制圧して身柄を拘束するに至れば、それは「停止」の範囲を超えた違法な強制処分となります。
奈良地判平成3.3.27判時1389号111頁は、職務質問中、逃走しようとした車を警棒で破損させ、運転者を公務執行妨害の現行犯として逮捕したことを違法としました(国家賠償請求の事案です)。
(4) 段階的有形力行使
職務質問の継続によりますます嫌疑が高まった場合には、停止の必要性が高まり、有形力の行使による停止が認められる場合が多くなると考えられています。
もっとも、警察比例の原則に鑑みれば、有形力の行使は、最初から強い力を用いるのではなく、まずは口頭での呼びかけ、次いで軽い接触、説得というように、相手の反応に応じて段階的に行われるべきです。
最初からいきなり強い力で抑え込むことは、緊急性が極めて高い場合を除き、比例原則に反し違法となる可能性が高いとされており、そのように考えられるべきです。
5 特殊な状況における停止の検討
(1) 嫌疑のない者に対する停止(参考人・第三者)
ア 参考人に対する停止
警職法2条1項後段は、犯罪について「知っていると認められる者」も対象としています。
しかし、参考人(単なる目撃者など)に対して有形力を行使して停止させることは、その犯罪が重大であり、極めて緊急性が高く、その者に質問をしなければ犯罪防止等の目的を達しえない例外的な場合でなければ、相当ではないという考えがあります。
参考人の協力は、犯人の疑いがある者以上に、純粋に任意であるべきだからです。
イ 第三者に対する一斉停止の規制
集団の一部によって犯罪が行われた場合などに、(例えば集団に紛れ込んだ犯人を特定するために)集団全体に停止を求めなければならない場合が想定されます。
最高裁昭和59・2・13刑集38巻3号295頁は、集団の一員が警備中の警察官に暴行を加えた犯人が、紛れ込んだその集団に対し、約7分間にわたりその移動を停止させた行為について、当時の状況(犯罪直後であること、犯人の人相を記憶していること等)から、犯人検挙のための必要な手段として適法であると判断しました。
(2) 捜査のための停止
職務質問は行政警察活動ですが、特定の犯罪の嫌疑が濃厚な場合には、司法警察活動(捜査)としての性格を帯びます。
行政警察活動としての停止よりも、捜査(被疑者の確保)を目的とする停止の方が、有形行使の許容範囲が広がる傾向にあります。
当然ですが、それでも逮捕状なしに身柄を拘束することは許されません。
(3) 自動車の停止
ア 警職法上の根拠
走行中の自動車を停止させることは、警職法2条1項の「停止」の一形態として認められています。
イ 停止の方法と適法性
- 職務質問のために進行中の自動車の運転者に停車を命じ、その自動車の扉に手をかけた行為(東京高判昭和34.6.29判タ93号49頁)
- 酒酔い運転の疑いのある者に対し、警察官が職務質問のため自動車のハンドルをつかんで停止させた行為(仙台高裁秋田支部昭和46.8.24刑事裁判月報3巻8号1076頁)
- 無免許運転の容疑が濃厚な犯人が職務質問に応ぜず、自動車を発進して逃走を企てた事案で、警察官が窓から手を差し入れハンドルを握って停止を求めた行為(東京高裁昭和45.11.12判タ261号352頁)
- 最高裁の事案として、不審な挙動を示し逃走の構えを見せた運転者に対し、窓から手を差し入れてエンジンキーを引き抜いた行為を、「停止させる方法として必要かつ相当な行為」として適法と認めたものがあります(最決平成6・9・16刑集48巻6号420頁)。
6 まとめ|不当な停止に対する刑事弁護
職務質問における「停止」は、法律上「任意」が原則ですが、実務上は警察官による物理的な働きかけが一定の範囲で許容されるという非常に判断が難しい領域です。
しかし、
- 長時間の拘束
- 過度な身体拘束
- 強制にわたる停止
といった場合には、違法となる可能性が十分にあります。
警察官による「停止」が相当な範囲内であったかどうかが、その後の所持品検査で発見された証拠の証拠能力や、公務執行妨害罪の成否を分ける大きな争点となります。
もし、過剰な実力行使によって無理やり留め置かれたり、不当に長い時間拘束されたりしたと感じた場合は、状況を記録した上で、すぐに弁護士に相談してください。





