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任意段階での弁護士連絡妨害と無罪判決 ― 東京地裁判決の解説

警察官に職務質問1を受け、任意同行2を求められた際、弁護士に電話はできるでしょうか?

「弁護士に連絡したい」と申出たにもかかわらず、警察官が携帯電話を取り上げるなどして連絡妨害した事件では、警察官の対応を違法とし、無罪判決が出された事例があります(東京地裁平成21年10月29日判決(LEX/DB25463155)3)。)。

何の疑いもないのに職務質問されることもあります。

職務質問は任意で本来断れるはずなのに弁護士にも連絡できないというのは不合理です。

弁護士に援助を求める権利侵害を認め、無罪判決を出した裁判例をみてみましょう。

1.事案の概要

本件は、覚醒剤剤取締法違反(所持・使用)で起訴された事件です。

被告人とされた人は東京都内で警察官から職務質問1を受け、任意同行2を求められました。

警察官は被告人とされた人の不審な挙動や前科3を理由に所持品検査4を求めましたが、被告人とされた人はこれを拒否しつつ、職務質問中や、体調不良を訴えて搬送された病院で「弁護士に連絡したい」と申し出ました。

しかし、警察官は被告人とされた人の携帯電話を取り上げるなどして連絡を妨害しました。

その後、被告人とされた人が所持していたバッグから覚醒剤が発見され現行犯逮捕されました。

尿検査でも覚醒剤の陽性反応が出ています。

なお、被告人とされた人の供述と警察官の供述とが食い違い、事実関係に争いがある事件でした5

2.東京地裁の判断の内容

(1) 令状なき身柄拘束の有無について

・判旨

警察官が救急車に同乗したり,病院の病室に入ったのは証拠隠滅や逃走を防止するためであり,被告人の身体に対する物理的な接触すらなかったものであり,身柄拘束があったとは評価できない。
また,病院の外に出た段階においても,身体を拘束したことはなく,パトカーの中に入ったのも,被告人の任意の行動によるものであり,これが身柄拘束と評価することはできない。

・ポイント

警察官が救急車に同乗し、病院の処置室に立ち会ったりしたことは、逃走や証拠隠滅防止のためであり、被告人の身体を直接拘束したわけではない。

病院外に出た際も、身体を物理的に押さえつけるなどして強制的に連れ出した事実はなく、パトカーへの乗車も任意による。

したがって、「令状のない身柄拘束」にはあたらず、この点の違法は認められない

(2) 弁護士への連絡妨害について

・判旨

弁護士に電話をかけようとしたのにこれを警察官が妨害した事実については,これは弁護権侵害として重大な違法が存するといわざるを得ない。
確かに,本件の経緯をみると,被告人の嫌疑は時間を経るに従って相当程度に高まっており,被告人が弁護士に電話をかけたとしても,職務質問自体は続行され,所持品検査を受ける状況に変化はなかったかもしれないが,あくまで任意の処分である職務質問及び所持品検査において,弁護士に連絡して援助を求めることは,対象者にとって極めて重要な権利といわざるを得ない。憲法34条は身柄拘束の際の弁護人依頼権を保障しているが,身柄拘束に至る以前の任意処分の段階における弁護士に援助を求める権利は,この憲法の条項によりなおさら保障されていると解すべきである。
(太字・装飾は筆者)

・ポイント

証拠関係から、被告人とされた人が「弁護士に電話したい」と明示的に述べたにもかかわらず、警察官がこれを妨害した事実を認定しました。

警察官が「病院内では携帯電話は使えない」などと告げたり、携帯電話を取り上げる行為をしたことは、被告人とされた人の弁護権(弁護士に連絡して援助を求める権利)を侵害し、重大な違法と判断しました。

(3) 違法収集証拠排除の適用と範囲について

・判旨

このような見地からみると,本件証拠の収集には令状主義の精神を没却するような重大な違法があり,これによって収集された証拠の証拠能力を排除しなければ,同様の権利侵害が起き得る可能性が残ると評価すべきである。
そして,排除される証拠の範囲につき検討するに,覚せい剤は被告人が自らの意思でD部長に小物入れを開けさせた結果発見されたものであるが,これは被告人が弁護士に対する電話を妨害されたために,諦めの心情から抵抗する気持ちをなくしたことによるものと認められ,弁護権侵害を直接利用してなされた手続と認められるから,その証拠能力は排除すべきである(したがって,その鑑定書等の証拠能力も否定される。)。
また,被告人はそのまま警察署に連行された後,自ら任意に尿を提出しているが,この点も,以上の経緯の下,日時場所的に近接した状況のもとに,同様に抵抗の気持ちをなくして提出したものと認められるから,弁護権侵害に密接に関連する証拠として排除すべきである(したがって,その鑑定書等の証拠能力も否定される。)。
(太字は筆者)

・ポイント

弁護権(弁護士に連絡して援助を求める権利)は、憲法34条(身柄拘束時の弁護人依頼権)に照らし、任意処分6の段階であっても保障されるべき重要な権利の侵害にあたり、これに対する妨害は重大な違法と評価しました。

被告人とされた人が覚醒剤入りの小物入れを自発的に差し出したのは、弁護士への連絡を妨害され、「諦めの心情」から抵抗を断念した結果と評価しました。

よって、覚醒剤の発見自体が弁護権侵害の影響下でなされたと評価され、違法収集証拠排除法則7が適用され、その証拠能力は否定されるべきとしました。

同様に、尿検査結果も弁護権侵害と密接に関連する証拠として、証拠能力は否定されました。

3.ポイント

(1) 弁護権(弁護士に連絡して援助を求める権利)は逮捕前の任意段階にも及ぶ

弁護士に連絡し、援助を受ける権利は、逮捕や勾留後に限らず、職務質問などの任意処分の段階でも尊重される。

という点が挙げられます。

弁護士への連絡妨害等は、職務質問・任意同行時のみならず、捜索差押・強制採尿手続、任意の取調べ中8でも見られ、裁判例が積み重ねられていますので、別記事でもご紹介したいと思います。

多くの裁判例は、刑事訴訟法30条1項の弁護人依頼権の侵害を根拠に構成しています。

第30条(弁護人の選任)
1 被告人又は被疑者は、何時でも弁護人を選任することができる。
2 被告人又は被疑者の法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹は、独立して弁護人を選任することができる。

憲法34条は、身体拘束された際の弁護人依頼権に関する規定です。

身体拘束されていない場合にも憲法34条で保障されていると踏み込んだ判断をしています(もっとも、控訴審で否定されてしまっています。)。

画期的な判断であったと言ってよいでしょう。

第34条
何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

(2) 違法収集証拠排除法則の適用による無罪

弁護士連絡の妨害は重大な違法であり、その結果得られた証拠は証拠能力を否定される。

という点もポイントです。

違法収集証拠排除法則については、別記事で取り上げています。

・違法の重大性

「弁護士に連絡させないで、話をさせて供述調書を作らせてしまおう。証拠を押さえてしまおう。何をやっても裁判所は供述や証拠を採用してくれる。有罪にしてくれる。」

という考えがまかり通っては、司法に対する国民の信頼も危うくなってきます。

法が適正手続を定めた意味もありません。

「話をさせて供述調書を作らせてしまおう」の供述調書の内容が虚偽であった場合には、えん罪にもつながりかねません。

違法収集証拠排除法則が争点となった事案では、違法ではあるものの「重大とまでは言えない」などとして、証拠の排除を認めない事案も見られます。

違法性を述べるにとどまらず、その違法が重大な違法と評価した点がポイントです。

・派生証拠の評価と無罪判決

さらには、弁護人への連絡が妨害された点と、小物入れを開けさせ発見された覚醒剤は、小物入れの開披には任意に応じたのであって、関連しない証拠であるため証拠能力は否定されないといった評価する裁判所もあり得たように思います。

この点を、

被告人が弁護士に対する電話を妨害されたために,諦めの心情から抵抗する気持ちをなくしたことによるものと認められ,弁護権侵害を直接利用してなされた手続と認められる

として、小物入れの中にあった覚醒剤の証拠能力を否定し、その後に続く尿の鑑定書等の証拠も弁護権侵害に密接に関連する証拠として証拠能力を否定し、無罪判決の結論まで出された点も、ポイントです。

(3) 控訴審での破棄と水掛け論-保存の必要性-

もっとも、この地裁判決は、控訴審で破棄9されています。

ポイントは、携帯電話機と取り上げた等の妨害事実が認定されなかった点にあります。

一部では被告人とされた人の供述の信用性が否定されるなどしています。

取調べの違法性や違法収取証拠排除が問題となる事案では、警察官との水掛け論になるケースが目立ちます。

なかには、警察官が虚偽の事実を述べたなどの事実認定された事案もあるところ、複数人の警察官が供述が合わさってしまうとは非常に苦しい立場になることもあります。

(なお、全事件・全過程ではない点に課題はありますが)取調べの可視化が施行されている現在、職務質問時のやり取りも不毛な水掛け論が起こらないよう、動画撮影等して保存することも真剣に検討されるべきではないでしょうか。

現に、警察官が撮影をしているようなケースもあるようです。

4.まとめ

控訴審で破棄されてしまいましたが、この判決は、刑事弁護実務において重要な意味を持ちます。

職務質問など任意捜査の段階でも、被疑者が「弁護士に連絡したい」と述べた場合、それを妨害することは弁護権侵害となり、重大な違法として証拠能力が否定される可能性があります。

弁護人にとっては、任意段階での弁護士連絡妨害も違法収集証拠排除につながることを主張し得る、実務上の武器となる判例といえるでしょう。

5.他の記事

6.用語解説など

  1. 職務質問:警察官が、異常な挙動など何らかの犯罪をしたと疑われる理由のある者を発見した際に停止させて質問すること(警察官職務執行法2条1項)。
  2. 任意同行:職務質問の際、本人に不利である、交通の妨げなどの理由がある場合に、質問のために付近の警察署などへ同行を求めること(警察官職務執行法2条2項)
  3. 前科:確定判決で刑の言い渡しを受けたこと。確定判決とは、通常の上訴の手段では取消すことのできなくなった判決のこと。
  4. 所持品検査:警察官が、職務質問に付随して、対象者の所持品を調べること
  5. 控訴審判決で破棄:なお、控訴審判決(東京高裁平成22年6月7日判決(LEX/DB25463687))では、警察官による妨害行為は認定できないとして、破棄自判されています。
  6. 任意処分(≒任意捜査):強制処分を用いない捜査一般。強制処分とは、個人の意思を制圧して身体・住居・財産等に制約を加える行為などと定義される。逮捕・勾留・押収・捜索などが例。
  7. 違法収集証拠排除法則:刑事訴訟の法規に違反して収集された証拠について、証拠能力を否定し、訴訟から排除するルールのこと。証拠能力とは、証拠として公判廷で取調べることができる適格のこと。公判廷とは、公開の法廷で審理を行う法廷のこと。
  8. 任意の取調べ中の対応が問題になった事案:弁護士からの接見申出の事実を告げないまま取調べを続行した事案
  9. 破棄:上訴裁判所が上訴に理由があるとして原判決を取消すこと。