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不法領得の意思とは|故意とは異なる主観的要素をわかりやすく解説

不法領得の意思は、窃盗罪・強盗罪などの財産犯の成立を左右する重要な主観的要件です。

実務では、出来心の持ち出しや短時間の一時使用など、行為者の「本当の意図」が問題となる場面が多く、適切な弁護活動が不可欠です。

本記事では、判例が示す定義、故意との違い、使用窃盗や器物損壊罪との区別など、不法領得の意思が争点となるポイントを弁護士がわかりやすく解説します。

目次

1 不法領得の意思とは

不法領得の意思は、窃盗罪や強盗罪などの財産犯の成立のために、故意とは別に要求される主観的構成要件要素です。

(1) 判例による定義

判例・通説は、不法領得の意思を、以下の二つの要素を含むものと定義しています。

ア 定義の全文

最高裁判所昭和26年7月13日判決などの判例は、不法領得の意思を「権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」と定義しています。

この定義は、財物を奪取し、自己の所有物として振る舞おうとする強い意欲を要求していると理解できます。

イ 定義を構成する二つの要素

この判例の定義は、実質的に以下の二つの要素から構成されています。

  • 利者排除意思(けんりしゃはいじょいし)
    • これは、所有者や占有者の権利を排除し、他人の物を自分の占有に移すことについての意思です。
      • 使用窃盗(軽微な無断一時使用)を除外することに意味があるとされます。
  • 利用処分意思(りようしょぶんいし)
    • これは、奪取した物を自己の所有物と同様に、その経済的用法に従って利用または処分する意思です。
      • この「経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」は、単純な毀棄(きき)隠匿(いんとく)の意思をもってする場合を排除するという点に意味があるとされます。

(2) 故意との違い

ア 故意(刑法第38条1項)の内容

  • 故意(構成要件的故意)とは、行為者が客観的な構成要件に該当する事実を認識・認容していることを指します。
    • 例えば、窃盗罪の故意は、「他人の財物」を「窃取」することの認識・認容です。

イ 不法領得の意思の特質

  • 不法領得の意思は、この故意(構成要件的故意)とは別に、窃盗罪などの財産犯の犯罪成立のために要求される超過的な主観的要件です。 
    • つまり、単に他人の物を持ち去る事実を認識している(故意がある)だけでなく、それを自己の所有物のように、その経済的価値を利用する意思までが必要とされます。

(3) 不法領得の意思が求められる理由(窃盗罪と器物損壊罪の区別)

不法領得の意思が要求される主な理由は、窃盗罪(刑法第235条)と、それよりも刑が軽い器物損壊罪(刑法第261条)や、罪とならない一時使用(使用窃盗)とを区別するためです。

ア 器物損壊罪(刑法第261条)等との関係

  • 窃盗罪は、「財物の占有を侵奪し、その物の効用を奪うこと」に加えて、積極的にその物の財物としての価値を自ら獲得しようとする意思(不法領得の意思)を伴う場合に成立します。
    • 例えば、他人の物を持ち去ってすぐに破壊・廃棄する目的であった場合、不法領得の意思は否定され、窃盗罪ではなく器物損壊罪が成立するに留まることがあります。

イ 使用窃盗との関係

  • 物を一時的に使用した後、直ちに元の場所に返還する意図であった場合(使用窃盗)は、物の経済的価値を恒久的に利用する意思がないため、不法領得の意思が否定されて窃盗罪は成立しない可能性はあります。
    • ただし、物の価値・性質や利用の程度によっては、不法領得の意思が認められる場合があり、判例裁判例は広く認めている傾向があります。(後述)。

2 不法領得の意思をめぐる学説の議論と判例の立場

不法領得の意思は、財産犯の主観的要件として、古くから学説で議論が展開されてきました。

(1) 学説の議論:不法領得の意思の必要性

学説では、不法領得の意思を構成要件として必要とするか否かについて、主に以下の対立があります(各説の詳細は割愛します。)。

ア 不法領得の意思必要説(判例・通説)

  • 判例・通説の立場は、不法領得の意思が必要であるとします(必要説)。
  • これは、窃盗罪と器物損壊罪を区別し、一時的な使用(使用窃盗)を排除するため、権利者排除意思利用処分意思の二つの要素が必要であると説かれます。
  • 排除意思必要説・利用者意思必要説などもあります。 

イ 不法領得の意思不要説

  • 不法領得の意思は不要であるとする学説もあります(不要説)。
  • この説は、構成要件に故意があれば十分であり、不法領得の意思は「主観的要素」として、客観的構成要件該当事実の認識(故意)とは別に、別途要求されるべきではないと主張します。
  • 排除意思不要説・利用者意思不要説などもあります。

(2) 判例の立場:二要素説の採用と具体的な判断基準

判例は、上記「1.(1)」で述べたように、「権利者排除意思」と「経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」の二つの要素を要求する立場を堅持しています。

  • 経済的用法に従う意思の内容

判例が要求する「経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」は、財物それ自体が持つ利用価値を直接的に享有する意思を意味します。

  • (ア)利用価値の享有(例:一時使用と窃盗の区別)
    • 例えば、自動車の一時使用(使用窃盗)の場合、短時間の利用で返還の意思がある場合は、その自動車の価値の減少・損耗といった実質的利用価値の侵害がないとして、不法領得の意思は否定され得ます。
      • ただし、利用時間なども影響しますし、判例・裁判例は広く認める傾向があります
  • (イ)財物自体の経済的価値を消費する意思
    • 金銭のように、それ自体が価値を持つものについては、単に消費する意思があれば不法領得の意思が認められやすい傾向があります。
  • 判例
    • 「権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」(最高裁判所昭和26年7月13日判決 刑集5巻8号1437頁)。

3 不法領得の意思の有無が争われ得る例の紹介|裁判例含む

裁判では、不法領得の意思の有無は、行為の態様、時間的・場所的近接性、被害額の大小など、様々な客観的状況から判断されています。

(1) 不法領得の意思が否定された裁判例

ア 自動車の一時使用(使用窃盗)の事例

  • 極めて短時間の利用や、被害者から近い場所で乗り捨てられた場合など、返還の意思があったと推認される事案では、不法領得の意思が否定される余地があります。
  • 裁判例
    • 京都地裁昭和51年12月17日判決(判例時報847号112頁)
      • 被告人とされた人が、深夜、翌朝までには元の場所に戻すつもりで無施錠の自転車に乗り、約2km離れた移動時間約10分程度の予定地に赴いたところ、巡回中の警察官に逮捕された事案で、窃盗罪の成立が否定されました。
        • 乗り捨てる意思が認定されなかったこと、過去数回にわたって同種の自転車無断使用をした際にも元の場所に戻していた事実が影響している点で、やや特殊な事案ではあります。

イ 利用価値に変化がない情報の抜き取り事例

  • 情報が記録された媒体(コピーなど)を一時的に持ち出したとしても、記録媒体自体の価値が低下せず、被害者が情報を利用できる状態が保たれている場合、不法領得の意思が否定される余地があります。
    • ただし、情報の抜き取りが問題になるケースでは、機密情報であることが多く、価値の低下が認められると判断されることが多いと考えられます(東京地判昭和59年6月28日参照)。
    • 複写等が許されない情報であれば、管理者以外の者が保有することは予定されておらず、一時的な持ち出しでも不法領得の意思が肯定される可能性があります(札幌地裁平成5年6月28日判タ838号268頁参照)。
      • また、刑法の窃盗罪には該当しなくとも、不正競争防止法違反等に問われる可能性があります。

(2) 不法領得の意思が肯定された裁判例

ア 財物に化体された価値の利用を伴う事例

  • 財物自体の利用価値ではなく、財物に化体された価値(交換価値)を消費する意思があれば、不法領得の意思が認められます。
  • 判例
    • 最高裁判所昭和31年8月22日判決(刑集10巻8号1260頁、パチンコ玉不正取得事件)
      • パチンコ店から景品に交換するためのパチンコ玉を不正に取得した行為について不法領得の意思を肯定し、窃盗罪の成立を認めました。
        • (景品交換の価値がある)「パチンコ玉に化体された金銭的価値」を利用する意思があったとして、権利者排除意思を肯定する整理があり得ると考えられます。

イ 財産犯と区別するための要件(毀棄・隠匿の否定)

  • 判例の定義において、「経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」は、単純な毀棄や隠匿の意思を排除するという消極的な意義があるとされています。
  • したがって、毀棄や隠匿目的でなかったと認められる限り、不法領得の意思が肯定される方向で働く傾向があります。
  • 裁判例
    • 最高裁平成16年11月30日決定(刑集58巻8号1005頁)
    • 債務者の財産を差押えようとする目的で、債務者を装って支払督促正本等を受領し、支払督促正本等を「廃棄」した事案
    • 廃棄するだけで他に何らかの用途に利用、処分する意思がなかった場合には…不法領得の意思を認めることができない」として、不法領得の意思を否定しました(ただし、文書偽造罪等は成立)。
      • 原審は、不法領得の意思を肯定しています。
      • 領収証や借用証などを盗んで破り捨てるのと異なり、支払督促正本等は債務の存在の証拠にはならず、廃棄しても直接何らかの具体的な財産上の利益を得ることにならない点がポイントと考えられます。

4 一審と二審で結論が分かれた「刑務所志願弁解」

被疑者・被告人とされた人が、生活苦などから、服役することのみを目的として窃盗などの犯行に及び、盗んだ金銭はすぐに自首する際に警察に提出するつもりだった、という事案で、一審と二審の判断が分かれたケースをご紹介します。

この主張が認められないこともありますが、金銭を経済的に利用する意思があったかどうかがポイントとなります。

(1) 事案の概要

広島高等裁判所松江支部平成21年4月17日判決(高裁刑裁速報集205頁)の事案では、被告人とされた人は、生活不安から刑務所に入り服役することのみを目的として、コンビニエンスストアで店員に刃物を突き付け金銭を要求する強盗未遂行為に及びました。

被告人とされた人は、奪った現金は自首の際にそのまま提出するつもりであったと主張しました。

(2) 一審と二審の判断の相違

ア 第一審の判断

第一審(地裁)は、被告人とされた人の主張を採用し、強取した現金を「利用又は処分する目的であったことを認定するには合理的疑いが残る」として、不法領得の意思を否定し、強盗未遂罪の成立を否定しました。

イ 控訴審(松江高裁)の判断と理由

控訴審である広島高等裁判所松江支部は、原判決を破棄し、強盗未遂罪の成立を認めました。

  • (ア)事実認定による主張の排斥
    • まず裁判所は、被告人とされた人が手持ち金に不安があり、金銭奪取に対する強い意欲が窺われること、犯行直前に身辺整理をしていないこと、供述が変遷していることなどから、「金銭奪取目的で本件犯行に及んだことは明らか」として被告人とされた人の主張自体を事実認定のレベルで排斥しました。
  • (イ)法律論による不法領得の意思の肯定
    • さらに裁判所は、仮に被告人の主張(奪った現金をそのまま提出するつもりだった)が虚偽でないとしても、不法領得の意思は否定されないという法律論も示しました
    • 判例の定義によれば、「経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」は、単純な毀棄又は隠匿の意思をもってする場合を排除するという消極的な意義を有するに過ぎないとしました。
    • その上で、裁判所は、「奪った現金を自首の際にそのまま提出するつもりであったというのは、要するに他人の財物を奪って所有者として振る舞う意思であったことに何ら変わりはなく、単純な毀棄又は隠匿の意思をもってする場合には当たらないから、不法領得の意思を否定することにはならない」と判示しました。

5 刑事弁護における不法領得の意思の重要性

(1) 財産犯の成否を分ける

不法領得の意思は、窃盗罪や強盗罪などの財産犯の成否を分ける極めて重要なポイントになります。

たとえば、窃盗罪(刑法第235条)は10年以下の懲役または50万円以下の罰金、強盗罪(刑法第236条1項)は5年以上の有期懲役と、いずれも重い刑罰が科されます。

弁護活動においては、行為者が金銭や財物を経済的に利用する目的を持っていなかったことを、客観的な証拠や供述から主張立証することが重要になります。

(2) 供述が重要|取調べ対応は慎重に 

たとえば、広島高裁松江支部の判断を見ますと、そもそも「刑務所に入りたいという目的」つまり不法領得の意思を争いうる前提事実自体を認めさせることがまず重要になります。

その際に、被疑者・被告人とされた人の供述は重要な証拠になります。

しかし、広島高裁松江支部の判断では、合理的理由のない弁解の変遷も信用性を排斥する一事由とされています

やはり、被疑者とされている捜査の段階から、そもそも取調べに応ずるのか・応ずるとして話をするのかといった判断は非常に重要になってきます。

特に、出来心での犯行一時的な衝動による行為であった場合には、不法領得の意思が認められない可能性を追求し、不起訴・減刑や無罪の獲得を目指すことが重要となります。

盗むつもりではなかったなど不法領得の意思が問題となる刑事事件に巻き込まれてしまった方は、ぜひ弁護士にご相談ください。

6 その他の記事

刑法の故意(主に構成要件的故意) について解説した記事です。

7 用語解説など