建物賃貸借契約において、賃借人が保管義務や用法遵守義務に違反する行為を行った場合、賃貸人はどのように対応を行うことができるのでしょうか?
この記事では、契約存続中の賃借人の債務不履行が発生しがちな、保管義務や用法遵守義務について、裁判例を参照しながら解説します。
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第1 賃借人の保管義務・用法遵守義務とは
建物の賃貸借契約では、賃借人は賃借物を善良なる管理者の注意(善管注意)をもって保管しなければならないと規定されています(民法400条、616条)。
善管注意義務とは、賃貸借契約に定められた利用用途に従って使用するにあたり、想定されている態様を逸脱して賃借物を利用してはならない義務をいいます。
分かりやすく言うと、たとえば、住居として賃借している部屋内で野球をして窓ガラスを割ってしまったような場合に、窓ガラスを割った責任を賃借人が負担するというものです。
なお、壁紙や床などが経年劣化により損耗することは、通常使用による不可避的に発生するものですので、善管注意義務違反とはなりません。
また、賃借人は、契約または目的物の性質によって定まった用法に従って、目的物を使用しなければならないと規定されています(民法616条、594条1項)。
保管義務も用法遵守義務も、民法に規定されていますので、契約書の明記されていなくても、賃借人は保管義務・用法遵守義務を負っています。
転借人
賃借人の履行補助者による義務違反も、賃借人の債務不履行となります。
履行補助者とは、債務の履行のために使用する者という意味ですが、具体的には同居の家族や、会社の従業員、転借人などです。
なお、転借人は、転貸借の承諾の有無にかかわらず、転貸人は転借人の義務違反について責任を負います。
第2 保管義務が問題となるケース
1 保管義務違反が問題となる典型ケース
賃借人の保管義務違反によって賃借物の価値が減少したり、著しく損傷することになれば、賃貸人の所有権が侵害されることになります。
裁判例においてよく問題となるケースは、火災などによる物的な損壊行為と、自殺などによる心理的な損壊行為です。
2 火災
賃借人には、火災の被害を受けないように防火に配慮して貸室を保管する義務がありますので、失火によって火災を引き起こした場合は、賃借人の保管義務違反となります。
そして、賃借人の占有している部分から出火したことが認定できる場合には、出火原因が特定されていなくても、賃借人の責任が肯定されます。
これに対して、賃借人本人や履行補助者を除く第三者の不法行為による場合には、原則として賃借人の責任は否定されます。
具体的には、他人が放火した事例や、建物内に強盗が押し入りガソリンを撒いて従業員を焼殺した事例において、賃借人の責任が否定されています。
3 自殺
自殺をする行為は、心理的に嫌悪感を抱き、建物の客観的価値を損傷する行為として、保管義務違反となります。
自殺者が賃借人本人である場合には、賃借人に義務違反が生じ、義務違反による損害賠償債務を相続人が相続します。
また、連帯保証人がいる場合には、連帯保証人は保証債務を負います。
履行補助者の自殺
賃借人の家族や、借り上げ社宅における会社の寮で従業員が自殺したような場合についても、履行補助者の自殺として、原則的に賃借人は責任を負います。
たとえば、賃借人の長女が自殺した事例(東京地判平23.1.27)、賃貸人の承諾を得ていない無断転借人の自殺の事例(東京地判平22.9.2)、会社の従業員の住居として使用している場合の従業員の自殺の事例(東京地判平13.11.29)があります。
これに対して、賃借人と同居人の関係性等に着目して、履行補助者に該当しないと判断し責任を否定した事例(東京地判平22.3.29)、従業員の自殺でも建物が取壊されて更地として売却された点や、当該従業員に自殺の兆候がみられなかった点などをふまえ、責任を否定した事例(東京地判平16.11.10)があります。
原則論を貫きつつ、個別事情に応じて実質的な考慮がされているものといえます。
貸室内以外での自殺
貸室内以外の場所での自殺は、貸室と利用上の関連性がない場合には影響が否定される一方、貸室と同様に排他的独占的に利用される場所であったり、貸室との利用上の関連性が高い(出入口の前など)場合などには、影響が肯定されます。
具体的な事例を記載します。
【内容】 | 【責任】 |
賃貸人の長女の夫の1年6ヵ月前の5階建て複合ビルの屋上からの飛降り自殺で、1階・2階の賃借人が損害賠償を求めた事案。 (東京地判平18.4.7) | 否定 |
バルコニーからの飛降り、建物外で死亡、非常時以外は貸室からしかバルコニーに出入りができない事案。 (東京地判平27.11.26) | 肯定 |
オフィスビルの外付けの非常階段からの従業員の飛降りの事案。 (東京地判平28.8.8) | 肯定 |
投資用アパートの共用スペース(3つの居室の玄関前)で賃借人の首吊り自殺の事案。 (東京地判平26.5.13) | 肯定 |
4 殺人・自然死
賃借人本人が殺害され、賃借人に故意・過失がない場合や、老衰や病気等による借家での自然死については、借家人に債務不履行や不法行為責任は発生しません。
ただ、ひとり暮らしの方が病死し、遺体が放置されたことで、貸室内が汚損・損傷される場合があります。
この場合の原状回復費用の負担は、特別損耗として賃借人の負担とされます。
第3 用法遵守義務が問題となるケース
1 用法遵守義務違反が問題となる典型ケース
賃借人は、契約または目的物の性質によって定まった用法に従い、目的物を使用する義務があります。
この用法遵守義務が問題となるのは、使用目的、迷惑行為、ペット飼育、増改築などが典型的です。
2 使用目的
使用目的が問題となるのは、たとえば居住目的での賃貸であったのに、賃借人が店舗や事務所として利用していた場合などが典型的です。
建物の使用形態がほとんど変わらず、周辺にも大きな影響を与えない場合には、用法違反に当たらない場合が多いです。
これに対して、居住用として賃借した建物を事業用として使用したり、喫茶店として賃借した建物をバーとして使用したりすることは、用法違反に該当すると判断されることが多いです。
裁判例では、麻雀倶楽部として使用するビルの1室の賃貸借について、麻雀倶楽部として使用することを目的とし、宿泊等には利用しないことを特約にしている事例において、顧客が終電後にかえりそびれ、始発を待つために泊まったり、徹夜して麻雀を楽しむ顧客がいたとしても、あくまでも麻雀営業に付随してなされるもので、特約違反には当たらないとしたものがあります(東京地判昭55.5.29)。
3 迷惑行為
建物賃貸借契約では、賃借人は、一般的に付随義務として「正当な理由なしに近隣住民とトラブルを起こさないように努める義務」(東京地判平29.12.5)を負います。
一般的には賃貸借契約書において、近隣住民に迷惑を及ぼす行為(迷惑行為)を行ってはならないことを規定する内容を定めていますが、仮に定めていなかったとしても、迷惑行為を行わないように賃借物を利用する義務があります。
なお、賃貸住宅標準契約書では、「本物件又は本物件の周辺において、著しく粗野若しくは乱暴な言動を行い、又は威勢を示すことにより、付近の住民又は通行人に不安を覚えさせること」(同契約書8条3項、別表1の七)が禁止事項として定められています。
4 ペット飼育
貸室内で犬や猫などのペットを飼う行為に違法性はありません。
しかし、安全衛生や秩序維持のために、動物飼育禁止特約が賃貸借契約に定められている場合があり、特約に反する場合には、用法遵守義務違反が生じます。
過去の裁判例(東京地判平22.11.16)において、重要事項説明書でペットの飼育が可能である旨が記載されている一方で、賃貸借契約書には「動物の飼育をしてはならない」と定められている場合に、大型犬の飼育が可能か争われた事例があります。
同事案では、重要事項説明書にペットの飼育が可能である旨が規定されていても、それが直ちに大型犬の飼育を想定されているとはいえないことや、仲介会社がペットを飼っても構わないと説明をしたとしても、賃貸人の意思に基づくものとは認められないと判断され、用法遵守義務違反とされました。
なお、特約の有無を問わず、危険な動物や多くの人が恐怖を感じる動物(毒ヘビ、毒グモなど)や、一般人が嫌悪する動物(ヘビ、スカンクなど)を飼育することは、特段の事情のない限り、用法違反となります。
5 増改築
建物賃貸借では、賃貸人の承諾を得ずに建物の増改築や模様替え(間仕切りや設備の状況を変えること)は、賃貸人の所有物に手を加えてしまうため、特約の存在にかかわらず、禁止されています。
増改築に該当して禁止される行為かどうかは、変更の程度や原状復帰の可否、その他家屋の構造に変動が生じるかどうかなどによって個別に判断されます。
義務違反が否定された事例として、家屋の改修のために簡易な仮設設備を設置した事案について、使用目的に変更はなく、撤去も容易、家屋自体の構造に変動を生じさせたり損傷を与えたりするものではないことから、用法遵守義務違反を認めませんでした(最判昭39.7.28)。
また、ビル1階店舗の賃借人が同ビル前面空地に花壇、たばこ自動販売機を設置し、商品を置いたワゴンを出して使用した事案(東京地判昭61.6.26)において、解除が否定されました。
6 看板・装飾等の設置
賃借人は、貸室以外を自由に利用することができません。
貸室外の看板や装飾について、契約書に記載があれば、その約定に従う必要がありますが、明確に定められていない場合には、トラブルが生じがちです。
看板・装飾等の設置は、店舗を経営する賃借人にとっては必要性が高いため、賃貸人の撤去請求が権利の濫用として否定されることがあります。
裁判例では、仙台駅前にあるビルで英会話教室を経営していた賃借人が、ビルの窓ガラス内部にロゴマークを記載したクロスを貼付け、内照式看板を取り付けていた事案において、内照式看板は事前許可を認定できずに撤去請求を認める一方で、クロスについては、窓に掲示するようにも見えず、都市景観を害しているとも認め難いとして、撤去請求を権利濫用として否定しました(仙台地判平20.8.21)。
7 その他の事例
重量物の設置
設計積載荷重を超える重さの物を置いた事案について、用法遵守義務違反として、補修工事費用の賠償が命じられました(東京地判昭52.6.29)。
契約書に記載されていない同居人の存在
単身居住者用賃貸建物に元夫を居住させていた事案で、契約解除が認められています(東京地判平14.4.25)。
これに対し、居住する子どもらの父親で、復縁予定の元夫の事案(東京地判平20.1.30)では、契約解除が否定されました。
また、契約に反して承諾を得ることなく義母を居住させていた事案(東京地判令1.10.11)において、損害賠償義務が否定されています(損害がない)。
鍵交換と合鍵の交付
賃借人が鍵を交換した後、契約条項に反して賃貸人に合鍵を引渡さなかった事案では、契約解除が認められています(東京地判平25.2.25)。
第4 賃貸人ができること
1 保管義務違反に対して
火災や自殺など、賃貸物件に損害が生じている場合が多く、契約解除と損害賠償請求が同時になされることが多いです。
火災の場合
借地権付き建物の建物賃借人が失火によって建物を全焼させ、土地の使用借権を喪失した借地人の損害賠償請求では、借地権を含め消失した不動産の価値だけでなく、土地を使用できないことによって生じる経済的利益の双方が、損害に含まれると考えられています(最判平6.10.11)。
自殺の場合
自殺の場合の損害額は、賃貸することができない期間の相当賃料の額、および賃貸できたとしても賃料が下がる場合の下落額にそれぞれの期間を乗じて決めることになります。
2 用法遵守義務違反に対して
用法遵守義務違反に対しては、賃貸物件そのものの客観的価値が減少している場合が少ないため、基本的には解除の可否が問題となります。
ポイント:信頼関係が破壊されたかどうか
賃貸借契約は継続的な契約で、当事者相互の信頼関係を基礎とします。
そこで、判例上、賃貸借契約を解除するためには、賃借人に債務不履行があった場合でも、いまだ賃貸借契約の基礎となる相互の信頼関係を破壊したものといえない場合には、賃貸借契約の解除はできないとされています(最判昭39.7.28)。
第5 裁判例の紹介
1 使用目的の変更
解除を認めた事例
居宅で金融業を営む | 名古屋地判昭59.9.26 |
不動産業を貸机業に変更した | 東京高判昭61.2.28 |
料亭でお風呂と宿泊の提供をした | 東京地判平3.7.31 |
解除が認められなかった事例
居宅の一部を駄菓子等販売の店舗として利用 | 東京地判昭35.11.26 |
飲食店として賃借した建物部分を倉庫として利用 | 東京高判昭41.6.17 |
居住用建物で学習塾を開設 | 東京高判昭50.7.24 |
2 迷惑行為
解除を認めた事例
アパートでの徹夜マージャン | 東京北簡判昭43.8.26 |
アパートでの他の居住者に対する通行妨害や種々のいやがらせ | 東京地判昭51.5.27 |
隣室者に音がうるさいなどと執拗に抗議を重ね、隣室との間の壁をたたくなど、共同生活の秩序を乱す | 東京地判平10.5.12 |
共同生活の居室内に著しく多量のゴミを放置 | 東京地判平10.6.26 |
解除が認められなかった事例
店舗賃借人が第三者をしてノーパン喫茶を営業させた場合の無催告解除 | 東京地判昭59.1.30 |
3 ペット飼育
解除を認めた事例
特約に反して猫を飼育 | 東京地判昭58.1.28 |
住居としてではなく、契約に反して犬・猫の飼育場所として使用 | 東京地判昭59.10.4 |
特約に反して犬を飼育 | 東京地判平7.7.12 |
解除が認められなかった事例
特約に反し座敷犬2匹を飼育した場合でも信頼関係の破壊に至っていないと判断 | 東京北簡判昭62.9.22 |
4 増改築
解除を認めた事例
麻雀屋をゲームセンターに変更 | 東京地判昭60.1.30 |
ファッション関係店舗をアイスクリーム販売店に変更 | 東京地判平1.1.27 |
解除が認められなかった事例
汲み取り式のトイレを水洗トイレに改造 | 大阪地判昭55.2.14 |
活版印刷工場から写真印刷のための製版作業所に変更した | 東京地判平3.12.19 |
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第6 建物賃貸借トラブルを弁護士に相談する
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建物の保管義務、用法義務違反が問題となる場合、義務違反が認められたとしても解除が認められるかはまた別に検討する必要があります。
過去の事例を参考にしながら、個々の事案において本件でなぜそれが問題となるか(逆の立場では、なぜ許されるのか)、契約経緯やその特殊性に着目して考えていくことが大切だと考えています。
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終了
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