正当防衛が認められない場合とは|「急迫性」と積極的加害意思・正当防衛状況
刑法36条1項は、「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」と規定しています。
「攻撃されたからやり返した」というイメージと、法的な「正当防衛」との間には大きな乖離があります。
そもそも侵害の始期、そして侵害の終期もポイントになります。
とりわけ、いわゆる「積極的加害意思」「正当防衛状況」が問題となる事案では、侵害の「急迫性」そのものが否定されるケースが少なくありません。
本記事では、最高裁判例を踏まえながら、正当防衛が認められない典型場面と、その判断枠組みについて、刑事弁護の実務視点から解説します。
※ 正当防衛については様々な議論がありますが、本記事は、一般的な理解や代表的な見解をご紹介するもので、全てに賛同するわけではありません。
※ また、公開日の情報を基に作成しています。

1 侵害の急迫性とその時間的限界
(1) 急迫とは
判例上、「急迫」とは、「法益の侵害が現に存在しているか、又は間近に押し迫っていること」を意味します(最三小判昭46・11・16刑集25巻8号996頁)。
(2) 侵害の始期(いつから認められるか)
侵害が開始されたと言えるためには、実行の着手まで至る必要はありませんが、着手に接着した直前の段階に達していることが必要とされています。
- 具体例
- 単に言葉で脅迫されているだけでは足りませんが、攻撃の姿勢を見せて向かってきたり、凶器を取り出そうとしたりすれば急迫性が認められることがあります。
- 否定例
- 相手が単に拳銃を携えていたにとどまり、これを突きつけた事実がないときは、いまだ切迫した侵害とはいえないとされた事例があります(最三小判昭26・8・9裁判集刑51号331頁)。
(3) 侵害の終期(いつ終了するか)
侵害が既に終了している場合、その後の攻撃は「過去の侵害」に対する反撃となり、急迫性が否定されます。
ただし、侵害時の反撃と一体的に評価できる場合には、侵害終了後の反撃も量的過剰防衛として刑が任意的に減免される可能性があります。
- 侵害の継続が認められた例(最二小判平9・6・16刑集51巻5号435頁)
- アパートの2階で鉄パイプで殴られた被告人が逃げ出した際、相手が追いかけてきて手すりの外に上半身を乗り出す姿勢になったものの、なお鉄パイプを握りしめていた事案では、侵害の継続が肯定されました。
- 侵害の継続が否定された例(最一小決平20・6・25刑集62巻6号1859頁)
- 相手が殴打されて頭部から落ちるように転倒し、意識を失って動かなくなった段階では、侵害の継続性が否定されました。
2 積極的加害意思による急迫性の否定
(1) 問題の所在
侵害が客観的に切迫していても、行為者がその侵害を予期し、その機会を利用して相手に加害してやろうという意図(積極的加害意思)を持って侵害に臨んだ場合、急迫性が否定されると考えられています。
(2) 最高裁の判断枠組み:昭和52年決定
最一小決昭52・7・21(刑集31巻4号747頁)は、積極的加害意思論のリーディングケースです。
ア 事案の概要
政治集会の設営中、対立派の学生から攻撃を受けることを予想して鉄パイプ等を用意し、バリケードを築いて待ち構えていた被告人らが、予想通り攻撃してきた相手に対し、その機会を利用して鉄パイプで突き刺す等の暴行を加えた事件です。
イ 裁判所の判断
最高裁は、「予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさない」と判示しました。
ウ 積極的加害意思に対する説明や評価
この積極的加害意思については様々な説明や評価がなされています。
- 積極的加害意思がある場合に正当防衛が否定される理屈
- 侵害を予期し、公的機関の保護を求める時間的余裕があるにもかかわらず、その機会を利用して積極的な加害意思をもって攻撃を選択したのであれば、そもそも法的保護に値せず正当防衛としての前提を欠いているという観点からの説明がされることもあります。
- 正当防衛は、公的救助を求める時間的余裕がない場合、つまり侵害に対する回避義務を課すことが妥当でない場合に認められるのであって、上記のような場合には侵害に対する回避義務が課せられ得るのであり、正当防衛の前提を欠いているという観点から説明がされることもあります。
- なお、単に侵害を予期しているだけで回避義務を課するのは社会生活の自由に対する不当な制約となるため、急迫性は失われないという考えが有力です。
- 侵害を予期し、公的機関の保護を求める時間的余裕があるにもかかわらず、その機会を利用して積極的な加害意思をもって攻撃を選択したのであれば、そもそも法的保護に値せず正当防衛としての前提を欠いているという観点からの説明がされることもあります。
- 防衛の意思との関係
- 防衛の意思との関係では、積極的加害意思が反撃に及ぶ以前の段階、防衛の意思が反撃行為の実行時における問題として分けることができます。
- 主観的な文言と「急迫」という語感
- もっとも、侵害の予期+積極的加害意思という主観的な要素が、条文上の「急迫」という一見すると客観的な要素を失わせることになるのか?、という指摘はあり得ます。
- この点は、急迫性は、正当防衛を認めるかの前提であり、侵害の予期+積極的加害意思がある場合には、正当防衛の趣旨から考えて規範的な観点(価値判断的な観点)から、急迫性が否定されるという説明も可能なように思います。
- また、急迫という言葉は「差し迫った」(≒いきなり、予想外)といった意味もあり、行為者の主観面を考慮することは不自然ではないという理解も可能なように思います。
- もっとも、侵害の予期+積極的加害意思という主観的な要素が、条文上の「急迫」という一見すると客観的な要素を失わせることになるのか?、という指摘はあり得ます。
(3) 予期の内容
- 侵害の内容・日時・場所を具体的に特定した予期は必要ないとされています。
- 侵害を予期していても、現実の侵害行為が予期に反して過大であった場合には、侵害の予期があったとは言えないとされています(大阪高判平7・3・31判タ887号259頁)。
(4) 侵害の予期の程度
- 確実な予期が必要という考え
- 相手の攻撃内容を具体的に予想し、かつその攻撃が確実であると予期している必要があるとする見解です(最判昭59・1・30刑集38巻1号185頁は、侵害の予期を否定し、急迫性に欠けるところはないとした事案です。)。
- 予期と意思の相関関係で決まるという考え
- たとえば、予期の程度が低くても、加害意思が極めて強ければ急迫性を否定しうるとする考えもあります。
3 行為全般の状況に基づく急迫性の総合判断
(1) 積極的加害意思論の難しさ
ア 積極的加害意思がなくとも急迫性を否定し得る可能性
- 既に述べたことと関連しますが、侵害の予期+積極的加害意思は、正当防衛が違法性を阻却する趣旨から遡った規範的(価値判断)な解釈であるため、説明不可能ではないものの、条文上の「急迫」との整合性に問題点はあり、難解と言えます。
- 実務上、この積極的加害意思理論は、先行事情の考慮の仕方を正当防衛の個々の要件論に結びつけた唯一といっていい判例理論であったため、先行事情の評価を、この積極的加害意思論に依拠して解決しようとし、同理論をさらに規範的に解釈、適用して事案の解決にあたる傾向が強まっていったという評価もされています。
- しかし、積極的加害意思といっても、その内容は一義的に明確ではなく、また、侵害の予期や積極的加害意思がなくとも先行事情の内容から、正当防衛や過剰防衛を肯定するのも妥当でないと考えられる事案も少なくないという指摘もされていました。
イ 昭和52年決定は侵害を待ち構えていた事例
- 最一小決昭52・7・21(刑集31巻4号747頁)の事案は、相手からの侵害を待ち構えていた事案でした。
- 待ち構えていた事案ではその場に留まる利益がある場合も多く、積極的加害意思があれば急迫性を否定し得る一方、積極的加害意思がなくともその場に留まる正当な理由がなければ、急迫性を否定して回避義務を課することは可能という指摘もあります。
- 逆に相手のいる現場に向かう場合には侵害を予期しながら出向く正当な理由は認めがたく積極的加害意思がなくとも正当防衛の前提を欠く事案もあり得るという指摘もあります。
ウ 積極的加害意思論を重視せず正当防衛を否定した裁判例
現に、積極的加害意思論を重視せず、正当防衛を否定した事案もみられていました
- 大阪高判昭56・1・20判タ441号152頁
- 東京高判昭60・8・20判時1183号163頁
- 大阪高判平13・1・30判時1745号150頁
- 東京高判平21・10・8判タ1388号370頁
(2) 平成29年判例の新たな判断枠組み
以上のような議論がある中、最高裁は、侵害を予期していた場合の急迫性判断について、より包括的な判断手法を提示しました(最決平29・4・26刑集71巻4号275頁)。
ア 事案の概要
被告人が知人Aからの呼出しに応じ、Aがハンマーを用いるなどした暴行を加えてくることを十分予期しながら、警察への通報等の容易な回避手段を取らずに包丁を準備して現場に赴き、Aを刺殺したという事案です。
イ 判旨
行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合、侵害の急迫性の要件については、侵害を予期していたことから、直ちにこれが失われると解すべきではなく(最高裁昭和45年(あ)第2563号同46年11月16日第三小法廷判決・刑集25巻8号996頁参照)、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである。
具体的には、事案に応じ、行為者と相手方との従前の関係、予期された侵害の内容、侵害の予期の程度、侵害回避の容易性、侵害場所に出向く必要性、侵害場所にとどまる相当性、対抗行為の準備の状況(特に、凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等)、実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し、行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだとき(最高裁昭和51年(あ)第671号同52年7月21日第一小法廷決定・刑集31巻4号747頁参照)など、前記のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。
ウ 判断基準:10個の考慮要素
裁判所は、以下の事情を含む「行為全般の状況」に照らして急迫性を検討すべきであるとしました。
a 行為者と相手方との従前の関係
b 予期された侵害の内容
c 侵害の予期の程度
d 侵害回避の容易性
e 侵害場所に出向く必要性
f 侵害場所にとどまる相当性
g 対抗行為の準備の状況(凶器の準備等)
h 実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同
i 行為者が侵害に臨んだ状況
j その際の意思内容等
エ 結論
最高裁は、被告人が容易に回避できたにもかかわらず包丁を準備して現場に赴いた事情を重視し、刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえないとして、急迫性を否定しました。
(3) 平成29年決定の位置づけ
ア 積極的加害意思論との関係
- 平成29年決定は、積極的加害意思が明確に認められない場合であっても、「対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らし」て検討するべきであるとし、他の客観的事情(容易に警察の援助を受けられたのに凶器を準備して現場に赴いた等)等の総合評価により、急迫性が否定される余地があることを認めています。
- 昭和52年決定が示した積極的加害意思論は、急迫性が否定される一つの場合であることを確認したものと評価されています。
イ 考慮要素の意味
また、平成29年決定が挙げた、10個の考慮要素は「事案に応じ」と示されていることからしても、考慮要素を全て常に検討しなければならないわけではないとされていることに留意が必要です。
4 弁護士から見た課題と実務対応
(1) 事実認定の重要性と客観的証拠の精査
実際の事件では、どのような事実が正当防衛の成否を分けるポイントになるか理解をし、分析検討し主張立証していくことが重要になります。
- 先行事情の分析
従前からの人間関係、当日のトラブルの経緯を詳細に分析し、たとえば、単に攻撃の機会を待っていたのではないことを主張することが考えられます。
- 準備状況の再評価
- たとえば、 凶器を準備していたとしても、攻撃のためではなく、過去の被害経験に基づく「護身用」であることを、客観的な危険性の程度と照らして主張することが考えられます。
- 回避可能性への反論と「現場に留まる・赴く正当な理由」
- 平成29年判例以降、侵害を容易に回避できたかという点がより意識されるようになったと言い得ます。
- 必要性の立証
- 単なる喧嘩目的ではなく、話し合いや業務上の必要性、あるいは生活の拠点(自宅や職場)を守る必要があったことを主張します。
- 回避の困難性
- 警察の援助が直ちに期待できない状況であったことや、その場から逃げ出すことが事実上不可能であったことを具体的証拠で示します。
- 必要性の立証
- 平成29年判例以降、侵害を容易に回避できたかという点がより意識されるようになったと言い得ます。
(2) 裁判員裁判における対応
- また、正当防衛が争点となる事案は、傷害致死や殺人罪などの裁判対象事案となることもあり得ます。
- しかし「急迫性」や「積極的加害意思」という専門用語は裁判員には難解です。
- 最高裁判所司法研修所による司法研究では、急迫性や防衛の意思といった要件について「正当防衛が認められるような状況にあったか」という大きな括りで議論を組み立てる手法が提案されていました。
- 従来の積極的加害意思論や、平成29年決定が示した「正当防衛状況」を理解し、どのような事実がポイントになるのかを理解し、わかりやすく伝える技術が重要になります。
5 まとめ
正当防衛の成否は、「先に手を出したのがどちらか」といった観点のみで決まる問題ではありません。
判例・裁判例では、事件に至るまでの経緯、侵害の予期、回避可能性、現場での行動や準備状況など、行為全般の状況が総合的に評価されています。
正当防衛の主張が問題となる事件では、早期に事実関係を整理し、適切な法的評価を行うことが極めて重要です。
お悩みの方は、刑事事件に精通した弁護士へ早めにご相談ください。





