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トラブル客がいます。
「対応できない」と繰り返し伝えても、「今日は違う用件だから」と述べて、毎日のように電話、来店してきます。
警察を呼んだり、弁護士に依頼して、電話も来店もしないようにと警告書を送りましたが、一向にやめる気配がありません。弁護士から、「架電禁止・訪問(面談)禁止の仮処分」の申立てをしましょうと言われました。
この仮処分とはどのようなものでしょうか? -
来店の際に警察を呼んだり、弁護士から警告書を送るなど手を尽くしても、何ら制止を聞かずに不当な要求や嫌がらせ行為を続けられる場合があります。
この場合には、対応策として法的手続に移るべきです。
その際に、裁判という手段が王道ではありますが、裁判手続は訴訟を提起してから第1回期日が開かれるまでに1ヵ月半から2ヵ月程度はかかってしまい、クレーム対応においては遅すぎて、緊急性が必要な場合には使い勝手の悪さが弱点としてあります。
この裁判の弱点である緊急性を満たしつつ、法的手続として一定の解決を図ることができる手段が、仮処分(架電・来店・面談・動画撮影等禁止)になります。
仮処分を申立てる際には、弁護士に依頼されていることと思います。
この記事では、弁護士に仮処分の申立てを依頼するに際して、弁護士はどのようなことを考え、どのような点に留意して手続を進めようとしているかをお伝えします。この記事により、仮処分の具体的なイメージを持てるようになっていただければ幸いです。
(まとめ記事)弁護士が伝授【クレーム・クレーマー対応】悪質・不当要求と戦う指南書
第1 仮処分とは?
1 どのような場合に用いられるか?
仮処分は、民事保全法に基づく裁判手続です。
今まさに発生している権利侵害行為(長時間にわたる居座り、多数回に及ぶ来店、執拗に繰り返される電話など)に対し、暫定的にとりあえず今ある状態を取り除くために有効な手段です。
具体的には、クレーマーに対して、「〇〇するな!!」という不作為を命じることができます。
【仮処分の具体例】
- 面会を求めてくる相手対して
「面会強要禁止の仮処分」、「面談禁止の仮処分」、「訪問・接近禁止の仮処分」 - しつこい電話の相手方に対して
「架電禁止の仮処分」 - 執拗に動画撮影をやめない相手に対して
「動画撮影禁止の仮処分」 - メールを大量又は頻回に送信する行為に対して
「メール送信禁止の仮処分」 - 店舗の前で街宣活動の嫌がらせをする相手に対して
「街宣禁止の仮処分」、「文書(ビラ)配布禁止の仮処分」
2 要件
被保全権利
申立人(「債権者」と呼びます)が請求できる根拠となるものを「被保全債権」といいます。
クレーム対応の場面においては、債権者が個人であれば、「人格権(平穏に生活を営む権利)」に基づく妨害排除請求権、または妨害予防請求権が根拠になります。
債権者が法人の場合には、「平穏に業務を遂行するする権利」や「平穏に営業する権利」等の財産権が根拠となります。
言い方は異なりますが、内容はほとんど同一と理解して差し支えありません。
このように、人格権(業務遂行権)を根拠としていますので、悪質なクレーマーの行為が債権者の人格権や平穏業務遂行権を侵害しているといえる程度に達している必要があります。
保全の必要性
仮処分命令は、「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とする時にすることができる」(民事保全法23条2項)とされています。
ただ、債権者の人格権(業務遂行権)を被保全債権とする場合には、保全の必要性は、債権者に生じている人格権侵害の有無や人格権侵害の危険の有無の検討と大部分で重なりますので、独立してこの要件を検討することはあまりないと思われます。
例外的に、取引先や監督官庁を禁止対象に含める場合には、なぜ自社が債権者なのに、第三者への行為も対象とする必要があるのかが問題になります。
担保
仮処分決定を得るためには、裁判所が定める担保金を納める必要があります(法務局に供託します)。
金額は、一概には言い難いですが、30万円以内を想定すれば足りることがほとんどだと思います。
事案の内容により、悪質性や継続性が高ければ低額の方向に、逆に権利侵害の程度が弱めの場合には高額の方向に定められます。
仮処分(民事保全)の手続き全般については、以下の記事をご参照ください。
【参考】 民事保全~裁判での権利実現を確実にする「序章」
3 申立てにあたっての留意点
①禁止したい行為は誰に対しての行為か?
仮処分命令の申立てが債権者の人格権、業務遂行権(営業権)を根拠とするものですので、原則として債権者に対する不当要求行為や嫌がらせ行為を禁止するだけです。
しかし、債権者に対する不当要求行為に関連して、従業員の自宅や取引先、監督官庁への迷惑行為を行うことで、悪質クレーマーが要求を実現するようと画策することもあります。
具体的には、取引先に「あんな会社と取引をする理由を説明せよ!」、監督官庁に「こんな会社を野放しにする理由は何か?」などを述べるケースです。
今回の記事とは事案が異なりますが、借金の取立てに来る闇金を思い浮かべるとイメージしやすいですね。
債務者本人だけでなく、家族や勤務先、親戚、隣近所への嫌がらせは、弱い所、嫌な所を攻める合理的な手段でしょうが。。。
不当要求行為や嫌がらせ、迷惑行為が従業員の自宅や取引先等にも及んでいる場合であっても、被保全権利との関係では、従業員や取引先等が債権者本人となって仮処分を申立てることが原則的な対応となります。
ただ、仮処分の申立てには時間、労力、費用もかかりますし、悪質クレーマーとのトラブルに巻き込まれることを恐れて、申立てをためらうこともよくあることです。
取引先からは、面倒なことを嫌って不当要求だろうと応じるよう暗にほのめかされることもあり、対応に苦慮する場合もありますね。
このような場合、取引先など第三者に対する嫌がらせや迷惑行為が、会社の営業基盤を脅かすなどの特別の事情があり、会社の平穏に営業活動を行う権利を直接間接に侵害する恐れがあるとして、第三者への迷惑行為の禁止の仮処分を申立てることも検討するべきです。
②禁止行為を特定すること
抽象的に禁止行為を求めても、具体的に何が禁止された行為に該当するのかの判断が困難となってしまいます。
一方で、厳密に具体的な行為を特定し過ぎると、逆に決定文に記載ない行為を悪質クレーマー側に行う余地を与えてしまいます。
そのため、この抽象的な記載と、具体的な行為の特定という2つの要請を調整するため、実務上は行為を例示することによって特定する方法が多く採用されています。
具体的な決定文例は、下記に記載します。
③クレーマー以外の第三者の範囲は?
問題となっているクレーマーだけでなく、その家族であったり、友人や同僚などが関与する場合もあります。
そのような場合に、いちいち債務者として申立てなければならないとすると、会社(債権者)には非常に酷な結果となってしまい、仮処分が骨抜きにされてしまいます。
そこで、実務上、不当な要求、嫌がらせ等を行う中心的な立場の者のみを債務者として、債務者が他の第三者を用いて不当な要求、嫌がらせ等を禁止する申立てが認められています。
「第三者」は、債務者に用いられた者であること以外の限定は必要ありません。
ただ、第三者は債務者ではないので、直接命令の効力が及ばない点には留意しましょう。
第三者が禁止行為に違反した場合、その違反行為が債務者の意思によるときに、債務者が違反行為をしたと扱われます。
④申立ての趣旨の具体例
以上のような点を考慮して、裁判所が発令する命令文は、以下のようなものが典型的となります。
他に動画撮影ならばその態様を加えたり、街宣活動であれば会社から〇〇メートル以内と場所を区切るなど、個別の事案に対応して適宜修正します。
(例)
債務者は、債務者自ら又は第三者(弁護士を除く)をして、債権者に対し、面接、架電、手紙・葉書などの方法で直接に連絡・交渉することを強要してはならない。
4 仮処分の準備 ~ 集めたい情報、資料など
以上のような要件を充足し、裁判所の仮処分決定を得るためには、次のような資料を準備する必要があります。
債権者本人の陳述書、報告書などの供述証拠のみしか証拠として提出できない場合、クレーマー(債務者)が事実関係を争った場合には、説得力を欠いてしまいます。
そのため、できる限り客観的証拠(撮影や録音など)を集めておきましょう!!
- クレーマーの行為を撮影した写真、動画
- クレーマーとのやり取りを録音した録音データや反訳書
- クレーマーの言動に関する時間、場所、内容等を記録した一覧表
- クレーマーによって受けている被害の記載した陳述書
第2 手続の流れとポイント
1 いざ、裁判所に申立てへ
仮処分の申立て手続においては、債務者審尋(クレーマーを裁判所に呼び、反論の機会を与える手続)が必要とされていることです。
そのため、債務者への呼出し手続の都合上、どうしても時間を要してしまう点がありますが、この審尋手続で一応の解決を図れる場合も多く、貴重な交渉の場といえます。
申立書の提出 → 裁判官面接
証拠を添付した申立書を裁判所に提出します。
東京地裁では、申立てをした日に、先に債権者だけの裁判官面接を行います。
ただ、これは全国一律の運用ではありません(裁判官面接を実施していない裁判所の方が多い印象です)。
申立て後、裁判所書記官より連絡があり、債務者との審尋期日を調整します。
申立てから1~2週間で審尋期日が入ります。
申立書の債務者(クレーマー)へ送達 → 債務者審尋
債権者、債務者が同日に裁判所に出廷し、裁判官が双方の言い分を聞き、判断をします。
審尋期日は、できる限り、弁護士だけでなく、会社のご担当者も一緒に出廷していただきたいです。
この審尋期日において和解が成立することもあります。
和解が成立せず、債務者にまだ反論がある場合には、また1週間後などの期日が指定され続行期日になることが多いです。
特に具体的な反論がなさそうな場合には、審理を終結させ、数日以内に発令まで進みます。
和解の成立 or 仮処分命令の発令
審尋期日において、和解が成立すれば、仮処分手続は終了となります。
和解が成立しなければ、第1回目の期日、もしくは続行された期日において審理が終結する場合がほとんどでしょうから、裁判所の判断が出されます。
仮処分命令が発令される場合には、債権者は担保金を法務局に納めます。
申立てから、和解の成立や仮処分命令の発令までにかかる期間は、早ければ1週間、遅くとも1ヵ月程度で終わることが多いでしょう。
2 想定される審尋の内容(相手の反論)
クレーマー側からよく出る反論としては、①そもそも迷惑行為と言われる行為が存在しない(事実を争う)、②行為自体は行ったが人格権(営業権)侵害に当たるものではない(評価を争う)、③仮処分決定を得る必要性がない(評価を争う)、などが挙げられます。
同様に、会社側に一定程度の落ち度(過失)がある場合に、クレーマー側に権利があることから、不当要求や嫌がらせ(迷惑)行為が正当化されはずだ、というものがあります。
私は被害者で、相手(会社)も認めています!
それなのに、誠実な対応なく二次被害を受けています!
なぜ私に禁止行為の申立てがされるのですか???
しかし、仮に権利を有していたとしても、自力救済は許されません。
債権者の人格権、営業権を侵害するような態様による権利実現行為が許されないことは明白です。
会社に落ち度がある場合には、当然ながら法的責任(賠償責任等)が発生します。
しかし、それ以上の責任を取る必要はありません。
要求態様が悪質なクレーマーに対しては、法的手続で解決を図るという対応方針が仮処分手続にも反映されています。
臆することなく、仮処分を利用しましょう。
【参考】 クレーム・クレーマー対応の基本を弁護士が解説【不当要求・悪質・モンスター】
3 事件解決の見通し
クレーマー(債務者)が審尋に出廷する場合には、和解が成立する場合も多く、裁判所の命令発令に至ることがむしろ少ないといえます。
なお、この和解には、直接交渉は止めて、実質的な解決は訴訟に委ねましょうという、暫定的な解決も含まれています。
仮に和解が成立しなくとも、債務者から「直接交渉はしない」旨の上申書の提出を受けたり、書面化できなくても双方審尋の場において口頭で確認したりすることで、事態を一旦は鎮静化することができる場合があります。
これに対して、債務者が審尋期日に正当な理由なく出廷しない場合も相当数あるようです。
その場合は、すでに債務者には意見陳述の機会が与えられていますので、債権者の提出した資料に基づいて仮処分命令が発令されることになります。
ただ、仮処分命令が発令されたにもかかわらず、間接強制にまで至るケースは多くないようです。
そうすると、この仮処分という手続が、クレーマーからの不当な要求行為(嫌がらせ、迷惑行為)を鎮静化させるに、大きな役割を果たしていると言えます。
費用対効果を検討しなくてはなりませんが、悪質なクレーム対応の方策として、仮処分の申立ては積極的に検討できます。
第3 仮処分の効果とその後の手続
仮処分命令が発令されたにもかかわらず、悪質クレーマーの行為が止まらない事態も当然想定できます。
そもそも、仮処分命令が発令されたとしても、背景となった法律関係の決着をつけるものではなく、暫定的に今生じている権利侵害行為を止める役割しかありません。
そのため、仮処分で解決できなかった場合や、仮処分で一応の解決ができた場合でもこれまでの権利侵害行為による損害の回復を求めたい場合には、クレーマーの行為の差止請求と共に損害賠償請求の訴えを提起する必要があります。
次の裁判手続が、最終決着の場になります(ただ、それでも違反行為を繰り返す場合には、間接強制という、違反行為に対して金銭の支払いを求める強制執行手続を進める必要があります)。
第4 法的手続(仮処分・訴訟)によるクレーム対応事案の具体例(類型)
1 電話・面会等の強要
執拗な電話や面談(面会)要求に対し、仮処分や法的手続に至る例を下の記事の中で紹介しています。
【参考】電話クレーム(多数回・長時間・執拗)切り方を例文付きで解説
【参考】 長時間拘束・多数回来店・暴言クレーマーとは関係遮断を!!
2 不当な要求、悪質クレーム、嫌がらせ・迷惑行為
様々な類型がありますが、追って裁判例を紹介していきたいと思います。
(参考) スマホで無断で動画(写真)撮影をする悪質クレーマーへの対応法
3 街宣活動
企業活動に対する嫌がらせとして、数こそ少ないものの街宣活動が利用されることがあります。
特に、来店型のBtoCビジネスモデルには、非常に厄介な態様といえます。
【参考】 不当な街宣活動から企業を守る方策~仮処分を弁護士が解説します
また、街宣活動が行われる典型的な類型が、解雇された元従業員がいわゆる地域労組・合同ユニオンに駆け込み、かつての勤務先に対して解雇無効(又は賃金の支払い)を求めて街宣活動を利用するケースです。
このタイプの街宣活動は、労働組合の争議行為自体は憲法に由来する権利であるため、一筋縄ではいかず、仮処分等のハードルがやや高くなる特徴があります。
【参考】 ユニオン・合同労組の街宣活動に対抗!~元従業員からの団体交渉要求
4 仮処分の弁護士費用
第5 当事務所のクレーム対応(弁護士費用)
1 当事務所の考え
不当なクレーム、悪質なクレーマーから会社を守るためには、会社が一丸となり毅然とした対応を行う体制構築が必要不可欠です。
そのためには、継続的な支援が必要不可欠なものと考えており、顧問契約の締結をお願いしています。
【クレーム対応基本プランの提供サービス】
クレーム対応案件における弁護士の活用法は、対応が困難、もしくは判断に迷う事例について、随時ご相談を行います。
そして、定期的に検討会を行い、対応の是非と同種事例への対応策を打合せします。
その上で、これまでに発生した事例に対する検証を行い、それを基にした対応マニュアルを整備します。
法的手続を除いて代理人としての窓口対応業務までも含めていますので、弁護士費用を予算化できますし、コスパ良く外注できる存在としてご活用いただけます。
1~2年の継続により、クレーム対応業務を内製化していき、通常の顧問契約にダウンサイジングしていくことも可能です。
【関連記事】あわせて読みたい
売上を上げるツールとしての顧問弁護士活用法!2 弁護士費用と提供サービスプラン
クレーム対応:基本プラン(6ヵ月~)
クレーム対応:代行特化プラン
弁護士への委任を個々の案件ごとではなく、予算を設定して毎月定額化させたい場合に、特化プランを準備しています。
目安として毎月3件程度を上限に想定していますが、個別相談いたします。
民事全般:基本プラン
上記は、クレーム対応用の特別プランですが、事件対応の一般的なプランもご利用いただけます。
この場合、毎月5万円~の月額顧問料(6ヵ月~)に、以下の事件対応費用(着手金+報酬金)となります。
ご相談予約フォーム
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ご相談については、予約制となっております。
来所相談だけでなく、Zoom相談も対応しておりますので、全国対応しております。
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相談時に必要なもの
事前に以下のものをご準備いただくと、ご相談がスムーズに進みます。
- 相談内容の要点をまとめていたメモ
- ご相談に関する資料や書類
ご相談(初回相談料:1時間あたり1万1,000円)
法律上の問題点や採り得る手段などを専門家の見地よりお伝えします。
問題解決の見通し、今後の方針、解決までにかかる時間、弁護士費用等をご説明いたします。
※ご相談でお悩みが解決した場合は、ここで終了となります。
ご依頼
当事務所にご依頼いただく場合には、委任契約の内容をご確認いただき、委任契約書にご署名・ご捺印をいただきます。
問題解決へ
事件解決に向けて、必要な手続(和解交渉、調停、裁判)を進めていきます。
示談、調停、和解、判決などにより事件が解決に至れば終了となります。
終了
委任契約書の内容にしたがって、弁護士費用をお支払いいただきます。
お預かりした資料等はお返しいたします。
クレーム・カスハラ対応には、会社のトップが不当クレームに対して毅然と対応する姿勢を明確にする必要があります。
大きなストレスやうっぷんが溜まっている社会であっても、会社を悪質クレーマーから守る戦いを、専門家としてサポートします。