労災保険とは、労働者が業務災害・通勤災害に遭ってケガや病気を負った際、生じた損害を補償する社会保険制度です。
具体的にどのような補償を受けることができるのか、各事例を基に紹介します。
想定事例1(後遺障害6級のケース)
Aさん(30代男性)は、年収480万円(月収30万円+ボーナス2回で計120万円)で、工事現場に勤務する労働者です。
事業場に置いてある切断用機械を使用する際に、操作を誤って片手の指全部を失ってしまう事故に遭ってしまいました。
すぐに労災保険を使って治療を受けましたが、親指は元通りにならず、6ヵ月間休業し、後遺障害が残りました。
結果、障害等級の6級と認定されたAさんは、労災保険を使って次の給付を受けることができます。
給付の種類 | 内容 |
療養給付 | 医療機関においてAさんが受けた親指の治療費全額 |
休業給付 | 30万円×6ヵ月×60%=108万円 |
休業給付特別支給金 | 30万円×6ヵ月×20%=36万円 |
障害給付 | 1万円×156日分=156万円/年 が年金額 |
障害特別支給金 | 192万円 |
障害特別年金 | 3,300円×156日分=51万円/年 が年金額 |
※端数は省略して記載・計算(以下同)。
想定事例2(後遺障害9級のケース)
Bさん(40代女性)は、年収400万円(月収30万円・ボーナス1回で計40万円)で、勤務先倉庫で資材の在庫確認中に、コンクリートのブロックを積み上げていたら、バランスが崩れ倒れそうになりました。
咄嗟に手で支えようとしてブロックにぶつかり転倒し、右手を負傷しました。
すぐに労災保険を使って治療を受け、3ヵ月間休業し、後遺障害として右手に障害が残りました(障害等級9級)。
Bさんは労災保険を使って、次の給付を受けることができます。
給付の種類 | 内容 |
療養給付 | 医療機関においてBさんが受けた右手の治療費全額 |
休業給付 | 30万円×3ヵ月×60%=54万円 |
休業給付特別支給金 | 30万円×3ヵ月×20%=18万円 |
障害給付(一時金) | 1万円×391日分=391万円 |
障害特別支給金 | 50万円 |
障害特別一時金 | 1,100円×391日分=43万円 |
想定事例3(死亡して子どもがいる場合)
Cさん(50代男性)は、年収500万円(月収40万円+ボーナス2回で計20万円)で、ビルメンテナンスの会社に勤務する労働者です。
専業主婦の妻と11歳の子どもが1人いました。
仕事現場のビル4F屋上にて漏水補修作業中にフェンスを乗り越えて、濡れ縁に降りる際に、強風におあられて地上へ転落し、亡くなってしまいました。
Cさんの死亡は業務災害と認定され、遺族には次の補償が行われました。
給付の種類 | 内容 |
遺族給付(年金) | 1.3万円×201日分=261万円/年 が年金額 |
遺族特別支給金 | 300万円 |
遺族特別年金 | 548円×201日分=11万円/年 が年金額 |
埋葬料 | 84万円 |
労災就学等援護費 | 15,000円/月 |
このように、労災保険の補償は充実していますが、補償される項目が多岐にわたります。
この記事では、労災保険で受けられる給付の種類を説明するとともに、具体的なケースを用いて、どのような給付を受けられるのか解説します。
第1 療養(補償)給付
療養(補償)給付は、労働者が業務災害・通勤災害によってケガや病気を抱え、療養を必要とする場合に行われる給付です。
1 治療費の負担がない
労災病院や指定医療機関で行われる治療が現物で支給され、ケガや病気が治るまで無料で療養を受けられます。
これら以外の医療機関で治療を受けた場合は、被災労働者は治療費を一旦全額立て替える必要があります。
その後、申請などによってかかった治療費の全額が返還されます。
どちらにせよ、被災労働者が治療費を負担することはありません。
2 療養(補償)給付の範囲
療養(補償)給付には、治療費、入院の費用、薬代など、治療のために必要なものは全て含まれます。
ただし、一般的に治療効果が認められていない特殊な治療や、民間療法などは支給されませんので注意しましょう。
【関連記事】あわせて読みたい
療養(補償)給付の内容や範囲を解説します第2 休業(補償)給付
労働者が業務災害・通勤災害によってケガや病気を抱え、治療のために仕事を休業した場合、賃金を得られない日の4日目から現金が支給されます。
1 支給される金額
休業1日につき給付基礎日額の60%が休業(補償)給付として支給されますが、このほかに給付基礎日額の20%が特別支給金として支給されます。
給付基礎日額とは、災害が発生した日以前3ヶ月間に被災した労働者に支払われた賃金の額をその期間の総日数で割った額です。
要するに、80%までは補償を受けられる仕組みになっています。
2 最低保障額
労災保険では給付基礎日額の最低保障額が定められています。給付基礎日額が最低保障額に満たない場合は、これが適用されます。
第3 傷病(補償)年金
業務災害・通勤災害によるケガや病気について、療養開始後1年6ヵ月を経過しても治らず、傷病等級(第1級~第3級)に該当する場合に、下表のとおり給付基礎日額の313日~245日分の年金が休業(補償)給付に代えて支給されます。
傷病等級 | 傷病(補償)年金 |
第1級 | 給付基礎日額の313日分 |
第2級 | 給付基礎日額の277日分 |
第3級 | 給付基礎日額の245日分 |
1 傷病特別支給金(一時金)
傷病特別支給金は、傷病(補償)年金 の受給権者に対して、等級に応じて下記の額(一時金)が支給されます。
傷病等級 | 傷病特別支給金(一時金) |
第1級 | 114万円 |
第2級 | 107万円 |
第3級 | 100万円 |
2 傷病特別年金
また、傷病特別年金は、傷病(補償)年金 の受給権者に対して、ボーナス等の特別給与の額に基づいて支給されます。
傷病等級 | 傷病特別年金 |
第1級 | 算定基礎日額の313日分 |
第2級 | 算定基礎日額の277日分 |
第3級 | 算定基礎日額の245日分 |
算定基礎日額とは
業務上又は通勤による負傷や死亡の原因である事故が発生した日、または診断によって病気にかかったことが確定した日以前の1年間に、その労働者が事業主から受けた特別給与(ボーナスなど)の総額を算定基礎年額として365で割って得た額です。
例:ボーナスが年2回でそれぞれ40万円ずつだった場合、年間で80万円を365で割った額が算定基礎日額となる。
(事例における算定式)
80万円 ÷ 365日 = 2,192円(算定基礎日額)
第4 障害(補償)等給付
業務災害・通勤災害による傷病の治療を終えたけれども、身体に一定の障害が残った場合に支給されます。
以下のように、障害(補償)等給付、障害特別支給金、障害特別年金(8級以下は一時金)の3項目による支給がなされます。
🔗「障害(補償)等給付の請求手続(厚労省パンフレット)
1 障害(補償)給付
障害等級1級~7級の場合は、以下の給付基礎日額の313日~131日分の障害(補償)年金が支給されます。
障害等級 | 給付基礎日額 |
第1級 | 313日分 |
第2級 | 277日分 |
第3級 | 245日分 |
第4級 | 213日分 |
第5級 | 184日分 |
第6級 | 156日分 |
第7級 | 131日分 |
また、障害等級8級~14級の場合は、以下の給付基礎日額の503日~56日分の障害(補償)一時金が支給されます。
障害等級 | 給付基礎日額 |
第8級 | 503日分 |
第9級 | 391日分 |
第10級 | 302日分 |
第11級 | 223日分 |
第12級 | 156日分 |
第13級 | 101日分 |
第14級 | 56日分 |
2 障害特別支給金(一時金)
障害特別支給金は、障害(補償)給付 の受給権者に対して、等級に応じて下記の額(一時金)が支給されます。
障害等級 | 障害特別支給金 |
第1級 | 342万円 |
第2級 | 320万円 |
第3級 | 300万円 |
第4級 | 264万円 |
第5級 | 225万円 |
第6級 | 192万円 |
第7級 | 159万円 |
第8級 | 65万円 |
第9級 | 50万円 |
第10級 | 39万円 |
第11級 | 29万円 |
第12級 | 20万円 |
第13級 | 14万円 |
第14級 | 8万円 |
3 障害特別年金・一時金
障害特別年金および障害特別一時金は、障害(補償)年金の受給権者に対し、障害の程度に応じて次表の額の年金または一時金が支給されます。
障害等級 | 算定基礎日額 | 年金・一時金の別 |
第1級 | 313日分 | 年金 |
第2級 | 277日分 | |
第3級 | 245日分 | |
第4級 | 213日分 | |
第5級 | 184日分 | |
第6級 | 156日分 | |
第7級 | 131日分 | |
第8級 | 503日分 | 一時金 |
第9級 | 391日分 | |
第10級 | 302日分 | |
第11級 | 223日分 | |
第12級 | 156日分 | |
第13級 | 101日分 | |
第14級 | 56日分 |
4 その他~受給権者がお亡くなりになった場合
障害(補償)年金差額一時金
障害(補償)年金の受給者が死亡した場合、その受給者に給付した年金額は低くなってしまいます。
そこで、一定額以上の給付が確実に行われるようにするために、残された遺族に対して、死亡した受給者が受け取れなかった障害(補償)年金を交付する制度があります。
具体的には、受給者に支給された障害(補償)年金の合計額が下表に示す額に満たないときは、その差額が遺族に対し一時金として支給されます。
障害等級 | 障害(補償)等年金差額一時金 | 障害特別年金差額一時金 |
第1級 | 給付基礎日額の1,340日分 | 算定基礎日額の1,340日分 |
第2級 | 給付基礎日額の1,190日分 | 算定基礎日額の1,190日分 |
第3級 | 給付基礎日額の1,050日分 | 算定基礎日額の1,050日分 |
第4級 | 給付基礎日額の920日分 | 算定基礎日額の920日分 |
第5級 | 給付基礎日額の790日分 | 算定基礎日額の790日分 |
第6級 | 給付基礎日額の670日分 | 算定基礎日額の670日分 |
第7級 | 給付基礎日額の560日分 | 算定基礎日額の560日分 |
障害(補償)年金前払一時金
障害(補償)年金受給権者の請求に基づいて、その障害等級に応じ上表で示されている額を最高限度として障害(補償)年金が一定額まで、前払い一時金として受けることができます。
第5 遺族(補償)給付
労働者が業務災害・通勤災害によって死亡した場合に、遺族に対して支給されます。
遺族(補償)給付の受給資格者は、被災労働者の収入によって生計を維持されていた配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹です。
なお、再婚などによって受給事由が消滅する場合や、妻以外の遺族については、「高齢または年少である」や「一定の障害がある」などの一定の要件が必要となる点には留意しましょう。
遺族給付には、遺族(補償)年金と遺族(補償)一時金の2種類があります。
以下、詳しく解説します。
1 遺族(補償)年金
被災労働者の死亡当時、その収入によって生計を維持していた遺族に対して、次のとおり遺族(補償)年金が支給されます。
遺族の数 | 年金額 |
1人 | 給付基礎日額の153日分 |
1人(55歳以上の妻または障害の状態にある妻) | 給付基礎日額の175日分 |
2人 | 給付基礎日額の201日分 |
3人 | 給付基礎日額の223日分 |
4人以上 | 給付基礎日額の245日分 |
※遺族数は、遺族(補償)年金の受給権者及び受給権者と生計を同じくする受給資格者の人数を指す。
※同一の事由により他の公的年金保険の遺族年金等が併給される場合は一定の調整率によって調整して支給される。
遺族(補償)年金前払一時金
給付基礎日額の1,000日分を限度とする一時金を年金の前払金として受けられますが、前払一時金相当額に達するまで年金が支給停止されます。
2 遺族特別支給金
遺族特別支給金は、遺族(補償)年金の受給権者に対し、遺族の数にかかわらず、一律300万円の一時金が支給(遺族が2人以上の場合、その人数で除して得た額)されます。
3 遺族特別年金
遺族特別年金は、遺族(補償)年金の受給権者に対し、遺族の数などに応じて次表の額の年金が支給されます。
遺族の数 | 算定基礎日額 |
1人 | 153日分 |
1人(55歳以上の妻または障害の状態にある妻) | 175日分 |
2人 | 201日分 |
3人 | 223日分 |
4人以上 | 245日分 |
4 遺族(補償)特別一時金
上記の遺族(補償)年金の受給権者がいないときは、一定の範囲の遺族(生計を別にする配偶者、子など)に対して給付基礎日額の1,000日分の遺族(補償)一時金が支給されます。
5 労災就学等援護費
業務災害・通勤災害によって亡くなった方の遺族のうち、子どもが学校に通っていてその学費の支払いが困難と認められた場合に支給されます。
支給対象 | 支給額(月額) |
小学校 | 15,000円 |
中学校 | 20,000円(通信制は17,000円) |
高等学校等 | 19,000円(通信制は16,000円) |
大学等 | 39,000円(通信制は30,000円) |
第6 葬祭料
労働者が業務災害・通勤災害で死亡した場合、葬祭を行った者に対して支給されます。次のいずれか高い方が支給されます。
- 315,000円+給付基礎日額の30日分
- 給付基礎日額の60日分
第7 介護(補償)給付
傷病(補償)年金、または障害(補償)年金を受給しており、そのうえで現に介護を受けている場合に支給されます(月単位)。
1 常時介護の場合
介護の費用として支出した額が支給されます(上限額は166,950円/月)。
ただし、家族・親族による介護を受けていた方で、介護の費用を支出していない場合や、支出したとしてもその額が72,990円を下回る場合は、一律で72,990円が支給されます。
2 随時介護の場合
介護の費用として支出した額が支給されます(上限額は83,480円/月)。
ただし、家族・親族の介護を受けていた方で、介護の費用を支出していない場合や、支出したとしてもその額が36,500円を下回る場合は、一律で36,500円が支給されます。
第8 まとめ
この記事では、具体的なケースにおける算定例を参考にしつつ、労災保険で受けられる給付の内容を説明しました。
労災保険は、業務災害・通勤災害にあった被災労働者・遺族を守ってくれる制度ですが、受けられる給付が多くあるうえ、特別支給金や一時金などがあり分かりづらい設計になっています。
【参考】
🔗労働基準情報:労災補償 厚生労働省
🔗労働福祉事業の種類と内容【労災補償課】 厚生労働省神奈川労働局