改正刑訴法「個人特定事項の秘匿制度」の対応|要件と防御権の問題
別記事で、被害者等の個人特定事項の秘匿制度の立法背景と手続の概要を解説しました。
本記事では、秘匿措置の具体的な要件、裁判所がどのような基準で判断するのか、どの範囲で弁護人に条件付開示が行われるのかといった実務上的な問題を取り上げます。
被疑者・被告人の防御権との調整が必要となる場面についても検討します。
※ 本記事では一般的な見解をご紹介するもので、そのすべてに賛同するものではありません。
※ 公開日時点の情報を基にしています。
※ ここでは主に逮捕状抄本等の規定に沿って説明します。
1 秘匿措置の各要件と判断基準
秘匿措置が適用されるのは、事件の類型と、個人特定情報が知られることによる具体的な危害のおそれが認められる場合です。
(1) 対象となる事件の類型(刑訴法201条の2第1項)
秘匿措置の対象となる事件は、以下の類型に大別されます。
ア 1号 イ号・ロ号事件(性犯罪等)
- 刑法上の強制わいせつ、強制性交等、監護者わいせつ等、強盗・不同意わいせつ等、児童福祉法や児童ポルノ法違反など、性犯罪やこれに密接に関連する犯罪です。
- これらの性犯罪に係る事件の被害者に関する個人特定事項は、次に述べるハ号の事件のような個別具体的な事実関係を問うことなく、秘匿措置の対象となり得ます。
- 対象となったうえで、実際に秘匿措置が認められるか等の要件は各条文に定められています。
イ 1号 ハ号事件(バスケット条項)
上記以外でも、以下の「おそれ」が認められる事件は秘匿措置の対象になり得ます。
- 被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ(ハ⑴)。
- 被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え、又はこれらの者を畏怖させる行為がなされるおそれ(ハ⑵)。
- 適用事例の例
- ハ号事件の例
- (1) いわゆる痴漢事件(迷惑防止条例違反)やストーカー規制法違反事件
- (2) 暴力団員による報復が懸念される傷害事件などが想定されています。
- ハ号事件の例
ウ 2号 被害者以外の者の個人特定情報
- また、被害者以外の者についても、同様のおそれがあれば秘匿措置の対象となり得ます(刑訴法第201条の2第1項第2号イ・ロ)。
- イ号事件の例
- 事件の関係者(目撃者など)で性風俗店の源氏名で働く従業員など
- ロ号事件の例
- 事件の関係者(目撃者など)で暴力団組織の関係者から報復されるおそれがある者
(2) 「防御に実質的な不利益を生ずるおそれ」の判断基準
- 秘匿措置が取られた場合でも、被疑者・被告人の防御権を保護するため、裁判所は、弁護人等の請求により、秘匿された個人特定事項を被疑者・被告人に通知するか否かを判断します(勾留状抄本等について刑訴法第207条の3、起訴状抄本等について第271条の5)。
- 対象事件に該当しない場合、対象者に該当しない場合には通知をしなければならないとされます(第207条の3第1項1号イ・ロ、第271条の5第1項1号イ・ロ)。
- 「当該秘匿措置により被疑者(被告人)の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき」には通知をしなければならないとされています(刑訴法第207条の3第1項第2号、第271条の5第2項第2号)。
- この「実質的な不利益」は、一般的・抽象的なものではなく、具体的なものであることが必要とされます。
- 例(立案担当者解説)
- 秘匿された者の供述の証明力を判断するために、被疑者その他の関係者との利害関係の有無を確かめるなどの防御活動を早期に開始する必要があるにもかかわらず、それができなくなる場合などが挙げられています。
- 実務上の主張
- 弁護人限りで情報がわかっても、被疑者・被告人自身がその情報を把握しないと防御の端緒を得られない具体的な事情、例えば、事件現場の視認状況や被疑者と被害者のやり取りが重要な場合に、住所等が秘匿されているために現場見分や聴き取りが困難となる場合などが該当すると解するべきです。
2 各論点|防御権と不服申立て
秘匿措置制度は、被害者保護という面がある一方で、刑事弁護活動に制限が課され、防御権に影響が及ぶ可能性があります。
(1) 秘匿措置による防御上の実質的な不利益
- 勾留状謄本や起訴状謄本の交付を受けて弁護人が被害者特定事項を知ったとしても、守秘義務の条件(被告人/被疑者に知らせてはならない)が付されるため、被疑者・被告人との打合せに深刻な支障が生じ得ます。
- 例えば、事件現場の住所等が秘匿されたため、被疑者からの聴き取りや現場見分が満足に行えないという事態は生じ得ます。
(2) 不服申立ての構造と限界
被疑者・被告人は、秘匿措置の判断に対して争う手段を持ちますが、その構造は限定的です。
ア 逮捕段階の不服申立
- 逮捕手続における秘匿措置について、固有の不服申立て制度は設けられていません。
- これは、逮捕に関する裁判に対する準抗告が明文上も判例上も認められていないこと(最決昭57・8・27刑集36巻6号726頁)、また、逮捕手続に関する違法は実務上、勾留請求の段階で審査されることが理由とされています。
イ 勾留段階の不服申立
- 秘匿措置自体への準抗告
- 勾留に関する裁判として準抗告は可能ですが、「当該措置に係る者が(中略)該当しないこと」を理由として準抗告をすることができないとされています(刑訴法第429条第1項第2号、同条第3項)。
- 「必要と認めるとき」は裁判官の判断事項ではないとされ、その該当性を理由とする準抗告も、認められないとされています。
- 「勾留状に代わるもの」記載の被疑事実が、他の犯罪事実を識別ができないことを理由とする準抗告は可能とされています。
- 勾留に関する裁判として準抗告は可能ですが、「当該措置に係る者が(中略)該当しないこと」を理由として準抗告をすることができないとされています(刑訴法第429条第1項第2号、同条第3項)。
- 通知請求と準抗告
- 弁護人が秘匿措置の必要性を実質的に争いたい場合は、被疑者の防御に実質的な不利益が生じるおそれがあることなどを理由に個人特定事項の通知請求を行い(刑訴法第207条の3)、裁判官がこれを却下した場合に、勾留に関する裁判として準抗告を申し立てる、という流れが主要な対抗手段となります。
(3) 最高裁判例による合憲性の判断
- 本制度の導入後、秘匿措置の合憲性について争われた事案において、最高裁判所は、当該措置が合憲であるとの判断を示しています(最判令6・4・24裁時1838号4頁)。
- したがって、弁護人としては、「防御に実質的な不利益」の要件該当性を詳細に主張し、情報開示を求めることが主戦場となります。
3 弁護士から見た課題と実務対応
被害者保護は重要ですが、秘匿措置制度は刑事弁護活動において、様々な問題が生じ得ます。
(1) 利益相反の確認
- 秘匿措置が取られ、被害者等の個人特定事項が確認できない場合、利害相反の有無を判断することができないというリスクが生じます。
- この問題について、改正法は利益相反の確認に関する規定を設けませんでした。
- 弁護士会では、このような「完全秘匿事件」において、受任義務を解除する運用が取られている地域もあります。
- 受任後の勾留状謄本等の交付(刑訴規則第150条の5)により被害者特定事項を知った結果、利益相反が判明した場合は、弁護人として速やかに辞任(私選)または解任の申出(国選)を行うことが考えられます。
(2) 実務対応|通知請求と証拠開示請求での「不利益」の主張
秘匿措置を争うためには、被疑者・被告人の防御権保障を優先させるための具体的な行動が必要です。
- 勾留段階での通知請求と主張の具体化
- 勾留状抄本等の交付を受け、弁護人限りで個人特定事項を知ったとしても、被疑者自身が情報を知らないと防御活動が困難となる場合、弁護人は裁判官に対し個人特定事項の通知請求を行います(刑訴法第207条の3第1項)。
- 主張すべき内容
- 「実質的な不利益」は抽象的な主張ではなく、事件の性質(例:路上での突発的なトラブルや、現場の視認状況が争点となる事案)を踏まえ、被疑者・被告人自身が被害者を特定できないと、供述の信用力を判断する利害関係の有無の確認や、現場見分、反論の構築が不可能になるという具体的な不利益を主張する必要があります。
(3) 公判段階での証拠開示における防御活動
- 起訴後、検察官が開示する証拠に個人特定事項が含まれる場合、裁判所は代替書面の交付や閲覧制限を命じることがあり得ます。
- 弁護人が通常の証拠(例:犯行現場の写真、地図等)を被告人に閲覧させることが、秘匿事項を間接的に知らせることにつながり、条件違反となるおそれがあります。
- 実務対応
- 弁護人は、証拠の検討と防御活動が滞ることを避けるため、裁判所に対して「処置請求の対象とならないことの確認を求める申入れ」等を行うなど、証拠の形式的な制限ではなく、実質的な防御活動を可能にするよう交渉することが考えられます。
(4) 被害者対応(示談交渉)時の配慮
- 弁護人が秘匿された個人特定事項を知っていても、当該事項を被疑者・被告人に知らせてはいけない等の条件が付されている場合、その情報は被疑者・被告人に伝えることができません。
- 実務対応
- 被害者と示談交渉や被害弁償を行う際には、合意書の原本を被疑者には交付せず、マスキングした抄本を交付するといったことが考えられます。
4 まとめ
改正刑事訴訟法による被害者特定事項の秘匿制度は、被害者保護に資する重要な法改正ですが、弁護活動が制約されるという側面もあります。
被害者保護のための守秘義務を遵守しつつも、被疑者・被告人の防御権を保障するため、秘匿措置の適用要件や「防御に実質的な不利益」の解釈について、ときとして裁判所や検察官と「闘う」姿勢が求められる場合があります。
秘匿措置がとられた事案は、通常の事件以上に専門的な知識と対応が不可欠です。当事務所では、依頼人の防御権を最大限に確保できるよう、尽力します。
是非ご相談ください。





