賃貸借契約が終了した場合に、賃借人が行うべきことは何でしょうか?

賃貸借は、他人の物を借りる契約です。
そのため、賃借人は、契約終了時に賃借物を賃貸人に返還す必要があります。

そして、どのような状態で賃借物を返還するかは、基本的には契約に定められた内容に従います。

契約に定められていない場合には、賃借人は原状回復義務(通常損耗・経年変化を経た状態で足りますが、賃借物に損傷が生じた場合には原状に戻します)、収去義務(賃借物に物を附属させた場合には、収去した上で返還します)に従って、賃借物を返還する必要があります。

賃貸借契約終了における賃借人の義務(返還義務、原状回復義務、収去義務)。
賃貸借契約の終了における賃借人の義務

原状回復義務、収去義務は、解釈上認められていたものでしたが、民法改正により明文化されました

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第1 賃借物の返還義務について

1 返還義務が履行不能となった場合

 賃借人は、賃貸借契約により契約終了時に賃借物を返還する義務を負っています。

【問題となるケース例】
・隣家の火災により、借り家が全焼した場合。
・地震により、家屋の一部が倒壊した場合。

上記のように賃借人の賃借物返還債務が全部、もしくは一部が履行不能となった場合に、賃借人は責任を負うのでしょうか。

2 賃借人の責任の判断(保存義務に違反するかどうか)

賃借人は、賃貸借契約上、賃借物の保存義務(民法400条)を負い、善良なる管理者として賃借物を保存しなくてはなりません。

そのため、賃借人は、賃借物を適切に保存したことを立証すれば、帰責事由がなく損害賠償責任を負わずに、賃借物を現状にて返還すればよいことになります。

これに対して、適切に保存したことを立証できなければ、帰責事由ありとして、損害賠償責任を負います。

上に挙げた2つのケースでは、賃借人が保存義務としての善管注意義務に違反していたために損害が拡大した等の事情がなければ、賃借人は保存義務を尽くしていたことを立証して損害賠償責任を免れる可能性が高いと判断できます。
 

賃借人が「適切に保存したこと」の立証責任を負っていることには、注意が必要ですね。

第2 原状回復義務

1 (原則)原状回復義務とは

賃借人は、別段の合意ない限り、契約当時の原状で賃借物を返還しなければなりません(民法621条)。

そのため、賃借物が損傷していれば、それを原状回復する義務があります

このような、賃借人が借りた後に、賃借物に生じた損傷を回復する義務を「原状回復義務」といいます。

賃貸人は、賃借物に生じた損傷がそのままの状態で返還された場合には、賃借人に対し原状回復義務の履行を求めることができます。

それでも賃借人が履行しない場合には、原状回復義務の債務不履行を理由として、原状回復に必要な費用相当額の損害賠償を請求することができます。

(賃借人の原状回復義務)
第621条
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

🔗「民法」(e-Gov法令)

2 (例外)保存義務が尽くされた場合

この原状回復義務も、「債務者の責めに帰することができない事由」による損傷の場合には、原状回復義務を負いません(民法621条ただし書)。

帰責事由がないこととは、前述と同じように、賃借人が保存義務を尽くしたことをいいます。

たとえば、以下のように賃借人の帰責性によって原状回復義務を負うかが分かれます。

喫煙によるクロスの変色は、賃借人として保存義務を尽くしたとは言えませんので、原状回復義務を負います。

〇 第三者に放火されて家屋が損傷した場合
✕ 喫煙によりクロスに変色が生じた場合

返還義務の場合と同様に、賃借人が「適切に保存したこと」の立証責任を負います。

3 (例外)通常損耗と経年劣化

原状回復義務の除外対象について、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く」(民法621条本文括弧内)と規定されています。

通常損耗経年劣化は、賃借物に生じた損傷といっても、賃借人が契約上認められた範囲内で使用収益を行った結果にすぎないから、使用収益を対価として賃借人から賃料が支払われている以上、賃借人に重ねて原状回復の負担まで課す必要はないことから、原状回復義務が否定されています。

つまり、賃借人の原状回復義務も、通常損耗と経年劣化を超えて初めて認められます。

〇設置した家具による床やカーペットの凹み・設置跡(通常損耗)
〇日照による床面の退色(通常損耗・経年変化)
〇壁の黄ばみ、変色(通常損耗・経年変化)
〇外壁のペンキの剥がれ(経年変化)
 

×タバコによる壁の汚れ
×画鋲による壁穴
×ペットによる壁や床の損傷

通常損耗、経年劣化を超えていることは、賃貸人が立証責任を負います。

4 原状回復の特約

原状回復義務の規定は、改正民法により明文化されました。

もっとも、実際の賃貸借契約においては、特約によって原状回復義務の内容を修正していることが多いと思います。

事業所であればクロスや床板の張替えを求めたり、住居であれば家具の床やカーペットの凹み・設置跡なども原状回復の対象にされていることがあります。

ただ、このような特約は、本来は賃料に含まれるはずの通常損耗の補修費用を賃料の外へ切り出すものなので、安易な修正合意は認められるべきではありません。

判例でも、通常損耗を賃借人が負担することになる場合には、賃借人が明確に認識していることを要件にし、有効性に制限をかけようとしています。

✍ 原状回復特約の有効性

判例(🔗最判小二平17.12.16)において、「賃借建物の通常の使用に伴い生ずる損耗について賃借人が原状回復義務を負うためには、賃借人が補修費用を負担することになる上記損耗の範囲につき、賃貸借契約書自体に具体的に明記されているか、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識して、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である」と判示され、実務においてもこれに従った運用がなされています。

第3 収去義務

1 収去義務とは

賃借人は、契約終了時に、引渡し当時の状態(現状)で賃借物を引渡す必要があります。

そのため、損傷について原状回復義務を負うだけでなく、賃借物に附属した物についてそれを収去する義務も負います(民法622条、599条1項)。

賃借人が収去義務を履行しないと、収去義務の債務不履行として、収去に必要な費用相当額の損害賠償責任を負います

ただ、①賃借物から分離することができない場合、または、②分離するのに過分の費用を要する場合には、例外的に収去義務の対象外とされます(622条・599条1項ただし書)。

このような場合には、収去義務は履行不能と考えられるためです。

(使用貸借の規定の準用)
622 
第597条第1項、第599条第1項及び第2項並びに第600条の規定は、賃貸借について準用する。

(借主による収去等)
599条
借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、使用貸借が終了したときは、その附属させた物を収去する義務を負う。ただし、借用物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については、この限りでない。
 借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物を収去することができる。
 借主は、借用物を受け取った後にこれに生じた損傷がある場合において、使用貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が借主の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

🔗「民法」(e-Gov法令)

2 収去義務の具体例

①賃借人がトイレにウォシュレットを取り付けた場合

ウォシュレットは、建物から容易に分離可能なので、賃貸人は取り外した上で返還することを請求することができます。
(賃貸人が取り付けた状態での返還に応じる場合には、賃借人は原状回復義務を負いません。むしろ、有益費として賃貸人が費用を支払う可能性もあります)。

②賃借人が床暖房を取り付けた場合

床暖房は、分離不能、または分離に過分の費用がかかる場合に該当するため、建物に附属されたものと扱われます。

そのため、例外的に収去義務の対象外とされ、賃借人は収去義務を負わずに、賃貸人に対して有益費の費用償還を請求し得ます。

3 (参考)【改正民法の考え】賃貸人の収去請求権とは

賃借人に収去義務があることの裏返しとして、賃貸人には収去するよう請求する権利(収去請求権)があります。

これは、立案担当者の説明では、「賃借人は、賃貸借が終了した場合には、附属物が賃借人の所有に属するときはもちろん、付合によって賃貸人の所有に属することとなっていても、収去義務を負うことを前提にしている」としています。

その理由は、付合が生じても附属物を収去の上、賃借物だけを返還することが通常の賃貸借契約の内容、すなわち、当事者の意思だからと説明されています。

賃貸人としては、貸した状態(原状)での返還を希望するのが当事者の意思と考えられているわけですね。

民法改正は、できる限り現状に戻して返還することに力点を置き、賃貸人の所有権が不当に制約されないように配慮しているものといえます。

✍ 改正民法の意図

賃借人が賃借物に取り付けた物が、賃借物から分離不能でも、分離に過分な費用がかかるわけでもないのに付合したとされてしまうと、所有者である賃貸人の不利益は大きいものといえます。

賃貸人は、賃借人に対して、収去を請求することができないだけでなく、かえって有益費の費用償還請求まで負わされることとなり、賃貸人の意思に反するものであっても、支出を強制されてしまいます。

そのような事態となれば、賃貸人の収去請求権(賃借人の収去義務)は不当に制限されてしまいます。

そこで、賃貸人の収去請求権を保障する観点から、付合にかかわらず、収去義務の例外は、賃借物から分離することができない場合、または、②分離するのに過分の費用を要する場合に限定して認めようとしたと理解することができます

たとえば、天井埋め込み型の空調機を取り付けた場合(容易に分離可能とも言い難く、一方、分離不能や分離に過分な費用がかかるとも言い難い場合)であっても、分離不能や分離に過分な費用がかかるといえない以上、賃借人の収去義務は否定されないことになります。

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