【事例】15歳に少年法55条に基づく家裁移送が認められた事例(令和2年7月15日さいたま地裁決定)
家庭裁判所が保護処分ではなく、懲役、罰金などの刑罰を科すべきと判断した場合には、事件を検察官に送ります(少年法20条1項。いわゆる「逆送」)。
しかし、少年に対して、保護処分が適切であると判断できれば、検察官が起訴をしても、再度家庭裁判所に事件を移送させることができます(少年法55条。いわゆる「55条移送」)。
本件は、この55条移送が認められた事案です。
✍ 犯行時15歳の少年に 55条移送が認められた事案
犯行は、凶悪かつ卑劣です。
しかし、被告人が犯行当時15歳であったこと、被告人の生育環境に起因した非行性を進展させる悪循環があったことなどから、家庭裁判所に移送する決定を出しました。
55条移送が認められるケースは少なく、参考になります。
【事案の概要】
(罪名)わいせつ略取、監禁、強制性交等、傷害
犯行時15歳の被告人が、共犯者2人(いずれも成人)と強姦を共謀して、深夜、徒歩で帰宅途中の被害女性に対し、背後からその口を塞ぎ、自動車内に押し込み乗車させ、約40分間にわたり林道まで車を走らせながら、同車内で集団で執拗に凌辱(強姦)しました。
その後、被害女性を背後から林道下の川に全裸のまま落下させ、被害女性に全治85日間を要する頭頂部挫創等の傷害を負わせました。
【決定の要旨】
(被告人に対する処遇の在り方)
被告人は、捜査段階及び家庭裁判所の審判では、共犯者に責任をなすりつける虚偽の弁解をしたり、性交につき被害者の同意があると思っていたなどと共感性に欠ける弁解をしたりしており、内省が不十分な状況にあったといえるが、他方で、そのような状況においても、少年鑑別所は、被告人の知的能力の制約や非社会的な行動傾向に配慮した矯正教育を行う必要があるなどとして少年院送致が相当であると判定し、家庭裁判所調査官も、結論においては検察官送致を相当としたが、理由においては、被告人が非行事実を否認していることを指摘し、事実関係を明らかにする刑事裁判手続に乗せる必要性を示しつつ、被告人の年齢、生活環境、知的能力、性格、行動傾向に照らして、保護処分による矯正改善の見込みが全くないわけではないとしていた。
そして、被告人は、起訴されて刑事裁判の一連の手続を経る中で公訴事実を認めるに至り、内省は未だ端緒についたばかりであるとはいえ、被害者に対する謝罪を述べるに至るなど、被告人には、現状においては、矯正教育を受け入れる下地が備わりつつあるというべきである。
(結論)
以上を総合すると、本件犯行は凶悪かつ卑劣な事案であり、その態様、結果及び被告人の関与の状況等に加えて、被害者の厳しい処罰感情も併せ考慮すれば、被告人を刑事処分に付することも十分に考えられる。
他方で、本件犯行は、被告人の年齢、生育歴及び環境等や資質上の背景要因に根ざす未熟さに起因するところが大きく、その全てを被告人の責めに帰することはできない。
そして、被告人は、刑事裁判手続の中で内省の端緒がうかがえるなど、矯正教育を受け入れる下地が備わりつつあるといえ、少年院送致の非行歴がないことをも考慮すると、本件を家庭裁判所に送致して、被告人を保護処分(少年院送致)に付し、専門機関による被告人の特性に応じた手厚い矯正教育を受けさせ、本件犯行に対する真摯な反省をさせ、贖罪意識を持たせることなどを通じて、被告人の更生を図ることが相当というべきである。
よって、少年法55条を適用して、主文のとおり決定する。
【メモ】
本決定は、
①本件が被害者の尊厳を踏みにじる凶悪かつ卑劣な態様の犯行であり、被害者が受けた精神的・肉体的苦痛も多大で、結果が相当に重いこと、
②被告人の関与の態様も、成人の共犯者と比較して従属的な立場にあったとはいえず、むしろ、自らの意思で積極的に重要な役割を果たしていること
などに照らせば、被告人に刑事処分を受けさせることも十分考えられるとして、保護処分の許容性について否定的な評価をしています。
他方で、
③被告人が本件犯行当時15歳であったこと、
④被告人の生育環境に起因した非行性を進展させる悪循環があったこと、
⑤ADHDの特徴及び境界域知能が認められ、これらが本件犯行の背景要因として影響したことなどを指摘し、
本件犯行は被告人の年齢、生育歴及び環境等や資質上の背景要因に根ざす未熟さに起因するところが大きいことから、保護処分の有効性を肯定的に評価しています。
本件は、犯情が極めて悪い部類に属する犯罪といえ、被害者の処罰感情の厳しさも考慮すると、刑事処分(不定期刑)を相当とする判断も十分あり得る事案です。
しかし、本件犯行が被告人の年齢、生育歴及び環境等や資質上の背景要因に根ざす未熟さに起因するところが大きいとすれば、保護処分の有効性も大きく、少年院送致の非行歴がないことなども考慮すると、被告人を保護処分(少年院送致)に付する必要性が高いともいえるでしょう。
本件は、刑事処分と保護処分のいずれを選択するか、相当に微妙な事案です。
本決定は、被告人が起訴後不十分ながら被害者に対する謝罪を述べるに至ったことなども併せ考慮して、保護処分相当性を認めましたが、本件犯行当時15歳という被告人の年齢のほか、ADHD及び境界域知能といった被告人の生育歴及び環境等や資質上の背景要因が本件犯行に大きく影響していることを重視し、55条移送の決定を下しています