公判前整理手続の流れと弁護活動のポイント|裁判員裁判に向けた実務解説
裁判員裁判をはじめとする重大事件では、「公判前整理手続」が弁護活動の成否を左右します。
本記事では、公判前整理手続の制度趣旨から、開始・証拠開示・審理計画策定までの基本的な流れを、弁護士の視点からわかりやすく整理します。
実務の流れを理解し、的確な防御活動につなげるための基本を押さえましょう。
※ 公判前整理手続には、様々な見解があり、進み方や進め方も事案によって大きく異なります。本記事は一般的な手続の流れを説明するものです。
※ また、公開日の情報を基に作成しています。
1 制度導入経緯と趣旨・理念
(1) 制度導入の経緯
公判前整理手続は、司法制度改革の一環として導入されました。
導入以前の刑事裁判では、複雑な事件において争点が不明確なまま、証拠調べが五月雨式に延々と続き、審理が長期化するという問題がありました。
また、判決も膨大な記録を読み込むことを前提とした書面主義、精密司法から脱却できない状態が長年続いていました。
このような状況を改善し、「争点中心の充実した審理を継続的、計画的かつ迅速に行う」 ことを目的として、公判前整理手続が創設されました。
(2) 制度の趣旨・理念
公判前整理手続の最大の目的は、争点と証拠の整理、および公正かつ迅速な審理計画の策定とされています。
- ➀ 争点と証拠の整理
- 当事者双方が公判で予定する主張と証拠を明らかにし、裁判所の主宰のもと、事件の争点と証拠を整理します。
- 争点とは、判決の結論に影響を及ぼすべき重要な事項に関する対立点などといわれます。
- ②公正かつ迅速な審理計画の策定
- 争点整理の結果に基づき、裁判所が証拠調べの順序・方法を定め、明確な審理計画を策定します。
- ③裁判員の実質的参加の担保
- 裁判員裁判では、法律の専門的知識を有しない裁判員が的確な判断を行うことを担保し、負担を軽減する趣旨から、公判前整理手続に付することが必要とされています(裁判員法49条)。
- ④当事者追行主義
- この手続は、事案の解明や証拠提出の主導権を当事者に委ねる当事者主義(当事者追行主義)を基調としています。
- 検察官と弁護人は、各自の主張を明らかにし、争点整理に主体的に関与することが求められるとされています。
2 公判前整理手続の一般的な手続の流れ
公判前整理手続は、当事者義の理念のもと、検察官側と被告人側が段階的に主張と証拠を出し合い、整理を進める手続きと言えます。
特に証拠開示は弁護活動の根幹です。
(1) 公判前整理手続の開始
- 公判前整理手続は、検察官、被告人若しくは弁護人又は職権で付されます(刑訴法316条の2)。
- 裁判員裁判対象事件では必要的に付されます(裁判員法49条)。
- 条文上の要件は、「充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるとき」となります。
- 公判前整理手続を求めるかどうか、弁護活動上の視点としては、複雑困難な事件で、特に「証拠開示を求める必要性が高いかどうか」というのが最も重要といえます。
- 公判前整理手続に付された場合、検察官が有する証拠の一覧表の交付を請求することができます(刑訴法316条の14第2項)
- 証拠開示をもれなく行うために必ず活用するべきことになります。
- もっとも、一覧表の交付を受けても、検察官が把握していない警察が保管している証拠が後に発見されることも報告されており、漏れがないかはよく確認をする必要があります。
(2) 打合せ期日と公判前整理手続
- 公判前整理手続は、打ち合わせ期日や公判前整理手続期日を行いながら、裁判所が主宰し、検察官および弁護人が出頭して行われます。
- 打合せ期日
- まずは、公訴提起後の早い段階で、裁判所、検察官、弁護人の三者で、最初の打合せ期日(刑訴規則178条の15に基づく)を行うことが多くなっています。
- 打合せ期日では、当事者の準備状況の確認や今後のスケジュールなどの確認が行われます。
- 公判前整理手続期日
- 裁判所は、公判前整理手続期日を開くことができます。
- 被告人とされた人は期日に出頭することができますが、義務ではありません(刑訴法316条の9第1項)
- 公判前整理手続では打ち合わせ期日同様の確認のほか、証拠決定や審理計画の確認などが行われます。
- 打合せ期日
- 打合せ期日や公判前整理手続期日を複数回重ねながら、当事者が主張や証拠調べ請求を行い、争点や証拠が整理され、審理計画(裁判のスケジュール)が定められていくことになります。
(3) 検察官による証明予定事実の主張と請求証拠の開示
- 検察官は、公判で証拠により証明しようとする事実(証明予定事実)を記載した書面を提出し、証拠調べを請求します(刑事訴訟法(以下、刑訴法)316条の13)。
- 裁判所は、これらの提出および請求について期限を定める必要があります(刑訴法316条の13第4項)。
- 検察官は、請求した証拠(検察官請求証拠)について、弁護人に対し閲覧や謄写(証拠書類や証拠物)の機会を与えなければなりません(刑訴法316条の14第1号)。
- 弁護人側は、開示された証拠を検討し、証拠意見や証拠開示の方針を定めていくことになります。
- 証明予定事実に不足がある場合や、弁護活動上検察官の立証構造が不明確な場合などには、再度証明予定事実の提出を求めることも考えられます。
(4) 検察官による任意開示
- 主にこの段階、また適宜のタイミングで検察官から任意に証拠が開示されることがあります。
- 検察官としては、証拠開示の時間を省略し、手続を早く進行させたいという考えによるものと考えられます。
- もっとも、任意開示は、法的な根拠がなく、検察官の判断によるもので網羅的なものではないことが殆どです。
- 証拠の一覧表(刑訴法316条の14第2項)と照合するとよくわかります。
- 類型証拠開示請求については、検察官に(ない場合も含めた)回答義務があります(刑事訴訟規則第217条の24)
- しかし、任意開示には回答義務がないことも問題です。
- この点は、控訴審における、事実取調べの請求での「やむを得ない事由」にも関わりうる問題です。
- 原則としては、類型証拠開示等の法的根拠がある証拠開示請求を確り行っていくべきことになります。
(5) 類型証拠開示請求(刑訴法316条の15)
- 弁護人は、検察官請求証拠の検討や弁護方針の確立のため、特定の類型に属する証拠(類型証拠)の開示を検察官に請求できます(刑訴法316条の15)。
- 類型証拠の要件と種類(刑訴法316条の15)
- 弁護人は、開示を請求する証拠を具体的に識別するに足りる事項を示して証拠開示の請求をします。
- ※条文上の詳細な要件は割愛します。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| 1号・2号 (証拠物) |
事件の発生の過程で作成された証拠物、またはその存在若しくは状態が事実認定の資料となる証拠物。 |
| 3号 (検証調書等) |
刑訴法321条3項に規定する検証調書、実況見分調書など。 |
| 4号 (鑑定書等) |
裁判所または裁判官が鑑定を命じた鑑定書や通訳人作成の翻訳書など。 |
| 5号 (証言予定内容と異なる供述) |
検察官が証人申請する予定の者(証人等)の供述録取書等であって、証言予定内容と異なる供述を内容とするもの。 |
| 6号 (検察官の直接証明事実に関する供述) |
検察官が証人申請しない参考人の供述録取書等であって、検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの。 |
- 検察官による開示
- 弁護人による開示を受けて、検察官が証拠の開示を行います。
- 裁判所の裁定(刑訴法316条の26)
- 検察官が開示の要件を満たしているにもかかわらず、開示をしないと認められるときは、裁判所は証拠の開示を命ずることができます。
- この判断をしてもらうには、まず弁護人が裁判所に裁定請求をする必要があります。
(6) 被告人側の予定主張の明示
- 弁護人は、開示された証拠を吟味し、公判期日において行う予定の具体的かつ簡潔な主張(予定主張)を明らかにします(刑訴法316条の17、刑訴規則217条の19第2項)。
- 予定主張には、検察官の証明予定事実に対する否認の主張や、弁護側の積極的な主張(例:正当防衛、心神喪失)が含まれます。
- この予定主張の明示は、防御活動に必要な弁護側の主張(証明予定事実、事実上の主張、法律上の主張)について、公判に先立って具体的に明らかにするよう義務付けられているとされています。
- 予定主張に何を書くか、いつ提出するかは事案ごとの非常に難しい判断になります。
(7) 主張関連証拠開示請求(刑訴法316条の20)
- 弁護人による開示
- 弁護人は、自らの予定主張を裏付け、補強、修正するために、その主張に「関連する」証拠(主張関連証拠)の開示を検察官に請求できます(刑訴法316条の20)。
- もっとも、証拠開示はすべて開示を受けるのが原則であり、類型証拠開示請求の段階で、全ての証拠開示を受ける心構えが重要です。
- 検察官による開示(刑訴法316条の21)
- 弁護人による請求を受けて、検察官が開示します。
- 裁判所の裁定(刑訴法316条の26)
- 検察官が開示の要件を満たしているにもかかわらず、開示をしないと認められるときは、裁判所は証拠の開示を命ずることができます。
- この判断をしてもらうには、まず裁判所に裁定請求をする必要があります。
(8) 証拠意見
- 弁護人の証拠意見(刑訴法316条の16Ⅰ)
- 基本的には、請求証拠・類型証拠の開示を受けた後とされています。
- 検察官の証拠意見(刑訴法316条の20Ⅰ)
- 弁護人が請求する証拠の開示を受けた後とされています。
- 証拠意見の内容によって、検察官や弁護人が、さらに、証人尋問の請求など、追加の証拠調べ請求の要否等を検討していき、公判で行われる具体的に証拠調べの内容が固まっていきます。
(9) 争点の整理・証拠決定・審理計画
以上のような、主張、請求されている証拠、証拠意見を踏まえ、以下のような内容が整理されていきます。
ア 争点の整理
- 事案により様々ですが、事件の争点が定められます。
- 犯人性、故意、正当防衛、責任能力、量刑など事案により様々です。
- 裁判員裁判対象事件で、結論を出すにあたり、難しい法律概念が必要になる場合には説明案を検討することもあります。
イ 証拠の採用等に関する決定
- 実際の公判で、取調べる証拠などを決定します。
- 取調べる順序や方法なども決定します。
ウ 審理計画
以上を踏まえて、いつ、何を、どの程度の時間行うかという審理計画(スケジュール)を立てます。
通常は、手続の最初から判決言渡しまでの審理計画が定められます。
以下は、審理計画の例です。
※かなり簡易な事例です。
※実際はもっと多くの証拠を取り調べ、証人尋問を行うような事例、長期間にわたる事例があります。
| 審理計画 | ||
| 〇年合( ) 号 強盗致傷 被告事件 | ||
| (被告人 A) | ||
| ●●地方裁判所刑事 △部 | ||
| 〇月□日 | ||
| 13:00 | 冒頭手続 | 10 |
| 13:10 | 検察官冒頭陳述 | 20 |
| 13:30 | 弁護人冒頭陳述 | 20 |
| 13:50 | 結果顕出 | 10 |
| 14:00 | 休憩 | 10 |
| 14:10 | 検察官請求証拠取調べ | 60 |
| 15:10 | 休憩 | 10 |
| 15:20 | W証人 主尋問 | 30 |
| 15:50 | W証人 反対尋問 | 30 |
| 16:20 | 休憩 | 15 |
| 16:35 | W証人 補充尋問 | 15 |
| 16:50 | 終了 | |
| 〇月■日 | ||
| 13:00 | 乙〇△-□取調べ | 5 |
| 13:05 | 被告人質問主質問 | 40 |
| 13:45 | 被告人質問反対質問 | 40 |
| 14:25 | 休憩 | 15 |
| 14:40 | 被告人質問補充質問 | 15 |
| 14:55 | 留保中の証拠処理 | 5 |
| 15:00 | 終了 | |
| 〇月△日 | ||
| 13:00 | 論告 | 30 |
| 13:30 | 弁論 | 30 |
| 14:00 | 最終意見陳述 | 5 |
| 14:05 | 終了 | |
| 〇月▲日 | ||
| 終日 | 評議 | |
| 〇月〇日 | ||
| 10:00 | 評議 | 120 |
| 12:00 | 判決言渡し | 5 |
| 12:05 | 終了 | |
(10) 事案に応じて様々な進行になる
- 以上は、一般的な流れです。
- 事案によって、様々な進行が考えられます。
- 類型証拠の開示を受けて、証拠がすべて開示されたと判断できてから、予定主張や証拠意見を出していくことが原則といえます。
- もっとも、たとえば、事案に応じて、検察官の請求証拠が開示された段階で、予定主張や弁護人が証拠意見を出すこともあるかもしれません。
3 公判段階の留意点
審理計画の変更が余儀なくされ、公判前整理手続で、証拠を整理し、審理計画を定めた意味が没却されるという趣旨から、以下のような制限があり得ます。
※ 本記事では詳細は割愛します。
(1) 新たな証拠請求の制限
- 公判前整理手続が終了した後、当事者は、「やむを得ない事由」がない限り、新たな証拠調べを請求できません(刑訴法316条の32Ⅰ)。
- 詳細は割愛しますが、公判前整理手続終了後に、被害者の方と示談が成立した場合の示談書などは「やむを得ない事由」がある典型例です。
(2) 新たな主張の制限
- 公判前整理手続で主張していなかった争点や事実を、公判で初めて主張することが許されるかという問題もあります。
- 被告人質問の制限に関し、最高裁平成27年5月25日決定刑集69巻4号636号 があります。
- 本記事での詳細は割愛しますが、被告人質問が制限されるのは相当ハードルが高いと理解できます。
- 被告人質問の制限に関し、最高裁平成27年5月25日決定刑集69巻4号636号 があります。
4 まとめ
公判前整理手続は、刑事裁判の行方を左右する重要なプロセスです。
特に否認事件や複雑な事件では、検察官の立証構造を的確に把握し、防御権を最大限に行使するための具体的かつ戦略的な弁護方針を早期に確立することが、適正な判決を得るための鍵となります。
公判前整理手続に臨むにあたり、不安や疑問がありましたら、刑事弁護に精通した弁護士にご相談ください。





