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刑法37条「緊急避難」とは?成立要件・正当防衛との違い・実務のポイントを解説

突然、生命や身体等の差し迫った危険に直面したとき、他人の財産や権利の侵害を選ばざるを得ない状況があります。
刑事事件において、このような極限状況で問題となるのが、刑法37条の「緊急避難」です。

もっとも、緊急避難が認められるための要件は非常に厳しく、「困っていたから仕方なかった」では足りません。

要件は、正当防衛とも大きく異なります。

本記事では、緊急避難の成立要件、正当防衛との違い、重要裁判例、そして刑事弁護の現場で実際に問題となるポイントを、弁護士の視点から解説します。

※ 本記事では一般的な見解をご紹介するもので、そのすべてに賛同するものではありません。

※ 公開日時点の情報を基にしています。

1 緊急避難の趣旨と本質

緊急避難とは、自己または他人の法益に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為により、他者の法益を侵害することを指します。

(1) 条文の規定

刑法第37条第1項は、次のように定めています。

刑法第37条(緊急避難)
1 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

(2) 正当防衛との違い

法治国家では自力救済が原則禁止されています。

その例外として危機時の法益を守るために法により許された行為であるという点では正当防衛と共通点があります。

もっとも、緊急避難は、「正対正」の関係、あるいは「危難に対する避難」の関係にあるという点で、正当防衛(「不正対正」の関係)と本質的に異なります

正当防衛は、不正な侵害を行う者に対して反撃する行為ですが、緊急避難は、危難とは無関係な第三者の正当な利益を犠牲にする行為です。

そのため、正当防衛に比べてその成立要件、特に「法益権衡(生じた害が避けようとした害を超えないこと)」が極めて厳格に要求されます。

(3) 緊急避難の類型

緊急避難には、大きく以下の2つのタイプに整理されることもあります。

ア 攻撃的緊急避難

自己に降りかかってきた危難を、危難とは無関係な第三者に転嫁するものです。

例えば、猛スピードで突っ込んできた車を避けるために、傍らにいた歩行者を突き飛ばして怪我を負わせる場合などがこれに該当し得る例として挙げられています。

この場合、避難者、危難源、第三者の三面構造となります。

イ 防御的緊急避難

危難の発生源となっている対象そのものを侵害することで危難を回避するものです。

例えば、登山中に転落しそうになった際、自分を支えているザイルが、既に転落してぶら下がっている同行者の重みで切れそうになったため、自分を救うためにそのザイルを切断して同行者を転落死させる場合が該当し得る例として挙げられています。

この場合、避難者と危難源の二面構造となります。

2 緊急避難の法的性格(学説の議論)

緊急避難がなぜ「罰しない」とされるのかについては、法学上の重要な議論があります。

(1) 違法性阻却事由説(通説・判例)

緊急避難を、違法性が阻却される行為(正当な行為)と捉える説です。

法益保護を目的とする刑法において、より大きな法益を救うために小さな法益を犠牲にすることは、全体的な法益の総量を最大化させるため、法的に許容される(優越的利益の原則)と考えます。

(2) 責任阻却事由説

緊急避難行為は依然として「違法」であるが、極限状態において他の適法な行為を期待できない(期待可能性の欠如)ために、責任が阻却されるとする説です。特に生命対生命(カルネアデスの板など)の事例において主張されます。

(3) 二分説

法益の価値に格差がある場合(例:生命を救うために財産を壊す)は違法性阻却、価値が同等の場合(例:生命対生命)は責任阻却と考える説です。

3 緊急避難の成立要件

緊急避難が認められるためには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。

(1) 現在の危難

法益侵害が現在進行形であるか、または間近に差し迫っている状況を指します。

ア 「現在」の意義

危難が現に存在しているか、または間近に迫っていることをいいます。。

正当防衛の「急迫」と実質的に同義とされています。

イ 「危難」の内容

法益に対する侵害又はその危険のある状態をいいます。

正当防衛とは異なり、不正であることは要件とされておらず、危難の原因は問わないとされています。

人の行為だけでなく、台風などの自然現象、動物の襲撃、交通事故なども含まれ得ます

判例には、老朽化した吊り橋を爆破した行為について、吊り橋の老朽化の具合は切迫したものではなかったとして緊急避難を否定したものがあります(最大判昭35・2・4刑集14巻1号61頁)。

ウ 保護される法益(保全法益)

条文上は「生命、身体、自由又は財産」と限定されています。

通説・判例はこれを例示列挙と解し、名誉や貞操、さらには国家的・社会的法益も含まれると考えています。

エ 急迫不正の侵害との関係

正当防衛における急迫不正の侵害も現在の危難の一種とされます。

急迫不正の侵害に対し反撃を行えば正当防衛の問題となり、第三者に避難行為を行えば緊急避難の問題となります。

(2) 避難の意思

危難を避けるという主観的な意図が必要という立場が多数説です。

内容は正当防衛における防衛の意思と同様と考える立場が実務では有力のようです。

危難を知らずに偶然行った行為(偶然避難)は、避難の意思を欠くため、緊急避難は成立しないとされます。

(3) 避難行為の相当性

ア 補充性(やむを得ずにした行為)

緊急避難が認められるためには、その行為が危難を避けるための唯一の手段であったことが必要です。

もっとも、他に一切方法がなかったことまでの必要はなく、現実的可能性のある方法として唯一のものであればよいと考えられています。

(ア) 唯一の回避手段

他により侵害の少ない方法(逃走や警察への通報など)がある場合は、補充性を欠くとされます。

例えば、吊り橋を爆破した事件では、通行制限を強化するなど他の適当は手段を講ずる余地があるとして、ダイナマイトで爆破したことについての補充性が欠けると判断されています(最大判昭35・2・4刑集14巻1号61頁)。

(イ)厳格性の根拠

無関係な第三者の法益を侵害するため、正当防衛(「逃げる」ことが可能でも反撃できる場合がある)よりも厳格に判断されます。

イ 法益権衡(害の均衡)

生じた害(侵害法益)が、避けようとした害(保全法益)を超えないことが必要とされます。

(ア)価値の比較

原則として、保全法益 ≧ 侵害法益 でなければなりません。

• 生命 > 身体 > 自由 > 財産 という序列が一般的です。

財産権同士の場合は、時価等の経済的価値が基準となります。

生命対生命、身体対身体、異なる法益間の権衡判断は難しいものとされ、最終的には具体的事案に即した判断になると考えられます。

(イ)裁判例の基準

古い判例ですが、600円相当の猟犬を救うために150円相当の土佐犬を殺傷した行為について、法益権衡の原則を充足すると判断したものがあります(大判昭12・11・6刑集11巻87頁)。

ウ 相当性

緊急危難についても社会的相当性が必要であることから、そのような行動に出たことを条理上肯定し得ること(最大判昭25・5・18刑集3巻6号772頁)が必要という見解もあります

4 各論点と詳細な要件

実務上問題となりやすい各論点について掘り下げます。

(1) 自招危難(自ら招いた危難)

避難者が自らの過失または故意によって危難を生じさせた場合に、緊急避難が認められるかが問題となります。

ア 学説

  • 学説では部分的肯定説が有力とされていますが、その理論構成は様々です。
    • 権利濫用といえるか否かにより判断されるべき
    • 原因において違法な行為の理論によるべき
    • 違法性の一般原理である社会的相当性の有無により判断されるべき
    • 法益の権衡において格段の差があることが必要
    • 現在の危難を予期し、あるいは容易に予期し得るのにあえて行為に出たため危難を生じさせた場合には否定される
    • 補充性や法益権衡の他に相当性の要件を設け、相当性有無により判断するべき

イ 判例実務の傾向

判例は、故意により危難を招いた場合、緊急避難の成立を否定する傾向にあるとされる一方、過失により危難を招いた場合については緊急避難が成立する余地を認めています(大判大13・12・12刑集3巻867頁)。

もし、自らの不正行為によって危難を招き、その回避のために第三者の利益を侵害したとしても、「避難行為者の要保護性の欠如」により、緊急避難は否定される可能性が高いといえます。

(2) 強要による緊急避難

第三者から脅迫を受け、犯罪行為を強制された場合です。

ア 学説

学説では、「不法の側に立つ者」に加担する行為は違法性が阻却されないとする説や、期待可能性がないために責任が阻却されるとする説があります。

イ 裁判例|できなければ危害を加える

自身も監禁されている状況下で、他人から殺害を命じられ、「できなければお前を殺す」と脅されて殺害に及んだ事件では、被告人の生命に対する現在の危難は否定されたものの、身体の自由に対する危難は肯定されました。

その上で、補充性や法益権衡(生命対生命)の観点から緊急避難の成立は否定され、過剰避難の成立にとどまりました(東京地判平8・6・26判時1578号39頁)

なお、この裁判例は、

「近い将来侵害を加えられる蓋然性が高かったとしても、それだけでは侵害が間近に押し迫っているとはいえない。また、本件のように、生命対生命という緊急避難の場合には、その成立要件について、より厳格な解釈をする必要があるというべきである。」


として生命に対する現在の危難について厳格な判断が必要であるとしています。

ウ 裁判例|覚醒剤の使用を強要された例

密売人からけん銃を頭部に突き付けられて覚醒剤の使用を強要されたため、断れば殺されると思い覚醒剤を使用した事案では、生命及び身体に対する現在の危難、補充性、法益権衡が肯定され、緊急避難に該当するとして、無罪となった事例があります(東京高判平24・12・18判時2212号123頁)。

この裁判例は、前提となる事実認定の問題として、被告人の供述の信用性は排斥できないとした上、被告人の供述を前提にすると、被告人の覚せい剤使用行為は緊急避難に該当するとして、原審の有罪判決を破棄し、無罪を言い渡した事例です。

(3) 過剰避難

現在の危難や避難の意思は認められるものの、補充性や法益権衡の要件を満たさない場合を指します(刑法37条1項但書)。

ア 効果

裁判所は、情状により、刑を減軽し、または免除することができます(任意的減免)。

イ 裁判例の見解

判例は、補充性を欠く場合(他に手段があった場合)であっても、過剰避難が成立する余地を認めています。

(4) 業務上特別の義務がある者

消防士、警察官、自衛官、医師、船長などが、その職務に関連する危難に対して緊急避難を主張することは、原則として認められません(37条2項)。

業務の性質上、一定の危険に身をさらさなければならない義務を負っているためとされています。

そのため、当該義務と両立しない範囲(自己を一定の危険にさらす義務がある業務において緊急避難の主張はしえない)で緊急避難の適用が排除されます。

そのため、趣旨に反しない場合、たとえば、他人の法益を保護するための緊急避難や、自己の生命や身体等の重大な法益に対する危難を避けるために他人の軽微な法益を侵害する場合には緊急避難が許されるという考えもあります。

5 弁護士から見た課題と実務対応

緊急避難を主張する刑事弁護において、実務上直面する課題は多岐にわたります。

(1) 補充性の立証

「他に方法がなかったこと」の立証はハードルが高いのが現実です。

捜査機関側からは「警察に電話できたはずだ」「単に逃げればよかったはずだ」といった追及がなされることが考えられます。

これに対して、当時の時間的・空間的制約、身体能力、周囲の状況を具体的に再現し、現実的に取り得る手段が他になかったことを、客観的証拠(現場の図面、防犯カメラ、気象データ等)に基づいて主張する必要があります。

また、被疑者・被告人とされた方の供述が重要な証拠になり得ます。取調べ対応として、そもそも取調べに応ずるか、取調べで話をするのかといった対応も慎重な検討が必要です。

(2) 主観と客観の乖離

たとえば「今やらなければ死ぬ」と思っていたとしても、客観的に危難が切迫していなければ、緊急避難ではなく「誤想避難」の問題となります。誤想避難の場合、故意が否定される可能性はありますが、過失犯として処罰されるリスクが残ります。

主観的な認識を丁寧に確認し、それが当時の状況下で「合理的」といえるかどうかを検討する必要があります。

(3) 法益権衡の価値判断

「守ろうとしたもの」と「侵害したもの」の価値比較が争点となります。

特に財産同士であれば、価値の比較が重要となり、裏付けとなる証拠がポイントになると考えられます。

また、生命や身体などの法益の場合には、法益に対する危険がどれほど差し迫っていたかを十分に主張してく必要があります。

(4) 自招危難

先行行為によって危難が生じた場合、それが故意や過失によるものだったのか、「違法」なものだったのか、それとも単なる「不適切な行為」に留まるのか等がポイントになります。

先行行為が過失や法的に非難されるべきものでなければ、緊急避難の道は残されています。先行行為と危難発生の間の因果関係を分断する事実がないか、十分に検討する必要があります。

6 まとめ|緊急避難の法的検討

緊急避難は、第三者の犠牲を伴うため、そのハードルは正当防衛以上に高く設定されています。

実務では、刑法37条の各要件に事実を緻密に当てはめ、特に補充性と法益権衡をいかに説得的に説明できるかが鍵となります。

事案によっては、自招危難や誤想避難として否定されるリスクもあります。

緊急避難が問題となる事件では、初動対応や供述の整理が結果を大きく左右します。

ご自身やご家族が刑事事件に巻き込まれた場合は、早期に刑事弁護を扱う弁護士へご相談ください。

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