賃貸人が変わった場合、賃貸人が賃借人に家賃を請求するためには何が必要でしょうか?

また、賃借人は、前賃貸人、もしくは現在の賃貸人のどちらに敷金を請求することができますか?

民法(債権法)が改正され、不動産賃貸借の対抗要件が具備されている場合には、不動産の賃貸人たる地位は譲受人に移転することが明文化されました

そして、不動産の譲受人(新賃貸人)が賃借人に対して権利行使するためには(家賃の請求など)、譲受人が不動産所有権の移転登記を具備する必要があり、この点も明文化されました。

なお、いずれの内容も、従来の判例を明文化するもので、実務的な運用に変化があるわけではありません。

そして、敷金についても、譲受人が承継することが明文化されました。

そのため、賃借人は、賃借不動産を明渡した後、現在の賃貸人に対して請求することができます。

この記事では、改正民法により新設された民法605条の2の規定を中心に、賃貸借契約において不動産が譲渡されて賃貸人が変わった場合に、誰に家賃を支払うべきか敷金は誰に請求できるのか等、解説します。

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第1 不動産譲渡における賃貸人の地位の移転と、賃借権の対抗要件とは?

1 賃借人にとって必要なことは何か?(賃借権の対抗要件)

✍ 賃貸物件での「オーナーチェンジ」?

マンションや一軒家を借りて住んでいる、もしくは、事務所を借りて事業を営んでいる場合に、オーナーが変わることがあります。

このようなオーナーチェンジが発生した場合に、現在の賃借権がどうなるか不安に感じる賃借人の方もいらっしゃるかもしれません。

もっとも、不動産賃借権は、生活や事業を営む基盤となるものですので、賃借人の地位の安定を図る要請が大きいことから、賃借人の権利(賃借権)は保護されています

すなわち、賃借人が対抗要件(対抗要件=第三者に対して自己の権利を主張するために必要な法律要件のこと)を備えている場合には、当該不動産を取得した第三者に対しても賃借人は従前の賃借権を主張できることになっています。

賃借人に必要な対抗要件は、借地であれば、借地上の建物に借地人名義の登記を備えること、借家であれば、建物の引渡しを受けていることです。

借地は、借地上の建物の登記が、借家は、建物の引渡しを受けることによって、賃借人は賃貸人に対する対抗要件が備わっているといえます。
賃借権(借地・借家)の対抗要件

つまり、賃貸借契約を締結して、賃借人として普通に生活をしたり事業を営んだりしていれば、基本的に対抗要件を備えていることになります

特に借家の場合、引渡しとは、賃借不動産で暮らしたり、事業を営んでいれば、それだけで要件を満たします。

なお、賃借権に対抗要件が具備されていない場合には、新所有者から「出て行け!」と言われた場合に、退去しないといけないことになります。

「対抗要件」と聞くと仰々しいですが、深く考える必要はありません!

不動産賃借権の対抗要件として、借地権は借地上の建物に借地人名義の登記を備える事、借家の場合は建物の引渡しを受けることが必要です。
不動産賃借権の対抗要件

2 不動産譲渡における賃貸人の地位の移転

民法605条の2第1項は、不動産賃貸借の対抗要件が具備されている場合に、不動産が譲渡されたときは、不動産の賃貸人たる地位は譲受人に移転すると規定されており、賃借人の承諾もなく、当然に移転するとされます

この理由は、賃貸人の賃貸物を使用収益させる義務は、①賃貸人が誰であるかによって履行方法が異なるものではないこと(不動産を貸与すれば、賃貸人が誰であろうと基本的に賃借人が不動産を使用収益することがメインになります)、②新所有者への義務承継を認めても、賃借人に不利益とならないこと、③明確な合意がなくても賃貸人の地位移転を原則とすると法律関係が簡明化すること、が挙げられます。

賃借人にとっては、オーナーチェンジがあっても、家賃の支払先口座が変わるだけで、あまり大きな変化を感じることは少ないかもしれませんね。

 

賃借人が対抗要件を備えていれば、賃貸人の地位は当然に移転します。
このような当然移転を認める理由は、①賃貸人の履行は誰でも変わらない、②賃借人に不利にならない、③法律関係が簡明化する、ことが挙げられます。
賃貸人の地位は、賃借人と新たに契約を取り交わさなくても、当然に移転します

(不動産の賃貸人たる地位の移転)
第605条の2 
前条、借地借家法(平成三年法律第九十号)第十条又は第三十一条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合において、その不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する。

2 前項の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。

🔗「民法」(e-Gov法令)

第2 家賃の請求に必要なこと、敷金の承継について

1 新賃貸人が「家賃」を請求するために必要な要件

前述しましたように、賃借権が対抗要件を備えている場合には、賃貸人の地位は当然に移転します。

しかし、譲受人(新所有者)が賃借人に対して、賃貸人としての権利行使をするためには、譲受人が当該不動産の所有権の移転登記を具備する必要があります(605条の2第3項)

これは、譲渡された不動産の登記を基準とすることが明確で分かりやすいとしていた従来の判例の明文化になります。

家賃など、賃貸人としての権利行使をするには、譲受人(新所有者)は不動産の所有権移転登記を具備する必要があります。
譲受人(新賃貸人)が「登記」をしないと、賃借人が家賃の支払いを拒否する恐れがあります

2 敷金の承継について

✍ 敷金とは?

敷金とは、賃貸借契約に付随して締結されるもので、賃料や修繕などの賃貸人にとっての担保目的で、賃借人から賃貸人に交付される金銭のことです。

オフィスビルの賃貸では、「保証金」と呼ばれたりもします。

敷金のポイントは、賃貸借契約が終了し、明渡しが完了した後に敷金の返還請求権が発生することです。

そして、一般にはクリーニング費用等を控除し、残額があれば、賃貸人は賃借人に対して残額を支払います(民法622条の2第1項)。

この敷金について、賃貸人の地位の移転があった場合には、敷金の返還についても譲受人(新所有者)が承継することが明文化されました(民法605条の2第4項)。

敷金の承継を認める理由は、一般的に譲受人(新所有者)には賃貸不動産の所有者としての資力があり、前所有者に保証責任を課す必要性は乏しく、賃借人に大きな不利益にはならないと考えられたためです。

敷金返還債務は、譲受人(新所有者)に承継されます。
その理由として、譲受人(新所有者・新賃貸人)は不動産所有者として資力があり、賃借人に不利益になりにくいことが挙げられます。
敷金返還債務は、譲受人(新所有者)に承継されます

(不動産の賃貸人たる地位の移転)
第605条の2 
第3項 
第1項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。

第4項 
第1項又は第2項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第608条の規定による費用の償還に係る債務及び第622条の2第1項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する。

🔗「民法」(e-Gov法令)

第3 不動産譲渡における賃貸人の地位の留保の規定

1 賃貸人の地位の留保とは?

不動産の譲渡により賃貸人の地位の当然移転が生じる場合であっても、不動産の譲渡当事者間において、以下の2つの合意が両方共にあれば、賃貸人の地位の移転は生じないとすることができます

そして、譲渡人と譲受人との賃貸借が終了した時(以下の②の要件が終了する時)は、賃貸人の地位は譲受人に移転します。

  1. 賃貸人の地位を留保する旨の合意
  2. 不動産を賃貸する旨の合意

2 賃貸人の地位の留保を認める必要性とは?

従前の判例では、譲渡人・譲受人間における賃貸人の地位留保の合意を認めると、それによって賃借人が転借人と同様の地位に立たされて不測の損害を被る恐れがあり、この合意だけでは、賃貸人の地位留保(賃貸人の地位が当然移転しないこと)を認めていませんでした。

✍ 賃貸人の地位の留保を認める規定が創設された実務上の理由とは

不動産取引の実務において、不動産の所有権等の権利を小口化し、証券化等の手段によって流通性を高めることが行われており、賃貸不動産が不動産小口化商品の対象であるような場合には、小口化した持分権を取得した新所有者である譲受人に賃貸人の義務を負わせないようにする実務上のニーズがありました。

また、多数の賃借人から個別に賃貸人の地位留保について同意を得るには多大な労力を払わなくてはならないデメリットも指摘されていました。

そこで、判例が問題としていた賃借人が転借人の立場となり不利益を被る懸念に対し、①賃貸人の地位留保合意だけでなく、②譲受人が譲渡人に賃貸する合意を要件に加えました。

その上で、譲渡人・譲受人の賃貸借が終了したときには、譲受人に賃貸人の地位が移転する旨を規定することによって賃借人の保護を図りました

この建て付けをもって、地位留保を認める立場を改正民法では採用しました。

(不動産の賃貸人たる地位の移転)
第605条の2 
第2項 
前項の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。

🔗「民法」(e-Gov法令)

3 譲渡当事者間における賃貸借の終了

「譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したとき」(民法605条の2第2項後段)とは、合意解除、債務不履行解除、その他の終了原因を問わず、賃貸借が終了する場合を広く含むと考えられています。

通常の転貸借が行われているときには、賃借人の債務不履行による賃貸人からの解除の場合には、転借人は賃貸人に対して転借権を主張することができずに、退去しなくてはなりません

しかし、賃貸人の地位留保合意と、譲渡人・譲受人間の賃貸借合意によって作り出された転貸借関係類似の関係の場合には、譲受人やその承継人に賃貸人の地位が移転するとして、賃借人の地位を不当に悪化させないようにしています。

賃貸人の地位が留保されるため、敷金の請求相手も、留保された賃貸人(譲渡人)になりますね。

弁護士

譲渡当事者間の賃貸借の終了時期により、敷金返還債務を負う人が変わり得ます。

賃借人の敷金返還請求権を確保すると共に、小口持分権取得者等が予想外の追加的負担が発生しないような方策も考えないといけませんね。

第4 民法605条の2

以上が、民法(債権法)改正により新設された605条の2の規定となります。

譲渡当事者間における賃貸人の地位の留保は、従来の判例をやや変更するものですが、基本的には実務上の運用において大きな変更を必要とする内容は少ないように考えています。 

この記事により、少しでも改正民法への理解を深めてもらえたら幸いです。

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