喧嘩や自招侵害でも正当防衛は成立する?|平成20年判例の否定例と射程
正当防衛は、刑事事件において無罪を導く強力な主張です。
しかし実務では、「喧嘩」や「自ら侵害を招いた場合(自招侵害)」が問題となるケースでは、正当防衛が厳しく判断され否定されることが少なくありません。
本記事では、平成20年5月20日の最高裁決定などの例を紹介し、正当防衛が否定される理由と、なお成立の余地が残される場面について、刑事事件の実務視点から詳しく解説します。
※ 正当防衛については様々な議論がありますが、本記事は、一般的な理解や代表的な見解をご紹介するもので、全てに賛同するわけではありません。
※ また、公開日の情報を基に作成しています。
本記事で解説する「喧嘩」や「自招侵害(平成20年決定)」における正当防衛の判断枠組みを、まずは図解で整理しました。この流れを頭に入れた上で、以下の解説をご覧ください。

1 正当防衛の基本的枠組みと問題意識
(1) 刑法36条1項の要件
刑法36条1項は、
「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」
と規定しています。
正当防衛で論点になりやすい要件として、大きく分けて以下の3つがあります。
- 急迫不正の侵害(侵害に関する要件)
- 防衛するため(防衛の意思に関する要件)
- やむを得ずにした行為(防衛行為の相当性に関する要件)
(2)「急迫性」という関門
- 実務上、「急迫性」という要件が、正当防衛の関門的役割を果たしているとされています。
- 急迫性が認められると、(判例上は防衛の意思はそう簡単に否定されないため)行き過ぎたと考えられる事案でも行為の相当性判断により過剰防衛が成立することになります。
- 中には過剰防衛すら認めるのが相当ではなく正当防衛自体を認めるべきではない事案もあるという価値判断から、急迫性が関門的な役割を果たしているという考えがあり得ます。
- 急迫性が認められると、(判例上は防衛の意思はそう簡単に否定されないため)行き過ぎたと考えられる事案でも行為の相当性判断により過剰防衛が成立することになります。
- 判例上、急迫とは「法益の侵害が現に存在しているか、又は間近に押し迫っていること」を意味します(最三小判昭46・11・16刑集25巻8号996頁)。
- しかし、客観的に侵害が差し迫っていても、行為者側の「先行する事情」によっては、この急迫性が否定されることがあります。
(3) 自招侵害や喧嘩で否定される説明例
- 自招侵害や喧嘩事案にて正当防衛が否定される説明の一例です
- たとえば、正当防衛の根拠として「正は不正に譲歩する必要はない」という法確証原理が説明されることがあります。
- しかし、自ら進んで侵害を招いたり、互いに暴行を前提とする喧嘩を行ったりする場合、そこには守られるべき「正」が存在しない、あるいは公的機関の保護を求める余裕があったと判断され、私人による実力行使を正当化する「状況」がないと説明することが可能とされています。
2 喧嘩闘争と正当防衛の限界
(1) 喧嘩における「正当防衛状況」の否定
互いに暴行し合う喧嘩は、双方が攻撃と防御を繰り返す連続的闘争行為であり、法治国家において私闘は禁じられていることから、原則として正当防衛が成立する余地はないとされています。
- 喧嘩に関するリーディングケースは、最大判昭23・7・7(刑集2巻8号793頁)です。
- 裁判所は、
「互に暴行し合ういわゆる喧嘩は、闘争者双方が攻撃及び防禦を繰り返す一団の連続的闘争行為であるから、闘争の或る瞬間においては、闘争者の一方がもつぱら防禦に終始し、正当防衛を行う観を呈することがあつても、闘争の全般からみては、刑法第三十六条の正当防衛の観念を容れる余地がない場合がある。」
と判示しました。
- この判決は、瞬間の攻防だけを切り離すのではなく、「闘争の全般」を観察すべきであることを強調しています。
- 実質的には、自ら侵害に身をさらした者に自己保全の利益をいう資格はないという価値判断に基づいているという評価も可能と考えられます。
(2) 喧嘩であっても正当防衛が認められる例外
喧嘩事案であれば常に否定されるわけではなく、以下の事情があれば正当防衛が成立し得るとする考えもあります。
- 闘争の断絶と新たな侵害
- 一方が喧嘩の意思を放棄して攻撃を止めたにもかかわらず、相手がなおも一方的に攻撃を続けた場合です。
- 予期を超えた重篤な攻撃
- 当初は素手による喧嘩であったのに、相手が突如として殺傷能力の高い凶器(ナイフ等)を持ち出し、生命に重大な危険を及ぼす攻撃を加えてきた場合、その新たな侵害に対しては正当防衛を主張できる余地があります。
3 自招侵害(自ら招いた正当防衛状況)と従来の議論
(1) 自招侵害とは何か
被侵害者の先行行為(挑発や暴行)が、相手方の侵害を招く結果となった場合を指します。
(2) 正当防衛が否定される根拠|学説
- 自招侵害で正当防衛が否定される論拠については様々な説があります。
- 正当防衛の要件に求める見解
- 代表的なものとして、正当防衛の要件が欠けるとする立場として、防衛の意思がない、急迫性を欠く、防衛するための行為に該当しない、防衛行為の相当性を欠くという立場あります。
- 正当防衛以外の要件に求める見解
- 権利の濫用、社会的相当性を欠く、原因において違法な行為であるなど、正当防衛の要件以外に根拠を求める見解もあります。
- 正当防衛の要件に求める見解
(3) 自招侵害の多種多様
- もっとも、自招侵害といっても多種多様であり、各学説がどのような場合を念頭に置いているのかは留意する必要があるようとされています。以下のような観点からも様々な類型があり得ます。
- 相手の侵害行為を誘発させた自招行為の類型
- 意図的な挑発(相手に攻撃を行わせる意図があった場合)
- 故意的な挑発(相手が攻撃を行う予期はあったが、意図まではなかった場合)
- 過失的挑発(相手が攻撃を行う予期は可能であったが、その予期がなかった場合)
- 自招行為の性質
- 自招行為が挑発に留まるのか、暴行などの違法な行為なのか、素手なのか・凶器を用いたものなのかという場合もあります。
- 侵害行為の予期
- 自招行為に対する侵害行為が、予期されたものなのかという点によっても結論が異なりうるように思います。
- 相手の侵害行為を誘発させた自招行為の類型
(4) 昭和52年決定|積極的加害意思論
- そもそも正当防衛の前提を欠くという議論に関し、従来の判例・実務で大きな影響を与えていたのは、最一小決昭52・7・21(刑集31巻4号747頁)の積極的加害意思論です。
- 侵害を予期していた者が、単に回避しなかっただけでなく、「その機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思(積極的加害意思)」をもって侵害に臨んだ場合、「急迫性」が否定されるとしました。
- もっとも、自招侵害とされる事案の全てにおいて、必ず「その機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思(積極的加害意思)」まで認められるわけではない一方、積極的加害意思がない事案でも正当防衛が否定されるべき事案はあり得ることから、判断枠組みが問題となっていました。
- 下級審判例では、急迫性の要件を欠くとしたものが多いようですが、複数の要件を欠くとした事例、必ずしも積極的加害意思論における予期を前提としていない事例もあります。
- 東京高判昭和60年6月20日判時1162号168頁
- 福岡高判昭和60年7月8日判タ566号317頁
- 東京高判平成8年2月7日判時1568号145頁
- 大阪高判平成12年6月22日判タ1067号276頁
- 東京地判昭和63年4月5日判タ668号223頁
- 東京地判平成8年3月12日判時1599号149頁
- 仙台地判平成18年10月23日判タ1230号348頁
4 平成20年5月20日決定
(1) 事案の概要
- 被告人とされた人は、歩道上で自転車にまたがったままAに声をかけ、言い合いとなりました。被告人はAの左頬を手拳で1回殴打(第1暴行)し、その場から立ち去りました。
- Aは自転車で被告人を追いかけ、約90メートル先で被告人の背中や首付近を強く殴打(第2暴行)しました。
- これに対し、被告人は携帯していた特殊警棒を取り出し、Aの顔面等を数回殴打し、重傷を負わせました(第3暴行)。
- 第3暴行について裁判となった事案です。
- なお、実際の事案では、被告人は第1暴行を否定していましたが、事実認定としては第1暴行が認定されています(したがって、被告人とされた人の予期は推認せざるを得ないという構造にありました。)。
(2) 判旨
最高裁は以下のように判示し、正当防衛を否定しました。
「被告人は、Aから攻撃されるに先立ち、Aに対して暴行を加えているのであって、Aの攻撃は、被告人の暴行に触発された、その直後における近接した場所での一連、一体の事態ということができ、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから、Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては、被告人の本件傷害行為は、被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえない」。
(3) 平成20年決定の意義
ア 積極的加害意思を認定せず正当防衛を否定した点
- 積極的加害意思が認められない事案でも正当防衛が否定される具体的な事例を示した点に意義があるとされています。
- 事案としても、被告人とされた人はAの左頬を手拳で1回殴打(第1暴行)し、その場から立ち去っており、主観面ではAの侵害を予期することは困難であったようにも思います。
- 他方、客観的には第2暴行は違法な第1暴行直後に行われたものであるため、当然に正当防衛が成立する事案ではなく、予期しえない一時をもって急迫性が認められるとするには抵抗があると評価されたようにも見えます
- 急迫性が認められれば、防衛の意思が否定されない限り、相当性を満たせば正当防衛が成立し違法性阻却、正当性を満たさなくとも過剰防衛が成立し刑が減軽され得るということになります。
イ どの要件を欠くか明示されていない点
- 平成20年決定は「正当とされる状況における行為とはいえない」として、正当防衛のどの要件が欠けるかを明示しませんでした。
- この点は、自招侵害とされる事案では様々な場合があり、積極的加害意思論を用いることができる場合以外でも、全て「急迫性」の要件が欠けるという理由付けをすることは技巧的といった指摘もあり、この点を意識したものという考えもあります。
ウ 客観的事実を重視した点
- 原審が予期を認定したのに対し、平成20年決定は予期に触れず結論を出しました。
- 裁判員裁判においては、客観的な間接事実により主観的要件を推認する方法は避けるべきという指摘もあり、この点が意識されたものと考えられます。
- 平成20年決定はあくまで事例判断ではありますが、以下の3点がポイントになります。
- 自招行為の不正性
- 先行行為が「不正の行為(暴行等)」であること。
- 一連・一体の事態(時間的・場所的近接性)
- 先行行為と相手方の侵害が密接に関連していること。
- 侵害の均衡(均衡性)
- 相手方の攻撃が、先行行為の程度を「大きく超えるものでない」こと。
- 自招行為の不正性
(4) 事例判断であり射程に留意
平成20年決定はあくまでも事例判断とされており、その射程には留意が必要と考えられています。
ア 自招行為の態様
- 平成20年決定は、第1暴行の自招行為が暴行である事案です。
- このような事案である場合、第2暴行自体が正当防衛であり、「不正」ではないという評価もあり得ます。
- 平成20年決定は、第2暴行が、自転車で被告人を追いかけ、約90メートル先で被告人の背中や首付近を強く殴打したものであり、第2暴行が第1暴行に対する正当防衛とは言い難い事案であると整理された可能性はあります。
- 自招行為としては、侮辱するような挑発行為、脅迫・器物損壊によるもの、挑発行為の相手方と侵害行為の主体が異なる場合もあり得、こうした事例も射程外になります
- この点からしても、自招侵害とされる事案には様々な場合があることがわかります。
イ 第1暴行を不正の行為と評価している点
また、第1暴行を「不正の行為」と判示していることからして、自招行為が適法といえる事案は射程外と考えられます。
ウ 時間的場所的接着性
- 平成20年決定は「Aの攻撃は、被告人の暴行に触発された、その直後における近接した場所での一連、一体の事態ということができ、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえる」としています。
- 自招行為と侵害行為の間に、侵害を自ら招いたと評価するためには、時間的場所的接着性が一つのポイントになることを示しているものと考えられます。
エ 侵害行為の内容
- 平成20年決定は、自招行為が暴行で、侵害行為が不正の行為による招いたと評価されたとしても、「Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては」と、正当防衛状況が否定されない可能性を残しています。
- 平成20年決定は第1暴行が左頬を手拳で1回殴打というものであったのに対し、第2暴行は被告人とされた人の背後から自転車に乗ってラリアットするという暴行ではありましたが、それでも「Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでない」と評価されていることには留意が必要です。
- 殴打を受けた人が反撃する場合には、激昂するなど感情的になっている場合もあり、受けた行為を上回る反撃をする場合もあり得ることを前提にしているようにも見えますし、(特に暴行などの)自招行為をする側は上回る反撃がなされることは想定されるべきという考えが背後にあるように思います。
- 平成20年決定は第1暴行が左頬を手拳で1回殴打というものであったのに対し、第2暴行は被告人とされた人の背後から自転車に乗ってラリアットするという暴行ではありましたが、それでも「Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでない」と評価されていることには留意が必要です。
5 課題と実務対応
(1)「積極的加害意思」の推認への反論
- 平成20年決定が出されても積極的加害意思が認められる事案では、その点が争点になる可能性もあり得ます。
- その場合には侵害の予期や、積極的加害意思の有無について十分に検討する必要があります。
(2)「自招侵害」の射程を争う
- また、侵害の予期や積極的加害意思が認められない場合でも、正当防衛が否定され得る可能性を踏まえる必要があります。
- その際は、平成20年決定を参考にしていくことも考えられます。
- 時間的・場所的断絶があり、先行行為と反撃行為が「一体の事態」ではないこと、相手方の攻撃が、先行行為を「大きく超える」重大な侵害であり、 均衡が欠如していたという主張も考えられます。
- また、そもそもの自招行為等が暴行等ではなく平成20年決定のような考えが当てはまらないことを指摘した上、正当防衛が認められるべき事案であることを主張することも考えられます。
- その際には(侵害の予期が前提となっている事案ですが)平成29年4月26日決定(刑集71巻4号275頁)が挙げた考慮要素も参考になるように思います。
(3) 裁判員裁判における説明の工夫
- 正当防衛が争点となるケースは、傷害致死や殺人罪など裁判員裁判対象事件となる場合もあります。
- 「急迫性」や「自招侵害」といった難解な概念をそのまま使うのではなく、わかりやすい言葉に置き換え、重要な事実を分析検討し、主張立証していくことが重要です。
6 まとめ
正当防衛の主張が認められるかどうかは、事件が起きたその瞬間で判断されているわけではないことに注意が必要です。
事件に至るまでの背景、準備、現場での行動など諸要素が考慮されることがあります。
判例は、一般化を避け、射程を絞った事例判断や類型化をしている傾向があります。
そのため、事実関係を緻密に分析し、どういった類型になり得るか、判例との整合性や射程が及ぶ事案なのかを踏まえ、主張立証していく必要がありますが、それには難解な法的概念の理解と、それを前提として裁判所を説得していく能力が求められます。
正当防衛の主張でお困りの際は、当事務所の弁護士にご相談ください。





