賃借人は、目的物を受け取った後に、これに変更を加えた場合、賃貸借契約が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負います(民法621条)。
建物所有目的の借地契約が、債務不履行以外の理由で終了した場合には、借地人は地主に対して建物買取請求権を行使できます。
この建物買取請求は、特約によっても排除ができませんので、建物賃貸借契約とは異なり、借地人の原状回復義務はあまり問題となりません。
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借地人の建物買取請求権とは?これに対し、定期借地権の場合や、建物所有以外の土地賃貸借契約では、借地権者は土地を原状に復して返還する義務を負いますので、その範囲が問題になることがあります。
そこで、土地賃貸借契約の原状回復として問題になる点について、裁判例を交えて解説します。
定期借地権の終了にあたり、マンションの基礎杭を地下何メートルまで除去すべきかという問題や、宅地として造成するために借地に地盛した場合の費用はどう処理されるかなどの問題を概観します。
また、借地の原状回復義務により損害賠償請求が認められ裁判例を紹介します。
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第1 土地賃貸借契約の終了と原状回復義務について
1 原状回復義務の範囲
土地賃貸借契約における原状回復義務の問題の1つに、物理的な範囲の問題があります。
たとえば定期借地権でマンションを建設した場合に、その基礎杭を地下何メートルまで除去すべきかという問題は、除去の困難さから問題に挙げられます。
原状回復の原則からは、全部除去すべきと考えるのが素直です。
もっとも、全部除去すべきとすると、現実問題として借地人に過大な負担を与えることとなってしまい、現実的でないともいえそうです。
そのため、定期借地権を設定する際には、地下何メートルまで除去すべきかを具体的に確認しておき、定期借地権の設定契約書に明記しておくことは、必要不可欠といえます。
同様な問題として、地下室の処理も挙げられます。
これも建物の一部として除去すべきなのが原則といえそうですが、実際上の困難性を考慮して、埋め戻すことなどを予め契約書で定めておくべきです。
2 有益費償還請求と必要費償還請求
賃借人(借地人)が、賃借物を使いやすくするために費用を支出することがあります。
その内容に応じて、「有益費」、「必要費」と呼ばれ、原状回復義務とは区別されます。
- 有益費
~目的物を改良するために支出した費用 - 必要費
~目的物の修繕を行い、使用に適する状態にしておくための費用
有益費
たとえば、宅地として造成するために借地に地盛をしたような場合は、土地と分離処分することができなくなっていますので、原状回復の問題ではなく、借地人が地主に請求する有益費償還請求の問題となります。
そのため、地盛をした場合には土を除去する必要はなく、借地人は、地盛に要した費用、又は借地関係の終了時における増加額のいずれかを地主の選択に従って請求することができます。
この他にも、裁判例では、石垣の築造、下水・道路開設等の費用も有益費とされています。
必要費
同じ地盛でも、借地がくぼ地となっていることから、雨水が敷地内に停滞するようになったために地盛をした費用は、必要費になります。
(賃借人による費用の償還請求)
🔗「民法」(e-Gov法令検索)
民法第608条
1 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
3 特約による有益費償還請求の放棄
民法608条に規定する有益費について、任意規定と考えられていますので、有益費償還請求権をあらかじめ放棄・排除する特約は有効と考えられています。
裁判例では、借地人が丘陵地を宅地に造成した場合に、原状回復義務を借地人が負担する旨の特約について、有益費償還請求権放棄特約と推認して、有益費の償還請求を認めませんでした(福岡地判小倉支部昭和47年3月2日)。
4 原状回復義務のみを規定する特約の有効性
原状回復義務を規定する特約は、有益費償還請求権を排除する趣旨を含むものとして、基本的に有効な特約と考えられます。
もっとも、地盛等の改良行為が賃貸人の承諾の下に行われ、原状に復することがほとんど不可能である場合のように特別な事情があるときは、原状回復特約を無効と判断した判例があります(大判昭10年4月1日)。
5 費用償還請求と留置権
借地人は、費用償還請求権に基づいて借地の留置権を有しますので(民法295条1項本文)、費用の償還を受けるまでは、借地を留置(占有を継続)することができます。
ただ、有益費の償還は、地主が裁判所に申し出て、期限を延ばす許可を得ることができ(民法608条2項但書)、この場合には有益費が弁済期にないことになりますので、留置権は生じません。
また、借地人は留置権を行使して借地を占有している間は、賃料相当額を不当利得していることになりますので、地主に返還する必要があります。
6 (参考)契約終了と使用損害金
賃貸借契約が終了した後は、明渡しがなされていなくても、借地人の土地の占有によって、地主には土地を使用できないという損害が発生しています。
一般的には、この地主の損害は、賃料と同額と考えられ、「賃料相当使用損害金」ということもあります。
この使用損害金については、特約があればそれに従うこととされ、賃料の倍額を支払うという特約が規定されていることが多いです。
裁判例においても、使用料相当損害金の額を賃料等の2倍と定めることは、高額に過ぎるものではないとして、有効性を認めています(東京高判平25年3月28日)。
これに対して、約定賃料の3倍に相当する損害金を支払う旨の損害賠償予定条項について、効力を否定した裁判例があります(東京高判昭57年11月10日)。
第2 土地賃貸借の原状回復義務が問題となった裁判例の検討
1 転借人が不法に投棄した産業廃棄物を撤去すべき義務が、原状回復義務に含まれると判断された事例
事案の概要(最一判平17年3月10日)
(原状回復義務の箇所の抜粋)
地主は、借地人に対し、使用目的を資材置場、契約期間を2年、転貸禁止の約束で土地を貸しました。
ところが、借地人は、その3日後に、地主の同意を得ることなく、転借人に土地を転貸しました。
転借人は、本件土地を産業廃棄物の処分場として使用するつもりでしたが、借地人にはその意図を隠していました(賃借人も産廃処理場として利用されることは分かりませんでした)。
その後、転借人は本件土地に産業廃棄物を投棄したため、地主は無断転貸と用法違反を理由に債務不履行解除し、産業廃棄物を完全に撤去して土地を明け渡すよう求めました。
借地人は土地を明渡したものの、産業廃棄物は放置されたままでした。
【原審】
東京高裁は、産業廃棄物の投棄は、もっぱら転借人が単独で行った犯罪行為であるから、このような投棄についてまで、賃貸借契約の解除に伴う原状回復義務として責任を負うものではないと判断しました。
裁判所の判断
借地人は、地主との義務に違反して、転借人に対して無断で転貸し、転借人が本件土地に産業廃棄物を不法に投棄したというのであるから、借地人は、本件土地の原状回復義務として、上記産業廃棄物を撤去すべき義務を免れることはできないというべきである。
最高裁の判断は、賃借人が契約上の義務に違反したことを重視し、契約に違反した者はそれに起因する結果に責任を負うべきとする価値判断に基づくものと考えられます。
そして、不動産の賃借人は、賃貸借契約上の義務に違反する行為により生じた賃借目的物の毀損について、賃貸借契約終了時に原状回復義務を負うことを明らかにし、転借人の不法投棄についても、賃借人の原状回復義務の範囲内としました。
2 地中に底盤コンクリートを残置した行為について、損害賠償請求が認められた事例
事案の概要(東京地判平24年7月6日)
被告が原告らから本件土地を賃借した際に、土地の地下に底盤コンクリートを設置したにもかかわらず、これを撤去しないまま土地を返還しました。
その後、原告らがマンションの建築工事を始めたところ、深度約10メートルの地点で障害物に接触したため、工事を中断しボーリング調査をしたところ、地中障害物が、被告の残置した底盤コンクリートであることが判明しました。
原告らは、残置された底盤コンクリートについて、①撤去費用相当額の請求(ただ、実際には撤去せず工事を続行)、②当初予定されていなかった追加、変更工事の費用を被告に対して請求しました。
裁判所の判断
①撤去費用相当額の請求については、原告らが、費用を支払って本件底盤コンクリートを実際に撤去したことはなく、撤去費用相当額を支払ったとも認められない。
したがって、原告らに、本件底盤コンクリート撤去費用相当額の損害が現実に生じたと認めることはできないとして、請求を認めませんでした。
②当初予定されていなかった追加、変更工事の費用については、本件底盤コンクリートの残置によって、本件マンションの建築工事について、追加、変更工事が必要となり、原告らは、追加、変更工事の代金を現実に支払っているとして、請求を認めました。
撤去費用相当額を損害と認めなかった理由として、土地上にマンションが存在する状況で、原告らが、将来この撤去費用を支出する可能性が高いとは思われないことや、土地の価格が底盤コンクリートによって現実に下落していると認めることもできないことを述べています。
このような判断には、底盤コンクリートを撤去することなくマンションの建築工事を完了できており、具体的な「損害の発生」が考えにくいことが挙げられます。
3 残土の撤去と明渡しまでの賃料相当額損害金を認めた事例
事案の概要(東京地判平20年4月21日)
原告が被告に対し、中間残土置場として期間を定めて本件土地を賃貸したところ、賃貸借期間が経過しても未だ残土を放置して本件土地を返還しないと主張して、残土を撤去して土地の明渡しを求めると共に、明渡し済みまでの賃料相当損害金を請求しました。
裁判所の判断
本件残土は、中間残土として、一時的に本件土地に搬入され、撤去を予定されていたものであることはもとより、それは、多量の建築廃材その他廃棄物の混じった建設残土であるから、土地そのものとの区別は可能であるというべきである。これに照らすと、本件残土は未だ本件土地に付合したものということはできない。
本件土地の賃貸借契約は平成14年4月30日をもって終了したことが認められるから、賃借人として、原告に対し、本件土地を原状に復して返還する債務を負っている。
したがって、賃借人の賃貸借契約終了に基づく原状回復義務及び明渡義務として、本件残土を撤去して本件土地を明け渡す義務を負っている。
現在、本件土地全体に亘る本件残土は、推定3万ないし6万立方メートルにも及び、堆積された残土の頂上と麓の高低差は15.03メートルにも及んでいる。
本件土地の残土が堆積していない境界付近の各標高は、行政界境界標付近の高い部分については、東京湾平均海面高を0メートルとした21.46メートルである。
これらに照らすと、被告は、本件残土を放置することにより本件土地を占有し、本件賃貸借契約終了に基づく原状回復義務のみならず明渡義務も履行していないというべきであるとして、原告の請求を認めました。
本件では、被告は、そもそも借地人ではない(土地賃貸借契約を締結していない)との反論や、残土は第三者が勝手に投棄したものも含まれるなどの反論もしていました。
残土が放置されている場合、残土を撤去することは借地人の原状回復義務に含まれることは明白なため、何らかの他の争点が生じている場合が多いです。
4 ゴルフ場の造成工事が有益費と認定され、原状回復義務の不履行が否定された事例
事案の概要(東京地判平26年7月24日)
山林又は原野であった本件土地を、借地人が総額18億円以上を費やしてゴルフ場とする造成工事を行いました。
裁判所の判断
【結論】
山林又は原野に原状回復すべきという被告らの主張を排斥し、原告の造成工事を有益費として認定しました。
【理由】
本件各土地はゴルフ場として使用する以上に経済的に有効な使用方法が考え難いことが認められ、ゴルフ場として造成されたことにより、客観的に価値が増加したということができる。
また、本件各土地の規模等を勘案すると、山林又は原野の状態での本件各土地に対する需要は少なく、山林又は原野の状態の本件各土地を賃貸することから得られる収益はそれほど多くはないものと推認される。
被告らは、本件各賃貸借契約締結当時における本件各土地の原状はいずれも山林又は原野であったのであるから、本件各賃貸借契約が終了したことに基づき原告は本件各土地を山林又は原野に原状回復すべき義務を負うと主張する。
しかし、本件各契約において、原状回復の範囲として、造成されたゴルフコースやグリーン部分を元に戻し、伐採した山林の樹木を植林し、元の山林や原野の状態にすることは予定されていなかったと認められる。
被告らは、元は山林又は原野であった本件各土地に多額の有益費を支出していることを当然に認識していたといえ、かつ、原告との交渉において、遅くとも平成24年11月頃以降には、原告から多額の有益費償還請求権の行使を受けるおそれがあることを十分に認識していたものといえる。
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第3 借地権に強い弁護士に相談する
1 借地問題(トラブル)への専門的知見
借地の原状回復を考える場合、産業廃棄物や残置物の撤去などは、比較的分かりやすいものです。
もっとも、地中埋設物は、理屈で考えると全て撤去することが原則といえますが、それにかかる費用などを考えると、果たして現実的な対応策といえるのか、非常に難しい問題に直面します。
地中埋設物が原状回復として問題になる典型的場面は、定期借地権の終了時です。
定期借地権を設定する際には、返還の場面までも見据えて、契約設定時に細かな内容を定めておくことが将来的な紛争防止からも、非常に重要といえます。
2 弁護士費用(借地権トラブル)
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終了
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