刑訴法328条(弾劾証拠)とは?|自己矛盾供述・判例・実務を弁護士が解説
刑事裁判では、被害者・目撃者・共犯者などの証人の供述が結論を大きく左右することがあります。
しかし、その供述が本当に信用できるものかどうかは、慎重に検討されなければなりません。
その証言が捜査段階での供述と食い違っていたり、記憶が変遷していたりする場合もあります。
その際に重要となるのが、刑事訴訟法328条に基づく「弾劾証拠」です。
本記事では、弾劾証拠の基本から、自己矛盾供述の範囲、平成18年最高裁判例の考え方、実務上のポイントまで、弁護士が分かりやすく解説します。
※ 本記事では一般的な見解をご紹介するもので、そのすべてに賛同するものではありません。
※ 公開日時点の情報を基にしています。

1 刑訴法328条の意義
(1) 条文の規定と趣旨
刑事訴訟法328条は次のように規定しています。
「第三百二十一条乃至第三百二十四条の規定により証拠とすることができない書面又は供述であっても、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うためには、これを証拠とすることができる。」
この条文は、英米法における弾劾証拠(impeachment evidence)の理論を継承したものとされています。
原則として、公判廷外の供述を内容とする書面(供述録取書など)は、伝聞法則(刑訴法320条1項)により証拠能力が認められません。
しかし、その書面を「供述内容が真実であること」の証明(実質証拠としての利用)ではなく、
「証明力を争う」(≒「法廷での証言が信用できないこと」の立証(補助証拠としての利用))ため
に用いる場合には、例外的に証拠として許容され得ることを明らかにしています。
問題はその範囲です。
ア 伝聞法則との関係
本来、供述の証明力を争うだけであれば、その内容の真実性を前提としないため、非伝聞として当然に許容されるはずです。
しかし、328条があえて規定を設けたのは、伝聞法則が厳格に適用される中で、弾劾目的の証拠使用が不当に制限されることを防ぐとともに、実質証拠としての脱法的な利用(伝聞法則の骨抜き)を警戒する趣旨が含まれています。
イ 「証明力を争う」の意味
ここでいう「証明力を争う」とは、通常は、証拠の価値を減殺する(弾劾する)ことを指します(増強証拠・回復証拠まで含まれ得るかの議論は後述します。)。
最高裁は、この328条の目的を「公判準備又は公判期日におけるその者の供述の信用性の減殺を図ること」と明確に定義しています(最決平成18年11月7日刑集60巻9号561頁)。
2 自己矛盾供述に限られるか|限定説と非限定説の対立
328条で許容される証拠の範囲については、古くから「限定説」と「非限定説」が激しく対立してきました。
(1) 学説の状況
ア 非限定説
非限定説は、条文が「第321条乃至第324条の規定により証拠とすることができない書面又は供述」と広く規定し、何ら限定を付していないことを根拠とします。
- 主な根拠
- 文言上の素直な解釈であること。
- 日本の刑事裁判は職業裁判官による判断であり、伝聞証拠を広く提出させても、裁判官が補助証拠として適切に評価すれば弊害はないこと。
- ↑ 裁判員裁判導入前の根拠と思われます。
- 内容
- この説によれば、自己矛盾供述(証人自身の過去の食い違う供述)だけでなく、第三者の供述なども広く含まれることになります。
- 例:A証人が「現場を見た」と証言したのに対し、Bが「Aは見ていなかったと言っていた」と供述した供述録取書
- この説によれば、自己矛盾供述(証人自身の過去の食い違う供述)だけでなく、第三者の供述なども広く含まれることになります。
イ 限定説
限定説は、328条で許容される証拠を「自己矛盾供述」に限定する考え方であり、現在の判例・通説となっています。
- 主な根拠
- 非限定説を採ると、他人の矛盾供述を弾劾証拠として提出する場合、結局はその「他人の供述内容が正しいこと」を前提にせざるを得ず、実質証拠(伝聞証拠)として利用するのと変わらなくなること。
- 立法過程において、GHQから提示された案や法務庁による当時の英訳文では、弾劾対象者と供述者が同一人である(自己矛盾供述である)ことが前提とされていたこと。
- 内容
- 自己矛盾供述とは、同一人が時と場所を異にして行った、前後矛盾する内容の供述を指します。
- 自己矛盾供述は、その内容の真実性が問題なのではなく、「食い違うことを言っている」という事実自体が、その者の知覚・記憶・表現の正確性に疑念を抱かせるため、非伝聞的な性質を持つとされます。
ウ その他の説|純粋補助事実非限定説など
- 様々な説がありますが、大別して以下のような立場ありました。
- 純粋補助事実非限定説1(328条によって許容されるのは純粋補助事実。自己矛盾供述は328条を待たずに当然に許容)
- 純粋補助事実非限定説2(328条によって純粋補助事実は自己矛盾供述以外も許容されるが、それ以外の事実は自己矛盾供述に限って許容)
- 自由な証明説(純粋補助事実以外の一実に関して、自己矛盾供述に限るとしたのが328条)
- 片面的構成説(検察官請求証拠は自己矛盾供述に限られるが、被告人側はそれ以外の証拠も無制限で提出できる)
(2) 平成18年判決の解説
この論争に終止符を打ったのが、最決平成18年11月7日(刑集60巻9号561頁)です。
ア 事案の概要
現住建造物等放火被告事件において、近隣住民Aが証人として出廷し、火災直後の被告人の様子について証言しました。弁護人は、Aの証言を弾劾するため、消防吏員Kが作成した「聞込み状況書」(Aが以前に語った内容が記載されたもの)の証拠調べを請求しました。この状況書にはAの署名・押印がありませんでした。
イ 裁判所の判断
最高裁は、以下のように述べて「限定説」を明示しました。
「刑訴法328条により許容される証拠は、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る。)、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られると解すべきである。」
さらに、本件の書面については、Aの署名・押印がないため「供述を録取した書面」としての要件を満たさず、328条の証拠として認められないと結論づけました。
ウ 判決の意義
この判決により、328条の対象が「自己矛盾供述」に限定されることが実務上確定しました。
また、後述するように、弾劾証拠の立証方法についても重要な指針を示しました。
(3) 射程|純粋補助事実と自由な証明・厳格な証明との関係
平成18年判決後のもう一つの重要な論点は、弾劾証拠に「厳格な証明」が必要か、それとも「自由な証明」で足りるかという点です。
ア 自己矛盾供述の存在と厳格な証明
最高裁は平成18年判決において、自己矛盾供述の立証について「刑訴法が定める厳格な証明を要する趣旨であると解するのが相当である」と判示しました。
- 署名・押印の必要性
- 厳格な証明を要する結果、自己矛盾供述が記載された録取書(供述調書等)には、作成者の署名・押印だけでなく、供述者(被録取者)の署名・押印(刑訴法321条1項柱書等の要件)も必要となります。
- 考えられる理由
- 有力な説明によれば、録取書には「供述者から録取者へ(第1伝聞)」と「録取者から裁判所へ(第2伝聞)」の二重の伝聞性が含まれており、328条で解除されるのは第1伝聞の伝聞性だけであるため、第2伝聞の正確性を担保するために署名・押印という法律上の要件(厳格な証明の枠組み)が必要になるとされています(二重の伝聞説)。
- 第2伝聞は、供述者が自己矛盾供述を本当にしたかどうかという、その存在を証明する過程ともいえます。平成18年判決の立場からすれば、厳格な証明を要するため、伝聞法則の適用があり、供述者(被録取者)の署名・押印(あるいはこれに変わりうるもの)が必要ということになると考えられます。
- 自己矛盾供述は、公判供述の信用性に大きな影響を与え、訴訟の結果に影響を与えることもあり得るから、厳格な証明を要するとしたという考えもあります。
イ 純粋補助事実と自由な証明
- 一方で、証人の資質、偏見、利害関係、能力などの「純粋補助事実」の立証については、平成18年判決の射程外であるという考えが有力です。
- 自由な証明の許容
- 純粋補助事実は、犯罪事実(主要事実)そのものの存否を直接左右するものではないため、伝聞法則の適用を受けない「自由な証明」で足りるとする見解が有力です。
- この立場に対しては、純粋補助事実が事実認定上重要な意味を有する場合に、伝聞法則の適用がないとすれば、伝聞法則の趣旨が骨抜きになるという指摘はあり得ます。
- たとえば、目撃者W1が被告人側から金品を受領した事実について、その場を目撃したというW2の供述調書のみで立証できるのか、W2の証人尋問が行われるべきではないか?という問題設定があり得ます。
- これに対しては、自由な証明で足りるという立場であっても、厳格な証明が除外されているわけではなく、事案によって、裁判所の訴訟指揮により、厳格な証明による運用によることは否定されていないという見解もあります。
- この立場に対しては、純粋補助事実が事実認定上重要な意味を有する場合に、伝聞法則の適用がないとすれば、伝聞法則の趣旨が骨抜きになるという指摘はあり得ます。
- 純粋補助事実は、犯罪事実(主要事実)そのものの存否を直接左右するものではないため、伝聞法則の適用を受けない「自由な証明」で足りるとする見解が有力です。
- 裁判例や実務の動向等
- 補助事実であっても犯罪事実の認定に極めて重要な影響を及ぼす場合には、裁判所の訴訟指揮として慎重な吟味(実質的な厳格な証明に近い運用)が求められるという見解が有力です。
- 訴訟法上の事実(違法収集証拠に関連する事実)についてですが、「現行犯人逮捕手続書等の書証を不同意のまま採用して取り調べ、これだけで現行犯人逮捕が適法であると判断した」、原審の判断を「(本件における重要性等を指摘した上)…証拠採用に関する合理的な裁量の範囲を逸脱しているといわざるを得ない。」とした高裁裁判例があります(東京高判平成22・1・26判例タイムズ1326号280頁)。
3 増強証拠・回復証拠が含まれるか
328条の文言は「証明力を争うため」と規定していますが、逆に信用性を高める目的(増強・回復)で使用できるかが問題となります。
(1) 増強証拠の否定的傾向
「増強証拠」とは、証人の証言内容と一致する過去の供述を提出し、証言の信用性を高めようとする証拠を指します。
ア 理論的根拠
通説および実務は、増強証拠としての利用に否定的です。
主な理由は以下の通りです。
- 328条の文言「争うため」は減殺(弾劾)を意味し、増強(補強)は含まれないと解するのが素直であること。
- 一致供述を何度繰り返したところで、直ちに信用性が高まるとは言えない、もし信用性が溜まるとすればその内容が真実であることが前提になるが、「同じことを言っているから正しい」というためには、伝聞法則を潜脱するものに他ならない。
イ 裁判例
東京高判昭和36年7月18日判時293号28頁などは、証人の公判供述を「増強するため」の証拠調べを適法とした例もありますが、現在の実務では、増強目的の採用に否定的です。
平成18年判例も「刑訴法328条は,…供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨」としています。
(2) 回復証拠の許容性
「回復証拠」とは、一度弾劾された証人の信用性を、再度の証拠提出によって回復させようとするものです。
ア 具体例
- 典型的な例は、証人の公判供述が「過去に矛盾した供述をしていた」として自己矛盾供述を理由に弾劾されたに対し、検察官が「この証人は事件直後から公判供述と同じことを言っていた」として、当時の供述調書を証拠調べ請求する場合です。
- 公判供述と一致する供述をしていただけでは、自己矛盾供述を理由に弾劾された公判供述を直ちに回復させるものと言えるかは慎重な議論が必要です。
- 少なくとも、自己矛盾供述をした際の事情が明らかとなっており、回復証拠の供述時にはそのような事情がなかったことが明らかにならなければ、関連性を欠いているとも言いうるように思います。
- 公判供述が、利害関係(金銭を授受した)に基づくものとして弾劾された場合には、利害関係(金銭を授受した)が生ずる前の一致供述である必要があるという指摘があります。
- また、証人に虚言壁があるとして公判供述が弾劾された場合は、過去に公判供述と一致する供述があっても通常は回復させる関係にはないため、関連性を欠くという指摘もあります。
イ 実務の傾向
実務上、回復証拠は「弾劾に対する弾劾(再弾劾)」として、328条により許容されるとするのが多数説です。
(3) 証言後に作成された証拠の取り扱い
弾劾証拠は、時間的に「証言前」になされた供述に限られるのか、それとも「証言後」に作成されたものでも良いのかという点も議論があります。
ア 積極説(許容する立場)
- 最判昭和43年10月25日刑集22巻11号961頁は
「公判準備期日における証人の尋問終了後に作成された同人の検察官調書を、右証人の証言の証明力を争う証拠として採証しても(原判文参照)、必ずしも刑訴法第三二八条に違反するものではない。」
とし、下級審裁判例(東京高判平成6年7月11日高裁判例速報平成6年78頁等)も、証言の後に作成された供述録取書であっても、328条の証拠となり得ると判断しているものもあります。 - 例えば、証人が法廷の供述で嘘をついたことを後で認めた供述調書などがこれにあたります。
イ 消極説と慎重論
一方で、証言後に検察官が証人を呼び出し、証言と矛盾する調書を「作り直す」ような運用は、公判中心主義や反対尋問権を侵害する恐れがあるため、極めて慎重であるべきとの指摘も根強くあります。
4 まとめ
刑事訴訟法328条は、供述の信用性を争ううえで極めて重要な規定です。
もっとも、その適用には、自己矛盾供述に限定されることや、厳格な証明が必要となる点など、専門的な判断が不可欠です。
現に、平成18年最高裁判決は、「自己矛盾供述」かつ「厳格な証明(署名・押印)」が必要という枠を示しているものの、自己矛盾供述の存在以外については自由な証明が許容されていると解する余地が残されています。
実際の刑事弁護では、どの証拠をどのタイミングで提出するかによって、結論が大きく変わることもあります。
刑事事件でお困りの方は、お早めにご相談ください。





