中止犯の任意性とは?「自己の意思により」の判断基準を判例等・学説から解説
中止犯が成立するためには、結果の発生を防止したことに加えて、その中止が「自己の意思による」ものであること、任意性が必要とされます。
もっとも、この任意性の判断は必ずしも容易ではありません。
犯行を続けようと思えば続けられたのか、それとも外部的事情によって犯行継続が困難になったのかという点は、判例・裁判例・学説においても議論が続いています。
この記事では、中止犯の任意性について、主観説・客観説などの学説の対立、判例・裁判例の傾向を整理した上で、実務で重視される間接事実の考え方を解説します。
※ 本記事では一般的な見解をご紹介するもので、そのすべてに賛同するものではありません。
※ 公開日時点の情報を基にしています。

1 任意性の判断基準に関する学説の議論
「自己の意思により」といえるか否かについては、学説が激しく対立しています。
(1) 主観説(本人基準説)
- 行為者が認識した事実を基礎に、行為者本人の主観として「やろうと思えばできた」のにやめたのかを基準とします。
- いわゆるフランクの公式「なしたることを欲せず(やろうと思えばできたが、やらなかった)」=中止未遂、「なし得ざることを欲す(やろうと思っても、できなかった)」=障害未遂、という観点から判断されます。
- 以下のように、できる・できないの判断基準が明らかではない等の批判があります。
- 物理的客観的に完遂不可能な場合に限るのか、心理的に不可能な場合も含むのか
- 誰にとっても不可能な場合に限るか、当該行為者にとってのみ不可能な場合をも含むのか
- たとえば、「現金」の窃取という行為者の意図に対して「貴金属」しか発見できなかった場合等に関しては、物理的・客観的な可能性をいかなる程度の具体性で考えるか
(2) 客観説(一般人基準説)
- 行為者が認識した外部的事情が、一般的に見て犯罪の遂行を妨げる性質のものか否かを基準とします。
- 一般人なら犯罪を継続する状況であるにもかかわらず、あえて中止した場合には、任意性を認めます。
- 以下のような批判があります。
- 「一般的」等の基準が必ずしも明確ではない。
- 客観的な判断対象が外部的事情なのか、その事情の表象(たとえば、外部的事情を見て驚いた)、表象に対する内部的事情(驚いた上でできると思うのか、できないと思うのか)が必ずしも明らかではない。
- 「自己の意思」という要件について主観面を考慮しない点
- 「一般的」等の基準が必ずしも明確ではない。
(3) 限定主観説
- 単なる自発性だけでなく、その動機が改悛や同情、憐憫などの倫理的に是認されるものであることを必要とする立場です。
- 以下のような批判があります。
- 任意性と倫理性を混同するものであって妥当でない
- 倫理的動機による場合しか任意性を認めないため、中止犯の成立範囲を不当に狭める
2 任意性に関する裁判例・判例の概観
中止犯の任意性に関する判例・裁判例を概観します。
(1) 最高裁判例の傾向
最高裁は、基本的には客観説に近い立場をとっていると解されています。
- 最二小判昭24・7・9刑集3巻8号1174頁
- 暗闇で性的暴行を加えようとしたところ、電車の前照灯で照らされ、被害者からの出血を見て驚愕して中止した事例について、「客観性のないものとはいえない」障害の事情があるとして任意性を否定しました。
- 最三小決昭32・9・10刑集11巻9号2202頁(実母殺害未遂事件)
- 就寝中の実母をバットで殴打後、母が自分の名を呼ぶのを聞き、流血を見て驚愕恐怖して中止した事例につき、犯罪の完成を妨害する に足りる性質の障害に基づくものとして任意性を否定しました。
(2) 昭和32年決定以降の下級審の傾向(倫理性や主体性も考慮)
- 近年、下級審では行為者の内心の動きを詳細に認定し、任意性を認める傾向もみられます。
- 限定主観説のように倫理的動機に基づき犯行を中止した場合に任意性を肯定したものも見られます。
- 客観的基準と倫理的動機の有無を併用してきたという分析もなされています。
- もっとも、倫理的動機の有無によって、中止未遂の任意性の有無を決しないことを明示した裁判例もあります(浦和地判平4.2.27判タ795号263頁、東京高判平19・3・6高検速報集平19年139頁)
- 近年の裁判例については、
中止行為が外部的事情からの通常の流れとして誘発された場合など行為者の認識した外部的事情の力が結果不発生に結実したといえるか、
それとも結果不発生が行為者の主体的な意思決定によるものといえるか
によって任意性の有無を判断している
という分析もなされています。- 名古屋高判平2・1・25判タ739号243頁
- 首を絞めていたが、被害者の「悲しそうで苦しそうな目」を見て憐憫の情を催し、力を抜いた事例について、任意性を認めました。
- 犯人の「反省・悔悟」あるいは「憐憫・後悔」も認定されてはいますが、「単なる事実の摘示にすぎないとも見える抑えた言及に止めている」との解説もなされています。
- 首を絞めていたが、被害者の「悲しそうで苦しそうな目」を見て憐憫の情を催し、力を抜いた事例について、任意性を認めました。
- 札幌高判平13・5・10判タ1089号298頁
- 心中を決意し被害者を刺したが、被害者の哀願や「好きだった」という言葉に触発され病院へ搬送した事例。
- 行為者の内心の葛藤を詳細に認定し、任意性を認めました。
- 名古屋高判平2・1・25判タ739号243頁
(3) 事実認定の問題
- 近時の裁判例の立場が明確でないように見えるのは、実体法上の要件の問題をどのように考えるか問題と、要件に必要な事実の立証(事実認定)の問題が混在している点にある旨の指摘もあります。
- やや抽象化しますが、
客観説によって「(行為者にとっては犯行を妨げる事情ではないにしても)一般人の観点からすれば犯行を妨げる事情である」と評価される事案においては、
主観説によっても行為者の「できるのにしなかった」趣旨の主張・供述の信用性を排斥して「(行為者にとって)やろうと思ってもできなかった」と認定する
手法はあり得るように思います。
- 倫理的動機の有無について触れている裁判例も、
実体法上の要件として必要としているよりは、
行為者にとって障害となり得るか
一般人にとって障害となり得るか
外部的事情が意思決定にどのような影響を与えたか
といったいずれの観点からしても任意性を推認する間接事実として位置づけられる
という整理は可能と考えられます。
- やや抽象化しますが、
- 実際の裁判で重要なのは、当該事情が、任意性を推認させる事実として役に立つのか、どの程度役に立つのかを分析することのように考えられます。
3 任意性を基礎づける「間接事実」
「自己の意思により」という内心を証明するためには、客観的な間接事実を積み上げることが不可欠です。
実務上、重視されている事情は以下の通りです。
(1) 犯行継続の難易
ア 客観的な遂行の容易性
犯行を継続しようと思えば容易に継続できた状況(例:周囲に誰もいない、凶器を依然保持している、被害者が無抵抗である)であれば、中止したことの自発性がある方向に評価され得ます。
イ 場所的・時間的状況
たとえ被害者が大声で助けを求めたとしても、場所や時間帯によって評価は異なり得ます。たとえば、深夜人通りのない場所での中止は、犯行発覚の危険が低いため、任意性を肯定する方向に働く事情となり得ます。
(2) 外部的事情の内容と影響度
ア 事情の強制力
- 外部的事情は、その事情が犯人の心理にどのような影響を及ぼしたかを推認する前提として重要になります。
- 発生した外部的事情が、(客観説によれば一般的に)犯罪を断念させるほど強力なものか(例:サイレンの音、第三者の介入)が検討されます。
- 強制力が乏しい些細な事情であれば、任意性が認められやすくなります。
イ 行為の予測・計画との乖離
- 行為者が当初から予想していた範囲内の事態(例:刃物で刺せば血が出ることは予想内)で動揺して中止した場合は、任意性が否定されにくい傾向にあります。
- 他方、予想外の多量の出血の場合は行為者の驚愕の程度が大きく、任意性が否定される方向に働くことはあり得ます。
- 当該事情が行為者の心理に与えた影響は、予想した出血との乖離、範囲の強固さによっても左右されるので、結局は総合的な判断になるとも考えられます。
- 被害者の言動についても、行為者が被害者の言動をどの程度信用したか問点もポイントになってきます。
- もっとも、被害者の言動を信用し得たとして、行為者に犯行継続を断念させるような強制力を持つものなのかを別途検討する必要があります。
(3) 犯意の強弱
- 一時的激情に駆られて犯行に及んだような事案では、
被害者の終結に驚愕するなどして比較的容易に犯行を断念することがありえ、
驚愕の程度が大きくなくとも驚愕を主たる動機として反抗継続を断念することがあり得る
という評価も指摘されています。 - 他方、行為者が強固な範囲を頂いている場合には多少予想外の事態が起きたとしても、さらに犯行を遂行することが通常であるという評価も指摘されています。
(4) 行為者の予測・計画
行為者の予測・計画と大きく乖離する事態であった場合には、心理を大きく動揺させるものとして、任意性を否定する方向に働くという評価も指摘されています。
(5) 犯行中断後の行動
一般的には積極的な結果防止行為を行った場合、内心的な事情が中止の主たる動機とされ、任意性が肯定される場合が多いという評価も指摘されています。
ア 救護措置の具体的内容
犯行を止めた直後に、
・自ら119番通報をする
・止血を行う
・被害者を励ます等の行動
は、犯意の放棄を裏付ける強力な間接事実となり得ます。
イ 自首・申告の有無
自ら警察に出向き、犯行を詳細に供述することも、責任減少を裏付ける事情として考慮され得ます。
(6) 倫理的動機
- 限定主観説の立場からすれば、実体法上の要件として求められ得ることになります。
- もっとも、主観説や客観説の立場によっても、
倫理的動機等は通常は犯罪遂行を妨げる事情ではなく、倫理的動機のみが中止の動機であった場合には、あえて他の客観的基準を持ち出すまでもなく、端的に任意性を背定していると理解するべきという指摘もあります。 - また、倫理的動機を主たる動機と正面から認定していない事案でも、倫理的心情が動機に含まれていたことを指摘しつつ任意性を肯定している裁判例もあることから、倫理的動機は、任意性が肯定される一つの事情としてなり得ると言えます。
4 まとめ
中止犯の任意性は、「自己の意思による」中止といえるかという問題であり、学説上も主観説・客観説などの対立があります。
もっとも、実務では抽象的な基準のみで判断されるわけではなく、犯行継続の容易性、外部的事情の強制力、行為者の予測・計画、犯行中断後の行動などの間接事実を総合して判断されています。
行為者の内心は直接証明することが困難であるため、これらの事情をどのように評価するかが、中止犯の成否を左右する重要なポイントとなります。





