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電車内の痴漢事件の有罪が無罪に-高裁が覆した理由|供述の信用性と弁護の着眼点

痴漢事件は、目撃証言や物的証拠が乏しく、被害者の供述が有罪の唯一の証拠となることが少なくありません。

そのため、供述の信用性が有罪・無罪を分ける決定的な要素となります。

本稿では、さいたま地裁が有罪とした痴漢事件について、東京高裁が無罪を言い渡した逆転判決を取り上げ、供述の変遷や客観的状況との整合性をめぐる判断を分析し、弁護活動における重要な視点を解説します。

※ 本記事は公開時点の情報を基にしています。

1.痴漢事件の特殊性

痴漢事件は、多くの場合、物的証拠や目撃証言などの客観的証拠が乏しいという特殊性を持っています。

とくに、電車内での痴漢事件は、被害者の身体の一部に手で触れるという態様から客観的な証拠がなく、満員電車内での犯行であるため目撃者等がおらず、被害者の供述が有罪の唯一の証拠となる場合が多くなっています。

被害者の供述が有罪の唯一の証拠となる場合、被害者の思い込みや勘違いなどにより被害申告がなされ、その結果、誤って犯人と特定された人が有効な防御を行うことは容易ではないという特質があります。

また、痴漢行為の態様は単純かつ類型的なものが多く、たとえ体験した事実と異なるものであったとしても、「具体的かつ詳細」な供述をすることが可能である反面、その供述の信用性を弾劾することが容易ではありません。

そのため、供述の信用性が、有罪・無罪を決定する際の最大のポイントとなります。

2.地裁の判断を高裁が覆し無罪とした事例

(1) 事案の概要

本件は、某日、朝の通勤・通学時間帯に、走行中の電車内において発生した、迷惑行為防止条例違反被告事件です。

被告人とされた方は、被害者に対し、スカート内に手を入れ、下着の上から臀部(でん部)を触ったとして起訴されました。

被告人とされた方は、逮捕時は自白1した供述調書2が作成されましたが、その後は捜査段階から一貫して犯行を否認し、無罪を主張しました。

(2) さいたま地裁→有罪(平成26年12月8日判決)

結論|有罪

判旨の要約

  • 被害者の供述の信用性
    • さいたま地裁(原判決)は、被害者の供述は信用性が高いと判断しました
    • 被害者の供述は、触られた部位、感触など被害時の状況、さらに犯人の手首をつかむまでの自身の動きや犯人の手の位置など、犯人を特定する前後の状況について、そのときの心情も交えて具体的に述べられており、特段不自然な点は見当たらないと認定しました。
    • また、被害者は被告人とは面識がなく、虚偽の供述をして被告人を罪に陥れるような利害関係もないため、供述は信用できると判断されました。 
  • 弁護人の指摘に対する応答➀
    • 被害者は、当初は犯人の手をつかんだ手が離れたことを一切述べていなかったのに、体勢の不自然さを追及されると「振り返った時には犯人の手が抜かれていた」旨述べて供述を変遷させている
      • 被害者は犯人の顔を確認するまでの間、犯人の手を離したことはないと述べているのであり、完全に振り返り終わるまで終始被告人の手を握り続けていたと述べているものではないから、その供述が変遷しているとはいえない
  • 弁護人の指摘に対する応答②
    • 被害者は「ぱっと振り返った」と述べる一方、「右手首、腕、肩、顔というふうに確認した」旨到底不可能なことを述べ、検察官による証言指導の形跡もある
      • 振り返りながら瞬間的に手から顔までを視野に入れて確認することが不可能なこととはいえない。
      • その供述内容から、被害者が不当な指導を受けたなどという様子もうかがえない
  • 弁護人の指摘に対する応答③
    • 被告人を犯人にするために、触られたお尻の部位について、嘘をつている疑いがある
      • 再現写真について…指摘する被害者の説明の揺れもわずかなものに過ぎないし、…被害者が嘘をついているという指摘は全く根拠がない。
  • 被告人とされた方の公判での証言
    • B駅とC駅の中間を過ぎた辺りでアイポッドを左胸ポケットにしまい、右手をそのポケットの上に置いた直後、自分の左前にいた被害者が振り返り、右前腕部をつかみ、「てめえ、痴漢したろう。」などと言ってきた。B駅を出発してから、右手を下におろしたことはないと主張。
      • 被害者は振り向きざま、後ろに立っていた他は、何ら犯人であると疑うべき理由がないのに突然、被告人を痴漢の犯人と特定したことになり、不自然
  • 被告人とされた方の自白した供述調書
    • 警察官から、否認して反省していないと罪が重くなると言われ、反省しているふりをしようと考えたこと、追い詰められた気分になったことから、「被害者の言うとおりです、そのとおりです。」と答えたところ、自白した調書が作成されたと主張
    • しかし、被告人は、これまでスカートの中に手を入れて痴漢行為をしたことはなかったのに、今回はスカートの中にまで手を入れて犯行に及んだ動機について具体的な根拠を挙げて説明しており、「被害者の言うとおりです。」などと答えただけでこのような調書が作成されるとは考えられず、…説明は不合理。

・ポイント

  • 原判決は、被害者の供述内容が具体的で不自然な点がないこと、および虚偽供述をする動機がないことを重視し、被害者供述の信用性を積極的に肯定しました。
  • 弁護側が主張した、供述の変遷や不合理な点については、変遷はない・再現写真に対する説明の揺れもわずかな揺れに過ぎないなどとして、退けられました。
  • 被告人とされた方の供述について、公判3における供述は不自然とし、自白した供述調書の経緯に関する説明は不合理としました。

(3) 東京高裁→無罪(平成27年11月26日判決)

結論|原判決は破棄され、被告人とされた方は無罪とされました。

判旨の要約

  • 被害者の供述|被害者のでん部に触っている者の手をつかもうとするまでの状況
    • 十分に信用することができる
  • 被害者の供述|変遷等
    • 被害者は、当初検察官に対しては「犯人の手首をつかんでから犯人の顔を確認するまでの間に、犯人の手を離したことはない。犯人は、つかまれた右手を振り払って、顔の前で右手のひらを左右に振った。」旨供述していたのに、その後「犯人の右手をつかんで右回りに振り向く途中で犯人の顔を確認したが、振り向く途中で犯人に手を抜かれ、完全に振り向いたときには犯人に手を抜かれていた。つかんでから振り返るまでは一瞬である」という趣旨に理解される供述をしているのであるから、被告人を犯人と確認した経過に関する被害者の原審公判供述には、その証明力に大きな影響を与える変遷がある…被害者の…述の一部に着目し、…変遷はないとした原判決の判断は、不合理
  • 被害者の供述|供述内容の不自然さや検察官の誘導
    • 「つかんでから振り返るまでは一瞬である」旨供述する一方で、「右手首、腕、肩、顔というように確認した」と供述しているのであって、この点(注:供述内容)だけをみても被害者の供述に不自然さがあることは否定できない
    • 被害者は、…後ろを振り向く前から、被害者の後ろに位置する人物(すなわち被告人)が犯人であると思い込んでいたものと考えられる。…犯人によって触られていたでん部の位置からすれば、被害者がそのように認識していたこと自体は常識的な判断というべきものであるが、被告人を犯人であるとする被害者の供述の信用性を判断するに当たっては、考慮すべき事情。
    • 「その供述内容から、被害者が不当な指導を受けたなどという様子もうかがえない」と説示するが、結論を述べるのみであって説得的とはいえない
      • 第1審で、犯人の手を離したことを認めた後も、一瞬の間に犯人の「右手首、腕、肩、顔」を順次確認したという点については、控訴審においても「手首、腕、肩、顔と一瞬のうちにたどった」旨述べて…いるところ、被害者は、第1審の公判において、調書を取った後、「裁判の日」の直前に本件起訴検事4と会い、「文章の確認」を行ったと供述しているのであるが、被害者がこの供述をした際の公判検事の対応振りからすると、公判検事5が把握しないところで起訴検事が被害者と本件事件の確認をしたと考えられるのであって、原審弁護人が主張するような疑いもあながち捨てきれない
    • 被害者は、…被告人を痴漢の犯人と特定した理由に関して、「何も言っていないのに、振り向いただけで、違うみたいなことをしているので、怪しいのと、この人だというふうに思った」旨供述している。
      • しかしながら、仮に、被害者が供述するように、痴漢行為が行われている最中に犯人の手首をつかみ、手を離す前に犯人の顔を確認したのであれば、既に犯人は明らかに特定されているのに、被害者が供述するような被告人の言動を根拠にして被告人を犯人と思ったというのは不自然
  • 被害者の供述|犯行再現
    • 検察官に対して、被害者が某日に被害状況を再現した際撮影された番号〇の写真…について、(犯人が)お尻を触っているところを再現したところを撮影したものである旨供述し、番号△…の写真はこれをアップで撮影したものであり、犯人役の警察官が触っている位置は、実際に被害者が触られた位置と同じである旨供述
    • 1審弁護人に対して、番号〇、△の写真について、一旦は検察官に対するのと同様の供述をしたものの、その後、再度1審弁護人から、番号〇、△の写真を示された際には、犯人役の警察官が触っている位置は、犯行の際被害者が実際に触られた位置とは異なっており、番号〇、△の写真を撮影したときの再現の目的は、触られた位置の地上からの距離を測ることにあったと供述
    • 示された番号〇、△の写真についての説明は、当初の検察官に対するものと、(注:被害者の説明の揺れもわずかなものに過ぎないとする1審の判断は最終的な1審弁護人に対するものとでは、全く異なっており、合理的な説示とはいえない
  • 被告人とされた方を犯人とすると不自然不合理な点
    • 被害者が1審公判において供述する触られた場所に関する最終的な供述内容は、…背負っていたスクールバッグの左右の幅の範囲内の「真中に近いところ」である。そうすると、…被害者のほぼ真後ろに位置していた、サンダルを履いて直立し右腕を鉛直方向に下げた…被告人が、厚さ約20センチメートルのスクールバッグ越しに、右手を用い、被害者が供述するように「最初はお尻の右側を手のひらで触られ、続いてお尻の右側の太ももの付け根に近い部分を、手の指の腹と先の部分で、パンツのラインに沿って何度も往復するようになでられた後、犯人がパンツのラインからパンツの内側に指を入れようと」する…のは、相当に困難ではないかと推測される上、少なくとも、直立したままでは不可能であると考えられる。
    • (1審判決は,被告人が被害者のスカートをまくり上げたとまでは認定できない」としたが)…本件痴漢の犯人が被害者のスカートをまくり上げたものと考えられる。そうすると、被告人と被害者の位置関係や身長差からして、…スカートの中に手を差し入れるためには、膝を折り上半身を屈めるような動作が必要になり、スクールバッグが押し下げられるような状況が生ずるものと考えられるが、…被害者は、本件痴漢被害に遭っていた際、スクールバッグがずっと上がっていたと供述しており、…被告人が犯人であるとすると説明の困難な事情
  • 被告人とされた方の供述
    • 後ろを振り向く前から、被害者の後ろに位置する人物(すなわち被告人)が犯人であると思い込んでいたものと考えられる。…被害者がそのように認識していたこと自体は常識的な判断というべきものであり、…「後ろに立っていた他は、何ら犯人であると疑うべき理由がないのに突然、被告人を痴漢の犯人と特定したことになり、不自然である。」と断定するのは合理的とはいえない
    • 弁解録取書6を作成した直後に、内容の異なる司法警察員調書をとり直されたという経緯からすると、同調書は捜査官が被害者の供述内容と整合させるためにとり直された調書と認められること、同調書に録取された供述内容は、被告人と被害者の位置関係や、どのように右手を使い、被害者のでん部のどの部分を触ったかなど、犯行状況等について具体的に述べるものではないことからすると、原判決は、…「被告人のこの点についての説明は不合理である。」というのであるが、同調書の作成経緯に関する被告人の供述を直ちに排斥することはできず、同調書における供述内容の信用性は低い

ポイント

  • 被害者とされた方の供述
    • 被害者のでん部に触っている者の手をつかもうとするまでの状況と、手を掴んでから顔を確認するまでの状況とに分けて分析ました。
    • 高裁は、被害者供述の趣旨を緻密に検討した上、被害者供述の変遷(供述経過)を認定しました。
    • 供述内容自体も不自然であることを否定できないとしました。
    • 検察官の証言指導を受けた疑いも捨てきれないとしました。
    • 犯行再現に関する説明も、検察官に対する説明と弁護人に対する説明が大きく異なっていると指摘しました。
    • 被告人とされた方の行動が物理的に可能であったか、不自然ではないか(客観的状況との整合性)という観点から詳細に検討し、被告人とされた方を犯人とすると説明困難な事情があると指摘しました。
  • 被告人とされた方の供述
    • 公判での供述を不自然と断定するのは合理的とは言えないとしました。
    • 被告人とされた方の自白した供述調書についても、同調書の作成経緯に関する被告人の供述を直ちに排斥することはできず、同調書における供述内容の信用性は低いとしました。

3.結論が変わったポイント

地裁と高裁で結論が分かれた最大の理由は、被害者供述の信用性の評価方法にあります。

(1) 地裁

原判決(地裁)は、被害者供述が具体的であり、虚偽供述の動機がないという点を重視し、供述の全体の信用性を肯定しました。

(2) 高裁

・供述を分けて検討

これに対し、本判決(高裁)は、まず、供述を、被害者のでん部に触っている者の手をつかもうとするまでの状況と、手を掴んでから顔を確認するまでの状況とに分けて検討しました。

・供述の趣旨を緻密に捉え変遷を認定

地裁とは異なり、被害者とされた方の供述内容自体の検討、被害者が犯人を確認する際の供述の趣旨を緻密に検討し、供述内容に一貫性が欠けている(変遷がある)と指摘しました。

・供述内容の検討

また、供述内容それ自体の合理性や、客観的な状況に照らして、被告人が犯行を行ったとすると不自然・不合理な点があるという点を、緻密に検討し、被害者とされた方の供述を吟味しました。

4.供述の信用性判断における考慮要素

被害者や目撃者の供述の信用性を判断する際に、一般的な着眼点として、以下の事項が指摘されています。

(1) 考慮要素

供述者の利害関係(虚偽供述の動機)

  • 供述者が真実を述べる意思があるか、嘘をつく理由(動機)があるかという観点です。被害者と被告人間に利害関係がない場合、虚偽供述の動機が存在しないことは、供述の信用性を肯定する方向での重要な視点とされています。
  • 本件では、動機に分類するべきか、虚偽とは言えないまでも、

    控訴審は、
    被害者の後ろに位置する人物(すなわち被告人)が犯人であると思い込んでいたものと考えられる
    と認定し、
    被告人を犯人であるとする被害者の供述の信用性を判断
    という範囲に限定した上
    で、
    考慮すべき事情
    と指摘しています。

    痴漢事件特有の被害者心理として留意するべきであるように思います。

知覚や記憶の条件(観察の正確性)

目撃時/被害時の客観的観察条件(観察時間、位置関係、距離、明暗、心理状態など)が適切であったか。

例えば、恐怖や興奮といった極度のストレスは、情報処理能力に支障をきたし、観察の正確性を損なう可能性があります。

他の証拠や客観的状況との整合性

嘘や間違いの余地のない客観的証拠(防犯カメラ画像、物理的状況、物的証拠、)との整合性が重要な視点となります。

供述内容自体の自然性、合理性、詳細性

供述内容が、体験した事柄として合理性、自然性、迫真性、具体性、詳細性を有しているか。

ただし、痴漢事件のような類型的な事案では、詳細な供述であっても虚偽の可能性は捨てきれない、他の客観的なメルクマールと合わせて慎重に判断する必要があります。

供述経過(一貫性と変遷)

供述に一貫性があるか。変遷が認められる場合は、その変遷に合理的な理由があるか否かが検討されなければなりません。捜査の進展に伴って供述が具体化したり、犯人の特徴が変遷したりしている場合は、誘導等の影響がないか慎重にみる必要があります。

(2)  考慮要素から見た、地裁・高裁の分析

考慮要素 さいたま地裁(有罪) 東京高裁(無罪)
虚偽供述の動機 面識がなく、利害関係もないため、虚偽供述の動機はない。 後ろに位置する被告人が犯人であると思い込んでいたと認定し、被告人を犯人であるとする被害者の供述の信用性を判断という範囲に限定した上で、考慮すべき事情と指摘
供述内容の自然性・具体性 心情を交えて具体的に述べられており、特段不自然な点はない。 犯人特定時の「右手首、腕、肩、顔」を一瞬で確認したという供述は、不自然。 手を掴んで既に特定されているのに、何も言っていないのに振り向いただけで違うみたいことを言っている等の理由で特定したという供述は不自然
供述経過(一貫性・変遷) 弁護人の指摘する供述の変遷は認められない。 ・供述をより緻密に分析した上、犯人確認の経過に関する供述に、証明力に大きな影響を与える変遷がある。
・検察官の指導の疑いも捨てきれない。
客観的状況との整合性 弁護人の再現実験に基づく不自然さの主張は、説明の揺れもわずか独自の見解として失当。 ・被告人の身長、位置関係、スクールバッグの存在から、供述された犯行態様は相当に困難であり、不自然、不合理。
・再現写真の説明も、検察官に対するものと弁護人に対するもので全く異なる。
・犯行再現の捜査も杜撰であった。

5.本件の問題点と弁護活動のポイント

(1) 供述経過の可視化|取調べ状況の水掛論

・被告人とされた方の供述

・被告人とされた方の主張と判断

被告人とされた方は、

・否認して反省していないと罪が重くなると言われたこと、
・追い詰められた気分になったこと等

もあって、自白した供述調書が作成されたと主張しました。

この点は、地裁と高裁で判断も分かれています。

このような水掛け論になってしまうこと自体不毛です。

・可視化による抑止

取調べの過程が録音録画されていれば、このような議論自体なくなっていたかもしれません。

現在も、全事件・全過程録音・録画は実現していませんが、急務です。

裁判所が録音録画媒体の証拠を採用するかは議論のあるところですが、捜査機関がこのような言動をしないようにする抑止力になることは間違いありません。

・取調べ拒否・黙秘という選択

また、捜査機関がこのようなことし、結局、こうした供述調書を裁判所が適切に判断せず、裁判で不利に働き、足を引っ張ることになる以上、否認する事件では、

・取調べに応じない
・取調べでは黙秘する

という方針を、常に真剣に検討しなければなりません。

控訴審は、信用性が低いと評価しましたが、地裁のような判断をする裁判所があることは留意しなければなりません。

・被害者とされた方の供述

また、被害者とされた方の供述については、以下のように、検察官に指導された可能性を否定しきれないとしています。

調書を取った後、「裁判の日」の直前に本件起訴検事と会い、「文章の確認」を行ったと供述しているのであるが、被害者がこの供述をした際の公判検事の対応振りからすると、公判検事が把握しないところで起訴検事が被害者と本件事件の確認をしたと考えられるのであって、原審弁護人が主張するような疑いもあながち捨てきれない

刑事訴訟法の改正により、被害者等の聴取結果を記録した録音・録画媒体に係る証拠能力の特則が新設され、この制度について賛否はあります。

新制度を利用にかかわらずに供述経過を可視化するなど保存する、検察官による証人テストを含めた証人予定者への接触について検討されるべきように思います。

(2) 捜査記録の検討の重要性|杜撰な記録

高裁は、被害者とされた方による犯行再現について、要約すると以下のように指摘しています。

  • 被害再現の際に撮影された写真とこれについての被害者の1審公判供述によれば、同日の被害再現は杜撰なものであったといわざるを得ない。
  • すなわち、関係各証拠によれば、被告人は、本件当日逮捕後の取調べにおいては、警察官によって、概ね被害者の供述に沿う内容の供述を録取されていたが、翌日の検察官の弁解録取においては、自白調書は作成されておらず、その後は犯行を否認していたのであるから、捜査機関としては、本件犯行態様や被害者と被告人との位置関係等からみて、被告人が本件犯行の犯人であるとすると不自然、不合理な点があるか否かについて、被害者の供述に基づく被害状況の再現などを通じて、慎重に捜査する必要があったというべきである。

一見、それらしい犯行再現の写真などが存在していても、写真の撮影時期や、その写真がどういった趣旨で撮られたのかなど、を丁寧に検討する重要性を示唆するものと言えます。

(3) 変遷等を丁寧に指摘し続ける重要性

・手を離したことはないという点

地裁判決は、

「犯人の手を掴んでから顔を確認するまでの間に手を離したことはないという供述は、「完全に振り返り終わるまで終始被告人の手を握り続けていたと述べているものではない」から、変遷ではない。」

旨評価した一方、

高裁は、

「右回りに振り向く途中で犯人の顔を確認したが、振り向く途中で犯人に手を抜かれ、完全に振り向いたときには犯人に手を抜かれていた。完全に振り向いたときには犯人に手を抜かれていた」という趣旨に理解されるとしたうえ、…その証明力に大きな影響を与える変遷がある

と評価しました。

・犯行再現写真に対する説明

また、犯行再現写真についても、

番号〇の写真(被害者の原審公判供述調書末尾8枚目添付)について、(犯人が)お尻を触っているところを再現したところを撮影したものである旨供述し、番号△の写真はこれをアップで撮影したものであり、犯人役の警察官が触っている位置は、実際に被害者が触られた位置と同じである旨供述

 ↓

犯人役の警察官が触っている位置は、犯行の際被害者が実際に触られた位置とは異なっており、番号〇、△の写真を撮影したときの再現の目的は、触られた位置の地上からの距離を測ることにあったと供述

と説明が変化したについて、

地裁判決は、

説明の揺れもわずかなものに過ぎない

としましたが、

高裁は、

示された番号〇、△の写真についての説明は、当初の検察官に対するものと、最終的な原審弁護人に対するものとでは、全く異なっており、合理的な説示とはいえない。

としました。

・弁護活動上留意したい点

素直に考えれば、いずれも変遷であり、看過しがたいように思います。

また、高裁は、被害者とされた方の供述の趣旨を緻密に分析した上で、変遷を指摘しています。

地裁の判断は、高裁ほど、被害者とされた方の供述を分析せず、変遷ではないと指摘しているため、高裁も「判断が直ちに誤りとはいえない。」とはしています。

もっとも、本来は重要証拠である被害者供述ですから、緻密な検討が求められるように思います。

被害者とされた方の供述が信用できることを前提に、後から理由をつけたような評価も免れ得ないように思います。

いずれにしても、地裁のような評価をする裁判所もいる可能性があることを念頭において、丁寧に指摘し続けることの重要性が示唆される点です。

6. まとめ

痴漢事件の弁護においては、被害者の供述が有罪の決定的な証拠となりやすいため、その信用性を徹底的に、かつ多角的に検討することが必須です。

特に、本事例のように地裁で有罪判決が出たとしても、控訴審で、供述の変遷(供述経過)や、犯行態様と客観的状況(知覚の条件、物理的整合性)との間の不自然さや不合理さを、論理的に指摘することで、原判決が破棄され、無罪を勝ち取る可能性を示すものです。

痴漢事件で逮捕・起訴されてしまった場合、取調べへの対応や、初期段階から供述の信用性に関する専門的かつ客観的な分析を行い、無罪の可能性を追求することが、弁護士の重要な役割となります。

7.その他の記事

供述の評価によって、故意の判断が分かれた事例として以下のものであります。

8.用語解説など

  1. 自白:自己の犯罪事実の全部又は主要な部分を認める被疑者・被告人とされた人の供述
  2. 供述調書:捜査機関が被疑者や参考人を取調べたときにその供述を録取した書面
  3. 公判:広義には、公訴の提起から訴訟が終結するまでの一切の手続。ここでは、狭義の意味、公判手続きを指していると考えられる。公判手続とは、公開の法廷で行う審理手続のこと。
  4. 起訴検事:取調べをはじめとする捜査から起訴までを担当する検察官。大規模な検察庁では、捜査と公判を担当する検察官が別になっている。
  5. 公判検事:公判手続きを担当する検察官
  6. 弁解録取書:被疑者が逮捕された後、警察や検察官が被疑者に対して弁解の機会を与え、その際にされた供述を記録・作成する書面