裁判所の判決

本件は、従業員から「もう勤まらない」と言われたため、「勤まらないのであれば、私物を片付けて」と返答したところ、従業員が事務所に来て、貸与された携帯電話・健康保険証を置いて帰り、以降は出勤しなくなった事案において、従業員の退職の意思表示が否定され、会社の行為は解雇であり無効と判断され、稼働していない従業員の賃金支払義務が認められた事案です。

従業員の売り言葉に買い言葉的な事案は、頻発しています。

もっとも、本件のように、従業員の退職ではなく「解雇」と判断されて、会社が負けるケースが多いです。

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第1 事案の概要 ~ 永信商事事件(東京地裁令和5年3月28日判決)

1 当事者

(原告:従業員)令和2年7月14日より、被告と以下の内容で雇用契約締結

(被告:会社)貨物運送業を営む株式会社

(雇用契約の内容)
期間  定めなし
業務  貨物自動車の運転手
賃金  基本給日額8,000円、各種手当(毎月末日締め、翌月10日払)

原告は、令和3年12月27日まで勤務しましたが、28日以降は出勤していません。

2 紛争に至る経緯

令和3年12月27日、被告代表者が、原告がC大へフローリング材を搬送した際にガードマンに暴言を吐くなどしたと聞き及んだことから、原告に問い質したところ、原告が「もう勤まらない。」と発言したため(本件発言)、「勤まらないのであれば、私物を片付けて。」と返答したところ、原告が、貸与された携帯電話・健康保険証を置いて被告の事務所を立ち去り、翌日以降出勤しませんでした。

令和4年4月8日、原告は、本件と同様の地位確認及び賃金支払いを求める労働審判を申立てました。

3 関連する事実 

労働審判では、5月27日、相手方(被告会社)に解決金150万円の支払を命じ、当事者間のその余の権利義務を一切清算する内容の労働審判を言渡しましたが、これを不服とした相手方(会社)が異議を申し立てて、裁判となりました。

なお、原告は、令和4年8月以降、バスの運転手(アルバイト)として稼働し、月額13万から15万円程度の収入を得ています。

第2 裁判所の判断(判決の要旨)

1 「もう勤まらない」(本件発言)は退職の意思表示か?

原告が被告における就労意思を喪失したことを窺わせる事情は見当たらず、本件発言は、被告代表者からC大の案件について問い質されたことに憤慨した原告が、自暴自棄になって発言したものとみるのが自然であり、これを辞職又は退職の意思をもって発言したものとみるのは困難である。

また、原告が本件発言をした後、健康保険証等を置いて被告の事務所を去り、翌日から出勤しなかったとする点も、被告代表者の「勤まらないのであれば、私物を片付けて。」との返答を受けての行動であって、かかる発言は、社会通念上、原告の退職を求める発言とみるのが自然であること(当該発言について、被告代表者は、文字どおり原告が使用していた私物を整理することを求めたにすぎない旨を供述するが、採用できない。)からすると、これを解雇と捉えた原告がとった行動とみて何ら不自然ではなく、その約3週間後(年末年始を挟んでいるため、近接した時期といえる。)である令和4年1月15日に、原告が被告に対し解雇予告手当の支払などを求める書面を被告に送付していることもこれを裏付けるものといえる。

また、この点を措いても、原告が本件発言をした事実を認めるべき証拠は、被告代表者の供述のみであって、これを裏付ける証拠は提出されておらず、原告が本件発言をした事実を認定することは困難である。

したがって、原告が辞職又は退職合意申込みの意思表示をしたとは認められず、本件雇用契約は現在(本件口頭弁論終結時)も存続している。

2 賃金請求権の有無とその金額

原告は、令和3年12月28日以降、本件雇用契約に基づく労務を提供していないが、被告は、原告の就労を拒絶したものというべきであるから、被告は、民法536条2項により賃金の支払義務を負う。

次に、被告が支払うべき賃金についてみると、本件雇用契約の定める基本給日額8,000円がこれに含まれることは明らかであり、令和3年12月までの原告の月間の出勤日数が22日を下らないことは当事者間に争いがないから、被告は基本給月額17万6,000円を支払うべきである。

そして、被告が支給していた「残業手当」は、原告が時間外労働をした時間数ではなく、売上高により定められていたものであって、その額は月額5万円を下らないものと認められるから、被告は残業手当月額5万円を支払うべきである。

他方、原告は、令和4年8月以降、バスの運転手として稼働し、月額13万円から15万円程度の収入を得ているところ、当該収入は本件雇用契約に基づく賃金(基本給及び残業手当の合計22万6,000円)の4割を超えるから、被告が支払うべき同月分(支払期日は同年9月10日)以降の賃金は、本件雇用契約に基づく賃金の6割に相当する13万5,600円となる(最高裁判所昭和37年7月20日第二小法廷判決・民集16巻8号1656頁参照)。

第3 コメント

弁護士 岩崎孝太郎

一時的な感情のもつれであれ、従業員との言い合いから解雇トラブルへ発展するケースは少なくありません。

従業員にとって、退職は生活費用の稼ぎ口を失うことになりますので、裁判所も事実認定には慎重になります。

そのため、本件のようなやり取りがされた場合には、口頭で済ませるのではなく、従業員から書面で退職届を提出してもらう必要があります(それでも退職届の効力が否定されるリスクも忘れてはなりません)。

本件のような口頭による退職の意思表示だけの場合には、労働審判で和解案が出た以上、それを受け入れるべきであったとも思われます(ただ、会社にとって経済的な損得を度外視しても、争っていくべき事案はありますので、これは第三者の一感想でしかありません)。

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