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名誉毀損罪(刑法230条)の全体像|「名誉」の意味と成立要件

名誉毀損罪は、インターネットやSNS上の投稿だけでなく、口頭での発言、文書、出版物など、さまざまな表現行為について問題となる犯罪です。

しかし、「悪口を言ったから名誉毀損になる」「嘘を書いたから名誉毀損になる」という単純なものではありません。

刑法230条は、「公然と」「事実を摘示し」「人の名誉を毀損した」という要件を定めており、さらに、摘示した事実が真実である場合の刑法230条の2の適用や、侮辱罪・信用毀損罪との区別など、検討すべき法律上の問題があります。

本記事では、名誉毀損罪の全体像を整理したうえで、刑法が保護する「名誉」とは何か、誰が名誉の主体となるのか、侮辱罪や信用毀損罪とはどのように区別されるのかについて、刑事弁護の視点から解説します。

なお、本記事は名誉毀損罪シリーズの第1回として、まず基本的な構造を扱います。公然性・伝播性、事実の摘示、刑法230条の2、真実性の誤信と相当性の法理については、各記事で詳しく解説する予定です。

※ 本記事は比較的一般的な理解を説明するものです。

※ また、公開日の情報を基に作成しています。

名誉毀損罪(刑法230条)の成立要件、保護法益(外部的名誉)、侮辱罪・信用毀損罪との違い、弁護検討の5ステップを1枚にまとめた総合解説図解。
名誉毀損罪(刑法230条)の構成要件・保護法益・類似犯罪との区別・検討フローの全体像

目次

1 刑法第230条の条文構造と基本的性格

名誉毀損罪(刑法230条1項)の成立要件である「①公然と」「②事実の摘示」「③名誉を毀損」を、それぞれのアイコン、簡潔な説明、および接続矢印で整理した、横長のシンプルな解説図。真偽不問であることと、最後に「名誉毀損罪 成立」を示す。脚注「※死者の名誉毀損は「虚偽事実」の摘示必須(230条2項)」も含む。
名誉毀損罪(刑法230条1項)の成立要件

(1) 刑法230条1項(生者に対する名誉毀損罪)の規定

刑法第230条第1項

「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。」

と規定しています。

ア 「公然」

  • 「不特定または多数の人が認識できる状態」とされています。

イ 「事実を摘示」

  • 「事実」は、人の名誉を侵害するものである必要があるとされています。
  • 非公知のものに限られないとされています。
  • 虚偽の事実であることも必要とされていません。
  • 事実の摘示は、判例通説の立場からは、侮辱罪との区別される要件となります。

ウ 「人の名誉を毀損した」の意義

  •  名誉毀損罪における「毀損」とは、人の社会的評価を侵害するに足りるものであればよく、現実に対象者の社会的評価が害されたこと(害の発生)までは要しないとされています。
    • 社会的評価を低下させる「危険状態」を生じさせれば成立する「抽象的危険犯」と解されています。
      • 現実に名誉の侵害が発生したかの判断は困難であり、その認定のためには、再度、名誉を害する行為が必要となりかねないことが実質的根拠という見解もあります。
      • 大審院昭和13年2月28日判決は、「名誉低下ノ危険状態ヲ発生セシムルヲ以テ足リ」とし、現実に社会的評価が害されたかは不要であると判示しています。

エ 「その事実の有無にかかわらず」

  • 摘示された事実が「真実」であっても「デマ(虚偽)」であっても、原則として名誉毀損罪が成立します。
  • 真実・虚偽を問わない理由
    • 社会的評価として形成されている名誉は、人の実力に見合わない見せかけの評判や名声であったとしても、(真実として存在する以上は)みだりに毀損されるべきではないという趣旨と考えられます。
      • 刑法230条の2との関係
        • 摘示事実が真実である場合に処罰が免除されるか否かは、表現の自由との調和を図るための特則規定(刑法230条の2)の要件(公共性・公益性・真実性の証明)を満たすかどうかに委ねられています。

(2) 刑法230条2項(死者に対する名誉毀損罪)の規定

ア 死者の名誉毀損罪の構成要件|虚偽の事実の摘示

  • 刑法第230条第2項は、「死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。」と定めています。
    • 保護法益については、遺族の名誉・遺族の名誉感情、死者の名誉・死者個人の名誉など様々な見解があります。
  •  「虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない」
    • 生者の場合とは異なり、死者に対する名誉毀損は「摘示された事実が虚偽であること」が犯罪成立の必須要件となります。
  • 1項(生者)との構造的相違点
    • 歴史的・学術的真実の追究や表現の自由を過度に萎縮させないため、死者については真実の事実を指摘しても刑事処罰の対象とはならないと考えられています。

イ 死者の名誉毀損における故意

  • 死者の名誉毀損罪が成立するためには、主観的要件として「摘示した事実が虚偽であること」の認識が必要です。
  • 虚偽性の認識の程度
    • 判例通説によれば、虚偽であることについての確定的な認識のみならず、「虚偽かもしれない」という未必の故意であっても足ると解されています。
      • 真実であると誤信していた場合には故意が否定され、犯罪は成立しませんが、未必的な認識で足りることになると考えられます。

2 名誉毀損罪における「保護法益」

外部的名誉(社会的評価)、内部的名誉(真の人格価値)、名誉感情(主観的名誉)の3つの概念を、それぞれのアイコン、重複を排除した自然な日本語の説明、および刑法上の扱い(★刑法230条の保護対象、×保護対象外)で比較した、横長のシンプルな解説図。
刑法230条の保護対象となる「外部的名誉」とその他の名誉概念の違い

(1) 「名誉」の多義性と3つの学的概念

ア 外部的名誉(社会的評価)

  • 外部的名誉とは、人が社会生活において他者から受けている「客観的な社会的評価」を指します。
  • 通説・判例の立場
    • 判例・通説は、刑法230条が保護する「名誉」とは、この「外部的名誉」である旨判示しています。
    • 大審院大正5年5月25日判決は、「名誉とは人の社会上の地位又は価値をいう…」と示し、社会的評価そのものが保護の客体であると示しています。

イ 内部的名誉(真の人格的価値)

  • 内部的名誉とは、人の社会的評価とは独立した客観的な人格的価値、その人が本来備えているべき「真の人格的価値(実価)」などと言われます。
    • 内部的名誉の保護否定
      • 外部からの言論や言動によって、その人内部の真の人格的価値そのものが損なわれることはあり得ないため、本罪の保護法益からは除外されるという理解が一般的です。

ウ 名誉感情(主観的名誉)

  • 名誉感情とは、人が自分自身の人格的価値に対して抱く「プライド」や「自尊心」などの主観的な意識を意味します。
    • 名誉感情の意義と保護の限界
      • 名誉感情は人によって千差万別であり、主観的なものであるため、刑法230条の名誉毀損罪の保護対象とはならないという理解が一般的です。
    • 刑法231条(侮辱罪)との関係
      • 名誉感情に対する侵害は、事実の摘示を要件としない刑法231条の「侮辱罪」によって保護されるという見解もあります。
      • 判例通説は、侮辱罪の保護法益も名誉であり、事実の摘示の有無によって区別されるとしています。

(2) 規範的名誉論と現行法の解釈

ア 規範的名誉(あるべき評価)の概念

  • 規範的名誉説とは、現実の社会的評価(事実説)を保護するのではなく、「その人が受けるべき相当・適切な評価(あるべき評価)」を保護法益と捉える立場です。
  • 事実説(客観的社会的評価)に対する批判
    • 事実説に立つと、悪人が世間を騙して得ている「不当に高い評価(虚名)」であっても保護されることになり、妥当性を欠くという批判がなされます。
    • しかし現行法が「事実の有無にかかわらず」と規定している以上、解釈上難しいという指摘が多くされています。

イ 事実説が維持されるべきと考えられている理由

  • 現実の社会生活関係の維持と平和を守るためには、個人の平穏な社会活動の基礎となっている客観的評価を維持するべき。
  • 社会生活の維持と表現の自由の調和
    • 虚名であっても社会的評価が存在する以上、私人が自力救済的にそれを暴いて破壊することは許されず、法的保護の対象となるとするべき。
  • 現行刑法の構造的解釈
    • 真実を暴くことが正当化されるか否かは、刑法230条の2という法的枠組みの中で判断すべき。

(3) 名誉の中身

  • 名誉は法的保護に値するものでなければならず、消極的な評判・悪名は名誉に含まれないと考えられています。
  • 人の社会生活に何らかの関わりがあると考えられる積極的評価はすべて名誉に含まれるとされています。
    • 人の行為または人格に対する倫理的価値に限らず、政治的、社交的、学問的、芸術的能力、身体的、精神的な資質、職業、身分、血統など広く社会生活上認められる価値
    • 人の経済的な側面での社会的な信頼は、信用毀損罪により保護されるため、対象とならないと考えられています。

3 名誉の主体としての「人」の範囲

(1) 自然人

ア 社会的評価の主体としての自然人

  • 「加害者を除き」、社会生活を営んでいるすべての人間(自然人)は、名誉の主体となり得ます。
  • 主観的には名誉を意識し得ないようにも見える幼児や意思能力のない者であっても、社会の中で客観的な評価を受ける存在であるため、名誉毀損罪の被害者(客体)となります。

イ 犯罪者や社会的評価の低い者の名誉

  • 過去に犯罪を犯した者や、社会的に低い評価を受けている者であっても、なお残された社会的評価が存在するため、名誉の主体となります。
    • 人である以上、どのような者であっても最低限度の人格的価値に対する社会的評価は保障されるべきであるという法理念に基づくものと考えられます。

(2) 法人および権利能力のない団体の名誉主体性

  • 会社や学校法人などの「法人」も、名誉毀損罪における「人」に含まれます。
  • 大審院(大正15年3月24日判決)は人格を有する団体に対しても名誉毀損罪・脅迫罪が成立し得るとしていました。
    • 判例(最裁昭和58年11月1日決定等)は、侮辱罪に関してではあるものの、「人」には法人も含まれると明示しています。
  • 法人は経済的な「信用(支払能力や商品品質)」だけでなく、社会的活動を行う主体として「社会的評価(名誉)」を保持しているためです。
  • 集合的名称(集団)に対する名誉毀損
    • 「九州人」「東京都民」などの漠然とした集団に対する非難・中傷は、原則として特定個人の名誉を傷つけるものとはならず、名誉毀損罪は成立しないと考えられています。
    • ただし、集団の範囲が狭く、構成員全員または特定の構成員を指していることが客観的に理解できる場合には、その個別構成員に対する名誉毀損罪が成立し得ます。
  • 統一的な意思
    • 名誉の主体となるためには、社会において統一的な意思の下に個々の構成員とは独立して行動していると認められることが必要とされています。
      • 侵害される名誉について、一個の事実的評価が成立しなければならないためと考えられています。
    • たとえば、家族等は「統一的な意思の下に個々の構成員とは独立して行動」しているとは言えないため、家族全体の名誉を害する行為がなされても、家族全体を被害者とする名誉毀損罪は成立しません。
      • もちろん、家族の個々の人物を被害者とする名誉毀損罪は成立し得ます。

4 他の類似犯罪(侮辱罪・信用毀損罪)との区別

名誉毀損罪(具体的事実の摘示あり)、侮辱罪(事実の摘示なし)、信用毀損罪(経済的評価の侵害)の識別基準を示す図解。
判例通説に基づく、事実の摘示の有無や保護法益による名誉毀損罪・侮辱罪・信用毀損罪の区別

(1) 侮辱罪(刑法231条)との区別

ア 事実の摘示の有無

  • 判例通説的な立場からは、名誉毀損罪(230条)と侮辱罪(231条)を分ける要素は、「具体的事実の摘示」が存在するか否かになります。
  • 具体的事実と抽象的判断・罵倒の区別
    • 例えば、「〇〇は不倫をしている」「〇〇は過去に前科がある」という提示は事実の摘示(名誉毀損)であり、「〇〇はバカだ」「非常識な奴だ」という評価・罵倒は侮辱にとどまります。
    • 裁判例に見る具体的判断基準裁判例では、外部から証拠等によってその真否を判断・証明することが可能な程度に具体的な内容が含まれているかどうかが判断の境目となります。

イ 保護法益と罪質上の相違

  • 判例通説によれば、両罪とも保護法益は「外部的名誉」ですが、侮辱罪については「名誉感情」も保護法益に含まれるとする有力な学説が存在します。
  • 判例通説は、事実を摘示して社会的評価を落とす行為(名誉毀損)は危険性が高いため、侮辱罪よりも大幅に重い法定刑が科されていると理解することになります。
  • 両罪の関係(法条競合)
    • 同一の表現の中で、事実の摘示と侮辱が混在する場合、法条競合の関係にあり、名誉毀損罪が成立する場合には侮辱罪は成立しないことになります。

(2) 信用毀損罪(刑法233条)との関係

ア 「信用」の定義と保護法益

  • 刑法233条の「信用毀損罪」が保護する「信用」とは、人の経済的側面における社会的評価(支払能力や支払意思、商品の品質等)を指します。
    • 経済的側面における社会的評価経済的評価に特化した「信用」は信用毀損罪で保護され、人の品性、徳行、能力、名声などの一般的な社会的評価は名誉毀損罪で保護されます。
  • 大審院大正5年6月1日判決は、名誉毀損罪と信用毀損罪を区別し、それぞれ別の罪が成立することを前提のように判示しているように見えます。

イ 1個の行為で両罪に触れる場合の処理

  • たとえば、「〇〇会社は粉飾決算をしており、社長は詐欺師だ」というように、1つの発言が経済的信用と人としての名誉の双方を低落させる場合があり得ます。
  • 観念的競合(刑法54条1項前段)
    • 1つの言論で「信用」と「名誉」の双方を同時に毀損した場合は、信用毀損罪と名誉毀損罪の観念的競合(刑法54条1項前段)となり、最も重い刑で処罰されます。

5 名誉毀損事件における弁護活動のポイント

名誉毀損事件において確認すべき5つのステップ(対象の特定、事実の摘示、公然性、刑法230条の2免責、経緯・資料の確認)を示すフローチャート。
名誉毀損罪の検討ステップ

名誉毀損事件では、「問題となった発言が不適切だったか」という一般的・感覚的な評価だけでなく、刑法230条の各構成要件に沿って具体的に検討することが重要です。

特に、弁護活動では、次のような点を確認する必要があります。

(1) 「誰の」「どのような評価」が害されたのか

まず、問題となる表現が、誰を対象としているのかを特定する必要があります。

そのうえで、その表現によって低下するとされる社会的評価が、刑法230条の保護する「外部的名誉」に当たるのかを検討します。

(2) 具体的な「事実の摘示」があるのか

意見や論評、感想、侮辱的な表現にとどまるのか、それとも、証拠によって真偽を判断できる程度の具体的事実を示しているのかを検討します。

名誉毀損罪と侮辱罪を区別する重要なポイントとなるため、実際の投稿や発言を文脈に即して分析する必要があります。

(3) 「公然性」が認められるのか

誰がその発言を認識することができたのか、実際に何人が認識したのか、さらに、特定の少人数に伝えられた場合に伝播可能性が認められるのかなどを検討します。

(4) 摘示された事実と刑法230条の2との関係

摘示された事実が真実である場合には、刑法230条の2による処罰阻却の可能性を検討する必要があります。

公共の利害に関する事実なのか、公益を図る目的があったのか、真実であることの証明が可能なのかなど、表現の背景や資料関係を含めて検討します。

名誉毀損事件では、単に「真実だったから大丈夫」と考えるのではなく、刑法230条の2の要件に沿って検討することが重要です。

(5) 発信に至った経緯や資料を確認する

実際の弁護活動では、問題となった投稿や発言だけを切り取って評価するのではなく、発信に至った経緯、発信者が保有していた資料、情報を入手した経緯、相手方との関係、発信当時の認識などを確認することが重要です。

名誉毀損罪では、「何を言ったか」だけでなく、「なぜ、どのような根拠に基づいて、それを言ったのか」が後の刑法230条の2や真実性の誤信・相当性の法理の検討にも関係します。

したがって、早い段階で問題となった投稿・メッセージ・メール・録音等を保存し、発信に至る経緯を整理しておくことが重要です。

6 まとめ

名誉毀損罪を検討する際には、単に「相手の悪口を言ったか」「嘘を言ったか」という観点から判断するのではなく、刑法230条が定める構成要件に沿って検討することが重要です。

特に重要なのは、①公然と、②事実を摘示し、③人の名誉を毀損したといえるかという点です。

そして、ここでいう「名誉」は、判例・通説上、人が社会から受ける客観的な評価である「外部的名誉」を意味すると理解されています。
そのため、本人が不快に感じたかどうかだけで、直ちに名誉毀損罪が成立するわけではありません。

また、刑法230条は、摘示された事実が真実であるか虚偽であるかを原則として問いません。
一方で、一定の場合には刑法230条の2によって、真実であることが証明されたときに処罰されない仕組みが設けられています。

さらに、事実を摘示する名誉毀損罪と、事実を摘示せずに人を侮辱する侮辱罪、経済的側面における社会的評価を保護する信用毀損罪とは、それぞれ構成要件や保護法益が異なります。

名誉毀損事件では、表現の内容だけでなく、誰に向けて、どのような方法で、どのような文脈で発信されたのかを具体的に検討する必要があります。

7 その他の記事

8 用語解説など