債権の回収をしようとしたところ、債務者より、すでに時効消滅していた債権の話題を持ち出し、相殺したから返すものはないと言われました。

消滅時効を主張しましたが、すでに時効によって消滅した債権によっても、相殺をすることはできるのでしょうか?

時効によって消滅した債権によっても、「その消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、相殺をすることができる」(民法508条)と規定されています。

もっとも、この条文の「消滅以前に相殺に適するようになっていた場合」とは、最高裁(最一判平成25年2月28日)により相殺される方の債権(受働債権・本ケースでは質問者が回収しようとする債権)についても履行期にあることが必要とされています。

そのため、ご質問のケースでは、回収しようとしている債権の弁済期が、時効消滅した債権と履行期が重なっていた時期があるかどうかにより判断が分かれることになります。

より詳しく具体的に解説します。

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第1 時効によって消滅する債権による相殺の規定

1 民法508条の規定・趣旨

民法508条は、「時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。」と規定しています。

同条の趣旨は、当事者双方の債務が相殺できる状態にあった場合には、当事者とすれば既に債権債務は決済されたものと同様に考えるのが一般的であることから、この信頼・期待を保護したものと理解されています。

2 「消滅以前に相殺に適するようになっていた場合」(民法508条)とは?

当事者が、相殺に対して寄せる信頼・期待とはどのような場合に妥当するでしょうか?

時効消滅した債権によって相殺をしたい当事者の信頼、期待図。
時効消滅した債権者は、どのような場合に相殺の合理的期待を有していたといえるか?

時効消滅する以前に、「相殺する方(甲)」に対する受働債権も弁済期にあった場合

これは、民法508条が想定する典型的なケースです。

「相殺する方(甲)」は、支払いを請求するだけでなく、支払いを請求される方でもあるわけですので、このような場合には相殺により決済されたものと考えるのが当事者の合理的意思解釈といえるでしょう。

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「相殺する方(甲)」に対する受働債権が弁済期になかった場合

「相殺する方(甲)」としては、まだ支払う必要がなくても、いつでも期限の利益を放棄し、相殺権を行使することで相殺をすることができます。

そのため、そのように考えれば、潜在的に相殺する可能性があったことで、相殺を認めてもよさそうです。

しかし、最高裁は、そのようには判断しませんでした。

「相殺する方(甲)」による相殺が認められるためには、実際に期限の利益を放棄するなどして、受働債権の弁済期が現実に到来している状態にしていないと、「相殺に適するようになっていた場合」にはなっていないと判断されています。

STEP
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結論:両債権が時効完成前に現実的に弁済期が到来している場合に限り、相殺可能

民法508条が適用される場面は、最高裁により限定的に考えられています

そのため、相殺を主張することなく消滅時効が援用されそうな場合においては、後で相殺が無効と判断されないよう、現実に期限の利益を放棄する等して「相殺に適するようになっていた場合」を作り出すことが必要です。

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3 具体的場面で民法508条の適用の可否を考えてみよう

ゴルフ場の預託金返還請求のイメージ事例

Aさんは、ゴルフ場の会員権を所有していましたが、全くゴルフをやらないため、ゴルフ場に対し会員権の返還と預託金の返還をお願いしました。

ところが、ゴルフ場からは、①預託金の返還は、10年後に応じる。②未払の年会費があるので、預託金と滞納年会費を相殺します。と連絡がありました。

預託金は、10年後にしか返還されないはずなのに、ゴルフ場は、期限の利益を放棄したとして相殺を主張しています。

確かに、Aさんも何年にもわたり、年会費を支払っていませんでした。

本件のような場合、都合よくゴルフ場の相殺は認められるのでしょうか?

預託金返還請求と滞納年会費は、潜在的には相殺し得る状態といえます。

しかし、この事例においては、滞納年会費について消滅時効期間(5年)を経過している部分については、預託金について相殺適状が生じていたわけではないので、ゴルフ場の相殺の主張は認められず、消滅時効を援用できます。

ゴルフ場としても、相殺を主張するからには、預託金の返還について期限の利益の放棄が必要となるため、諸刃の剣ともいえますね。

第2 消滅時効と相殺の可否についての最高裁(最一判平成25年2月28日)

1 事案の概要

最高裁の事例、時効消滅した債権は、受働債権が弁済期にないと、自働債権として相殺できない。
当事者の関係図

Xは、貸金業者であるYとの間で、利息制限法所定の制限を超える利息の約定で継続的な金銭消費貸借取引を行い、平成8年10月29日時点において、過払いが発生していました(上図の「過払金返還債権」のこと)。

Xは、貸金業者Aより、平成14年1月23日に借入を行いました。
Yは、平成15年1月6日、Aを吸収合併し、Xに対する貸主の地位を承継しました。

Xは、AとYに対し、継続的に弁済を行っていましたが、平成22年7月1日の返済期日における支払いを滞納したために、特約に基づき期限の利益を喪失しました。

Xは、平成22年8月17日、Yに対し、過払金返還債権と、貸付金債権を受働債権として、相殺の意思表示をし、残額を一括弁済しました。

これに対し、Yは、平成22年9月28日に、Xに対し、過払金返還債権は、10年の経過により時効消滅しているから、その消滅時効を援用する意思表示をしました。

この場合における、Xの相殺の意思表示は有効でしょうか?

2 争点と結論

【争点】

  • (相殺適状の要件)相殺適状について、受働債権の弁済期は、現実に到来していたことを要するか?
  • 民法508条の相殺について、その消滅時効期間経過以前に受働債権と相殺適状にあったことを要するか?

【結論】

  • すでに弁済期にある自働債権と、弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには、受働債権について、期限の利益を放棄することができるというだけではなく、期限の利益の放棄又は喪失等により、その弁済期が現実に到来していることが必要
  • 時効によって消滅した債権を自働債権とする相殺をするためには、消滅時効が援用された自働債権は、その消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことが必要

3 判決の要旨

最高裁は、①505条の文理解釈、②債務者が期限の利益を自ら遡及的に消滅させることは不当であること、を根拠として次のように判示しました。

民法505条1項は、相殺適状につき、「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定しているのであるから、その文理に照らせば、自働債権のみならず受働債権についても、弁済期が現実に到来していることが相殺の要件とされていると解される

また、受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に両債権が相殺適状にあると解することは、上記債務者が既に享受した期限の利益を自ら遡及的に消滅させることとなって、相当でない

したがって、既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには、受働債権につき、期限の利益を放棄することができるというだけではなく、期限の利益の放棄又は喪失等により、その弁済期が現実に到来していることを要するというべきである。



これを本件についてみると、本件貸付金残債権については、被上告人が平成22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため、本件特約に基づき、同日の経過をもって、期限の利益を喪失し、その全額の弁済期が到来したことになり、この時点で本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とが相殺適状になったといえる。

そして、当事者の相殺に対する期待を保護するという民法508条の趣旨に照らせば、同条が適用されるためには、消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される。

前記事実関係によれば、消滅時効が援用された本件過払金返還請求権については、上記の相殺適状時において既にその消滅時効期間が経過していたから、本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権との相殺に同条は適用されず、被上告人がした相殺はその効力を有しない。

4 判例を踏まえた対応について

本判決が示した内容に照らすと、受働債権との相殺によって自働債権の回収を図るためには、自働債権の弁済期が到来するように、必要に応じて受働債権の期限の利益を放棄するなどしなければなりません。

すなわち、債権管理の場面においては、自働債権の消滅時効には目が届きますが、その回収を受働債権との相殺で行うことを企図していた場合には、受働債権の弁済期の到来のタイミングと結びつけて管理することが求められるようになりました

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