緊急逮捕とは?刑訴法210条の要件・手続を弁護士が解説
緊急逮捕は、捜査機関が迅速な対応を求められる重大事件において行われる、令状主義(日本国憲法33条)の例外として位置づけられる強力な強制処分です。
この手続は、被疑者とされた人身体の自由を制約するものであるため、厳格な要件と手続が定められています。
もしご自身やご家族が緊急逮捕された場合、その合法性やその後の勾留の可否を争うためには、この制度の正確な理解が不可欠です。
本記事では、刑訴法210条に基づく緊急逮捕の趣旨・要件・違法性判断を、実務と学説の両面からわかりやすく解説します。
※ 本記事は、一般的な考え方や運用等をご紹介するもので、全てに賛同するわけではありません。
※ また、公開日の情報を基に作成しています。
1 緊急逮捕とは
(1) 根拠
- 緊急逮捕は、「検察官、検察事務官又は司法警察職員」が、死刑、無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときに、その理由を告げて被疑者を逮捕できるという制度です(刑事訴訟法(刑訴法)210条1項前段)。
第210条(緊急逮捕)
1 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期3年以上の拘禁刑にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
2 第200条の規定は、前項の逮捕状についてこれを準用する。
- これは、重大な犯罪の犯人について、現行犯逮捕の場合を除き、裁判官の令状なしに逮捕することを認めるという、憲法33条の定める令状主義の原則に対する例外的な措置です。
- この例外規定の合憲性については、かつて論議が盛んでした。
- 最大判昭30.12.14 刑集9巻13号2760頁(旧刑訴応急措置法下の事案)によって、以下の厳格な制約のもとで、罪状の重い特定の犯罪について、緊急やむを得ない場合に限り、逮捕後直ちに裁判官の審査を受けて逮捕状の発行を求めることを条件として、被疑者の逮捕を認めることは憲法33条の趣旨に反するものではないとして、合憲性が肯定されています。
- 実務上は解決済みとされています。
(2) 緊急逮捕の合憲性に関する学説の議論
緊急逮捕の合憲性については、最大判 昭30.12.14がその理論的根拠を明確に述べていないため、学説上は主に以下の三説が主張され、議論されています。
- 令状示捕説(通説・実務支持)
- 令状の発付が事後になるとしても、逮捕後直ちに逮捕状が発せられた場合、逮捕手続全体を令状に基づく逮捕として解釈できるとする見解です。
- 逮捕時に司法審査がなされない代わり、事後的な司法審査に時間的な接着性が求められる点に重きを置いています。
- 令状の発付が事後になるとしても、逮捕後直ちに逮捕状が発せられた場合、逮捕手続全体を令状に基づく逮捕として解釈できるとする見解です。
- 現行犯逮捕説
- 憲法33条のいう「現行犯逮捕」には、緊急逮捕や準現行犯逮捕も含まれると解釈し、合憲性を基礎づける見解です。
- この立場からは、令状発布までの時間的接着性に厳格性を求める必要はないとされます。
- 憲法33条のいう「現行犯逮捕」には、緊急逮捕や準現行犯逮捕も含まれると解釈し、合憲性を基礎づける見解です。
- 合理的逮捕説
- 特定の緊急事態の下で、犯人を令状なく逮捕することは、憲法33条が令状主義の合理的な例外として認めていると解釈する見解です。
2 緊急逮捕の各要件の解説
緊急逮捕の適法性は、以下の4つの実質的要件が逮捕行為時に存在していたかによって判断されます。
(1) 重罪性(刑訴法210条1項前段)
- 「死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪」を犯したという要件です。この要件は条文上、その内容が明確であるとされています。
- なお、犯罪の軽重を示す「…に当たる罪」の解釈については、通常逮捕における微罪の要件(刑訴法199条1項ただし書)と同様に、正犯の法定刑を基準に判断すべきと解されています。
- 例えば、大麻取締法違反の単純所持・譲渡罪(法定刑は5年以下の懲役)の従犯(減軽後の刑は2年6月以下の懲役)の場合、法定刑を基準とすれば長期3年以上の懲役にあたるため、緊急逮捕が可能です。
(2) 嫌疑の充分性(刑訴法210条1項前段)
- 「罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由」が要求されます。
- 通常の逮捕(刑訴法199条)で要求される「相当な理由」と比較して、より厳しい要件であると規定されています。
- 緊急逮捕が事前の司法審査を経ることなく行われるため、捜査機関による恣意的な逮捕を抑制する必要があるためです。
- 通常の逮捕(刑訴法199条)で要求される「相当な理由」と比較して、より厳しい要件であると規定されています。
- ただし、この嫌疑の程度は、有罪判決や公訴提起に足る嫌疑よりも低いもので足りるとされ、捜査手続の流れや身柄拘束期間の長短などを考慮すると、勾留要件である「嫌疑の相当性」よりも低い程度で足りると一般的に理解されています。
(3) 急速性(刑訴法210条1項前段)
- 「急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないとき」という要件です。
- その場で逮捕しなければ逮捕を困難にする事情などと言われます。
- 逮捕に際して被疑者とされた人が抵抗するかどうかは緊急性の存否を左右しないとした例もあります(高松高判昭和25.4.22)
- 急速性を満たしたかどうかの判断は、単に緊急逮捕の時点から裁判所における逮捕状請求の受理時点までの時間的長短のみでなく、逮捕状請求の疎明資料の作成時間や、逮捕地・警察署・裁判所間の距離及び交通事情などの具体的な事実を考慮して判断されるとされています。
- 捜査官に怠慢などが認められない場合には、事前に逮捕状発付を受ける時間的余裕があったとしても、緊急性を肯定するのが相当であると解されています。
- 裁判例の示唆
- 緊急逮捕から令状請求まで約6時間又は6時間半が経過した事案については、違法としたもの(大阪高判 昭50.11.19 判タ335号353頁)と、適法としたもの(京都地決 昭52.5.24 判タ364号309頁、広島高判 昭58.2.1 判タ496号166頁)の双方が存在します。
- これらは、時間的側面における限界事例として参考になるとされています。
(4) 逮捕の必要性
- 緊急逮捕の条文(刑訴法210条)には明文の規定はありません。
- 被疑者の身柄拘束によって罪証隠滅及び逃亡を防止する必要があるか否かの判断が、緊急逮捕においても当然に必要な要件であると解されています。
- この逮捕の必要性の判断基準や内容について、通常の逮捕の必要性(刑訴法199条2項)との間に差異を設ける理由はないとされています。
- 逮捕の必要性は、被疑者の年齢や境遇、犯罪の軽重・態様、その他の諸般の事情(健康状態、前科前歴の有無、被害者との示談の有無など)に照らし、逃亡や罪証隠滅のおそれがないと明らかに認められるときは、請求を却下すべきとされます(刑訴規則143条の3)。
3 緊急逮捕の手続と時間的制約
緊急逮捕は逮捕自体が令状なしで行われるため、その後の手続について、厳格な時間的制約が課されています。
(1) 逮捕時の告知と手続
逮捕時には、被疑者に対し、以下の事項を告げなければなりません。
これらのうち、どちらか一方でも欠けた場合、緊急逮捕手続は違法となるとされています。
- 被疑事実の要旨(「充分な嫌疑」)
- 急速を要する事情
- 必ずしも逮捕の時点で詳細な被疑事実の告知が求められているわけではないとされています(福岡高裁昭和33.2.1参照)。
- 逮捕状の呈示は、憲法33条の要請を受けて、適法な令状に基づく逮捕であることを明確にし、被疑事実に係る概要を知らせる程度に示せば足りるとされています(刑訴法201条1項)。
- なお、被疑者が日本語を理解しない外国人の場合、逮捕状への翻訳文の添付や通訳人の帯同が望ましいものの、必ずしも不可欠ではないと解されます。
(2) 「直ちに」の意義と時間的限界
逮捕者は、逮捕後、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければなりません(刑訴法210条1項中段)。
- 「直ちに」の意味は、単に逮捕の時点から逮捕状請求の受理時までの時間だけで判断されるのではなく、疎明資料の作成時間や、逮捕地・警察署・裁判所間の距離、交通事情などの具体的な事実を考慮して判断されるとされています。
- 当然、取調べ等のために遅延することは許されないとされています。
- 裁判例では、緊急逮捕から令状請求まで約6時間ないし6時間半が経過した事案について、違法としたものと、適法としたものが存在します(京都地決昭和52.5.24、広島地決昭和58.2.1参照)。
- これは時間的側面における限界事例として参考になるとされています。
- 逮捕状請求権者は、刑訴法199条2項のような制限はなく、司法巡査や検察事務官でもよいとされています。
(3) 判断対象と判断資料
- ➀逮捕時の緊急逮捕の要件、②緊急逮捕状を発付する時点における通常逮捕の要件についても審査するとされています。
- 緊急逮捕の要件は、逮捕時に逮捕者が認識しえた具体的状況により判断しなければならないとされます。
- 逮捕後に生じた事情を資料とすることは許されないとされています。
- 令状発付時の通常逮捕の要件については逮捕後に生じたものを含め一切の資料を使用して判断することができるとされています。
(4) 逮捕状が発せられない場合
裁判官が逮捕状を発しないとき(請求を却下したとき)は、捜査機関は直ちに被疑者を釈放しなければなりません(刑訴法210条1項後段)。
- 弁護活動のポイント
- この「直ちに」の手続が迅速に行われなかった場合、逮捕手続自体が違法となる可能性があります。
- 逮捕後の捜査機関の行動を検討し、この時間的制約違反を主張できるか確認することが重要な活動となります。
4 緊急逮捕をめぐる主要な論点
緊急逮捕手続は特異であるため、その後の手続において、通常の逮捕とは異なる、いくつかの重要な論点が存在します。
(1) 逮捕状請求前の釈放と請求の要否
緊急逮捕後、逮捕状の請求手続をする前に、被疑事実が罪とならないと判明した場合や、人違い、あるいは留置の必要がなくなったとして被疑者が釈放された場合、捜査機関はそれでも逮捕状を請求する手続を行う必要があるかが問題となります。
- 通説(必要説)
- 緊急逮捕行為の適法性の追認(事後的な司法審査)を得るため、釈放された場合でも逮捕状請求の手続は直ちに行う必要があると解されています。
- しかし、逮捕状請求の時点で身体拘束の必要性がなければ、裁判官は逮捕状を却下すべきであり、この却下理由の中に「緊急逮捕自体は適法であったが、逮捕状請求時には身体拘束の必要性がない」という旨を明記することが望ましいとされています。
(2) 罪名が変更された場合の措置
緊急逮捕後に、当初の逮捕事実(罪名)が変更された場合、どの時点の罪名に基づいて逮捕状を請求・審査し、発付すべきかが論点となります。
- 原則
- 緊急逮捕状の性質は、令状なく行われた逮捕行為を追認するものです。したがって、審査の基準時は逮捕行為時であり、逮捕状請求書には逮捕行為時の罪名及び被疑事実を記載すべきとされています。
- 例|暴行罪で緊急逮捕した後、傷害の結果が判明し傷害罪となった場合、逮捕状請求書には暴行罪(逮捕行為時の罪名)を記載し、その要件充足性を審査します。
- もし逮捕時に緊急逮捕の要件を満たしていなかった場合(例:暴行罪は3年以上の長期懲役・禁錮に当たらない微罪である場合)、審査時に傷害罪の要件を満たしていたとしても、逮捕状は発付すべきではないとされます。
(3) 逮捕状が発付されている場合の緊急逮捕の可否
既に被疑者に対して通常逮捕状が発付されている場合、その逮捕状の緊急執行(刑訴法201条2項・73条3項)ができない状況において、緊急逮捕に切り替えることが可能かという論点です。
- 問題の所在
- 通常逮捕状の緊急執行は、72時間以内に逮捕状を呈示できる見込みがある場合に限られると解されています。呈示まで数日を要する場合など、緊急執行ができない状況が生じます。
- 結論(肯定説)
- 通常逮捕状が発付されていても、その緊急執行が認められない状況であれば、「急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないとき」という緊急逮捕の要件が満たされるため、緊急逮捕が認められるべきであると理解されています。
5 まとめ|弁護士による手続チェックの必要性
緊急逮捕は、被疑者とされた人の身体の自由を極めて強く制約する処分であり、その要件や手続には厳格な法律上の制約が課されています。
捜査機関は「直ちに」逮捕状を請求する義務がありますが、この時間的制約が守られなかった場合、逮捕自体が違法となる可能性があります。
また、逮捕の理由となった嫌疑が「充分な理由」を満たしているか、逮捕の必要性があるかなど、多角的な司法審査が求められます。
もご自身やご家族が緊急逮捕された場合は、直ちにご相談ください。
手続の適法性や勾留への影響を慎重に確認することが重要です。





