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客からの要求を拒否したところ、携帯のカメラを向けられながら「今言ったことをもう一度言ってみろ。」と言われました。
従業員を勝手に撮影される行為には、どのように対応するのが良いのでしょうか?
また、理屈でも対抗できるようにしたいので、どんな権利を侵害しているのかを教えてください。 -
動画や写真を、対応にあたる従業員の制止にもかかわらず撮り続けることは、従業員個人の肖像権や、会社の業務遂行権、施設管理権を侵害し、法的に違法行為(損害賠償請求が可能)となり得るものです。
近年のSNSの普及などにより、クレーマーによる撮影行為が行われる被害が発生していますので、会社としてはこのような事態に備え、日頃から対応法を共有しておくことが必要です。
具体的には、制止を聞かずに撮影行為を継続する場合にはすぐに警察を呼び、さらにクレーマーの来訪、撮影が繰り返される場合には、仮処分等の法的手続を執るべきと考えます。
【参考】 架電・面談・撮影禁止「仮処分」をクレーム対応で申立てる!(まとめ記事)弁護士が伝授【クレーム・クレーマー対応】悪質・不当要求と戦う指南書以下、より詳しく説明していきます。
第1 動画や写真撮影に関する法律解説
1 はじめに
悪質クレーマー(モンスタークレーマー)等による写真や動画撮影行為は、多くの場合、自分の不当な要求が通らないことへの報復として、会社に対する嫌がらせ的な業務妨害として行われます。
無許可撮影行為は、来社する他の顧客のプライバシー権や肖像権を侵害する恐れがあるだけでなく、従業員へのストレスや心理的圧迫は非常に強いものがあります。
そのため、このようなクレーマーが無許可で撮影を行った場合の対応については、事前準備し、自信をもって対応に当たっていただきたいと思います。
【参考】 悪質なクレーム(不当要求)対応の方法
【参考】 カスタマーハラスメント(カスハラ)被害から会社を守る対策
【参考】 納得しないクレーマーの対応法:堂々巡り・押し問答からの関係遮断
2 動画撮影や写真撮影の対応で覚えたい法律知識
クレーマーが無断撮影を行う場合には、直ちに撮影行為を制止します。
その場合に、なぜ撮影行為を止めるよう制止することができるのかは、①従業員個人の肖像権が侵害されているから、②無許可撮影行為により会社の業務遂行権が侵害されているから、との理由が考えられます。
さらに、無許可撮影行為が会社内(店舗内など)にて行われている場合には、③会社の施設管理権に基づき制止させることができると考えられます。
3 肖像権
肖像権とは、明文の規定はありませんが、みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有するものとして、判例により認められた権利をいいます(最一小判平17年11月10日)。
この肖像権を侵害するかどうかについては、「ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである」とされています。
一般的に、企業の従業員は公的地位にあるとは考えられておらず、その通常業務も公的活動に該当するとは考えられていません。
そして、クレーム対応にあたっている状況下においては、社会生活上の受忍限度と判断されるケースは非常に限られていると考えられます。
そのため、撮影するクレーマーに対しては、肖像権に対する権利侵害を主張することができます。
肖像権は、従業員個人に対する権利侵害のため、従業員本人が主張する必要があります。
4 業務遂行権
業務遂行権とは、法⼈が平穏に業務を遂⾏する権利をいいます。
他に営業権などと呼ぶこともあります。
裁判例によって認められており、その侵害要件が確立しているわけではありませんが、侵害行為の相当性や、法人が受ける利益侵害の程度や回復困難性などを考慮して、侵害の有無が判断されています。
下の参考記事で記載した裁判例においても、差止や損害賠償請求の根拠として利用されていますので、ご参照ください。
【参考】 電話クレーム対応(多数回・長時間・執拗)切り方を例文付きで解説
【参考】 長時間拘束・多数回来店・暴言クレーマーと関係遮断を図る
5 施設管理権
施設管理権とは、施設をその本来の⽬的に沿って利⽤するために必要な措置を⾏うことができる、施設管理者の権利をいいます。
動画や写真撮影により、他の顧客・従業員の肖像権やプライバシー権が侵害される恐れがあり、また、撮影行為により円滑な業務を行えなくなる恐れが生じることから、施設管理権に基づいて写真や動画撮影を制止することができます。
施設を管理することによる権利であるため、事前に定めておくことも、公開しておくことも要件ではありませんが、スムーズなクレーム対応という観点からは、壁紙に掲示するなどの対策も考えらえます。
(参考) 面談強要クレーマー対応~時間、場所、人数はどうするか?
第2 具体的な対応想定例
1 基本的な対応方針
法律的には上記に説明した内容を理解すれば十分です。
ただ、クレーマーの対応にあたり、どのように撮影行為を制止するかについて、何が一番やりやすいかは各企業によっても異なるかと思いますので、方法を話し合っておくと良いでしょう。
私見ですが、肖像権は従業員個人の権利ですので、会社内(店舗内等)であれば施設管理権を根拠に、敷地外であれば業務遂行権を根拠に制止して良いと思います。
そして、制止に従わない場合には、すぐに警察を呼び、撮影行為を中止してもらいます。
(例)店内は撮影禁止ですので、撮影行為はお控えください。
(例)規則で禁止しておりますので、お控えください。
(例)撮影されますと営業に差し支えますので、ご遠慮ください。
(例)他のお客様もおりますので、ご遠慮ください。
(例)止めてください、肖像権の侵害ですよ。
【基本的な対応手順】
- 撮影を直ちに止めるよう警告
- 従わない場合には、交渉(面談等)を打ち切り、警察へ通報することを警告
- それでも止めなければ、警察へ通報
2 想定される反論等
モンスタークレーマーは、撮影を常套手段にしている場合もあり、①「撮影は証拠保全のため。」等と反論をしたり、②禁止規定の合理性の議論に持ち込むことも想定されます。
クレーマーが主張する証拠には、動画撮影の必要性が認められない場合ばかりでしょうから、制止しても止めない場合には、交渉(面談)を打ち切り、直ちに警察に通報しましょう。
(警察に通報せずとも、一切の交渉断絶を図りましょう。)
なお、交渉断絶を目指す相手と対話をする必要性はありませんし、説明義務もありません(契約自由の原則が根拠です)。
留意点として、強制的に撮影行為を止める行為(カメラを奪う、会社外へ引きずり出す行為等)は、クレーマーより後で暴行罪や傷害罪などと逆に訴えられる恐れがあり、相手に武器を与えることになりますので、自力救済は控えましょう。
①クレーマーが「証拠保全のために撮影」と反論する場合の参考対応例
撮影はお断りしております。
こちらは証拠保全のために撮影しているんです!
何のための証拠ですか?
会社の不当な行為について、後で訴えるためです。
記録のためであれば、メモで十分ですよね?
動画までの必要性はないので、撮影はお止めください。
それはそっちの主張でしょう。
受け入れられませんので、撮影は続けます。
止めていただけなければ警察を呼びます。
これ以上のお話もできません。
直ちに撮影は止めてください。
勝手に呼べばいいでしょう。
呼んで困るのはそっちですよ。
ご理解いただけず残念です。
お引き取りください(⇒業務妨害、不退去罪で警察通報)。
②クレーマーが撮影禁止「規則」の合理性議論を持ち込む場合の参考対応例
撮影はお断りしております。
なんで拒否するの?
(例)弊社の決まりで撮影をお断りしています(施設管理権)。
(例)他のお客様や社内の個人情報が記載されている資料の映り込みの可能性から、お断りしています(業務遂行権)。
他の客とか個人情報には配慮するから大丈夫。
理由もなく規則で拒否とか、あなたの会社の決まりはおかしいね。
ご意見としては承りますが、撮影は禁止しております。
続けられる場合には対応することができません。
(クレーマーの言葉を信用してはいけない(⇒責任を負うのは会社です)&配慮されるかは会社にとってコントロールできない他者の行為になってしまうため、禁止する必要性・合理性があります。)
おかしいと言っているのに、何の説明もなく拒否するだけ?
ご説明した通り、他のお客様や弊社の扱う情報を適正に保護するために規定しています。
撮影をお止めください。
だから、そこは配慮するって言ったよね?
こっちだって、そんな情報を得るために撮影していません。
ちゃんとカメラに向かって、納得のいく説明をしなさいよ。
ご理解いただけず残念ですが、これが弊社の決まりであり、考えです。
続けられる場合には、これ以上のお話もできません。
直ちに撮影は止めてください。
(議論に持ち込んで難癖をつけることが目的なので付き合う必要はありません。
会社の規則に従わない人は、顧客ではありません。
会社にも「契約の自由」があります。
そのため、交渉拒絶に理由を説明する義務もありません。)
止めて欲しいんだったら、もっとちゃんと説明してって言ってるだけでしょ?
理由はお伝えした通りで、これ以上お伝えすることはありません。
繰り返しますが、撮影をお止めください。
止めていただけなければ警察を呼びます。
これ以上のお話もできません。
何か後ろめたいことでもあるの?
そんなに理由も説明できないの?
ご理解いただけず残念です。
お引き取りください(退去を求めつつ、業務妨害、不退去を念頭に警察通報の準備など)。
【参考】 平行線を作る問答集(例文)!クレーマー対応法の具体的イメージを持つ
3 対応のポイント
注意点として、民事上の権利侵害(肖像権、業務遂行権、施設管理権等)が直ちに犯罪行為に該当するわけではないことです。
そのため、クレーマーより「何が犯罪に当たるのか?」と言われた場合に、①不退去罪、②業務妨害罪を覚えておくと良いでしょう。
また、そもそも正当な目的なく、嫌がらせ目的等で入店(来社)した場合や、来社を拒否していた場合には、管理権者の意思に反する立入りとして、③建造物侵入罪も考えられます。
さらに、「この動画をインターネットに晒してやる。」等の言動があれば、④脅迫罪も想定されます。
撮影行為の何が犯罪なんですか?
警察呼んで何がしたいの?
(退去に従わない⇒)不退去罪です。
(撮影中止の要請に従わない⇒)業務妨害罪です。
【不退去罪】
1 | 町職員から文書と口頭により、再三にわたり庁舎内から退去するよう求められたにもかかわらず、居座り、閉庁時間が過ぎても退去しなかった行為。 | 令和4年12月10日付埼玉新聞 |
2 | 学校施設に男性が訪問してきたため、職員が帰るよう促したが帰らず、警察官の説得にも応じず4時間居座り続けた行為 | exciteニュース 令和3年 10月7日 |
3 | 愛知県警中署を訪れた80歳の女が「警察官への不満や要求を言いたい」などと副署長への面会を繰り返し求めました。女はその後「署長、副署長を出せ」と騒ぎ始め、対応した警察官から5回にわたり署から出ていくよう警告されたにもかかわらず居座り続けたため、警察が建造物不退去の現行犯で逮捕しました。 | 東海テレビNEWS令和2年10月20日 |
4 | ラーメン店でラーメンと餃子を注文し、先に餃子を出すよう注文していたが、先にできたラーメンが出てきたことに激高し「順番が違う。」などとクレームを述べて3時間居座り、通報を受けて駆け付けた警察官の説得にも応じない行為 | 産経新聞 平成27年 11月9日付 |
【業務妨害罪】
1 | 交番で警察官らの動画を撮影して業務を妨げた行為(軽犯罪法違反)。 「警察24時シリーズ」と言いながら約16分間動画を撮影。動画には「家までの道が分からない」と尋ねながら、住所を聞かれると「言いたくない」などとする交番署員とのやりとりが収められており、その様子を動画投稿サイト「ユーチューブ」に投稿した。 | 神奈川新聞2017年6月21日 |
2 | 会社の受付で応対にあたった社員をタブレット端末で撮影しながら、「全部載るから、お前も親も子もいるだろう」などと怒鳴り、動画を「YouTube」に投稿した行為(威力業務妨害罪)。 | 産経新聞2018年 11月29日 |
【関連記事】 悪質クレーム(不当要求)対応で覚えておきたい「犯罪」行為類型
4 繰り返される場合、執拗な場合などは法的手段へ(裁判例の紹介)
基本的には、これまで述べてきた対応を行って解決を図っていくべきですが、それでも止まらない場合も想定されます。
民間企業ではなく、市役所(船橋市)の例ですが、無許可撮影、動画をインターネットにアップする行為を繰り返すモンスタークレーマーに対して、無許可撮影行為の差止めを認めた裁判があります。
【事案の概要】 | 【判決の要旨】 |
2016年4月~18年12月、庁舎内で職員らを無断で撮影し、動画投稿サイト「ユーチューブ」に「船橋市および千葉県警の実態」などのタイトルで動画65本を投稿。動画内では「おまえらみたいなばかを写す義務がある」などと職員を侮辱する発言を繰り返した。 市は無許可撮影を禁止する市庁舎管理規則に基づき男性に撮影しないよう求め続けたが、従わないため訴訟を提起しました。 | 男性の1回の訪問につき、市が平均2時間半の対応を余儀なくされ、男性と来庁者とのトラブルもあったと指摘し、「権利行使として認められる限度を超え、業務に及ぼす支障の程度が著しい」として、無許可撮影行為の差止めを認めました。 |
第3 簡単なまとめ
動画や写真などの無許可撮影は、その場におけるすぐの対応が必要となり、かつ、自力救済を避ける必要があることから、相手が警告を聞かない場合には、即時の交渉断絶を目指します。
それでも続行する悪質なケースであれば、躊躇なく警察に頼る解決を確立しておくべきです。
そして、それでも無許可撮影が繰り返される場合には、仮処分や裁判などの法的手続によって最終的な解決を図っていきましょう。
民事、刑事の両面から解決を目指すことが大切だと考えています。
第4 当事務所のクレーム対応費用
1 当事務所の考え
不当なクレーム、悪質なクレーマーから会社を守るためには、会社が一丸となり毅然とした対応を行う体制構築が必要不可欠です。
そのためには、継続的な支援が必要不可欠なものと考えており、顧問契約の締結をお願いしています。
【クレーム対応基本プランの提供サービス】
クレーム対応案件における弁護士の活用法は、対応が困難、もしくは判断に迷う事例について、随時ご相談を行います。
そして、定期的に検討会を行い、対応の是非と同種事例への対応策を打合せします。
その上で、これまでに発生した事例に対する検証を行い、それを基にした対応マニュアルを整備します。
法的手続を除いて代理人としての窓口対応業務までも含めていますので、弁護士費用を予算化できますし、コスパ良く外注できる存在としてご活用いただけます。
1~2年の継続により、クレーム対応業務を内製化していき、通常の顧問契約にダウンサイジングしていくことも可能です。
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売上を上げるツールとしての顧問弁護士活用法!2 弁護士費用と提供サービスプラン
クレーム対応:基本プラン(6ヵ月~)
クレーム対応:代行特化プラン
弁護士への委任を個々の案件ごとではなく、予算を設定して毎月定額化させたい場合に、特化プランを準備しています。
目安として毎月3件程度を上限に想定していますが、個別相談いたします。
民事全般:基本プラン
上記は、クレーム対応用の特別プランですが、事件対応の一般的なプランもご利用いただけます。
この場合、毎月5万円~の月額顧問料(6ヵ月~)に、以下の事件対応費用(着手金+報酬金)となります。
ご相談予約フォーム
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ご相談については、予約制となっております。
来所相談だけでなく、Zoom相談も対応しておりますので、全国対応しております。
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相談時に必要なもの
事前に以下のものをご準備いただくと、ご相談がスムーズに進みます。
- 相談内容の要点をまとめていたメモ
- ご相談に関する資料や書類
ご相談(初回相談料:1時間あたり1万1,000円)
法律上の問題点や採り得る手段などを専門家の見地よりお伝えします。
問題解決の見通し、今後の方針、解決までにかかる時間、弁護士費用等をご説明いたします。
※ご相談でお悩みが解決した場合は、ここで終了となります。
ご依頼
当事務所にご依頼いただく場合には、委任契約の内容をご確認いただき、委任契約書にご署名・ご捺印をいただきます。
問題解決へ
事件解決に向けて、必要な手続(和解交渉、調停、裁判)を進めていきます。
示談、調停、和解、判決などにより事件が解決に至れば終了となります。
終了
委任契約書の内容にしたがって、弁護士費用をお支払いいただきます。
お預かりした資料等はお返しいたします。
クレーム・カスハラ対応には、会社のトップが不当クレームに対して毅然と対応する姿勢を明確にする必要があります。
大きなストレスやうっぷんが溜まっている社会であっても、会社を悪質クレーマーから守る戦いを、専門家としてサポートします。