刑事裁判の伝聞法則とは|制度趣旨・伝聞証拠の基本を解説
刑事裁判において、証拠の取り扱いは被告人とされた人の運命を左右する極めて重要な要素です。
中でも「伝聞法則」は、証拠の採用(証拠能力)の可否を決定する上で中心的な役割を果たします。
本記事では、刑事弁護の観点から、伝聞法則の基本的な概念、その制度趣旨、そして厳格な証明・自由な証明との関係性について、条文と判例・裁判例を交えて詳しく解説します。
※ 伝聞証拠の理解には様々な見解がありますが、本記事は、一般的な考え方や運用等をご紹介するもので、全てに賛同するわけではありません。
※ また、公開日の情報を基に作成しています。
1 伝聞法則の制度趣旨と条文の定義
(1) 伝聞法則の制度趣旨
- 伝聞法則(Hearsay Rule)は、刑事訴訟法における供述証拠の信用性を担保するために設けられた原則です。
- ここでいう供述証拠とは、人が特定の事実を知覚し、記憶し、表現し、叙述するという「供述過程」を経て、裁判の判断資料として裁判所に伝わる言葉や発言のことをさします。
- この過程の各段階(知覚→記憶→表現・叙述)には、誤りや歪みが混入する危険性があります。
- 供述証拠の供述過程等の信用性を吟味し、誤りの有無・程度を明らかにする最も効果的な手段は、公判廷における証人尋問の手続です。
- 「話した本人に直接話を聞いた方が早い」ということです。
- 公判廷では、以下の三つの要素により、証言の信用性が担保されると理解されています。
- ➀宣誓と偽証罪の告知
- 供述者が真実を述べる旨の宣誓を行い、偽証罪による処罰の警告を受ける。
- ②反対尋問
- 不利益を受ける相手方当事者からの反対尋問(信用性のテスト)が行われる。これは最も重要視される担保手段です。
- ③態度等の観察
- 裁判官(事実認定者)が、証人の態度や表情等を観察する。
- ➀宣誓と偽証罪の告知
- これに対し、公判期日外でなされた供述(原供述)は、上記の担保手段がいずれも欠けており、正確性が確保できないことから、原則として証拠とすることが許されないとされています。
- これが伝聞法則の基本的な考え方です。
(2) 伝聞法則を規定する条文(刑訴法第320条第1項)
伝聞法則は、刑事訴訟法第320条第1項に規定されています。
刑事訴訟法第320条第1項
第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。
ここでいう「書面」とは、公判期日外の供述が記載された書面(供述書等)を指し、「公判期日外における他の者の供述を内容とする供述」とは、その供述を聞いた第三者が公判廷で行う証言(伝聞供述)を指します。
2 証拠能力と伝聞法則の関係
(1) 証拠能力と伝聞法則の関係|伝聞例外
- 証拠能力とは、証拠として法廷に提出し、事実認定の資料とすることができる法律上の資格です。
- 伝聞法則が適用される証拠(伝聞証拠)は、原則として証拠能力が否定されます。
- しかし、事案によっては伝聞証拠を使わざるを得ない場合があり、公判での事実の証明が困難になることがあります。
- そこで、刑訴法は、一定の厳格な要件(供述不能、必要性、特信情況など)の下で、例外的に伝聞証拠の証拠能力を認める規定(伝聞例外)を定めています(刑訴法321条~328条)。
- 伝聞証拠の証拠能力を例外的に認めるための要件は、大きく分けて二つの観点から設けられています。
- ➀必要性が高いこと
- 原供述者が死亡、所在不明などで公判で尋問できない場合
- 犯罪事実の存否の証明に不可欠である場合
- 例|刑事訴訟法321条1項3号
- 口頭より書面による報告の方が適切な場合
- 例|
- 刑事訴訟法321条3項・4項
- 刑事訴訟法323条
- 例|
- ②許容性|公判期日外の供述(原供述)が信用できること
- 信用性の情況的保障、すなわち「特信情況」があること
- 機械的に作成されるものであること
- 例|刑事訴訟法323条
- ➀必要性が高いこと
(2) 伝聞法則と厳格な証明・自由な証明との関係
刑事訴訟においては、証明の対象となる事実に応じて、「厳格な証明」または「自由な証明」のいずれによるべきかが区別されます。
- 厳格な証明
- 証拠能力のある証拠を用い、適式な証拠調べ手続きを経た証明を要求する。
- 刑罰権の存否及び範囲を画定する事実(犯罪事実の構成要件事実)は、この厳格な証明の対象となります。
- 証拠能力のある証拠を用い、適式な証拠調べ手続きを経た証明を要求する。
- 自由な証明
- 厳格な証明によらない証明をいい、訴訟法上の事実など、厳格な証明の対象とならない事実について適用されます。
- 伝聞法則の適用があるか否かは、供述証拠が厳格な証明を要する事実(犯罪事実)の立証に用いられるか、または自由な証明で足りる事実の立証に用いられるか、によっても異なってきます。
- もっとも、例として、供述証拠の「任意性」(自白の証拠能力に関する事実)の立証については、訴訟法上の事実に属しますが、実務上は厳格な証明が求められる扱いが多くなっています。
- もし、弁護人が被告人の自白の任意性を争うために、被告人が作成したノートの記載内容(供述)の真実性を立証しようとする場合、これが厳格な証明の対象となるのであれば、伝聞法則が適用されることになります。
- 供述経過を立証しようとする趣旨であれば、内容の真実性を問題にするものではありませんので、伝聞法則が適用されても、伝聞証拠にはなりません。
3 伝聞証拠・非伝聞証拠の判断基準|要証事実との関係
(1) 伝聞・非伝聞の判断基準
厳格な証明を要したとしても、どのような場合に伝聞法則が適用されるかが問題となります。
ある供述証拠が伝聞法則の適用を受けるか(伝聞証拠か)、それとも受けないか(非伝聞証拠か)は、その証拠によって直接証明しようとする事実(要証事実)との関係で相対的に決まります。
伝聞証拠とは、公判期日外の供述で、その内容の真実性を立証するために用いられる場合に適用されることになります。
したがって、要証事実が「供述内容の真実性」にある場合には伝聞証拠となりますが、他方、要証事実が「供述の存在自体」にあるなど、供述内容の真実性が問題とならない場合は非伝聞となります(言葉の非供述的用法)。
なぜなら、「供述内容の真実性」が問題になるのであれば、当該供述内容となる体験した事実について、
- 本当に知覚できたのか
- 障害物があり見えなかったのではないか
- 見間違いではないか
- 本当に記憶できているのか
- 大昔の出来事であまり記憶に残っていないのではないか
- 知覚記憶したことを確り叙述できているのか
- 大げさな表現になっていないか
といった、知覚・記憶・叙述の過程に誤りが入る可能性があり、吟味しなければならないという伝聞法則の趣旨が当てはまるからです。
(2) 要証事実(立証趣旨)の重要性
要証事実が何であるかは、基本的に当事者が設定した立証趣旨によって判断されます。
しかし、当事者が設定した立証趣旨をそのまま前提にすると、証拠として意味をなさない(関連性を欠く)場合など、例外的な場合には、実質的な要証事実を考慮する必要があります。
もし、証拠の存在自体を立証する目的であっても、その証拠が実質的には供述内容の真実性を前提として事実認定に用いられるのであれば、それは伝聞証拠として扱われるべきです(最決平成17年9月27日刑集第59巻7号753頁参照)。
4 要証事実との関係で伝聞・非伝聞となる例の解説
供述証拠が要証事実との関係で伝聞となるか非伝聞となるかについて、例を挙げて解説します。
(1) 非伝聞の類型|言葉の非供述的用法
供述内容の真実性を証明するのではなく、発言や記載の「存在そのもの」が要証事実である場合、伝聞法則は適用されません。
| 類型 | 要証事実 | 適用 | 具体的事例と判例・裁判例 |
|---|---|---|---|
| 存在自体が 要証事実 |
言葉・発言の存在自体 | 非伝聞 | 恐喝事件における脅迫文言など、その発言が存在したという事実自体が犯罪行為を構成する場合。 共謀共同正犯事件における被告人の謀議に関する発言(発言自体が共謀行為の一部または間接事実となる場合)(最判昭38・10・17 刑集17・10・1795)。 |
| 行為の 言語的部分 |
発言が行為の一部を構成する場合 | 非伝聞 | ある者が手を振りながら「助けてくれ」と言っているような場合。言葉が行為の意味を決定づける。 |
| 情況証拠 (間接事実) |
発言内容から、発言者の認識・知能や人間関係などを推認する場合 | 非伝聞 | 「ブレーキが故障している」という発言から、発言者が故障を認識していたことを推認する場合(発言内容の真実性自体は問わない)。 「お久しぶり」という発言から、発言者間の人間関係(以前から知り合いだった)を推認する場合。 |
| 弾劾証拠 (信用性減殺) |
同一人が公判廷外で不一致な供述をしたこと自体(公判供述の信用性減殺のため) | 非伝聞 | 被告人や証人の公判供述の信用性を争うために、公判廷外の矛盾した供述(自己矛盾供述)の存在自体を証明する場合。 |
(2) 非伝聞の類型|現在の心理状態の供述
供述証拠が、原供述者が供述時にその供述どおりの現在の感情や心理状態を有していたことを立証するために用いられる場合、伝聞法則は適用されないという見解が多数説です。
この場合、供述者は自身の感情や意図を述べているだけで、過去の事実の知覚・記憶の過程を欠いているため、誤りの危険性が低いことが理由とされることがあります。
- 事例|嫌悪感
- 性犯罪において、被害者Aが被告人Xに対し嫌悪感を抱いていたことを立証するために、Aが知人に「あの人(X)はすかんわ、いやらしいことばかりするんだ」と話したという供述を利用するケース。
- 要証事実
- 被害者Aが当時、被告人Xに対して嫌悪感という心理状態にあったこと。
- この供述をAの心理状態の立証に用いる場合、多数説によれば伝聞証拠ではないとされます(最判昭30・12・9 刑集9巻13号2699頁)。
- 事例| 犯行計画メモの証拠能力(東京高判昭58・1・27 判時1097・146)。
- 恐喝事件の事前共謀が争点となり、犯行計画を記載したメモ(「しゃ罪といしゃ料」の記載を含む)が証拠として提出された。
- このメモが作成者Aのメモ作成時点における金員取得の意思(心理状態)を表出したものであるときは、伝聞法則は適用されません。
- ただし、判決では、共謀事案であるため、そのメモが最終的に共犯者全員の共謀の意思の合致するところとして確認されたものであることが前提となるとされています。
(3) 伝聞となる類型|供述内容の真実性を立証する場合
公判期日外の供述を、その供述が内容とする事実の真実性を証明するために用いる場合、その供述は典型的な伝聞証拠となります。
- 事例
- 強盗事件の公判で、目撃者Bが公判廷で「Aが公衆の前で『XがYの財布を盗んだ』と言っていた」と証言した場合。
- 要証事実
- XがYの財布を盗んだという犯罪事実の真実性。
- この事実を証明するためには、Aの供述内容の真実性が問題になるため、Bの証言はAの公判廷外供述を内容とする伝聞証拠となります。
- 事例
- 共犯者Yが検察官に供述した調書(Y供述調書)中に、Yが被告人Xから聞いた犯行内容に関する伝聞事項が記載されていたケース(再伝聞)。
- 要証事実
- XがYに話した内容の真実性、すなわち、Xが犯行を実行した事実。
- この調書は、Xの供述内容の真実性が問題になるため、伝聞証拠(かつYの供述調書なので、再伝聞証拠)となります。
- 伝聞例外の要件(321条1項2号、324条1項、322条の準用)を満たさなければ証拠能力は認められません(最判昭32・1・22 刑集11巻1号103頁)。
5 弁護士の役割と伝聞法則
伝聞法則は、証拠の信用性を守り、公正な裁判の実現を目指すための重要な証拠法則です。
刑事弁護においては、検察官が提出する証拠がこの伝聞法則に違反していないか、また、仮に伝聞証拠であっても、法律が定める伝聞例外(刑訴法321条以下)の厳格な要件(供述不能、必要性、特信情況)を満たしているか、を徹底的に吟味することが不可欠です。
その上で、証拠意見(刑事訴訟法326条の不同意を含む)を決めていく必要があります。
伝聞証拠の証拠能力が否定されれば、犯罪事実の立証に、その証拠を用いることはできなくなります。
代わりに検察官が、伝聞証拠の供述者の証人尋問を請求するのであれば、証人尋問でその供述の信用性を指摘していくことになります。
伝聞法則に関する問題は専門性が高く、複雑な法的判断が求められます。
この分野の知識と経験を持つ弁護士が最善の弁護活動をします。
ぜひご相談ください。





