仮差押・仮処分が認められた後の本訴で敗訴してしまった場合、債権者が法務局に供託した担保金はどうなりますか?

担保金は、本訴が終了したり、保全処分(仮差押・仮処分)を取下げたりするだけでは、当然に返ってくるものではありません。

担保金の返還を受けるには、取戻手続き(担保取消)を行う必要があります。

【関連記事】 保全処分(仮差押・仮処分)の担保を取消す制度とは
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保全手続(仮差押・仮処分)の担保金の返還をうけるには?
https://ik-law.jp/tantori/

本訴で敗訴した場合や、保全異議で保全事件が取消された場合については、関連記事にもありますように、「3号取消」の手続を執ります。

債務者が期間内に権利行使しなければ、債務者の同意があったものとして担保の返還手続を進められますが、債務者が損害賠償請求をした場合には、担保取消決定はなされず、損害賠償請求が終わるまで担保の返還を受けられないことになります。

債務者が債権者に対して提起する損害賠償請求において、本案訴訟で債権者がの敗訴が確定した場合や、保全異議で保全事件が取消された場合には、債権者のかかる行為については違法性を帯びることになります。

そして、特段の事情がない限り、債権者の過失が推定されます。
ただ、債権者に相当の事由があった場合には、当然に過失があったということはできないと判断されます(最判昭和43年12月24日)。

債権者は、この「相当の事由」を主張、立証し、損害賠償請求に応訴・請求棄却を目指し、担保の返還を目指すことになります。
 

(参考)保全処分(仮差押・仮処分)や担保金については、以下の記事を参考にしてください。

【参考記事】 民事保全~裁判での権利実現を確実にする「序章」
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判決が得られるまでの暫定的な措置(保全)。必要な担保金とは?
https://ik-law.jp/hozen/

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第1 損害賠償請求訴訟の判断構造(最判昭和43年12月24日)

最三小判昭和43年12月24日は、仮差押・仮処分命令の被保全権利が後の本案において存在しないものとされた場合における、仮差押・仮処分の申請・執行に及んだ保全債権者の保全債務者に対する損害賠償責任についてのリーディングケースです。

このいわゆる違法(不当)な保全処分が行われた場合における、保全債権者の責任は、民法709条に基づく過失責任であることを明言し、過失の認定・判断に関して、保全債権者の敗訴判決という確定事実から保全債権者の過失が推認されるとしつつ、相当の事由があれば過失は認められないと判示しています。

1 事案の概要

【当事者】
 X(原告・保全債務者)・・・不動産売買、仲介周旋等を目的とする会社
 Y(被告・保全債権者)・・・整地工事が進められている土地の隣接土地所有者

【事実内容】
土地の帰属について係争があるにもかかわらず、整地工事が進んでいることから、Yは、本件土地に対する仮処分をする必要に迫られていました。

Yは、Xの代表取締役から工事の施工者がXであると聞かされていたわけではありませんが、X差出しの年賀状を受けたり、Xの代表取締役から周辺の土地の分譲事業をする旨の挨拶を受けたりしていました。
そこで、YはXを相手方として、仮処分申請しました。

仮処分の執行でも、工事施工中の会社をXの下請人として判断して執行されましたが、誰からも何の異議もありませんでした。

しかし、その後の仮処分事件の異議手続において、工事施工者がXであるとの疎明がないとして仮処分命令が取消され、本案訴訟においても本件各土地の所有者、工事施工者がXであるとの認定ができないとして、いずれもYが敗訴し、確定しました。

そこで、XはYを被告として、仮処分執行により受けた損害の賠償を求めて損害賠償の訴えを提起しました。

2 最高裁の判断

【判旨】

仮処分命令が、その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取り消された場合において、右命令を得てこれを執行した仮処分申請人が右の点について故意または過失のあつたときは、右申請人は民法709条により、被申請人がその執行によつて受けた損害を賠償すべき義務があるものというべく、一般に、仮処分命令が異議もしくは上訴手続において取り消され、あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、他に特段の事情のないかぎり、右申請人において過失があつたものと推認するのが相当である。

しかしながら、右申請人において、その挙に出るについて相当な事由があつた場合には、右取消の一事によつて同人に当然過失があつたということはできず、ことに、仮処分の相手方とすべき者が、会社であるかその代表者個人であるかが、相手側の事情その他諸般の事情により、極めてまぎらわしいため、申請人においてその一方を被申請人として仮処分の申請をし、これが認容されかつその執行がされた後になつて、他方が本来は相手方とされるべきであつたことが判明したような場合には、右にいう相当な事由があつたものというべく、仮処分命令取消の一事によつて、直ちに申請人に過失があるものと断ずることはできない

(以下、本件のあてはめ)
・・・上告人として右工事の施行者が被上告会社であると判断し、これを相手方として前記仮処分の申請をし、かつ、その執行手続をしたことについては、まことに無理からぬものがあるというべく、他に右工事執行者が被上告会社ではないことを容易に了知せしめるような特段の事情のないかぎり、同人にこの点において過失があるとすることはできないものというべきである。この際、右土地の旧所有者に右の点について問い合せたとしても、同人がその間の事情に通じていることが明らかな場合は格別、そのような事情のないかぎり、これによつてその施行者が誰であるかを知りえたものとはいい難く、その工事請負人についても、仮処分執行の際の状況について窺知される前記事情に照らして直ちに右の点が判然としたものとは断じ難い。のみならず、仮処分の実効性を確保するためには、その隠密性、緊急性の要請も無視しえないから、前記のごとく既に上告人とDとの間において話合いがされ、それが物別れとなつた段階において、紛争の相手方またはその関係人に対し、内部関係について信頼のおける回答を期待することも難きを強いるものというべきである。

 ⇒ 本件において、Yはに過失はないと判断されています。

3 判例の理解 ~ 「一応の推定」と、過失の証明責任の転換

保全債権者の損害賠償責任は、過失が推認されるとしつつ、相当の事由があれば過失は認められないと判示しており、このような過失の推認は「一応の推定」などと呼ばれます。

すなわち、保全処分が取消されたり、本案訴訟で被保全権利がないことが確定した場合には、原則として保債権者に過失があるものと推認されることになります。

この推認には、過失を基礎づける具体的な事実は示されていません。

一般に「過失」はその法的評価を基礎づける具体的事実が主張されないといけませんが、過失が推定されるため、「過失」という法的評価そのものを推定の対象としています。

これに対して、「相当の事由」があった場合に過失ありとは認められません
そのため、過失評価を妨げる事実の立証を被告側(保全債権者)に求めるものといえます。

すなわち、この判断構造は、過失の立証責任が転換されたのと同様の機能を果たしていると理解されています。

第2 近時の最高裁判例の俯瞰(最判平成31年3月7日)

1 事案の概要

【当事者】
 甲(原告・保全債権者)・・・印刷物の紙加工品製造等を行う株式会社
 乙(被告・保全債務者)・・・日用品雑貨の輸出入・販売等を行う株式会社(売上年26~57億円程度、16億円余りの資産有する

【事実内容】
(仮差押)
甲は乙に対し、印刷物等の売買契約に基づく売買代金の支払いを求め、乙の取引先百貨店Aに対する売買代金について仮差押命令を申立て、発令されました。

これに対し、乙は、仮差押解放金を供託し、本件仮差押命令の執行が取消されました。

さらに、乙は、本件仮差押命令の取消を求める保全異議の申立てを行い、「保全の必要性がない」として仮差押命令を取消し、仮差押申立てを却下する決定を得ました。

甲は、かかる決定を不服として保全抗告をしましたが、棄却されました。

(損害賠償請求の相殺主張)

甲の乙に対する印刷物等の売買代金支払訴訟の中で、乙は、この仮差押命令が違法であることを利用として不法行為に基づく損害賠償債権にて相殺する旨の意思表示をしました。

乙の損害賠償請求は、甲による違法な仮差押命令によって乙の信用が毀損されたとして、仮差押命令以後に乙と取引先百貨店Aとの間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失した利益(逸失利益)等の発生を主張しました。

2 最高裁の判断

債権の仮差押命令の申立てが債務者(乙)に対する不法行為となる場合において、上記仮差押命令の申立ての後に債務者と第三債務者(百貨店A)との間で新たな取引が行われなくなったとしても、次の(1)、(2)など判示の事情のもとにおいては、上記不法行為と債務者がその後に債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失したと主張する得べかりし利益の損害との間に相当因果関係があるということはできない。

(判決の要旨)

(1) 債務者は、1年4カ月間に7回にわたり第三債務者との間で商品の売買取引を行ったが、両者の間で商品の売買取引を継続的に行う旨の合意があったことはうかがわれず、債務者において両者間の商品の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったとはいえない。

(2) 上記仮差押命令の執行は、上記仮差押命令が第三債務者に送達された日の5日後に取り消され、その頃、第三債務者に対してその旨の通知がされており、第三債務者が債務者に新たな商品の発注を行わない理由として上記仮差押命令の執行をとくに挙げていたという事情もうかがわれない。

3 本判決の検討

本件は、債権の仮差押命令の申立てが債務者に対する不法行為となる場合において、仮差押命令の申立て後に債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったときに、このことによる債務者の逸失利益とかかる不法行為との間には、当該事件の具体的事情のもとでは「相当因果関係があるということはできない」と判示しました

本件の特徴は、被保全権利の存在は問題なく認められていますが、仮差押をする必要に疑問符がつき、乙の会社規模、売り上げ状況等から「保全の必要性」がないことを理由として、仮差押命令の申立てが債務者に対する不法行為になるとされました。

確かに、仮差押えは、債務者の信用を毀損し、損害を与えることもあります。
本件の乙は、まさにそれを主張しました。

しかし、本件については、判決文を基に損害との因果関係が存在しないとして因果関係論で論じたり、または、そもそもの損害として、乙と百貨店Aとの間での契約を締結することから生じる乙の営業利益が保護に値するものと言えなかった、など様々な評釈がなされていますが、いずれも結論は支持されており、事例判断として乙の逸失利益までは認めないものばかりです。

4 最後に ~ 債権者として注意すべきこと

本訴で敗訴したり、保全異議で保全事件が取消されたりしても、直ちに債権者の責任が認定されるわけではありません。

この最高裁でも示されているように、①債権者に過失が存するか(債権者に「相当の事由」がないか)、②債務者に損害が発生したか、③違法(不当)な保全処分によった損害として因果関係があるか、という論点を債務者が乗り越えなくてはなりませんので、債権者のリスクとして必ずしも大きいものであるというわけではありません

仮差押・仮処分が違法(不当)と評価を受けて損害賠償請求を受けるリスクについては、なかなか明確な見通しをもって手続を進めることは容易ではありませんが、保全手続きにおける全体像を把握して、適切なリスク把握をすることが大切だと考えます。

弁護士

過度に恐れる必要はありませんし、委縮する必要もありません。
ただ、万が一のリスクを想定した上で手続を進めていくことが大切ですね。

 

第3 関連する裁判例等

近時の不法行為責任が争われた裁判例をいくつか紹介します。

いずれも債権者が敗訴しているわけではありませんが、賠償責任を負っている事例もありますので、保全処分を選択する際の参考にしていただければと思います。

裁判日時事案の内容判決内容債権者の不法行為責任
(責任あり「〇」、
責任なし「×」)
1東京地判
令和4年
1月26日
 太陽光発電事業の開発行為、開発許可等に関する業務委託契約を締結しましたが、委託料の支払をめぐって紛争となり、債権者が債務者に対し、各委託先物件に対する占有移転禁止等の仮処分を申立て、440万円の担保での決定が出ました。
 しかし、本案訴訟において、債務不履行解除又は合意解約を主張し、物件の引き渡しなどを求めましたが、債権者の主張はいずれも棄却され確定しました。
①仮処分命令申立事件の弁護士費用200万円、
②起訴命令の申立て、本案訴訟の弁護士費用300万円、
③本件不法行為の損害賠償の弁護士費用40万円(請求認容額の1割)を認めました。
2東京地判
令和3年
9月2日
 被告は原告が代表取締役を務める会社と、出資基本契約を締結し、出資しました。
 その後、被告は、同社との出資契約は、実質的には貸金に基づくものであるとして返済を求めました。
 そして、原告に対してはかかる出資基本契約を保証したとして、原告に対し保証債務の履行を求めました。
 被告は、原告の所有する自宅不動産に仮差押命令を申立て、同決定を得ましたが、本案において請求棄却
となりました。
 被告が株式会社Aに対する本件契約に基づく貸金返還請求権が存在すると信じるにつき、相当な事由があったとしました。
 理由として、出資契約書に返済義務を負っていることを前提とするような記載があったこと、原告が責任財産として不動産がある旨述べたことや、本案訴訟での和解の意向を示していた点などが挙げられています。
×
3東京地判
令和3年6月17日

 被告は、原告会社が訴外会社から5,000万円を借り受けた際に連帯保証をしたが、被告が訴外会社に5,000万円の弁済をしたために、原告に対して求償権に基づく支払を求めました。
 これに対し、原告会社は、訴外会社からの借り入れは、原告ではなく、原告の職務執行者に対するものであると反論しました。
 被告はかかる求償債権を被保全債権として、原告所有の不動産に仮差押を申立て、同決定を得ましたが、原告は仮差押解放金を供託し、保全異議の申立てを行い、仮差押決定が取消され、仮差押解放金の払戻しを受けました。
借用書に借主として原告の会社名の記載がないことや、弁済を求めた相手先に原告の会社名がないことなどから、被告に相当の事由はないと判断。
①弁護士費用として、仮差押命令申立事件として、不動産の仮差押で200万円、債権仮差押で100万円、
本件の損害賠償請求訴訟として認容額の1割、
②仮差押供託金の供託期間中の利息相当額、
③手続費用、
を認めました。

これに対し、
①期限の利益喪失による約定遅延利息損害、
②不動産売却による逸失利益、
は否定しました。
4
東京地判
令和2年
11月30日
 原告が訴外会社より本件不動産を購入したが、被告と本件不動産について建物管理委託契約を締結した。
 原告は、被告が賃料収入を原告に支払わないとして、同建物管理委託契約を解除した。
 これに対し、被告が本件建物の電気代、点検管理代、清掃代などの事務管理による有益費償還請求権を被保全債権として、原告のメインバンクに対する仮差押を申立てた。
 原告は、保全異議の申立てを行い、保全の必要性がないとして、仮差押の申立てを却下しました。
 その後、原告は被告に対し不法行行為による損害賠償の訴えを提起。
保全異議審に要した弁護士費用として51万9,563円、拘束された自己資金の利息相当額、本件損害賠償請求の弁護士費用として認容額の1割を認めました。
ただ、信用棄損による慰謝料については認めませんでした。
5
東京地判
令和2年
3月10日

 被告が原告の所有する不動産に対して明らかに理由のない仮差押えの手続を行った結果,同不動産の価格を1億円減額させることを余儀なくされたとして,原告が被告に対し,不法行為による損害賠償を求めた事案。
 裁判所は,原告が被告に対して被保全権利(追加工事費用)について直接責任を負わないことを,下請人である被告は容易に認識できたとして被告の過失を認め,被告は不法行為に基づき,原告がその執行により受けた損害を賠償すべき義務を負うとしました。
 しかし、仮差押決定及びその執行により,当該不動産に少なくとも1億円の減価が生じたことについて,原告の的確な立証があったとは認められないとして、結果として原告の請求を棄却しました。
保全の違法を主張し、保全債務者(原告)が保全債権者(被告)に対し損害賠償請求をした裁判例
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