裁判所の判決

通勤中の電車内で注意をした相手方から蹴られたことによる傷害が通勤災害に該当しないと判断された事例です。

被災労働者の負傷が「通勤による負傷」と認められるためには、①通勤遂行性、②通勤起因性が必要です。

①通勤遂行性は、就業に関して合理的な経路及び方法により通勤が行われ、移動の逸脱又は中断のないことが必要です。

②通勤起因性は、通勤に内在し又は通常随伴する危険が現実化した場合に認められます。

本件裁判例は、通勤遂行性も通勤起因性も、いずれも否定され、通勤による負傷とは認められないと判断しました。

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1 事案の概要 (東京地裁令和5年3月30日判決)

本件は、ファミリーレストランの経営等を業とする株式会社に雇用されていた原告が、通勤中の電車内において、迷惑行為を行っていた男性を注意したところ、男性から蹴られて左脛骨顆間隆起骨折の傷害を負いました。

そのため、かかる傷害は通勤災害に該当するとして、中央労働基準監督署長に対し労働者災害補償保険法に基づき療養給付たる療養の給付、療養給付たる療養の費用並びに休業給付及び休業特別支給金の請求しました。

ところが、同労働基準監督署長から、上記の傷害は通勤に起因する負傷とは認められないとして、いずれも不支給とする旨の処分を受けたことから、上記の各処分には違法があると主張し、被告(国)に対し、上記の各処分の取消しを求めました。

2 判決の内容

1 認定事実

令和元年12月1日午前0時過ぎ頃、本件事業場から一般の通勤経路に従い、JR有楽町駅から山手線内回り電車に乗車したこと、本件電車内において泥酔状態の本件加害者が女性客に迷惑行為をしていると感じて車両から降りるよう注意し、本件加害者はJR神田駅でいったん本件電車を降りたこと、原告は、ホーム上の本件加害者から罵声を受けたが、その場で頭を冷やすよう申し向けてこれをやり過ごしていたところ、背後から左足の膝付近を蹴られる暴行を受けたこと、原告と本件加害者は同駅のホーム上でもみ合いの喧嘩闘争状態となり、警察が臨場する騒ぎとなったことが認められる。

2 通勤遂行性

しかして、通勤のため公共交通機関を利用する際に、他の乗客に迷惑行為を行う者に注意を与えることが通勤行為に当たらないことは明らかであるし、また、経験則上、公共交通機関を利用する際に日常的に迷惑行為を行う者に遭遇するとまでは認め難く、他者が迷惑行為に遭遇しているのを現認した際の対応としても、直接注意を与えることのほかに、駅係員や警備員への通報や車内の非常通報装置の利用もあり得るところであるから、本件加害者に対して原告が注意を与えた行為が通勤と密接な関連性を有する行為であったと認めることも困難である。


加えて、前提事実等によれば、本件加害者は、JR神田駅でいったん本件電車を降車し、原告との間で原告も降車するか否かについてのやり取りを交わした後、車内に立ち戻って原告に暴行を加えたものであると認められるが、そうすると、本件加害者による暴行は、原告から注意されたことやJR神田駅において原告が降車せずに頭を冷やすようたしなめられたことに起因するものとも推察される。


以上によれば、原告による本件加害者への注意行為や本件加害者による暴行は、原告の通勤の機会に発生したものであるとしても、通勤との関連性は希薄であって、その態様、目的を踏まえても、通勤に通常付随するものとして全体として一連の通勤と評価することは困難といわざるを得ず、本件傷害の発生は原告の通勤の中断中ないし中断後にされたものと認めるのが相当であり、かかる認定判断は、原告の注意行為が善意によるものであったか否かによっても左右されない。


イ この点、原告が本件加害者を本件電車内で注意し、車内の迷惑行為という問題を排除することが、通勤を継続するために必要であり、又は通勤と関連性を有する行為であると解したとしても、本件傷害の発生に通勤遂行性を肯定することは困難であると認められる。


すなわち、前提事実等によれば、本件加害者は原告から迷惑行為を注意されて本件電車から降りるように申し向けられた後、JR神田駅で自ら電車を降りたことが認められる。


そうすると、原告の注意により本件加害者が迷惑行為を中止して降車した段階で車内における迷惑行為の存在という問題は解消されたといえるから、その後に、原告がホーム上で罵声を発する本件加害者に対して更に酔いをさますよう申し向けた行為等は、通勤にも通勤と関係する行為にも該当せず、その後に本件加害者から左足を蹴られて本件傷害を負ったとしても、それは通勤の中断中ないし中断後の負傷であって、通勤による負傷には該当しないものといわざるを得ない。

ウ ・・・以上のとおり、原告が本件加害者の暴行によって本件傷害を負ったとしても、通勤の中断中又は中断後の災害であるといえるから、本件傷害の発生については通勤遂行性の要件を欠くものと認めざるを得ない。

3 通勤起因性

前提事実等によれば、本件加害者は、原告から本件電車内で注意を受けた際に泥酔状態にあったこと、原告は、本件加害者がJR神田駅で降車した後に、本件加害者から原告も降りるよう罵声を受けたのに対し、その場で頭を冷やせ、あるいは酔いをさませといった趣旨の発言をし、その後に本件加害者から暴行を受けたことが認められる。

以上の事実によれば、本件加害者の暴行が原告の言動に触発されたものであることも完全には否定できず、その後に原告と本件加害者は駅ホーム上で喧嘩闘争の状態となったことも併せると、本件加害者による暴行及びこれによる本件傷害が、原告と本件加害者との間の属人的な対立に起因して生じた可能性は否定できないから、本件傷害が通勤に内在し又は通常随伴する危険が現実化したものであるとは認め難いものといわざるを得ない。

したがって、原告が本件加害者の暴行によって本件傷害を負ったとしても、通勤起因性の要件を欠くものと認められる。

3 判決の判断枠組の紹介、判決に対するコメント

1 裁判例が示した判断枠組の紹介

通勤の中断に該当するかの判断基準

「当該行為と通勤との関連性、当該行為の態様、目的を考慮して、当該行為が通勤に通常付随するものであり、その前後を通じて全体として一連の通勤と評価することができるものであるか否かという観点から判断するのが相当である。」と述べています。

通勤起因性の判断基準

「通勤と被災労働者に発生した負傷等との間に相当因果関係があると認められるためには、医学経験則上、当該負傷等の結果が被災労働者の通勤に内在又は通常随伴する危険が現実化したものであると評価し得るものであることを要すると解すべきである」と述べています。

行政通達

厚労省の通達に、「他人の故意に基づく暴行による負傷の取扱いについて」があり、以下の内容があります(平成21年7月23日付基発0723第12号)。

「業務に従事している場合又は通勤途上である場合において被った負傷であっても、他人の故意に基づく暴行によるものについては、当該故意が私的怨恨に基づくもの、自招行為によるものその他明らかに業務に起因しないものを除き、業務に起因する又は通勤によるものと推定することとする。

2 コメント

弁護士 岩崎孝太郎

判決文でも「注意行為が善意によるものであったか否かによっても左右されない。」とされているように、他人の故意行為が介在している場合には、「通勤による負傷」と認められる場合は限られます。

就労先でストーカー等の被害に遭っても、業務災害と認定されないケースとパラレルに考えられます。

このような類型は、非常に心痛いですが、労災保険制度の限界と考えています。

被災労働者は、加害者に対して直接請求を行っていくことで救済を求めていきます。

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