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「留置権」は、債権回収でどのように利用できますか?
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留置権は、他人の物の占有者がその物に関して生じた債権を有する場合に、その債権の弁済を受けるまで留置し続けることができる権利をいいます。
特に、商事留置権は、留置する目的物が被担保債権との関連性がなくとも留置できる点で、実務的にも積極的な利用が見込まれています。
具体的には、留置し続けることによる圧迫をし、さらには留置物の競売申立てを活用することで、債権回収にも役立てることがあります。
第1 留置権とは? 民事・商事留置権の概要
1 留置権とは
他人の物を占有している場合に、その物に関して生じた債権があるときに、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置しておくことができる権利をいいます。
この留置権は、法律上、一定の関係があれば当然に発生する権利で、抵当権などのように設定契約等は不要のため、法定担保物権と呼ばれます。
留置権には、民事流事件(民法295条)と商事留置権(商法521条)の2種類があります。
2 留置権の特徴
留置権のポイントは、①債権の弁済を受けるまで留置し続けることで債権回収を図るよう圧迫し、②弁済なき場合には占有物を競売にかけます。そして、商事留置権に限りますが、③破産手続においても主張できます。
この3つが留置権のポイントです。
3 民事留置権を例に具体的なイメージを持とう
民事留置権は、
- 他人の物を占有していること、
- 債権が目的物に関して生じたものであること、
- 債権が弁済期にあること、
- 占有が不法行為によって始まったものではないこと、
の要件を満たせば成立します。
たとえば、腕時計の修理業者が、修理を依頼されている状況で、依頼者が修理代金の支払期限が到来しているのに支払わなければ、修理業者は預かっている腕時計について、修理代金の支払いが受けられるまで留置することができます。
✍ 留置権のPOINT
留置権は、対象物を相手に返さないことで心理的に圧迫し、債権回収を図る手段です。
留置権自体には、優先的に弁済を受ける効力はありません。
しかし、留置権者(上の例では修理業者)は、留置権に基づいて腕時計を競売にかけることができます。
優先弁済を受けられませんが、この競売による代価の返済債務と修理代金債権を相殺することで、事実上優先的に弁済を受けることができるとされます(東京地裁民事執行部の運用)。
不動産の競売手続においても、留置権者は買受人に対しても留置権を主張できますので、買受人が引渡しを受けるために、事実上優先的に弁済を受けることが可能となります。
4 商事留置権の特徴
実際に債権回収において活用が期待できるのは、商事留置権です。
民事留置権は、目的物に関して生じた債権のみについて留置権を行使できますが、商事留置権はその目的物に限らず、広く留置権を行使できます(牽連関係が不要)。
商事留置権は、
- 当事者双方とも商人であること(会社であれば商人)
- 債権が当事者双方のために商行為によって発生したものであること(会社間の取引は全て商行為)
- 債権の弁済期が到来していること
- 占有する物が債務者所有であること
の要件が必要とされます。
<具体的な活用事例>
たとえば、下の図のように、材料を預けて加工して代金を支払う継続的な取引を想定してください
民事留置権と異なり、加工するために発注者より預かっている材料は、すでに加工して納品していた未払代金債権とは関係(牽連性)がありません。
しかし、商事留置権では、すでに納品済みとなっている他の取引の加工代金を支払ってもらうまで、その返還を拒否することができます。
そして、留置を継続しても支払がなされない場合には、支給材料を競売にかけることで回収を目指します。
5 留置権のメリット・デメリット
留置権の長所、短所をまとめると、次の表のように整理できます。
特にメリットが妥当する場面では、積極的に活用して欲しいと思います。
逆に、デメリットに該当しそうなケースでは、留置を続けながら、どれだけの弁済を受けられる可能性があるかを踏まえ、減額交渉を行っていくことが多いと思います。
メリット | デメリット |
①留置物の価値が大きい場合、 ②(仮に価値が高くなくても)取引先にとって必要不可欠な場合、 ⇒ 留置権の活用が期待できるケースです。留置することで任意の弁済を期待できます。 | ・留置物の価値が低い場合 ・取引先にとって重要でない場合 ⇒ 留置の継続や競売によっても債権回収の望みは薄いです。 |
6 破産手続と留置権
先ほどの具体例で発注者や寄託者が破産した場合であっても、破産手続において、他の先取特権より劣後するものの、商事留置権は特別の先取特権とみなされ、破産手続外において行使することができます。
つまり、破産手続が開始されても、引き続き目的物を留置して返還を拒み、引渡しを受けたい者(破産手続では多くの場合、破産管財人)より優先弁済を受けられることが可能となります。
破産法は、破産管財人は裁判所の許可を得たうえで、商事留置権の目的物の価額に相当する金銭を商事留置権者に対して弁済するのと引換えに、商事留置権の消滅を請求することができると定めています。
もっとも、民事留置権は、破産手続において一律にその効力が失われますので、ご注意ください。
第2 不動産に留置権を行使して弁済を狙う
~最高裁平成29年12月14日第一小法廷判決を見る
1 不動産を目的物とした商事留置権の活用
留置権が特に活躍できるのは、留置物の価値が高い場合です。
その典型例が不動産でしょう。
この不動産に対して商事留置権が成立するかどうかは争いとなっていましたが、最高裁平成29年12月14日第一小法廷判決により、成立するとの結論が出ましたので、紹介します。
2 事案の概要
X会社は、Y会社との間で、Xが製造・販売する生コンクリートをYが運送することを内容とする委託契約を締結しました(①本件委託契約)。
また、②Xが所有する土地(本件土地)をYに賃貸した。
しかし、③賃貸借契約はYの用法義務違反等を理由に解除されました。
そこで、Xは、Yに対し、 本件土地の所有権に基づく明渡請求訴訟を提起しました。
これに対し、④Yは、本件委託契約に基づく運送委託料債権を被担保債権として、本件土地について商事留置権が成立すると主張して争いました。
3 判決の内容
民法は、同法における「物」を有体物である不動産及び動産と定めた上(85条、86条1項、2項)、留置権の目的物を「物」と定め(295条1項)、不動産をその目的物から除外していない。
一方、商法521条は、同条の留置権の目的物を「物又は有価証券」と定め、不動産をその目的物から除外することをうかがわせる文言はない。他に同条が定める「物」を民法における「物」と別異に解すべき根拠は見当たらない。
また、商法521条の趣旨は、商人間における信用取引の維持と安全を図る目的で、双方のために商行為となる行為によって生じた債権を担保するため、商行為によって債権者の占有に属した債務者所有の物等を目的物とする留置権を特に認めたものと解される。
不動産を対象とする商人間の取引が広く行われている実情からすると、不動産が同条の留置権の目的物となり得ると解することは、上記の趣旨にかなうものである。
以上によれば、不動産は、商法521条が商人間の留置権の目的物として定める「物」に当たると解するのが相当である。
4 不動産の留置権 ~ その先の問題
この最高裁により、留置権と不動産の問題は、1つの区切りを迎えました。
しかし、留置権と不動産に関連する問題は、まだ解決しているわけではありません。
応用問題になりますが、次の想定事例を基に、抵当権との優劣を把握して欲しいと思います。
【想定事例】
Aさんが所有する土地(更地)に、抵当権を設定していました。
その後、Aさんは、B建設会社に建物建設工事を依頼したとします。
ところが、Aさんが建物工事代金を支払わない場合、B建設は土地と建物に対して、工事代金を支払うまで引き渡さないと留置権を主張します。
この想定事例のように、建物建築請負人の敷地に対する商人間の留置権と抵当権とが競合する場合に、この優劣関係については、この最高裁を前提にしても争いある問題として残っています。
これまでの裁判例も、結論は分かれており、引き続き注視していかなくてはならない問題です。
第3 まとめ
留置権は、債権回収の場面においてメイン手段となる場面が限られており、あまり脚光を浴びる制度ではありません。
しかし、活用し得る具体的な場面を理解しておくと、選択肢の幅が広がりますので、ぜひ頭の片隅に入れて欲しいと思います。
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