刑訴法321条「供述不能」とは?要件と判例・弁護実務をわかりやすく解説
刑事裁判では、証人が法廷で直接証言するのが原則です。
しかし、証人が死亡したり、病気等で出廷できなかったりする場合、例外的に供述調書が証拠として用いられることがあります。
このとき問題となるのが、刑事訴訟法321条における「供述不能」です。
もっとも、「出廷していない=すぐ供述不能」とは限りません。
裁判実務では、その判断は厳格に行われており、結論を左右する重要な争点になります。
本記事では、供述不能の要件、判例裁判例の動向、そして弁護実務上のチェックポイントまで、解説します。
※ 本記事では一般的な見解をご紹介するもので、そのすべてに賛同するものではありません。
※ 公開日時点の情報を基にしています。

1 伝聞法則
(1) 伝聞法則の趣旨
- 反対尋問権の保障
- 供述には、知覚・記憶・表現という各過程において、誤りや意図的な嘘が混入する危険が常に伴います。 そのため、裁判の場で証人を直接尋問し、弁護人が反対尋問によってその内容をテストする機会を保障しなければ、事実認定を誤らせるおそれがあるからです。
- 直接主義・口頭主義
- 裁判官や裁判員が、法廷で証人の生身の言葉を聞き、その証言態度を直接観察して信用性を吟味すべきであるという考え方(直接主義)も、反対尋問権の保障とともに、この法則の重要な根拠となっています。
(2) 「供述不能」という例外
- もっとも、この原則をあまりに厳格に貫くと、重要な証人が死亡したり、重い病気で出廷できなくなったりした場合に、真実が明らかにならない可能性が出てきます。
- そこで法は、一定の「必要性」と「信用性の情況的保障」が認められる場合に限り、例外的に供述調書の証拠能力を認めています。
- その「必要性」の核心部分こそが、本記事で詳しく解説する「供述不能(公判期日において供述することができないとき)」という要件です。
2 刑事訴訟法321条1項各号の構造|供述不能が問題となる場面
被告人以外の者の供述を録取した書面(調書)の証拠能力を定めた321条1項は、作成者(録取者)が誰であるかによって、1号から3号までの3つの類型に分かれています。
いずれの類型においても、証人が法廷に来られない等の「供述不能」が、証拠採用のハードルとなっています。
(1) 裁判官面前調書(321条1項1号)
- 1号書面の意義
- 裁判官の面前で作成された証人尋問調書や、被告事件の公判準備として行われた尋問の録取書などがこれに当たります。
- 要件の緩和
- 裁判官という公平な第三者の前で、宣誓の上で行われた供述であるため、他の号に比べて信用性の保障が高いとされています。
- 供述不能(前段)または相反供述(後段)のいずれかがあれば証拠能力が認められます。
- もっとも、相反供述については、証拠能力が与えられるためには、反対尋問の機会を与える必要があるという見解が有力です。
(2) 検察官面前調書(321条1項2号)
- 2号書面の意義
- 検察官(または検察事務官)の面前で、証人が内容を確認して署名押印した「検面調書」のことです。
- 2号前段の適用
- 証人が死亡、病気、所在不明、または国外にいることにより法廷で供述できない場合、この「2号前段」に基づき、特信情況の立証なしに証拠採用されるという強力な効力を持ちます。
- ただし、憲法に違反する等の根強い批判があります。
- 証人が死亡、病気、所在不明、または国外にいることにより法廷で供述できない場合、この「2号前段」に基づき、特信情況の立証なしに証拠採用されるという強力な効力を持ちます。
- 2号後段の適用
- 供述調書と実質的に異なる供述や相反供述をした場合に、前の供述が信用できる情況(相対的特信情況)があると認められる場合に証拠能力が与えられます。
(3) 警察官面前調書・私人の書面(321条1項3号)
- 3号書面の意義
- 警察官等が作成した「員面調書」や、私人が作成した日記、手紙、報告書などが含まれます。
- 最も厳しい要件
- 国家の法律機関である裁判官や検察官以外の者が関与しているため、
「供述不能」
であることに加え、
「犯罪事実の存否の証明に欠くことができないこと(不可欠性)」
および
「特に信用すべき情況(絶対的特信情況)」
という3つの要件をすべて満たさなければなりません。
- 国家の法律機関である裁判官や検察官以外の者が関与しているため、
3 供述不能の具体的内容|条文上の4つの事由
法廷で直接証言を得ることができないという「供述不能」は、条文上、以下の4つの事由が挙げられています。
(1) 死亡
供述者が亡くなっている場合です。
- すでに刑が執行された共犯者の供述調書について、本号の適用を認めた判例があります(大阪高判昭28・5・19)。
- 公判期日で証言後、これと異なる検察官調書が作成され、再度の証人尋問請求がされ、その尋問前に証人が自殺した事案について、(当該検察官調書について)供述者の死亡による供述不能に該当するとした裁判例があります(東京高判平成5・10・21判タ846号294頁)。
(2) 精神若しくは身体の故障
一時的な病気ではなく、証言が不可能な程度の重篤な状態を指します。
体調への配慮は必要ですが、回復の可能性がある場合は、弁護活動の観点からは、期日を延期して証言を求めるべきであり、安易に調書を採用すべきではないというほかありません。
- 性犯罪事件の被害者が、法廷で激しく泣き崩れて応答不能となり、休廷後も同様の状態であったため「身体の故障」による供述不能を認めた裁判例があります(札幌高判函館支部昭26・7・30)。
- 知的障害で、記憶を長期間保持することが困難であるとされ、検察官の事情聴取でも、事件のことは覚えていないと供述している事案について、供述不能とした裁判例があります(東京高判平成27・3・13)
(3) 所在不明
一時的な所在を含まず、「見つからない」というだけでは足りず、捜査機関が「相当な手段を尽くしても所在が判明しない」ことが必要とされています。
- 供述者Aが「Bは所在不明である」と供述しただけでは足りない(福岡高判昭和25・3・29)、供述者Aが転出した旨のある書面では足りない(福岡高判昭和26・11・19)とした事例があります。
- 月1,2回帰宅することが判明していても、5回にわたる証人尋問の呼び出しを受けても出頭せず、所在を知り得なかった事案について所在不明として事案があります(名古屋高判金沢支部昭和25・7・19判タ10号61頁)。
- 供述者が虚偽の住所氏名を用いたために所在が判明しない場合に、所在不明と判断した事案があります(東京高判昭和31・12・19)。
- 所在不明の要件は、当該供述調書の取調べ時点で存在すればよく、証拠調べ後に証人の所在が判明し、証人尋問が行われても、その供述調書の証拠能力に影響はないとされています(東京高判昭和42・12・11判タ219号139頁)。
- 所在不明の事実は、証拠能力の要件(訴訟法上の事実)であるため、厳格な証明ではなく、自由な証明で足りると考えられています。
この場合、合理的な疑いを差し挟まないまでの証明は要せず、確信の程度で足りると考えられています。- たとえば、伝聞法則の適用が必須ではなくなります。捜査機関が調査した資料のみで判断されてしまう可能性が残ることになります。
- ただし、事案によっては、裁判の帰趨を左右することになるため、調査した捜査官の証人尋問などを徹底的に求める場面は必要と考えられます。
(4) 国外にいること
- 証人が外国におり、公判期日に出頭を求めることが事実上不可能な場合です。
- 国外にいるだけでは足りず、可能な手段を尽くしても公判期日・公判準備期日に出頭させることができない事情が必要とされています(東京高判昭和48・4・26判タ297号367頁)。
- 証人として召喚状又は勾引状を発付されながら、何ら特別な理由もなくこれに応じず、外国旅行中であったされた事案について、本号に該当するとされた事例があります(最判昭36・3・9刑集15巻3号500頁)。
- 国外の供述者が証言する意思があるか確認する方法について、裁判所が証人の召喚状の送達あるいは証人尋問を嘱託することまでは必要ではなく、検察官が供述者に来日の意思のないことを確認したことをもって、供述不能に該当するとした事案もあります(東京高判昭62・7・29判時1257号3頁)
4 その他の供述不能等
通説判例は、条文に書かれている事由は例示的な事由としています(最大判昭和27・4・9刑集6巻4号584頁)。
以下のような事例があります。
(1) 国外退去強制と供述不能
- 退去強制処分を受けて出国した者は、日本への再入国が制限されるため、物理的に出廷が不可能な「供述不能」の状態にあると形式的には判断され得ます。
- 最判平成7・6・20刑集49巻6号741頁は、退去強制により出国した者の検察官調書については、検察官において供述者が国外に退去させられて公判期日に供述することができなくなることを認識しながら、殊更その事態を利用した場合や、その供述者について証人尋問が決定されているにもかかわらず強制送還が行われた場合など、その調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともある旨判示しています。
(2) 証言拒絶・黙秘権行使と「供述不能」
証人が宣誓を拒絶した場合(仙台高判昭和32・6・9判タ76号57頁)、証人が証言を拒絶した場合(最大判昭和27・4・9刑集6巻4号584頁)、共犯者が共同被告人として公判廷で黙秘権を行使した場合もこれにあたるとされています。
(3) 記憶喪失
記憶喪失の場合も供述不能事由に該当するとされています(最決昭和29・7・29集8巻7号1217頁)。
もっとも、記憶喪失があれば当然に供述不能となるものではなく、誘導尋問その他の方法(刑訴規199条の3第3項3号・同条の11)により記憶喚起を図った上、なお記憶を喪失していること、つまり全く供述が得られないに等しい状態であることが必要という指摘も見られます。
(4) 被害者の供述不能
- 仙台高裁令和6年8月6日
- 被害者が精神上の障害等を理由に供述不能と判断した1審について、
- 供述不能の判断の基礎としたのは、検察官の意見書と医師作成の簡潔な診断書のみであったこと
- 診断書には「不安神経症」「対人恐怖症(フラッシュバック)」との病名と、「出廷はできない」という簡潔な記載しかなかったこと
- 被害者の症状の程度や継続期間が不明確であり、ビデオリンク方式や期日外尋問などの衝撃緩和措置を講じてもなお供述ができないのかについて、医師への反対尋問等による信用性の吟味がなされていなかったこと
等を理由に1審の判断の誤りを指摘した裁判例があります。
- もっとも、この事案では、医師の証人尋問等が行われ、最終的に供述不能が認定されています。
- 上告審である、最決令和7年7月7日(刑集79巻5号159頁)では「結局のところ、本件証拠決定の時点で同法321条1項2号前段の要件を満たしていたと認めている。そうすると、原判決は、本件証拠決定それ自体が違法であるとはいえないにもかかわらず、同法379条に規定する事由があるとして第1審判決を破棄したことに帰し、このような原判決の判断には同法397条1項、379条の解釈適用を誤った違法がある。」と指摘されています。
- 被害者が精神上の障害等を理由に供述不能と判断した1審について、
- 東京高判令和3年10月19日
- 証人は、検察官による5回にわたる訪問・説得に対しても出廷を頑なに拒否し続け、その際、検察官に対して魔法瓶を投げようとする動作をしたり、目の前で玄関のドアを閉めたりするなどの事情
- 喉頭がんと白内障を患う妻の介護が常時必要であったことや自宅を離れると、親族が預金を下ろしてしまうおそれがあるということを理由に拒否したこと
- 裁判所は勾引状を発付したが、執行を試みた際、証人がドアを閉めようとしたため、87歳という高齢の証人が負傷する事態を避けるために検察官が執行を断念したことは、やむを得なかったこと仮に無理に連行したとしても、それまでの態度からして、証人が任意に宣誓して供述する見通しは全くなかったこと
- 証人の居所に裁判官が出向く「所在尋問」についても、証人の激しい拒絶態度(検察官への威嚇行為など)に照らせば、協力が得られず不奏功に終わる可能性が極めて高かったこと
等を主な理由として供述不能を認定した裁判例があります。
5 「特信情況」の要否
特に321条1項2号で問題になる点ですが、最大の特徴は、前段(供述不能)と後段(相反供述)で要件が異なる点があります。
ア 条文上の「特信性」の欠如
後段(相反供述)の場合には「前の供述を信用すべき特別の情況(特信情況)」が必要とされていますが、前段(供述不能)にはこの文言がありません。
イ 憲法上の疑問と「制限的合憲説」
- 弁護人の立会いもなく作成される検面調書が、特信情況のチェックなしに「証人が来られないから」という理由だけで証拠になることに対し、憲法37条2項(証人審問権)違反ではないかという強い批判があります。
- 「証人が亡くなったからといって、反対尋問も経ていない、特信性も保証されない書面を証拠にするのは不当である」とする有力な見解もあります。
- 本条を合憲としつつも、「信用すべき情況の保障が認められる場合に限り」証拠能力を認めるという、実質的な制限を加えるべきであるとの見解もあります。
6 適切な弁護活動のために
刑事訴訟法第321条第1項各号における「供述不能」の要件は、単に証人が法廷に不在であれば直ちに認められるというのではありません。
(1) 安易な供述不能認定への警鐘
近時の仙台高裁令和6年8月6日判決や東京高裁令和3年10月19日判決が示しているように、裁判所は「本当に証言が不可能なのか」「ビデオリンク方式や期日外尋問などの代替手段は検討したか」「国家機関側に不当な利用や落ち度はないか」といった点を厳格に吟味しています。
たとえば、精神的な理由による出廷拒否の場合には、「診断書」の提出だけでは足りず、医師への尋問等を通じた具体的な症状の立証を求めることも考えられます。
(2) 弁護人の役割と権利擁護
検察官が「証人が来られない」として供述調書の採用を求めてきた際、それが被告人の反対尋問権を不当に侵害するものではないか、厳しくチェックするのが弁護人の責務です。
- 所在調査の不備や代替措置の追及
「相当な手段を尽くした所在調査」がなされているか、あるいは証人の負担を軽減する措置を講じれば証言可能ではないか、といった視点から証拠請求に異議を申し立てます。
- 手続的正義の主張
特に国外退去強制が絡む事案などでは、国家機関が証人尋問の機会を奪うような不当な事態を利用していないかという「手続的正義」の観点からの防御が不可欠です。
刑事裁判の結論は、供述調書の「証拠能力」の有無によって180度変わることも珍しくありません。
7 まとめ
刑訴法321条の「供述不能」は、反対尋問権に直結する重要な論点です。
供述調書の証拠能力は、裁判の結論を大きく左右します。
適切な判断のためには、証拠法に精通した専門家の関与が不可欠です。
お困りの際は、お早めにご相談ください。





