裁判所の判決

この裁判例は、歯科クリニック内のオープンスペースの控え室に秘密裏に録音したボイスレコーダーの証拠能力を認め、ハラスメント行為を認定しています。

また、ハラスメント行為による就労ができない(会社に安全配慮義務がある状態)として、かかる安全配慮義務違反の状態が解消されるまでの間の未払賃金を認めました。

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第1 事案の内容等(東京高判令和5年10月25日)

1 当事者と請求内容

被告法人:歯科診療所を開設・経営する医療法人
被告Y1 :被告法人の理事長兼歯科医師(院長)

原告:被告法人と雇用契約を締結して従事する歯科医師

原告は、
(被告Y1)に対して、ハラスメントを受けたとして損害賠償請求を、
(被告法人)に対して、安全配慮義務が果たされておらず、育児休業終了後も労務の提供ができないとして未払賃金を、
それぞれ求めました(なお、他の請求もありますが割愛します)。

2 時系列

令和元年5月1日原告(歯科医師)と被告(医療法人)の雇用契約締結
令和2年9月18日妊娠報告&つわりによる翌日からの休職願い(休職へ)
10月31日休職終わる
11月1日復職
令和3年1月22日休職へ(神経性胃炎等を理由)
3月29日 休職終わる
3月30日 産前休業へ
5月14日出産&産後休業へ
7月10日育児休業へ
令和4年5月14日原告⇒被告へ就労意思があることの伝達
(安全配慮義務違反を理由に、実際には就労していない)

3 判決の内容

被告Y1・被告法人に対して

院内のオープンスペースにて歯科衛生士2名と一緒になって原告を揶揄する会話に及んだ行為を中心に(他には原告の診療予約を入れにくくする等)、慰謝料20万円を認めました。

被告法人に対して

被告法人が安全配慮義務を怠っていることにより、原告が就労することができないとして、令和4年7月支給分より、必要な安全配慮義務が果たされた令和5年5月15日分まで(理事長が被告Y1から長女に交代して以降、相当期間経過まで)の未払賃金を認めました。

第2 判決が認定した事実等

1 不法行為(ハラスメント)について

被告Y1が院内で原告の悪口を言っているのではないかとの疑いを持った原告が、その証拠を得ようとして、院内のオープンスペースである控室に秘密裏にボイスレコーダーを設置しておいたところ、偶然被告Y1の会話内容が録音できたことから、その録音内容を反訳して書証として提出した書面であることが認められる。

従業員の誰もが利用できる控室に秘密裏に録音機器を設置して他者の会話内容を録音する行為は、他の従業員のプライバシーを含め、第三者の権利・利益を侵害する可能性が大きく、職場内の秩序維持の観点からも相当な証拠収集方法であるとはいえないが、著しく反社会的な手段であるとまではいえないことから、違法収集証拠であることを理由に同証拠の排除を求める被告らの申立て自体は理由があるとはいえない(同様に被告らが違法収集証拠であると主張する他の証拠についても、著しく反社会的な手段により収集されたものとまでは認められないから、同証拠の排除を求める被告らの申立ても理由がない。)。

その上で、前記の証拠によれば、被告Y1は、本件歯科医院の控室において歯科衛生士2名と休憩中に同人らと雑談を交わす中で、原告のする診療内容や職場における同人の態度について言及するにとどまらず、歯科衛生士2名と一緒になって、原告の態度が懲戒に値するとか、子供を産んでも実家や義理の両親の協力は得られないのではないかとか、暇だからパソコンに向かって何かを調べているのは、マタハラを理由に訴訟を提起しようとしているからではないかとか、果ては、原告の育ちが悪い、家にお金がないなどと、原告を揶揄する会話に及んでいることが認められる。

これらの会話は、元々原告が耳にすることを前提としたものではないが、院長(理事長)としての被告Y1の地位・立場を考慮すると、他の従業員と一緒になって前記のような原告を揶揄する会話に興じることは、客観的にみて、それ自体が原告の就業環境を害する行為に当たることは否定し難い。
したがって、この点について不法行為の成立を認めるのが相当である。

2 未払賃金の認定した期間について

被告Y1は、令和5年5月1日に、被告法人の理事長を辞任し、同日、長女が同理事長に就任した。

これにより、被告Y1が原告と院長(理事長)として接する場面は解消されるとともに、一連の経過も踏まえて長女が院長(理事長)として措置を講じていくことになる。

認定事実記載のとおり、本件歯科医院自体は、元々女性が多い職場であり、原告妊娠当初の被告Y1の対応等をみても、被告らにおいて必ずしも妊娠、出産等に係る女性労働者の母性の尊重及び均等取扱いの必要性についての無理解や妊娠、出産等を原因とするハラスメントの素地があったものとは考えにくく、最終的に原告の就業環境の悪化に至る結果となったことについては、先に説示のとおり、原告側の受け止めに起因するところもあることがうかがわれる。

そうしたことも併せ考えると、被告らからは、現時点で特段の従業員に対する研修等の企画は提示されていないものの、上記対応により、一応の必要な安全配慮義務は果たされたものと認められるというべきである。

したがって、令和5年5月分の賃金については、上記理事長の交代から相当期間が経過した15日までの分に限り理由があるものというべきである。」

第3 コメント

弁護士 岩崎孝太郎

ハラスメント行為の事実認定については、客観的証拠の存在が必要不可欠とされます。

本件でも、原告自身のメモや他歯科衛生士からの又聞きを根拠とした主張は、事実認定から排斥されています。

ハラスメント行為が認定された場合の慰謝料額は、暴行・暴言があった場合でも、強度がそれほど高いものではなく、継続性もないような場合は、数万円~数十万円程度となることが多く、本件もその範囲内といえます。

会社として注意すべき点は、ハラスメント行為等の存在により労働者(従業員)が就労できないとされた場合には、安全配慮義務違反を問われ、本件のように労務提供を受けずとも賃金の支払義務を負ってしまうリスクがあることです。

本件は、事業主として、コンプライアンスの遵守が強く求められる好例といえます。

【参考】
🔗「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務となりました!」(厚労省)

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