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「故意」とは?刑法38条から考える犯罪成立の主観的要素を解説

刑事事件において、被疑者・被告人の行為が「故意(こい)」に基づくものだったのか、それとも「過失(かしつ)」に過ぎなかったのかは、犯罪の成否や量刑を左右する極めて重要な争点となります。

辞書的には、故意とは「わざと」という意味とされますが、刑法上の故意は「わざと」のニュアンスとは必ずしも一致しません。

特に殺人罪や傷害罪など重大な事件においては、「故意」の有無が弁護活動の成否を分ける鍵となります。

今回は、刑事裁判の基礎となる「故意」の概念について、条文、学説などを踏まえて解説します。

※ 故意については様々な議論がありますが、本記事は比較的一般的な理解を説明するものです。

※ また、公開日の情報を基に作成しています。

1 故意とは何か(刑法第38条の原則)

(1) 故意処罰の原則

「故意」とは、犯罪を犯す意思のことです。

刑法第38条第1項は、この「故意」の原則を定めています。

「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」

この条文が示す原則は、「罪を犯す意思」、すなわち故意がなければ刑罰を科すことはできないという「故意犯処罰の原則」を定めたものです。

条文上は、「罪を犯す意思」とあり、定義が書かれているわけではありませんので、具体的な内容は解釈に委ねられるということになります。

最大公約数的には、「犯罪事実の認識・予見」は必要とされていますが、認識・予見で足りるか、認識・予見の程度は、犯罪事実とは何かと言う点で、学説は分かれています。

(2) 故意が求められる理由

  • 刑法が故意を必要とする根拠は、主に、責任主義の原則法益保護にあると言えます。
  • 故意があれば、犯罪事実を認識し、行為を思いとどまるチャンスを与えられれたにもかかわらず、あえて犯罪を行う意思決定をしたことに対し、より重い刑罰を加えるほどの非難に値すると言えるためです。
    • 故意は、犯罪事実を認識・予見している点で、過失(平たく言えば「うっかり」)とは非難に値する程度が大きく異なることから、過失犯(例:業務上過失致死傷罪211条前段)と比較して、より重く処罰されます。
  • また、故意犯に重い刑罰を科すことにより、犯罪を思いとどまらせるよう行為者の心理に働きかけることによって、犯罪を抑止して、刑法の目的である法益保護を実現しようとしているという指摘もあります。
  • 故意は、行為者の「罪を犯す意思」という主観的な要素であり、責任の本質と深く関わるため、犯罪が成立するためには、まずは、犯罪事実に対する認識(構成要件的故意)が求められます。

※ 故意の体系的位置づけや求められる認識については、このほか様々な議論がありますが、本記事では詳細な議論は割愛します。

2 故意に関する議論など

故意に関する学説上の議論は多岐にわたりますが、「故意」の内容については以下のような議論があります。

(1) 故意をめぐる議論

様々な整理の仕方がありますが、以下のような分類がされることもあります。

・ 認識説|蓋然性説

犯罪事実の認識があれば足りるという考えです。

・ 意思説

犯罪事実の認識に加え、犯罪事実の実現を意欲することが必要という考えです。

意思説の中でも、以下のような立場に分かれているとされることがあります。

  • 認容説
    • 犯罪事実を認識しそれを認容していることが必要とする立場
  • 動機説
    • 犯罪事実の認識を思いとどまる動機としなかったことが必要という立場
  • 実現意思説
    • 犯罪事実の認識が好意に€出る決意と結びついた、実現意思の形成が必要とする立場
  • 判例・実務
    • 結果発生の可能性を認識し、その発生を認容していたか否かを重視する意思説的な考え方を採用していると広く理解されています。

(2) 故意の種類

故意は、犯罪事実の認識及び認容の程度によって、伝統的に以下のように分類されることがあります。

・ 確定的故意(かくていてきこい)

行為者が犯罪事実の発生を確実に認識し、それを実現しようと意図する場合です。

・ 概括的故意

一定範囲の客体のどれかに結果が発生することは確実であるが、結果の生じる客体やその個数が不特定な場合を指すと言われています。

・ 択一的故意

複数の客体のいずれかに結果が生じることは確実だが、いずれに発生するか不確定なものと認識している場合を指すと言われています。

・ 未必の故意(みひつのこい)

犯罪事実の発生の可能性を認識しながらも、仮に結果が発生するのであればそれでもかまわないと思った場合を指すと言われています。

・ 条件付き故意

犯罪の遂行や結果を一定の条件の発生にかからせる場合を指すとされています。

3 「故意」と「過失」の決定的な違い

(1) 分類

認容説によれば、故意と過失は、認容の有無によって区別されます。

特に結果発生の危険性を認識していたかどうか、そしてその結果の発生を容認したか否かによって細分化されます。

故意と過失の整理表

・ 故意と過失の整理表

分類 犯罪事実の
認識
犯罪事実の
認容・意欲
概要
確定故意 認識あり 積極的に意欲・確知 犯罪結果を確実に意図して行為した場合
未必の故意 認識あり 容認・認容あり 犯罪事実の発生の可能性を認識し、それでも構わないと容認した場合
認識ある過失 認識あり 容認なし(結果不発生を確信) 犯罪事実の発生の可能性を認識したが、結果は発生しないと確信して行為した場合
過失 認識なし 結果発生の可能性を認識せずに、不注意により結果を発生させた場合

(2) 未必の故意と認識ある過失の峻別

刑事実務で争点になりやすいのは、未必の故意認識ある過失の違いです。

両者とも行為時に犯罪結果が発生する可能性を認識していますが、未必の故意は「結果が発生してもやむを得ない」と結果の発生を認容(容認)している点に特徴があります。

これに対し、認識ある過失は、結果の発生を認識しながらも、「自分は結果を発生させない」と結果の不発生を確信しているような点で異なります。

4 故意に要求される「認識」の内容

故意が認められるためには、行為者が「犯罪事実」を認識していることが必要です。

この「犯罪事実」の認識は、大きく分けて二つの側面があります。

(1) 構成要件的故意(客観的構成要件要素の認識)

・ 構成要件に該当する事実

故意が要求する認識の対象は、刑法が定める構成要件(犯罪の類型)に該当する客観的な事実です。

例えば、殺人罪(刑法199条)の場合、

• 実行行為(生命侵害の危険性のある行為)。

• 結果(人の死亡)。

• 因果関係(行為と結果の結びつき)。 を認識している必要があります。

これらの事実を認識していることが、構成要件的故意と呼ばれます。

・ 認識の程度の例|わいせつ・薬物など

・記述的構成要件要素
  • 規範的な価値判断を行うことなく判断できる構成要件要素と言われています。
    • たとえば、16歳未満の者に対する不同意わいせつ罪における、「16歳未満」というのがこれに当たります。
・規範的構成要件要素
  • 規範的構成要件要素とは
    • わいせつ物頒布罪(刑法175条)の「わいせつ」など、一般的にはわかりにくい、規範的な価値判断を経なければ、ある事実がその要素に該当するか否かを決することができない概念を規範的構成要件要素といいます。
  • 学説
    • 事実に関する認識は、以下のように分けることができるとされています。
      • ➀その文書に記載されている文章の存在の認識であり(裸の事実の認識)
      • ②その文書のもつ社会的意味の認識であり(意味の認識)
      • ③その文書が175条の「わいせつ」に当たるという認識(構成要件該当性てはめの認識)
      • 通説は、②までの認識が必要とされています。
  • 判例
    • 判例は、175条の故意が成立するために は「問題となる記載の存在の認識とこれを頒布販売することの認識があれば足り、かかる記載のある文書が同条所定の猥褻性を具備するかどうかの認識まで必要としているものでない」としています。(最大判昭32年3月13日刑集11巻3号997頁)。
    • 少なくとも、③の認識は不要としたと理解されています。
・覚醒剤などの違法薬物に関する故意の例
  • 覚醒剤の密輸や所持などの事案では、どこまで認識していたかがしばしば問題になります。
  • 判例は、対象物が覚せい剤であるとの確定的な認識まではなくてもそれが「覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類であるとの認識」が被告人にあったので、覚せい剤輸入罪・所持罪の故意が認められるとしています(最決平2年2月9日判時134号1157頁)

(2) 違法性阻却事由の不存在の認識

  • 判例や通説の立場では、行為者は、その行為が違法性阻却事由(例えば、正当防衛、緊急避難など)によって適法化されないこと、すなわち違法性の事実」がないことを認識している必要があるとされています。
    • 学説では、構成要件該当事実の認識があれば故意を認めてよいという見解もあります
  • また、違法性阻却事由の不存在の認識は、刑法の犯罪の体系のなかでは、責任要素として位置づけ、責任故意と呼ばれるのが一般的です。

※ 故意の体系的位置づけや求められる認識については、このほか様々な議論がありますが、本記事では詳細な議論は割愛します。

5 故意の認定方法|殺意を例に

(1) 客観的事実による認定

  • 故意、特に殺人罪における殺意のような主観的な心理状態は、行為者の胸中に存在するものであり、直接的に認定することは困難です。
  • 自白などの供述は直接証拠とされていますが、実務においては、行為者が採った手段、動作、動機、被害者の傷害の部位や程度など、行為の前後一切の客観的事実を総合的に考察し、そこから行為時の心理状態を合理的に推認する方法が採られることが多いです。
    • ただし、自白などの供述調書があれば、検察官は通常証拠として取調べの請求します
    • 証拠に乏しい事件などでは、自白が決め手になることもあります。
    • 取調べに応ずるべきか、応ずるとして話をするべきなのか、対応が極めて重要になってきます。

(2) 殺人罪における故意認定の具体的な要素

・ 考慮要素

殺人罪(刑法199条)の故意(殺意)を認定する場合、裁判所は、特に以下の4つの要素に注目し、犯行の危険性が評価されることが多いです。

  • ➀ 凶器の種類(きょうきのしゅるい)
    • 使用された道具が、生命侵害の危険性の高い凶器であるか。
  • ② 凶器の用法(きょうきのようほう)
    • 凶器を用いた方法が、生命侵害の危険性の高い行為様態であるか。
  • ③ 創傷部位(そうしょうぶい)
    • 人体の中でも致命傷となり得る重要臓器(頭部、胸部、腹部等)を狙ったか。
  • ④ 創傷の程度(そうしょうのていど)
    • 現実に発生した傷害が、生命の危険を招く程度に重いものか。

これらの事実から、行為者が生命侵害の可能性・蓋然性を認識し、その結果の発生を認容していたかが判断される傾向があります。

供述で「殺すつもりがなかった」という話をしていても、これらの状況から、法律上の殺意が認められてしまうこともあります

辞書的な意味の故意、「わざと」とはニュアンスが異なり得ることに注意が必要です。

・ 具体例

  • たとえば、刃渡り約10cmの果物ナイフで、被害者の腹部を狙って力任せに突き刺し、ナイフが深く刺さったことにより被害者の方が臓器を損傷し重傷を負った場合を考えます。
  • 果物ナイフではあるものの、重要な臓器や血管を損傷する可能性が高く、現にナイフが深く入り臓器を損傷していることから生命侵害の危険性の高い行為態様であり、この点を認識して腹部を狙って行為に出ていると言えます。
  • ですから、殺人罪の構成要件該当事実の認容があったとして、殺人罪の故意が認められる可能性が高いということになります。

6 刑事裁判における故意の争い方

(1) 量刑が大きく変わる

刑事裁判では、「故意」が争点となることがあります。

故意がないとされれば、殺人罪ではなく、傷害致死罪や過失致死傷罪など、より責任が軽減される犯罪の成立することになり、量刑が大きく変わります。

(2) 取調べ対応

まず、自白などの供述が故意の直接的な証拠となります。

そもそも取調べに応ずるか、取調べに応ずるとしてどういう話をするべきか、捜査官による不当な誘導に耐えられるかといった点も踏まえながら、対応を考えなければなりません。

(3) 客観的事情に対する主張

また、自白などの供述の有無にかかわらず、認容の有無は、行為の態様、動機、被害者との関係性など、様々な客観的状況から総合的に判断される傾向があります。

弁護人は、これらの客観的事実から、結果を認識・認容していない、過失の状態に過ぎない等を主張・立証することが求められます。

例えば、殺意が争われる事案(殺人未遂・傷害致死)では、行為者が生命侵害の危険性の低い手段を選択したことや、致命傷に至らない部位を狙ったことなど、殺意を否定する事情を詳細に示し、故意の成立を争うことが考えられます。

故意の有無は、裁判の結論を左右する極めて重要な問題です。

刑事事件でお困りの際は、熟知した専門家にご相談ください。

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