本件は、コールセンターで勤務する元従業員(原告)が、60歳の定年を迎える年末をもって退職することとされ、継続雇用されなかったことが、雇止めにあたるとして、労働契約上の地位確認と、賃金の支払いを求めると共に、会社(被告)がカスタマーハラスメント被害の安全配慮義務を怠ったために精神的苦痛を受けたとして慰謝料の支払いを求めた事案です。
判決は、顕著な業務不適格性があり、度重なる注意・指導にも反抗的で改善の見込みがないとして、解雇事由に該当すると判断し再雇用拒否を有効と判断しました。
また、カスタマーハラスメント被害の防止について、会社の安全配慮義務違反を否定しました。
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第1 事案の概要 ~ NHKサービスセンター事件(横浜地裁令和3年11月30日判決)
1 当事者
原告
被告の元従業員で、平成14年から1年契約の雇用契約を締結し、契約を更新しながら、被告が運営するコールセンターでコミュニケーター(電話応対業務)として勤務していました。
雇用契約は、令和元年7月まで更新され、期間の定めのないものとなっていました。
定年は60歳と定められ、継続雇用を希望する場合には、65歳到達日の月末日を上限に1年ごとの契約により雇用を継続することがあると定められていました。
被告
NHKの放送の普及と番組周知の促進活動(広報)を行う法人です。
NHKから業務委託を受けて、NHKの視聴者対応窓口を担当して視聴者からの電話による問合せ等を受けるサービスを業として、丁寧に視聴者の意見を聴き取り、それを履歴に残してNHKに対して受託業務の結果として報告する業務を担っています。
2 紛争に至る経緯
原告は、視聴者との電話対応で度々トラブルになっていました。
令和元年11月15日、被告は原告に対して、同年12月末日をもって定年退職になること、原告が誠実職務義務違反や服務規律違反の就業規則違反を繰り返し、再三の注意・指導にもかかわらず、反省や改善がみられないこと、この行為が就業規則上の解雇事由に該当することを理由として、継続雇用を拒否しました。
3 関連する事実
コールセンターでは、視聴者からNHKの番組内容とは関係のない電話や卑猥な内容や暴言等を含む電話もあることから、平成26年にコミュニケーターの対応手順が作成・周知されていました。
本件は、控訴審(東京高裁令和4年11月22日判決)、上告審(最高裁令和5年5月10日判決)においても、原告の訴えはいずれも棄却されています。
第2 裁判所の判断(判決の要旨)
1 継続雇用拒否の有効性
原告の視聴者との対応をみてみると、被告の作成したルールを遵守せず、ひいてはそこから逸脱して、感情的にいわゆる売り言葉に買い言葉となって口論に発展した場面が少なくない。
(視聴者からわいせつな発言があればSV(スーパーバイザー)に転送するルールとなっているが)原告は転送をせずに、「いい加減にしろ。てめえ。ふざけんな。」、「警察に言うとあなたは捕まりますよ。」、「犯罪です、犯罪です。警察に訴えます。」、「こちら逆探知できるんですよ。」、「もうあなたは犯罪者ですね。」などと述べたりしたことは、原告の怒りから発した感情的発言であり、「どのようなご意見に対しても感情的にならずに、冷静で穏やかな対応に努めてください。」とのルールを大きく逸脱し、コミュニケーターの対応として許容される限度を超えていると評価せざるを得ない。
また、客観的な根拠もなく、具体的な政党名を挙げてその議席数に言及するような発言をしたことは、NHKの選挙報道の信頼性の根幹にも関わる重大な問題で、NHKの業務を受託する被告のコミュニケーターとしては極めて不適切なものであったというほかはない。
原告の視聴者に対する電話対応には被告が策定したルール及び就業規則違反が度々認められ、かつ、そのことを被告から指摘され繰り返し注意・指導を受けるも自己の対応の正当性を主張することに終始して、これを受け入れて改善しようとする意思が認められなかったのであり、被告における評価が極めて低かったこと(平成28年、30年及び令和元年は、原告の評価は被評価者中最下位であった。)も併せ考慮するならば、「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」(平成24年11月9日厚生労働省告示第560号)が定める、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等、就業規則に定める解雇事由に該当し、継続雇用しないことについて、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるというほかはない。
そして、問題となる原告の電話対応の内容及びその頻度並びにこれまでの被告の原告に対する多数回にわたる注意・指導の経緯及び原告の改善意思の欠如等に鑑みれば、本件継続雇用拒否が重すぎて妥当性を欠くとは認められない。
2 被告の安全配慮義務違反の有無
コミュニケーターの心身の安全を確保するために、ルールを策定してコミュニケーターに周知し、わいせつ電話に対する対策として、コミュニケーターがわいせつ電話と判断した場合には、転送指示を待たずに直ちにSVに転送することを認めています。
さらにその日における同一人物からの2回目以降のわいせつ電話に対しては、コミュニケーターの判断により即切断可能としていること、仮に何らかの理由ですぐに転送ができない場合には、電話を保留やミュートにしてそのまま席を離れ、直接、SV(スーパーバイザー)やCC(チーフコミュニケーター)に転送の依頼をすることも可能としたこと、また視聴者が大声を出すような場合には、コミュニケーターにおいてヘッドセットを外したり、転送をしたりする対応を認めていました。
さらに、実際にも1日100件を超えるようなカスハラ視聴者から入電があった際には、自動音声に切り替えることも認めているほか、転送を受けたSVが当該視聴者に対し業務に支障があるから今後架電しないよう抗議したり、対応中のコミュニケーターの席まで行って電話を代わって注意したりすることも行っていたことが認められる。
視聴者のわいせつ発言や暴言、著しく不当な要求からコミュニケーターの心身の安全を確保するためのルールを策定した上、これに沿って上記のような対処をしていることが認められる。
その他、被告においては、平成26年度から無料のフリーダイヤルで専門のカウンセラーによるメンタルヘルス相談、提携カウンセリング機関で面接による無料のカウンセリングも受けられるようになっているほか、平成28年度からは社会三法(労働基準法、労働組合法、労働関係調整法)適用者を対象に毎年ストレスチェックを実施しており、検査の結果高ストレスと判定され、産業医の面接指導が必要と判断された場合には、希望により面接指導を受けることができるようになっていることが認められるのであり、これらを総合考慮すれば、被告について原告に対する安全配慮義務を怠ったと認めることはできない。
第3 コメント
継続雇用拒否の点については、高年齢者雇用確保措置指針に沿ってその拒否の客観的合理的理由および社会的相当性の有無から判断をしています。
定年後の再雇用の可否について、様々な裁判例も出ていますが、本件では、具体的な法律構成は示されませんでした。
一方、カスタマーハラスメントと安全配慮義務との関係では、会社は労務内容や業種等に合わせた体制の構築が求められます(令和4年2月25日カスタマーハラスメント対策企業マニュアル:厚労省)。
本件では、カスハラに当たる視聴者からの電話を予見し、上位の職制の者が、カスハラの有無を監視し、電話対応も引き継ぐ等、積極的に対応する体制を構築しており、コミュニケーターの心身の安全を確保するためのルールを策定したと評価されています。
会社がカスハラ視聴者に対して、賠償請求や告訴等の法的措置を直ちにとることがなくても、NHKから業務委託を受ける立場にあるために、重視される事情とはなっていません。
カスハラと会社の安全配慮義務との関係において、会社の責任を否定した裁判例として「まいばすけっと事件(東京地裁平30.11.2)」がありますが、本件も否定した事例として参考になるものと思います。
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