確実な建物明渡しの方法として、執行妨害にも対抗し得る「占有移転禁止の仮処分」があります。

もっとも、執行妨害には、さらに悪質に次々と占有者を入れ替えたり、占有者の氏名が明らかとならない態様で占有したり、誰が占有しているかを分からなくさせ、明渡しを妨害する事例も発生しています。

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実際に、執行官は以下のような実例を報告しています。

‣目的建物の所有者自身が全くの別人になりすまし、自らが賃借人であると主張したケースとして目的建物の郵便受け及び表札の表示を別人名義にし、住民票上にも別人が目的建物に居住している旨の記載があり、更に、別人宛の郵便物を郵便受けに入れておく等の偽装を行っていた。

‣目的不動産であるマンション全室に日本語をほとんど解しないフィリピン人、中国人、韓国人、イラン人等を住まわせ、占有の状況について聴取できないケースも見られる。

‣目的不動産であるマンションの室内の壁面に暴力団の組織図が貼り付けられていたり、机上に「破門の通知」の趣旨の葉書等が置いてあり、暴力団の事務所として使用されているかのような外観を偽装したケースもある。 

「執行官の執行現場等における問題点」古島正彦著(判例タイムズ第1069号より引用)

このような極めて悪質な執行妨害に対し、法は債務者を特定しない不動産占有移転禁止仮処分(民事保全法25条の2)を設け、対抗手段を講じています。

この制度は、平成15年(2003年)の民事執行法改正により成立しました。
占有屋という言葉も、ほとんど聞かなくなったことと思います。

それもこのような法律改正による成果の1つと考えられます。
以下、より詳しく内容を解説します。

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第1 債務者を特定しない不動産占有移転禁止仮処分とは

1 内容 ~ 占有移転禁止仮処分との違い

債務者を特定しない占有移転禁止仮処分の大まかな流れ。
債務者不特定の仮処分命令を申立て、仮処分命令を執行します。
執行現場にて占有者を執行官が特定します。
そして、訴訟提起に移ります。
仮処分手続の大まかな流れ

債務者が誰であるかが特定されていない点を除き、基本的には占有移転禁止仮処分と同様に進められます。

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もっとも、占有移転禁止の仮処分との違いは、仮処分執行の際に現場において執行官が占有者を特定することです。

債務者を特定しない占有移転禁止仮処分の場合、執行官が現場にて「債務者」を認定します。

ここで認定された占有者「債務者」となります。

不動産所有者(債権者)は、認定された債務者に対し、明渡訴訟等の手続を進めていけばよいものとなります。

(債務者を特定しないで発する占有移転禁止の仮処分命令)
民事保全法第25条の2 

占有移転禁止の仮処分命令(係争物の引渡し又は明渡しの請求権を保全するための仮処分命令のうち、次に掲げる事項を内容とするものをいう。以下この条、第五十四条の二及び第六十二条において同じ。)であって、係争物が不動産であるものについては、その執行前に債務者を特定することを困難とする特別の事情があるときは、裁判所は、債務者を特定しないで、これを発することができる。
 債務者に対し、係争物の占有の移転を禁止し、及び係争物の占有を解いて執行官に引き渡すべきことを命ずること。
 執行官に、係争物の保管をさせ、かつ、債務者が係争物の占有の移転を禁止されている旨及び執行官が係争物を保管している旨を公示させること。

第2項 前項の規定による占有移転禁止の仮処分命令の執行がされたときは、当該執行によって係争物である不動産の占有を解かれた者が、債務者となる。

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2 債務者を特定しない仮処分が認められる理由

必要性

債権者にとって、建物の占有状態を確認できない場合が少なくない事実が挙げられます。

たとえば、不法占拠者が所有者の立入りを拒み、その占有状態を明らかにしない場合や、ビルの入口に複数の表札が掲げられ、複数の者が出入りしている場合など、債権者としては適法に占有状態を把握する方法には限界があります。

許容性

そもそも占有移転禁止の仮処分命令においても、発令前の債務者の審尋は必要とされておらず、かつ、仮処分命令を執行前に債務者に送達しなくても手続を進めることができます。

そうすると、仮処分命令の執行時において債務者が特定され、その者に対して不服申立ての機会が与えられていれば、仮処分命令の発令時において債務者が特定されていなくても、通常通りに債務者を特定して保全処分を発せられた場合と同程度の手続保障が確保されると考えられます。

例外的規定

そこで、不動産の占有者を特定することを困難とする特別の事情がある場合には、債務者を特定しないで仮処分命令を発することが許容されました。

ただし、あくまでも例外的な規定にはなりますので、占有者を「特定することを困難とする特別の事情」について、債権者において主張・立証する必要がある点を看過してはなりません。

3 債権者(不動産所有者)が行うべきこと

債権者としては、特定を困難とする特別の事情を疎明する必要があります。

具体的には、不動産を外部から観察して表札の有無を確かめるとともに、居住者への質問を試みるなど、仮処分債権者において通常行うべき調査を行ったうえで、なお相手方を特定することができない場合に、「特別の事情」があると考えられています。

たとえば、①調査の経緯を記載した報告書、②(弁護士がいる場合)ライフラインや警察署、NTTなどへの弁護士法23条による照会、③架空法人については登録なきことの報告書、架空自然人については該当者なしの証明書、④(執行裁判所資料の)現況調査報告書などの収集を検討することになります。

裁判所から、「占有関係についてほとんど何も調査せず、ろくな疎明資料も用意しないまま、民事保全法25条の2に基づいて申立てをしようとする弁護士も見受けられる」などと苦言を呈されたこともありますので、きっちり対応、準備したいですね。

4 申立ての留意点

申立書の当事者の記載

債務者欄には、「債務者 本件仮処分命令執行の時において別紙物件目録記載の不動産を占有する者」と記載し、住所欄は記載しません。

また、特定者と不特定者の両方を債務者として申立てをする場合は、不特定者を「上記債務者の外、本件仮処分執行の時において別紙物件記載の不動産を占有する者」などと表示します。

債務者を「特定できない」に該当しない場合

債務者が特定できない場合に該当しないケースもあるため、以下のような場合には注意が必要です。

  • 自然人(人間)の住所は、住民票等の資料の収集ができなくても、目的物の不動産所在地で特定することができると考えられます。
  • 自然人の氏名は、通称名しか分からない場合でも特定に欠けるところはなく、読み仮名しか分からない場合でも、そのまま申立書に記載すれば、特定されたものと扱われます。
  • 占有者が会社の商号や団体の名称と目される名を用いているにもかかわらず、該当する商業登記が見当たらない場合でも、代表者に相当する地位にある自然人の氏名が判明していれば、「●●(商号)こと(氏名)」として、商号又は名称を別称とする自然人を手続の債務者として特定することができると考えられます。

5 債務者への送達

仮処分命令の債務者への送達は、債権者が上申をして、予め予想される通数の仮処分命令正本を発行し、執行官が現場で占有者と認定された者に対して執行官送達を実施します。

仮処分命令正本が足りない場合や、占有者が法人と認定されたが現場にいる者に対する送達が可能かどうか不明確である場合(商業登記簿謄本を確認し、その法人が存在するか確認をしないといけません)には、執行官からの占有者の届出を待ってから改めて送達する方法が補充的に採用されています。

特定できる占有者(債務者)の人数が分からない場合も多いので、執行官は予想される通数を準備して現場に臨みます。

それでも足りない場合等には、改めて送達する二段構えで挑んでいるのですね。

6 まとめ

上記のような運用で、悪質な執行妨害に対抗し得る制度が整えられています。

もっとも、それでも執行の際に占有者が特定できない場合には、執行不能として仮処分手続を進めることができません(民事保全法54条の2)。

そうならないよう、執行官は与えられた権限を駆使し、占有者を特定していきます。

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そこで、執行官はどのようにして占有者(債務者)を認定しているのか、より詳しい説明をします。

第2 執行官はどのように占有を認定するか?

1 占有と占有補助者

明渡しの強制執行は、「債務者」が目的物に対して有する直接の支配を債権者に得させることを目的とします。

この「債務者」には、「占有補助者」として、法律的には独立の占有が認められない者も含まれます。

そのため、占有補助者と認定できる場合には、その者の存在を特段考慮する必要はなくなります。

占有補助者といえる者

典型的には、債務者の家族や法人の従業員などが挙げられます。

他に、執行妨害のために不法に占拠している者も、債務者(占有者)との関係に照らして執行補助者と同様に扱うことができる場合もあるとされます。
ただ、その認定は慎重にされています。

占有補助者に当たらない者

賃料等を債務者に支払って独立の占有権限により占有している場合には、債務者とは別途に裁判を起こす必要があります。

また、個人に対する債務名義により建物明渡しの執行のため臨場したところ、個人が代表者を勤める会社の占有であった場合には、原則的には個人と会社とは法人格が別であるため、執行ができません。

2 執行官の権限

執行官は、次のような権限をもって占有の認定にあたります。
仮処分手続の段階においても、実効性確保の点から、強制執行の規定が準用されます(民事保全法52条1項)。

立入権

執行官には、強制立入権が認められており、目的不動産に立ち入ることができます(民事執行法168条4項)。

また、閉鎖した戸を解錠することも認められています。

質問権・文書提示要求権

債務者又はその不動産を占有する第三者に対し、占有権原やその開始時期などの質問をしたり、賃貸借契約書などの文書提示を求めることができます(民執法168条2項)。

そして、執行官の質問や文書の提示要求に対して正当な理由がなく拒んだり、虚偽の供述や文書の提出をした場合には、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金が法定されています(民執法213条1項4号)。

官庁等に対する援助請求

執行官は、官庁又は公署に対し、援助を求めることができます(民執18条1項)。

この規定により、執行対象物件に可燃物や薬品等の危険物がある場合でも、除去や防火に関する協力を消防署などに求めることが可能となりました。
また、放置自動車がある場合にも、地方運輸局の各運輸支局に自動車登録事項に関する照会も行うことができます。

さらに、目的不動産に対して課される租税その他の公課について、所管の官庁又は公署に対し、必要な証明書の交付を請求することができます(民執法18条2項)。

ライフラインの調査

執行官は、電気ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付を行う公益事業を営む法人に対し、必要な事項の報告を求めることができます(民執168条9項)。

この調査により、供給契約の契約名義にや契約の締結時期、使用状況などを把握することができ、取得した資料を基にして占有の有無等の調査に活用していきます。

抵抗排除

執行官は、職務の執行に際して抵抗を受ける際には、その抵抗を排除するために、威力を用い、又は警察上の援助を求めることができます(民執6条1項)。

つまり、執行官は、強制力をもって執行手続を遂行することができます。

債権者への協力要請

債権者に対し、随時、債務者の占有の状況、引渡し、明渡しの実現の見込み等についての情報の提供その他手続の円滑な進行のために必要な協力を求めることができるとされています(民執規則154条の2第5項)。

不動産所有者(債権者)は、道義的意味合いだけでなく、法律的にも積極的な関与が求められています。

3 執行現場における執行官 ~ 占有認定の方法

執行官は、まず表札郵便受けの表示を確認します。

表札が債務者であった場合には、建物に立入り、債務者が在宅していればその者の陳述、不在であれば室内にある公的文書電気料金請求書上下水道料金請求書ガス料金請求書等)や郵便物の名宛等によって債務者の占有であるか否かの認定をします。

これに対して、表札が第三者名義であれば、本人からの陳述近隣の居住者等から直接聴取をする等により、誰が占有をしているかを認定していきます。

公的文書による調査を並行して行うのは、同様です。

このような現場調査を基に、ライフラインの契約名義などの関連資料を基にして占有者を認定します。

4 まとめ

以上のように、執行官は与えられた権限を駆使して、占有者を認定します。

それでも認定できない場合には、執行不能となってしまう恐れがありますので、債権者(不動産所有者)や代理人弁護士にとっても、積極的にサポート(主には情報提供)を行うことが必要不可欠といえます。

第3 建物明渡と弁護士活用メリット・費用について

1 悪質な執行妨害にこそ専門家が必要

弁護士 岩崎孝太郎

占有屋という言葉もほとんど耳にしなくなり、悪質な執行妨害事例も少なくなっているでしょう。

ただ、現在でも絶滅しているわけではなく、色々な形での執行妨害が発生しており、専門家の関与は必要不可欠といえます。

明渡しに困難が予想される場合であっても、当事務所は、全国の明渡し案件に対応いたしますので、お気軽にお問い合わせください。

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