不動産の明渡しを求める方法の中でも、最も緊急性が高い場合に利用する手段として、明渡断行の仮処分(建物明渡しの仮処分、建物収去土地明渡しの仮処分)があります。
本来は、不動産に対する明渡請求訴訟で勝訴判決を得て、強制執行をすることが、法が予定している手段です。
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建物明渡の流れの全体図(賃料滞納を例に)もっとも、裁判で勝訴判決を得て強制執行をするまでには一定の時間を必要としますので、勝訴判決の取得を待たずに権利を実現すべき事情がある場合に、不動産の明渡しを命じる仮処分命令を得て、暫定的に権利の実現を図る手段が用意されています。
このような、明渡しを求める保全処分(仮処分)を「明渡断行の仮処分」といいます。
明渡断行の仮処分では、裁判手続を経ないで、勝訴判決を獲得したのと同じ状態を実現できます。
そのため、保全手続の中でも、裁判で勝訴したのと同様の法的地位を与える「仮の地位を定める仮処分」として、認められる要件が非常に厳しいものとなっています。
より具体的な内容を説明していきます。
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第1 不動産明渡断行の仮処分命令の概要
1 不動産明渡断行の仮処分とは?
明渡しの断行の仮処分には、建物の明渡しを求める①建物(又は土地)明渡しの仮処分と、建物を取り壊したうえで土地の明渡しを求める②建物収去土地明渡しの、主に二種類があります。
それぞれの裁判所より下される主文(債権者が求める内容)は次のようなものとなります。
- 【建物明渡しの断行の仮処分】
「債務者は、債権者に対し、この決定送達の日から〇〇日以内に、別紙物件目録記載の建物を仮に明け渡せ。」 - 【建物収去土地明渡しの断行の仮処分】
「債務者は、債権者に対し、この決定送達の日から〇〇日以内に、別紙物件目録記載の建物を収去して、同目録記載の土地を仮に明け渡せ。」
そして、上記の不動産明渡断行の仮処分命令の執行は、執行官が、目的物である不動産の所在地に臨場し、債務者の占有を解いて債権者にその占有を取得させる方法、つまり明渡の強制執行と同様の方法で行います(民事保全法52条1項・2項、民事執行法168条1項)。
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不動産明渡・引渡の強制執行の流れただ、②建物収去土地明渡しは、仮処分という裁判手続を経ていないのに、建物の取り壊しまで行うもので、後戻りのできない手続になっています。
そのため、実務上も発令されることはほぼ皆無といってよく、これが認められる場合は極めて例外的な場合に限られます。
不動産明渡断行の仮処分といえば、主には①建物明渡断行の仮処分を念頭に置かれることが多いです。
2 認められる要件 ~ 高度の保全の必要性
不動産明渡断行の仮処分は、仮の地位を定める仮処分命令であり、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため必要と認められる場合に発することができる」(民事保全法23条2項)とされます。
すわなち、仮処分命令が執行された場合には、裁判による判決が確定する前に強制執行がされたのと同様の法律状態が形成され、債務者に重大な影響を及ぼすことが少なくないことから、高度の保全の必要性が疎明されなければなりません。
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従来より、次のような場合に、高度の保全の必要性が認め得る場合として想定されています。
- 債務者の行為が執行妨害的と評価される場合
- 債務者が債権者の占有を暴力的に侵奪した場合
- 債務者の目的物使用の必要性が著しく乏しい場合
- 債権者の受ける損害が著しく大きい場合
- 債務者の行為が重大な公益侵害となる場合
①債務者の行為が執行妨害的と評価される場合
具体的には、債権者が占有移転禁止の仮処分命令を得ないまま裁判手続を進めていたところ、口頭弁論の終結前に、第三者が執行妨害の目的で当該不動産を占有した場合などが想定されます。
ただ、このような場合でも、仮処分命令の執行により債務者が被る不利益は大きいため、債務者側の執行妨害の意図を十分に疎明しなければならず、ただ執行妨害らしいという程度の憶測の域を出ない疎明では不十分と考えられています。
このような場合に、債権者が早期に占有移転禁止の仮処分命令を得ておかなかったことに落ち度があるように見えるかもしれませんが、どの時期にどのような法的措置を講じるかは当事者の選択に委ねられる問題です。
そのため、債権者が占有移転禁止の仮処分命令を得ていなかったことを、保全の必要性を減殺する事情として債権者側に不利に評価することは相当でないと考えられています。
「占有移転禁止の仮処分命令を優先的に申立てるべき」とする明確なルールはありません。
あくまでも債務者の行為が執行妨害的と評価できるかどうかがポイントになります。
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悪質な執行妨害には「債務者を特定しない」占有移転禁止の仮処分!②債務者が債権者の占有を暴力的に侵奪した場合
暴力的な態様で債権者の占有を排除し、不動産を占有するような場合には、債務者の占有を放置する合理的な理由はなく、保全の必要性が認められます。
③債務者の目的物使用の必要性が著しく乏しい場合
典型例としては、賃料不払いの賃借人が退去してもぬけの殻となっている一方で、賃貸人(債権者)に当該建物を早急に使用すべき必要性がある場合が想定されています。
ただ、このような場合は、裁判を起こしても、それほど時間を要せずに強制執行まで行えるでしょう。
そのため、債務者に目的物を使用する必要性が乏しいからといって、明渡断行の必要性まで認められるかは、慎重な検討がされます(容易には認めてくれません)。
④債権者の受ける損害が著しく大きい場合
他の占有者が明渡しに同意しているのに、債務者だけが明渡しを拒んでいるため、テナントビルの改築工事ができず、ビルオーナー(債権者)に大きな損害が発生している場合が想定されます。
ただ、係争中であるにもかかわらず、オーナーが売買契約を締結し、その履行期が迫っていることは、オーナー(債権者)が自ら切迫した状況を作り出しているにすぎませんので、保全の必要性を肯定する事情とはいえません。
係争状態を解消する目途が明確に立っていないのに、そのような段階で係争不動産を処分したのであれば、そのことに伴う負担は、自らそのような行動をしたオーナー(債権者)が負うのが公平だからです。
⑤債務者の行為が重大な公益侵害となる場合
地方自治体などが施行者となる公益性のある事業を遂行する上で、早期の明渡しが必要不可欠である場合が想定されています。
たとえば、公営住宅を建て替えるため、建物使用者との間で契約を解約し、ほとんどの者が任意の明渡しに応じているのに、債務者だけが理由なく拒んで、建替事業に多大な支障が生じる恐れがある場合などが挙げられます。
想定例を見ても、活用できそうな場面は、極めて限定されている印象がありますね。
①強制執行による権利の実現を待てないような事情といえるか、
②占有移転禁止の仮処分命令を得るだけでは満足できない事情といえるか、
という観点から、裁判所に「保全の必要性」をアピールする必要があります。
明渡断行の仮処分は、実務的にも発令されているケースは非常に少なく、真正面から勝負しようとすると極めてハードルが高いものといえます。
もっとも、後述しますが、債務者審尋を活用して、早期に話し合いで解決する手段としての活用も考えられます。
4 審理の方式
双方審尋期日
仮の地位を定める仮処分の場合、債務者を呼び出して反論や言い分を聞くことが必要不可欠となります。
手続の進行として、申立てから1週間から10日間程度の間隔を空けて審尋期日が指定されます。
ただ、債務者に対して無用な出頭の負担をかけないようにとの配慮もされることから、双方審尋を行うには、債権者において保全の必要性を疎明できるか、そうでなければ具体的な和解案を準備しておくことが必要です。
担保
債務者の占有を奪うもので、債務者には大きな損害を与えるものとなります。
そのため、発令にあたっての担保も高額となり、1つの目安ですが、賃料の2年分以上が必要とされています。
5 実務における運用
保全の必要性を疎明できるケースは、非常に少ないといえます。
その場合、明渡断行の仮処分を申し立てた後、手続中に債務者の使用を許す占有移転禁止の仮処分に申立てを変更をして、仮処分命令を受けることもあります。
そのため、保全の必要性が微妙なケースであっても、最初から諦めることなく、まずは明渡断行の仮処分を申立てるという戦略は、合理的な判断と考えます。
第2 建物明渡断行の仮処分を戦略的に使う
1 具体的に利用を検討する場面とは?
これまでにお伝えしましたように、明渡断行の仮処分は、その要件が非常に厳しいもので、なかなか認められるものではありません。
しかし、たとえば、賃貸している物件が違法風俗店として利用されていたり、暴力団事務所として活用されている場合には、一刻も早い賃貸人への占有回復が必要となりますので、積極的な利用が検討されます。
また、双方審尋期日が開かれることを目的として、裁判所を仲介として早期に話し合いによる解決を図りたい場合にも、積極的な活用を検討してよいと考えます。
たとえば、賃借人が賃料未納の場合に、賃料支払請求を無視され退去について任意交渉できない場合や、賃貸借の範囲に争いがあって一部を不法占拠されていると主張する場合に、暫定的にであれ早期に1つの解決案を見出したいような場合が想定できます。
2 明渡しの断行の仮処分の歴史とは?
1988年と今から30年以上前の文献ですが、『地上げ屋に与して抗して』塚原朋一裁判官著(ジュリスト923号)にて建物明渡断行の仮処分について記載がありますので、抜粋します(黄色下線は私が施しています)。
「私の感覚によれば本案訴訟でさえ勝訴困難と思えるような建物の明渡を求める仮処分申請が多いのに驚いた。」、
「不動産業者甲が目的土地の大部分を買収し終わったが、長屋の一戸に住む乙だけが立ち退かないとする。甲から解決を依頼された弁護士には、乙を立ち退かせるために本裁判をやっている時間的余裕はない。弁護士は、裁判所に無理を承知で明渡を求める仮処分を申請することになる。」、
「法律論としては、・・・認容の可能性がないとして、債務者を呼び出して審尋することなく、却下すべきものなのであろう。」、
「しかしながら、申請にやってきた弁護士は、申請に至った事情を縷々説明し、相手方を呼んで裁判所が中に入ってなんとか和解してもらいたい、というのである。」「私としては、他の事件の処理に特に支障がない限り、できるだけ(もちろん悪質なケースは別)、債権者の意向を尊重して、債務者を呼び出して、債務者の立場を配慮したうえ、和解を試み、ほぼ全部について和解が成立の運びに至ったように思う。」
「和解をしないで、却下又は認容の裁判というような処理の仕方をすれば、裁判所を頼りとする弁護士は、依頼者からみれば頼りがいのない存在となり、悪質な不動産業者が介在横行することを助長するであろう。」
『地上げ屋に与して抗して』塚原朋一裁判官著
現在と異なり、まだ地上げ屋や占有屋が横行していた時代です。
民事保全法の改正(占有移転禁止の仮処分の強化)もあり、この時代の考え方や運用が、現在にそのまま当てはまるとは思えません。
しかし、債権者において、着地点の見通しを持って和解交渉に臨むことで(譲歩の準備をする)、双方にとってより良い解決を図ることができることは、現在においてもそのまま当てはまるものです。
時代が変わったとしても、明渡断行の仮処分は、裁判所を仲介として早期に和解で決着したいという当事者・代理人の思いを実現させる手段として、40年近く経った今でも活用し得るものと考えます。
塚原裁判官は、他にも家主・地主の大胆な振舞いとして、(賃借人が)「自分の住んでいるアパートがどんどん壊されているとして、建物取壊禁止・使用妨害禁止を求める仮処分申請事件」の紹介や、「弁当屋を営業していた借家人が、その一年前に借家権確認の確定判決もあるのに、家主が頼んだ業者によって建物が壊されたという事件が報道された」(さすがに刑事訴追され有罪判決が出ました)などを紹介しています。
2009年に弁護士登録をした私には、まるで異国の物語のようでもありますが、この当時の弁護士が、地上げ屋や占有屋に与さないよう、「法的手続で早期の権利実現をいかに図っていくか」、非常に腐心していたことが伝わってきます。
第3 不動産の明渡しと弁護士活用の意義
1 弁護士の活用意義
不動産の明渡しは、執行官による物理的な強制力を働かせる場です。
しかし、明渡しに至るまでには、法律上の争点が存在する場合もあるでしょうし、どのような戦略をもって進めるか(仮処分をどのように活用するか)なども含め、専門的な知見を必要とする場面が多くあります。
費用対効果を見据える必要もあるでしょうが、まずは早期のご相談を推奨していますので、お気軽にお問合せください。
2 弁護士費用
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