薬物事件の故意とは?CBD事件の無罪判決|大阪地判令和6年10月31日
薬物事件では、違法薬物が見つかったという事実だけで直ちに有罪となるわけではありません。
犯罪が成立するためには、その物が違法薬物であるという「故意(認識)」が必要です。
本記事では、CBDだと思って所持していたと主張した被告人に無罪が言い渡された令和6年大阪地裁判決を題材に、薬物事犯における故意の考え方、未必の故意との違い、実務上の争点について弁護士が詳しく解説します。
※ 故意については様々な議論がありますが、本記事は比較的一般的な理解を説明するものです。
※ また、公開日の情報を基に作成しています。

1 薬物事犯における「故意」の一般的解説
(1) 刑法第38条第1項と故意の原則
- 条文
刑法第38条第1項は、
「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」
と定めています。
- 故意犯処罰の原則
これは「故意犯処罰の原則」と呼ばれ、犯罪が成立するためには、行為者が自己の行為が犯罪構成要件に該当する事実を認識している必要があることを意味します。
- 故意が求められる理由
故意がある場合に重く処罰されるのは、犯罪事実を認識し、行為を思いとどまる機会があったにもかかわらず、あえて犯行に及んだという強い反規範的態度(責任)が認められるためです。
(2) 薬物事犯における認識の程度(最高裁決定の基準)
薬物事犯においては、対象物が例えば「覚醒剤である」という確定的な認識までは不要とされています。
ア 概括的・未必的な認識
- 未必の故意と認識ある過失の峻別
実務上重要となるのが「未必の故意」です。
- 未必の故意
「もしかしたら違法な薬物かもしれないが、それでも構わない」と結果の発生を容認(認容)している状態を指します。
- 認識ある過失
「違法な薬物かもしれない」という可能性を予見していても、「自分に限ってそんなはずはない」「これは絶対合法なものだ」と結果の不発生を確信している場合は、故意(認容)が否定されます。
事案によっては過失となり得ますが、違法薬物事の所持使用に関し過失犯を処罰する規定は基本的にありません。
イ 判例と実務の傾向
判例によれば、「覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類であるとの認識」があれば、故意に欠けるところはないとされています(最二小決平成2年2月9日判時1341号157頁)。
もっとも、実際の事案では、より具体的に「被告人の供述、被告人の知識・経験、関係者との事前・事後のやり取り、所持等に係る物件の性状に関する認識、当該物件が発見等されたときの態度、当該物件の処分状況等を勘案し、被告人がいかなる薬物又は薬物類を指向していたのか、対象薬物についての認識がある場合と同等に評価できる心理状態にあったといえるかどうかを十分に検討した上で、故意の成否を判断していると考えられる」と指摘する文献もあります。
2 大阪地裁における無罪事例(令和6年10月31日判決)
(1) 事案の概要
本件は、被告人が路上で大麻である液体(大麻リキッド)約0.733グラムを所持したとして、大麻取締法違反で起訴された事案です。
- 争点:違法な成分の認識
被告人が所持していたヴェポライザー内の液体に大麻成分が含まれていた事実に争いはありませんでしたが、被告人は「合法なCBD(カンナビジオール)だと思っていた」と主張し、故意の有無が争点となりました。
ヴェポライザーとは、(液体などの物質を加熱して蒸気(ベイパー)を発生させ、それを吸引する装置)のことを指します。
(2) 2つの間接事実と供述調書
検察官は、
- 職務質問時の言動
- 所持品検査を求められた際、 他の所持品は速やかに取り出したにもかかわらず、本件液体が入った本件カードリッジ付きの本件ヴェポライザーについてはズボンの右ポケットに入れたまま取り出さず、右ポケット付近に手を置いたまま突如その場から離れようとし、警察官から腕をつかまれて制止を求められても抵抗するなどしたこと(事実①)
- 「ワンちゃんあるかも」という発言
- 本件液体の購入先を2度も変遷させた上、警察官から大麻と分かって買ったのではないかと尋ねられた際、「ワンチャンあるかもしれないと思って買った。」などと答えたこと(事実②)
を故意を推認させる事実として強調しました。
- また、この事案では、違法薬物であることを認めるかのような調書も作成されていました。
(3) 裁判所の判断と要旨
大阪地裁は、検察官が主張する間接事実の推認力は弱いとして、被告人に無罪を言い渡しました(前提として、事実➀、事実②の事実は基本的に認定しています。)。
ア 事実➀ 職務質問時の言動
- 警察官は、被告人が、職務質問開始時には、明らかに動揺しているようなそぶりを見せ、下を向きながら持っていたリュックサックを気にしていて、落ち着きのない様子だった、所持品検査用の透明のビニール袋の中に財布、酒の瓶等を入れた際、全部出し終わったそぶりだったと述べる点
- 突然警察官に声を掛けられたことによるものと解する余地が残る
- 荷物を全部出し終わったそぶりについても、具体的な内容・言動は示されておらず、捜査官として抱いた印象の域を超えるものとはいえない。
- 警察官は、被告人が後ずさりし自転車の反対側に回り込んだり、右ポケットに手を入れたりしながら、警察官の制止を逃れるために約3m移動したとも供述する点。
- 短時間で移動距離もごく短いものであり、執拗な隠匿工作や逃亡を図ろうとしたものとは言い切れず、突然の職務質問及びそれに続く所持品検査に対して、被告人が反射的に防御的な姿勢を取ろうとした行動といえなくもない。
- しかも、被告人は、A警察官の声掛けに応じ、職務質問開始の約2分後には自らA警察官に本件カードリッジ付き本件ヴェポライザーを手渡しており、被告人自身、これが何かというA警察官からの問いに、CBDである旨即答している。
- 事実①が、本件液体が大麻等の違法薬物かもしれないと思っていたという本件故意の存在を推認させる力はないか、あるとしても限定的なものといわざるを得ない。
イ 事実②「ワンチャンあるかも」発言の評価
- この言葉が…故意との関係で持つ意味合いについては、その言葉の持つ意味内容のみならず、その言葉が発せられた時間的・場所的な状況や経緯も含めて検討する必要がある。
- 「ワンチャンあるかも」という言葉を発したのは1回のみである。ある。…「もしかしたら。」といった心境を表すものとして、近時、若者を中心にして用いられているが、その言葉自体、「もしかしたら」という可能性の程度(高さ低さ)については、話す相手や事柄、話の流れなどといったシチュエーションによって変わりうるもので、色々な用い方・捉え方があることを否定し得ないものといえるし、印象的(キャッチ-)・感覚的な側面を有することも否定できない。
- 「ワンチャンあるかも」という言葉は、被告人から自主的に出たものではなく、深夜の複数の警察官がいるパトカー内という密室的な環境下で、警察官から購入先について、嫌疑を明確に伝えられ、被告人の方でその場で携帯電話を見せて根拠を示すことを求められるような、執拗ともいえる追及を矢継ぎ早に受け、反射的に1回だけ、このような、「もしかしたら」といった可能性の程度(高低)については色々な捉え方がある印象的(キャッチ-)・感覚的ともいえる言葉が引き出されたものにすぎない。
- そして、その言葉が出てくる直接のきっかけとなった被告人が述べたツイッターの購入方法に対しては、警察官からどのような質問があり、どのような回答があったのかは明らかでない。
- また、本件液体がCBDであると述べている被告人に対して、本件で被告人の認識についての嫌疑を検討するについて重要と思われる、THC成分を含むものと認識していたかどうかといった合法・違法の根拠となる事項について具体的に被告人に示した上で、被告人からその言葉が出てきたとはいえない。
- 加えて、コンビニ駐輪場からパトカー内での一連の場面において、被告人からは、「ワンチャンあるかも」の言葉以上に、「もしかしたら」といった認識について、その意味する可能性の程度や、そのような認識の時期、場所、きっかけ等の事情についての説明の有無やその内容についても明らかではない。
- 事実②が、被告人自身が違法な大麻成分が含まれている可能性を認識していたことを表出させた言動として、本件故意の推認力は弱いといわざるを得ない。
ウ 供述調書の存在
- 本件の職務質問・所持品検査については、被告人の警察官調書が作成されており、それには、「パトカー内で『CBDやと思うけどワンチャンあるかも。』と言った。」という供述以外にも、「ポケットの中のものも出すように言われたときに、『右ポケットに入っているCBDリキッドがもしかしたら大麻の成分が入っている。これが警察官にバレたら、逮捕されるかもしれない。』と考えて、警察官から逃げようと思ったが、すぐにバレて逃げることはできなかった。」などと述べる箇所がある。
- この供述については、ポケット内にある所持品の提出も求められた段階でそのような気持ちが生じた根拠について同調書内で何ら具体的に語られておらず、この供述が出るに至った経過や根拠は示されていない。
- また、同調書には、「公式サイトで買っていなくて、ツイッターで知り合った知らない男から買っているので、もしかすると大麻の成分が入っているかも知れないのです。」といった供述部分もある。
- しかし、同調書全体を見ても、そのような認識が、いつの時点で生じていたものを指しているのかは判然とせず、被告人がこの点を明確に区別しないまま、捜査官の指摘に特段反論・説明せずにいたところ、捜査官に、入手時あるいは入手後にそのような認識を有しており、本件の職務質問を受ける時点では既に本件故意を有しているかのように捉えられ、上記内容の供述調書が作成された可能性も否定できない。
- このような同調書の内容を見れば、同調書が、検察官が主張する事実①及び事実②といった間接事実の本件故意に対する推認力を補強するものとはいえず、本件故意を直接認める内容の自白調書としての信用性を認めることもできない。
エ 購入先(購入方法)等についての被告人供述
- 被告人は、本件大麻リキッドの入手経緯について、「知人から教わったSNSアカウントに連絡し、別のSNSアプリでのやり取りを経て、夜間の公園で男から現金と引き換えに購入した」と供述しました。この事実を巡り、検察官と裁判所は以下のように判断を分かっています。
- 裁判所の判断
- 客観的裏付けの欠如
- 被告人の述べる購入方法(時期、場所、価格、相手)については、客観的な証拠や第三者の供述による裏付けが一切ありません。被告人にとって不利な供述内容であるからといって、裏付けなしに直ちにこれを事実認定の基礎とし、故意を推認することには慎重であるべきとしました。
- CBD製品の流通実態の考慮
- たとえ被告人の供述通りの取引であったとしても、合法なCBD製品が必ずしも正規店や正規のパッケージだけで流通しているとは限らない実態を指摘しました。
- そのため、非正規の取引形態であるからといって、直ちに「売買当事者間で大麻の違法成分を含むかもしれないという了解があった」とまで強く推認することはできないと判断しました。
- 「不安感」の性質
- 被告人が購入時に抱いた「不安感や居心地の悪さ」についても、それはあくまで購入に伴う漠然とした危惧感にとどまります。
- その危惧が、購入物の成分そのものの違法性に向けられていたと断定するに足りる証拠はないとされました。
- 客観的裏付けの欠如
- 結論
- 以上の検討から、購入先や購入方法に関する事実は、被告人が大麻である可能性を認識(未必の故意)していたことを推認させる力は限定的であると判断されました。
3 弁護士から見た課題と実務対応
(1) 特殊性
- 大麻草由来の薬物のうち、CBDについては、向精神作用がないとされ、大麻取締法の規制の対象とされていないところ、本件の被告人のように、当該薬物が合法的なCBDであると思ったとの供述については、容易にその信用性を排斥し難いという事情があるという指摘もなされています。
(2) 職務質問・所持品検査時の言動
- 本件でもそうですが、職務質問・所持品検査時の言動が、故意を推認させる重要な間接事実として位置づけられることがあります。
- 本事例では「突然の職務質問及びそれに続く所持品検査に対して、被告人が反射的に防御的な姿勢」と評価もされていますが、職務質問・所持品検査時の言動では、(そもそも応ずるべきかという問題もありますが、応ずる場合には)誤解を与えないように慎重な態度をとるべきであることが考えられます。
- また、職務質問・所持品検査時の言動は捜査機関との水掛け論になりやすい場面でもあります。
- 職務質問・所持品検査時の言動が撮影されているような事案もあります。証拠開示等で客観的な証拠の開示を収集することも重要です。
(3) 捜査段階における取調べ対応の重要性
- 本件でも問題になっていますが、薬物事件においては、証拠となるのは被告人自身の「自白」や、自白ではなくとも供述が重要な意味を持つことがあります。
- 「未必の故意」への誘導を阻止する
- 大阪地裁の事例では、「『右ポケットに入っているCBDリキッドがもしかしたら大麻の成分が入っている。これが警察官にバレたら、逮捕されるかもしれない。』」といった供述調書が存在しました。
- 当該事例では、「根拠について同調書内で何ら具体的に語られておらず、この供述が出るに至った経過や根拠は示されていない。」などとして、信用性が排斥されていますが、信用性を肯定されてしまう事案もあり得るでしょう。
- そもそも取調べに応じるべきか
- そこでまず、取調べに応ずるべきかという問題が出てきます。
- また、仮に応ずるほかないとしても、一度「はい」と言ってしまえば、それが「認容」の証拠として独り歩きする可能性があります。
- 黙秘権を行使して話をしない、供述調書には署名押印をしないという姿勢を貫く必要性が出てくる場面もあり得ます。
- また、仮に供述調書が作成されてしまったとしても、その供述がされるに至った経緯、その供述が意味するところを丹念に分析して、任意性・信用性を確り争うことが重要であることを本事例は示していると言えます。
(4) 「疑わしきは被告人の利益に」の徹底
刑事裁判の鉄則は、検察官が「合理的疑いを超えて」立証できない限り、無罪となることです。
薬物が尿から出た、あるいは所持品から見つかった場合、故意が推認されてしまう可能性が相当出てきてしまいます。
しかし、弁護側が「第三者が混入させた可能性」や「合法品との誤認」という合理的な可能性(特段の事情)を提示し、その疑いを払拭させないことが無罪獲得への鍵となります。
4 まとめ
薬物事件では、薬物が発見されたという事実だけでは足りず、被告人に違法薬物であるとの故意(認識)があったかが重要な争点となります。
令和6年大阪地裁判決は、職務質問時の言動や供述調書が存在していても、それだけでは故意を認定できないことを示した重要な裁判例といえます。
薬物事件では、初期対応や取調べへの対応がその後の裁判を大きく左右します。
故意の有無が問題となる場合には、早い段階から刑事弁護に精通した弁護士へ相談することが重要です。





