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捜査中に携帯電話を取り上げられた!弁護士を呼ぶ権利は?福岡高裁平成24年5月16日判決

警察による家宅捜索や病院への連行中、外部に連絡しようとして携帯電話の使用を止められた、さらには取り上げられてしまった――。

もし、その連絡先が弁護士だったら、その捜査は違法ではないのでしょうか?

今回は、捜索差押手続中・強制採尿令状の執行中に弁護士への電話連絡が妨害された点が問題になった裁判例(福岡高裁平成24年5月16日判決・高等裁判所刑事裁判速報平成24年242頁)を通じて、被疑者とされた人の権利と刑事弁護の重要性を解説します。

※ 論点は多岐にわたりますが、主に捜査の違法性について焦点を当てます。本裁判例の結論に全面的に賛同するものではありません。

※ また、公開日の情報を基に作成しています。

1.事案の概要

被告人とされた人は覚せい剤取締法違反(使用)の罪で起訴されました。

事件の捜査は以下のように進められました。

(1) 捜索差押えの開始 

某日朝、十数名の警察官が、覚醒剤所持・使用の疑いで、被告人とされた人の衣服、車両、自宅に対する捜索差押許可状1を執行しました。
しかし、いずれの捜索でも覚醒剤などは発見されませんでした。

(2) 携帯電話使用の制止

  • 自宅での捜索中、被告人とされた人が携帯電話で外部に連絡しようとしたため、警察官は「捜索中だから他の者に連絡しないように」とこれを制止しました。
  • 被告人とされた人が「弁護士なら良いだろう」と反論しても、警察官は「外部は駄目だ」「本当に弁護士か分からない」などと説明して、連絡を許可しませんでした。
  • その後、警察官は強制採尿令状2を取得し、被告人とされた人を病院へ連行することになりました。
  • 採尿令状執行中の病院へ向かう車内で、被告人とされた人が再び携帯電話で連絡しようとすると、警察官は「令状執行中だからできない」と注意し、最終的に被告人とされた人から携帯電話を預かりました(高裁では、強制力を用いて取り上げた可能性を否定することはできない差押にも匹敵する行為と評価されています。)
  • 病院到着後も返却を拒否され、最終的に診察室内で「電池を外すなら」という条件で返却され、被告人とされた人は自ら電池を外しました。

(3) 起訴と裁判

採取された尿から覚醒剤剤成分が検出され、その鑑定書が証拠となって被告人とされた人は起訴されました。
裁判では、一連の携帯電話使用制限行為が、弁護士を呼ぶ権利(弁護人依頼権)を侵害する重大な違法捜査であり、その結果得られた尿の鑑定書は、違法収集証拠排除法則3により、証拠として認められないのではないか、という点が争点となりました。

2.判旨1 福岡地裁小倉支部の判断(第一審)

第一審である福岡地裁小倉支部(平成23年3月8日判決・判例秘書登載)は、被告人に無罪判決を言い渡しました。

裁判所は、被告人とされた人が弁護士に連絡を取ろうとしていた事実を前提に、警察官が携帯電話を取り上げて返却を拒み、電池を外させた行為は、単なる説得の域を明らかに超えていると指摘しました。

そして、「捜査段階において、資格を有する弁護士に依頼して適切な助言や指導を受けることは、基本的で重要な権利である」とし、被告人の弁護人依頼権を侵害する重大な違法行為であるとしました。

結論として、このような重大な違法状態を利用して得られた尿の鑑定書は、今後の被疑者の上記権利を蔑ろにした違法捜査抑止の見地からも、手続全体を違法と評価すべきであり、違法収集証拠として証拠能力が否定されるべきだと判断し、犯罪の証明がないとして被告人を無罪としました。

3.判旨2 福岡高裁の判断(控訴審)

(1) 結論

検察官が控訴4した結果、福岡高裁(平成24年5月16日判決・高等裁判所刑事裁判速報平成24年242頁)は第一審判決を破棄5し、有罪判決を言い渡しました。

高裁の判断は、同じ行為を評価しながらも、いくつかの点で第一審と異なりました。

(2) 自宅での捜索中の制止行為(適法) 

被告人とされた人が、仲間を呼び寄せて捜索を妨害する具体的危険性があったことから、通話を制限する必要性はあったと認定しました。
そして、この時の警察官の対応はあくまで説得にとどまり、強制力を用いていないため、刑事訴訟法が認める「必要な処分」の範囲内であり適法だとしました。

(2) 病院への護送中の制止行為(違法)

一方で、車内で携帯電話を取り上げた行為は、説得の域を超えており、捜索にも匹敵するもので、より穏やかな手段(例:ボタン操作を制止する、電源を切るよう指示する)があったにもかかわらず、いきなり強度な手段をとった点で違法だと判断しました。

被告人とされた人から、携帯電話機を返却するように要求されたのに、これを拒否して引っ張り合いをした行為,さらに、これを知った警察官らが、被告人とされた人に対して、強制採尿令状を執行中であることを告げて、携帯電話機の返却を要求する被告人とされた人を制止した行為は、意思に反して強制的に携帯電話機に対する占有を保持し続けようとしたものであり、もはや刑事訴訟法111条1項の「必要な処分」には当たらず違法としました。

(3) 鑑定書の証拠能力(証拠能力あり)

しかし、高裁はこの違法の程度は重大ではないと判断しました。

その理由として、
①携帯電話を保管した時間が約40分と比較的短かったこと
②令状執行の妨害を防ぐという必要に出たものであったこと
③ただ手段が「やや行き過ぎたに過ぎない」程度であったこと
④令状主義の精神を無視するような意図はなかったこと

などを挙げました。

④については、第一審とは異なり、被告人が本当に弁護士に連絡しようとしていたかは疑問であることや、弁護士に連絡しようとしていることを警察官が知る由がなかったなどと認定し、警察官が弁護人依頼権を故意6に侵害したとはいえない、という認定事実を指しているものと考えられます。 

その結果、鑑定書に違法収集証拠法則を適用せずとはいえず、証拠能力を認めて有罪判決を下したのです。

42つの重要ポイント

(1) ポイント1|携帯電話使用制限はどこまで許される?

職務質問・任意同行時との違い

職務質問・任意同行時はあくまで任意捜査の場面ですが、本件は、捜索・差押等の強制捜査の手続時のケースである点に違いがあります。
職務質問・任意同行時については以下の記事でご紹介しました。

「必要な処分」の判断枠組み

捜索差押えの現場では、警察官は令状の目的を達成するために「必要な処分」(刑事訴訟法111条1項)を行う権限があります。
携帯電話の使用制限がこの「必要な処分」にあたるかどうかは、「警察比例の原則」に照らして判断されると言われています。

具体的には、以下の2つの観点から総合的に判断されています。

➀必要性|証拠隠滅や捜査妨害など、令状執行を妨げる危険性があるか。

②相当性|とられた手段が、その目的を達成するために社会通念上相当であり、必要最小限度のものか。

本判決は、この枠組みを採用しているように見えます。

• 自宅での制止(相当性を肯定)

捜査妨害の具体的危険性があり(必要性)、対応が説得にとどまっていたため、相当な手段と判断されたと理解することができます。

• 車内での取り上げ(相当性を否定)

同じく必要性は認められたものの、強制力を用いたこと、そしてより穏やかな手段を取り得たことから、必要最小限度の手段ではなく相当性を欠き、違法と判断されましたと理解することができます。

・まとめ

このように、単に捜査中であるというだけで一律に携帯電話の使用が禁止されるわけではなく、具体的な危険性と、それに対する制止行為の態様(強制力の有無など)によって、その適法性が判断されるのです。

(2) ポイント2|一審と二審の違法収集証拠排除法則の分かれ目

・侵害された権利の評価

第一審と控訴審は、どちらも「病院への護送中の携帯電話取り上げ行為」を違法と判断しました。
にもかかわらず、その違法な捜査で得られた鑑定書の証拠能力について結論が正反対になりました。

この判断を分けた要因は、「侵害された権利の評価」の違いにあります。

• 第一審の視点:「弁護人依頼権」という重大な権利侵害

第一審は、被告人とされた人が「弁護士に」連絡しようとしていたと認定しました。

弁護人依頼権は被疑者・被告人とされた人の「基本的で重要な権利」です。

その権利が侵害されたのだから、捜査の違法性は重大であり、証拠は排除すべきだと考えました。

• 控訴審の視点:「手続き上の違法」にとどまる 

控訴審は、被告人とされた人が本当に弁護士に連絡しようとしていたかは疑問であり、また、弁護士に連絡しようとしていることを警察官が知る由がなかったなどと認定し、警察官が弁護人依頼権を故意に侵害したとは言えないと認定しました。

そのため、弁護人依頼権が故意に侵害されたというのではなく、「必要な処分」の範囲を少し逸脱した手続き上の違法に過ぎないと評価しました。

結果として、違法の程度は重大ではないと判断し、証拠能力を認めました。

・まとめ

このように、違法な捜査によってどのような権利が侵害されたのか、特にそれが弁護人依頼権のような憲法にも関わる重要な権利であるか否かの事実認定が、違法の重大性を左右し、最終的に証拠能力の判断、ひいては裁判の結論そのものを大きく変えることになりました。

違法収集証拠排除法則については、以下の記事で取り上げています。

5.弁護士に連絡したいと言い続ける重要性

(1) 判旨

控訴審が、警察官が弁護人依頼権を故意に侵害したとは言えないと判断した判旨は以下の通りになります。

被告人は,被告人方において,B警察官に対して「弁護士なら良いだろう。弁護士に連絡させてくれ」と言ったときに,B警察官から「弁護士と言いよるけど,そっちが連絡するのが本当に弁護士なのか,こっちは分からんやろうが。弁護士が来たところで,自宅のガサに入れるわけにはいかんよ」と説明され,それ以降,弁護士に連絡させてくれとの申し出は全くしておらず,捜査用車両内において,A警察官から携帯電話機を取り上げられたときも,F警察官に対して携帯電話機の返却を求めて引っ張り合いをしたときも,携帯電話機の返却を求める理由については説明しておらず,ましてや「D弁護士に連絡するから携帯電話を返してくれ」とも「弁護士に連絡するから携帯電話を返してくれ」とも言ってなかったこと,・・・などの事情をも併せ考えると,被告人が,A警察官から携帯電話機を取り上げられたときやF警察官に携帯電話機の返却を要求したときに,真実D弁護士ほかの弁護士に連絡する意図を有していたと認めるには疑問が残るといわざるを得ない。
また,仮に,このとき被告人がD弁護士ほかの弁護士に連絡するために,A警察官から携帯電話機を取り上げられたことに抗議し,あるいはF警察官に対して携帯電話機の返却を要求していたとしても,被告人はその旨をA警察官やF警察官に伝えていなかったことに加え,A警察官及びF警察官は,被告人が,B警察官に対して弁護士に連絡したいとの申し出をしていたとの報告は受けていなかったこと,しかも,被告人は,その後弁護士に連絡させてくれとの申し出を全くしていなかったことにも照らすと,A警察官,F警察官及びB警察官において,被告人が弁護士に連絡しようとしていることを知る由もないから,警察官らの上記各行為が,故意に,被告人の弁護人依頼権を侵害したとみることはできない。
太字・下線は筆者。一部マスキング。

(2) 言い続けなければ裁判所は認定してくれない

最初に、弁護士を呼びたいと申し出たときに、

B警察官から「弁護士と言いよるけど,そっちが連絡するのが本当に弁護士なのか,こっちは分からんやろうが。弁護士が来たところで,自宅のガサに入れるわけにはいかんよ」と「警察官から」説明された時点で、法的知識がない方であれば「連絡はできない決まりなのだ」と諦めて言わなくなるという可能性は十分にあるのではないでしょうか。

この裁判例の事実関係はさておき、何のいわれもない職務質問や、捜索差押を受けたときには、弁護士に連絡したいと言い続けることが極めて重要ということになります。

内心で思っていても、言葉に出さなければ、裁判所は認定してくれないという典型的な事例と言うこともできるでしょう。

6.まとめ

この裁判例は、捜査現場で行われる行為の適法性が、一つ一つの具体的な状況や態様によって判断されること、そして、捜査の初期段階で被疑者のどのような権利が侵害されたかを的確に主張することの重要性を示しています。

もし、ご自身やご家族が警察の捜査を受け、少しでもその手続きに疑問を感じた場合は、決して諦めずに、すぐに刑事事件に精通した弁護士にご相談ください。

7.他の記事など

違法収集証拠排除法則については、以下の記事で取り上げています。

8.用語解説など

  1. 捜索:押収する物や被疑者・被告人とされた人の所在を発見するために行う強制処分。押収とは、証拠物などを取得する強制処分
  2. 強制採尿:覚醒剤自己使用が疑われる事案などにおいて、尿を任意提出しない被疑者とされる人に対し、カテーテル(同尿管)を尿道に挿入するなどして強制的に採尿を行うこと
  3. 違法収集証拠排除法則:刑事訴訟の法規に違反して収集された証拠について、証拠能力を否定し、訴訟から排除するルールのこと。証拠能力とは、証拠として公判廷で取調べることができる適格のこと。公判廷とは、公開の法廷で審理を行う法廷のこと。
  4. 第1審の判決に対し、その変更や取消を求めて上級裁判所に行う不服申立て
  5. 破棄:上訴裁判所が上訴に理由があるとして原判決を取消すこと。
  6. 故意:故意とは多義的ですが、捜査官の行為が犯罪に該当することが問題になっている事案ではないため、ここでは刑法的な意味合いではなく、自分の行動が被告人とされた人の弁護人依頼権を侵害すること、被告人とされた人が弁護人に連絡したいという要望を持っていたことを認識していたか程度の意味合いになると考えられます。