Question
運送業を経営しています。
運搬中に交通事故を起こしてしまい、顧客の家具(テーブル)を棄損してしまいました。
当社の一方的な過失に基づくもので、誠意をもって謝罪をし、賠償についての話をしていますが、なかなか怒りが収まりません。
顧客より、以下のことを言われた場合、どのように対応をすればよいでしょうか?
- 「大切なテーブルだった。テーブルの賠償だけでなく、慰謝料100万円を支払え」と言われた場合(過大な請求)
- 今回の失態に対する責任として、今後は配達時間外でも届けるよう特別扱いを要求された場合(過剰サービスの要求)
- 「対応する時間も、新しい物を買いに行く時間も失った、時間を返せ」と言われた場合(実現不可能な要求)
Answer
過大な請求、過剰なサービス、実現不可能な要求は、いずれも正当なクレームではなく、不当なクレームに分類できるものです。
そのため、いずれも運送業者は、顧客対応ではなく、法的対応に切り替えて、法律上の責任を負う範囲(客観的な範囲)で賠償義務を尽くすことを宣言し、それを超えるものについては応じないと拒否します。
ポイントは、設問のように会社側に非があり、顧客側に実際に損害を生じさせている場合であっても、過大請求、過剰サービス、実現不可能な要求をするようなクレーマーは、もはや顧客ではなく、対立する相手方と捉えて全く問題がないことです。
それぞれの態様に合わせてより詳しく解説します。
第1 クレーム対応の基本的な対応要領
1 基本的姿勢
クレーム対応においては、顧客の主張を聞き事実関係を調査しながら、正当なクレームか不当なクレームかの判断をします。
どのようなクレームに対しても、この流れはルーティーンとして行います。
そして、正当クレームには誠実に対応する一方、不当クレームに対しては断固として拒否し、関係遮断を求めることがクレーム対応の基本です。
詳細は、以下の参考記事をご覧ください。
✍ (参考)クレームに対する基本的な考え方を解説しています
2 対応にあたっての留意点
応対の当初は正当なクレームと判断できる場合であっても、対応の過程において、要求内容が過剰なものとなったり、または怒鳴るなど要求態度が不当なものへと変化することがあります。
このような場合には、会社にミスがあり、当初の要求は正当なものであったとしても、不当なクレームに変化したものとして、遠慮なく要求を拒否し、取引断絶を目指します。
過大な請求、過剰なサービスの要求、実現不可能な要求については、要求内容が不当な場合に該当し、いずれの要求も拒否すべきです。
第2 過大な請求をするクレームへの対応
1 具体的な想定例
典型的なものは、過大な慰謝料・迷惑料の請求や、法外な請求です。
たとえば、慰謝料はあらゆるものと絡められ、「(修理に預けた物が会社のミスで壊された・紛失された場合に)とても大切な物だから、慰謝料として100万円を支払え」、「(配送が遅れたために)友人の披露宴に着て行くことができなかった、慰謝料として20万円を支払え」、「(洋服の購入で)サイズが合わなかったために体が痛くなってしまった、慰謝料として30万円を支払え」など、非常に多様なクレームがあります。
法外な請求の例では、「対応のために会社を休んだから、その分の給料20万円を支払え」、「(洋服の汚れに対して)もう着られないから新品価格を支払え」など、法律上認められる範囲を明らかに超過した請求が挙げられます。
2 事実確認と法的調査
慰謝料など、何かしらの請求があった場合には、クレームの原因となっている事実関係の調査を行います。
ここで調査、確定した事実関係に基づいて今後の対応方針を決めていきますので、この事実調査は非常に重要な手順です。
事実調査を行い、クレームの内容が正当といえるか、態様(手段)が正当といえるかを検討します。
会社側に落ち度があったのか、損害の発生の有無や程度はどのくらいか、要求者からも根拠資料や裏付け資料などを集められる限り集めます。
3 損害賠償請求の法的判断
慰謝料が発生する場合
慰謝料とは、精神的な苦痛に対する賠償請求のことで、身体に怪我を負わされて通院加療をした場合などに認められます(法律上の権利です)。
もっとも、精神的苦痛といっても、ショックを受けたとか、嫌な思いをしたという程度は認められません。
典型的なものが、物の被害では慰謝料請求が認められないことです。
お気に入りの洋服が汚されたり、穴が空いたりして利用できなくなったとしても、洋服に対するクリーニング代や修理代、買替費用などの賠償請求は認められますが、物の喪失感やショックを受けたことに対する慰謝料請求は認められません。
これと同じように、加害者の対応が悪く、謝罪すらなかったとしても、謝罪がなかったことに対する慰謝料請求も基本的に認められません。
賠償範囲は「相当」因果関係の範囲内のみ
会社の製品やサービスに問題があって、それによって顧客が損害を被った場合、会社が法律的に賠償義務を負う範囲は、「相当因果関係」を有する損害に限られます。
簡単なイメージとしては、その原因行為から生じる損害として、「それは仕方ないよね。」といえる範囲内において賠償義務を負うことになります。
たとえば、飲食店で提供した料理により顧客が食中毒になってしまい、翌日に控えていた大事な契約を締結することができなかったとします。
この場合、飲食店は食中毒により治療費や慰謝料などの賠償責任は負いますが、契約を締結できなかったことについての賠償義務は負いません。
食中毒によって通常このような損害(契約が締結できなかった損害)まで発生するとは、「それは仕方がないよね。」とはいえず、相当因果関係がないと判断されます。
賠償範囲は、「その損害を支払わせても仕方がないかどうか」とのイメージが分かりやすいと思っています。
これを法律的に正確に言うと、「当事者が予見できない損害なので、賠償義務を負わない。」と説明されます。
4 設定事例による検討(①慰謝料の請求)
設例に対する法律上の原則を知る
冒頭の設例としました、①「大切なテーブルだった。テーブルの賠償だけでなく、慰謝料100万円を支払え」と言われた場合について検討します。
まず、会社の過失(交通事故)によりテーブルを毀損させたことは一方的な過失に基づくもので、真摯に謝罪を行うと共に適正な賠償を行う必要があります。
この適正な賠償とは、テーブルの毀損と相当因果関係ある損害の賠償、つまりテーブルの修理費用、もしくは修理不能であれば時価額を基準とした賠償となります。
修理費用や時価額を知るためには、テーブルのメーカーや品番、使用状態などを知る必要がありますので、顧客から購入時の資料などを開示してもらいます。
そのため、テーブルの毀損に対して、慰謝料の支払いをする法律上の必要はありません。
設例の要求は、過大な要求であると評価することができます。
✍ 裁判例の紹介
- 顧客が販売店に電子手帳の電池交換を依頼したところ、販売店が電子手帳内のデータを消失してしまった事案において、対応した店員の対応も不誠実だとして、慰謝料200万円を請求した事例があります。
このケースでは、電子手帳に示された方法で電池交換をした店員に過失はないとしました。
また、店員の態度やデータ消滅後の対応に不適切さがあったとしても、顧客に陳謝の意を表明していることで慰謝されたと考えられるとして、慰謝料請求を棄却しました(神戸地判平2.8.8)。 - 百貨店での買い物中、顧客の財布に他人のカードが混入していることに気が付いたので、百貨店に連絡をしましたが、百貨店従業員の不適切な対応により精神的苦痛を受けたとして慰謝料100万円を請求した事例があります。
このケースでは、百貨店の従業員の行動が違法とはいえないとして、慰謝料請求を棄却しています(東京地判平16.4.26)。
法的賠償基準をベースに、会社としてどう対応するか?
実際には、法律上の賠償義務を負う範囲に留まらず、会社側に一方的な過失がある事実や、顧客サービスの観点から、いかなる限度で法的義務を超えて賠償を行うかの検討をすることが少なくないでしょう。
ここで考慮すべき事項は、要求者が裁判を起こしてきた場合の弁護士費用や手続費用、クレーム対応を継続する場合の従業員の業務的・精神的負担、悪評を流されるリスクなど多岐にわたります。
もっとも、法律上の賠償義務を超えて支払いを行うべきかについて、このような考慮要素はあくまでも調整要素にすぎません。
過大な要求をするクレーマーは、この上げ幅を不当に拡大することを目的としていますので、これに応じることで悪質なクレーマーの目的を達成させてしまうことになります。
過大な要求が満たされたクレーマーが、これに味を占めて金銭要求を繰り返す現象には、注意が必要です。
検討の結果、要求されている金額との乖離が大きくなく、歩み寄ることができ得るならば、交渉を行うことも選択肢になり得ます。
もっとも、乖離が大きく、過大な場合には、会社は〇〇万円を適正な賠償額と考えておりますので、この金額は誠意をもってお支払いしますが、それ以上については応じかねることを伝えます。
それでも要求者が納得しない場合には、要求を拒否します。
本件につきまして、弊社は〇〇万円を賠償いたします。
これ以上の金額につきましては応じかねますので、ご了承ください。
【参考】
🔗「現場責任者のための『悪質クレーム』対応実務ハンドブック~カスタマーハラスメント対策の手引き」(編著者:公益社団法人消費者関連専門家会議 ACAP)では、上げ幅の上限を「2割」を基準として解説しています。
5 まとめ
会社は、事実の確認とその事実を裏付ける証拠の保全・収集を行い、相手の請求内容が正当な範囲のものか、不当(過大)なものかを判断します。
法律上の賠償義務を負うことや、相当因果関係のある範囲(金額)で賠償を行うことを大前提としたうえで、上げ幅として要求者の要求内容を許容し得るかを検討します。
許容できる場合には、要求を受け入れ、必ず書面を取り交わしたうえで、和解(合意・示談)します。
許容できない場合には、要求内容を拒否します。
クレーマーの要求態度が相当性を欠く場合には、刑事告訴や訴え提起(賠償金として〇〇万円を超えては存在しないという債務不存在確認訴訟)を行い、法的に解決を図るべきです。
第3 過剰・過大なサービスを求めるクレームへの対応
1 具体的な想定例
設問のように対応時間外のサービス提供を求めることや、特別扱いを求めること、拒否をしているにもかかわらず付加的サービスを要求すること、などが挙げられます。
2 事実確認と法的判断
過剰なサービスを求めるクレームの対応法も、過大請求と同様に、事実経緯の確認と法的判断の検討であることに変わりはありません。
クレームの原因となった事実関係において、会社側に落ち度がある場合には、法的判断を基準としつつ、当該事案における対応の可否を検討します。
ポイントは、顧客平等主義です。
「〇〇というケースにおいて、〇〇という対応を行った。」ことは、前例にもなり、1つの行動指針になります。
最近では、「会社が〇〇という失態を犯したから、〇〇というサービスで謝罪をしてきた。」などを、口コミやSNSに書き込むケースも散見されます。
他の顧客に行ったサービスを提供しない場合、トラブルの元になりますし、法的な義務があると主張される恐れがあります。
同種事案が発生した場合に、他の顧客に対しても同じ対応を行うことができるならば、その要求を受け容れることも可能でしょうし、逆に同じ対応ができないならば、その要求は不当クレームといえるもので拒絶すべきです。
✍ 正当クレームと不当クレームの判断に困ったら、、、
「顧客平等主義」
●相手方の要求に応じなければならない法的義務があるか?
YES → 応じなければならない
NO → 必ずしも応じなくても良い
●すべての者に、同様の対応・サービスをできるか?
YES → 応じても良い。応じるのが望ましい。
NO → 応じてはいけない。
3 (対策)提供するサービスを限定すること
まず、提供するサービスが何であるかを、確定し限定します。
過剰サービスを拒絶することの裏返しとして、提供するサービス範囲を確定し、それを超えるサービスは提供しないことを決めます。
範囲外のサービス提供を求められた場合には、一律に拒絶をするようにします。
店舗ビジネスなどの場合には、「多くのお客様に円滑なサービスを提供するため、無償でのサービス提供は以下のものに限らせていただきますので、ご理解ください。」などを店頭や受付に掲示したり、サービス提供時に顧客に手渡すことも、サービス移行期には有効な方法です。
対応イメージ
その点はサービスの対象外となり、申し訳ありませんが対応することができません。
でも、前はやってもらっていたよ。
今後は対応いたしかねますと、会社から指導されています。
運送会社が転送サービスを有料化することや、携帯電話ショップが店舗でのサポートを一部有料化すること、また銀行の手数料や紙通帳サービスの有料化など、サービスの有償化がよく報道されています。
世知辛いなぁと思うこともありますが、契約文化の浸透と共に、会社が本来提供するサービスに集中でき、会社・従業員だけでなく、サービス提供を受ける顧客側にも有益な効果がもたらされるものといえます。
第4 実現不可能な要求をするクレームへの対応
1 具体的な想定例
「時間を返せ」、「(壊れた商品を)元に戻せ」、「(法律が間違っているから)法律を変えろ」などが典型的に想定できる事例です。
2 クレーマーの狙い
実現不可能な要求を行う場合、クレーマー側においても実現が不可能であることは認識しています。
それでもあえて不可能な要求をするのは、会社側が「申し訳ございませんが、ご要望にはお応えできません」と回答せざるを得ない状況に追い込み、「それができないならば、何か他に方法があるだろ?」と迫るためです。
要するに、あえてハードルの高い(実現不可能な)要求をすることで、本来それとは引き換えになるはずもない、よりハードルの低いと思わせる要求を通すことにあります。
3 対応法
クレーマーから実現不可能な要求をされた場合、「要求に応じることはできません」と回答せざるを得ませんが、それで構いません。
クレーマーは、そのうえで「それが無理というなら、何か他に方法があるだろ?」と迫ってくるでしょう。
あえて具体的な要求内容を言わずに、応対者から相場を超えた過剰な回答を引き出そうとします。
これに対しては、クレーマーから具体的な要求内容を聞き、それが出てきた場合にその対応を検討します。
再度、不可能な要求をされる場合には、従前と同様に「応じられない」旨の回答を行い、具体的な要求が出てくるまで同様の対応を繰り返します。
不当クレーム対応の基本である、「相手との会話の平行線を作る」ことを目指します。
クレーム対応は、身体的にも精神的にもとても大変ですが、明確な方法論を持つことで、自信をもって対応にあたれるようになると思います。
【参考】平行線を作る問答集(例文)!クレーマーを撃退する想定事例https://ik-law.jp/claim_parallel-words/
第5 クレーム対応は日常の備えから ⇒ 顧問弁護士への相談
1 当事務所の考え
不当なクレーム、悪質なクレーマーから会社を守るためには、会社が一丸となり毅然とした対応を行う体制構築が必要不可欠です。
そのためには、継続的な支援が必要不可欠なものと考えており、顧問契約の締結をお願いしています。
【クレーム対応基本プランの提供サービス】
クレーム対応案件における弁護士の活用法は、対応が困難、もしくは判断に迷う事例について、随時ご相談を行います。
そして、定期的に検討会を行い、対応の是非と同種事例への対応策を打合せします。
その上で、これまでに発生した事例に対する検証を行い、それを基にした対応マニュアルを整備します。
法的手続を除いて代理人としての窓口対応業務までも含めていますので、弁護士費用を予算化できますし、コスパ良く外注できる存在としてご活用いただけます。
1~2年の継続により、クレーム対応業務を内製化していき、通常の顧問契約にダウンサイジングしていくことも可能です。
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売上を上げるツールとしての顧問弁護士活用法!2 弁護士費用と提供サービスプラン
クレーム対応:基本プラン(6ヵ月~)
クレーム対応:代行特化プラン
弁護士への委任を個々の案件ごとではなく、予算を設定して毎月定額化させたい場合に、特化プランを準備しています。
目安として毎月3件程度を上限に想定していますが、個別相談いたします。
民事全般:基本プラン
上記は、クレーム対応用の特別プランですが、事件対応の一般的なプランもご利用いただけます。
この場合、毎月5万円~の月額顧問料(6ヵ月~)に、以下の事件対応費用(着手金+報酬金)となります。
ご相談予約フォーム
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お問い合わせ
ご相談については、予約制となっております。
来所相談だけでなく、Zoom相談も対応しておりますので、全国対応しております。
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相談時に必要なもの
事前に以下のものをご準備いただくと、ご相談がスムーズに進みます。
- 相談内容の要点をまとめていたメモ
- ご相談に関する資料や書類
ご相談(初回相談料:1時間あたり1万1,000円)
法律上の問題点や採り得る手段などを専門家の見地よりお伝えします。
問題解決の見通し、今後の方針、解決までにかかる時間、弁護士費用等をご説明いたします。
※ご相談でお悩みが解決した場合は、ここで終了となります。
ご依頼
当事務所にご依頼いただく場合には、委任契約の内容をご確認いただき、委任契約書にご署名・ご捺印をいただきます。
問題解決へ
事件解決に向けて、必要な手続(和解交渉、調停、裁判)を進めていきます。
示談、調停、和解、判決などにより事件が解決に至れば終了となります。
終了
委任契約書の内容にしたがって、弁護士費用をお支払いいただきます。
お預かりした資料等はお返しいたします。
クレーム・カスハラ対応には、会社のトップが不当クレームに対して毅然と対応する姿勢を明確にする必要があります。
大きなストレスやうっぷんが溜まっている社会であっても、会社を悪質クレーマーから守る戦いを、専門家としてサポートします。