裁判所の判決

会社の岡山支店長であった従業員B(47歳)が脳出血で亡くなった原因が業務に起因するかどうかが争われた事件です。

第1審判決は業務起因性を否定しましたが、控訴審の福岡高裁は肯定する逆転判決です。

脳・心臓疾患の認定基準(「血管病変を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」)において、労働時間と労働時間以外の負荷要因とを総合考慮することが明記されました。

労基署の不支給決定を争う抗告訴訟では、裁判所は行政の認定基準に拘束されずに、労働時間以外の負荷要因も総合的に評価しつつ、当該業務が脳・心臓疾患の前提となる血管病変等の増額に影響を及ぼし得る過重なものであったか否かの検討によって業務起因性を判断していく傾向になります。

具体的な事案において、質的・量的な過重業務があったと認定される場合には、他に発症の有力原因の存在が認定されない限り、労災補償の対象になり得、本件裁判例がその1つといえます。

【参考】
🔗「脳・心臓疾患の認定基準(「血管病変を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」)

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第1 認定事実と判決の要旨(福岡高裁令和5年9月26日判決)

1 時系列

平成3年4月1日入社
平成24年4月1日支店長として勤務
平成26年4月3日右被殻出血を発症
平成28年3月24日死亡

2 認定された労働時間

発症前1か月 97時間58分
発症前2か月 50時間13分2か月平均74時間05分
発症前3か月 67時間37分3か月平均71時間56分
発症前4か月 82時間11分4か月平均 74時間29分
発症前5か月 94時間06分5か月平均78時間25分
発症前6か月 97時間20分6か月平均81時間34分

3 判決の要旨

長時間の過重業務について

本件疾病発症前6か月間における亡Bの1か月当たりの時間外労働時間数は、発症1か月前97時間58分、2か月前50時間13分、3か月前67時間37分、4か月前82時間11分、5か月前94時間06分、6か月前97時間20分であり、発症1か月前及び6か月前はほぼ100時間に及んでいたほか、5か月前は90時間を、4か月前は80時間を超えていた。

また、発症前6か月間の平均時間外労働時間は81時間に達し、発症前2か月間ないし5か月間の平均時間外労働時間もいずれも70時間を超えている。

したがって、認定基準に照らしても、亡Bは、時間外労働の点において、発症前の長期間にわたって疲労の蓄積をもたらす加重な業務に従事していたといえる。

労働時間以外の要因

亡Bは、本件疾病発症の9日前である平成26年3月25日から翌26日未明にかけて、18時間01分に達する長時間の労働を行っており、その内容も、取引先でのトラブルの対応という突発的かつ重要なもので、精神的な負荷が大きなものであったと考えられる。

そして、次の勤務まで5時間程度しか勤務間インターバルがなかったこと、その前日(同月24日)の時間外労働時間が約5時間30分、その翌日(同月26日)の時間外労働時間が4時間30分であったことなどからすれば、同月30日が休日であったことを踏まえても、疲労蓄積の負荷を看過することはできない。

他に発症の有力な要因はあるか

そして、亡Bは、懇親会等においては付き合い程度に飲酒をしていたものの、その他の場面では特に飲酒をしておらず、従前、1日10本に満たない程度のたばこを吸っていたが、平成25年4月頃から禁煙していたこと、平成25年8月の健康診断においては、血圧が高めとの注意を受けたものの、その数値は基準値をわずかに上回るにとどまっていたことなどの事実が認められるところ、飲酒や喫煙についてその程度が著しいものとはいえないことなどに照らすと、これらの事情が、本件疾病が本件会社の業務に起因して発症したことを否定するに足りるものとまでは認め難い。

結論

以上によれば、発症前6か月間の亡Bの時間外労働時関数が長時間であったことに加え、連続勤務及び勤務間インターバルの不足などの負荷要因があったこと、亡Bに本件疾病が本件会社の業務に起因して発症したことを否定すべき特段のリスクファクターも見当たらないことを総合的に考慮すれば、上記労働時間にはゴルフや会食の時間が一定時間含まれていること、亡Bは、概ね1週間に1日は休暇を取得していたほか、本件疾病発症前6か月間、毎月1度は2日間以上の休暇を連続して取得し、発症前1か月間においても3連休をとることができていたことなどの事情を考慮しても、本件疾病の発症は、業務に内在する危険が現実化したことによるものと認めるのが相当であって、業務起因性が認められる。

第2 簡単なコメント

弁護士 岩崎孝太郎

労災保険の業務上の疾病と認められるためには、「あれなければこれなし」という条件関係があることを前提にしつつ、労災補償を認めるに足りる相当因果関係の存在が必要で、具体的な事案において、当該疾病等の結果が当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものであると客観的に評価し得ることが必要です。

最高裁は、当該疾病の発症が①対象労働者の従事した業務が同人の基礎疾患(又は基本的病態である何らかの血管病変等)を自然経過を超えて増悪させる要因となり得る過重負荷のある業務と認められること、②対象労働者の基礎疾患(又は上記血管病変等)が確たる発症の危険因子がなくてもその自然経過により脳・心臓疾患を発症させる寸前まで進行していたことは認められないこと、③対象労働者には他に確たる発症因子はないこと、の3つの要件が認められれば、従事した業務による負荷が基礎疾患(又は血管病変等)をその自然経過を超えて増悪させ脳・心臓疾患を発症させたと認めるのが相当との判断枠組みを採っています。

一般に過労死ラインとされる平均時間外労働時間数が80時間超であるか否かに過度にこだわることなく、裁判では具体的な事案に即して判断されており、本件は労災補償の対象を、第1審判決に比べて広げた事例判断といえます。

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