不動産を所有する大家であれば、賃借人を建物から追い出したいと思い、訴訟に踏み切ることもあるでしょう。
明渡しを求める場合にも、悪質な賃借人であれば、中には最後に嫌がらせをして立退料をせしめようとする輩がいるのも事実です。
円滑な明渡しを実現するために、執行妨害を試みそうな占有者の場合には、訴訟前(訴訟の途中でも可能です)に保全処分を講じておくことが有益となります。
建物明渡しの法的手続を行う際に検討する保全処分(占有移転禁止の仮処分)を解説します。
どのような制度で、なぜ検討する必要があるのかを、お伝えできればと思います。
私見ですが、元不動産屋など、知識を有している人を対象とする場合には要注意と感じています。
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第1 はじめに ~ 「占有」概念を知ろう
1 「占有」とは?
「占有」とは、法律用語としては「物を現実に支配している事実・状態」のことをいいます。
よく、「所持」や「使用」などの言葉で言い換えることができるものという表現をされます。
そのため、建物の所有権を持っている人を「所有者」と呼び、その建物に住んでいたり、占拠するなどしている人を「占有者」と呼びます。
具体的には、賃借人や不法占有者などが、建物を現実に支配しているといえるので、「占有者」に該当します。
家を買って自ら住めば、所有者=占有者となります。
しかし、貸している場合は、所有者≠占有者となります。
まずは、「所有者」と「占有者」との違いを押さえることが大切ですね。
法律は、所有権を有する人を「所有者」と呼び、現実に支配している占有権を有する人を「占有者」と区別しています。
建物の「占有者」の具体例
2 建物を明渡せ! ⇒ 「占有者」を対象とする!
建物明渡しの強制執行とは、当該建物に対する占有を強制力に基づいて排除し、執行債権者にその占有を得させるものです。
そのため、強制執行の対象となるのは、あくまで直接実力行使の目標たるに適する現実の支配、すなわち占有者となります。
第2 建物明渡に対する執行妨害とは?
1 裁判の落とし穴
賃貸借契約の解除等を行って、賃借人や不法占有者の退去を推し進めるにあたり、話し合いがつかなければ、法的手続(裁判)を執ります。
裁判は占有者を相手として進めていきますが、誰が占有者であるかは、登記簿のように客観的に明らかとなるものではありません。
そして、占有をしていたと思っていた人に対して訴訟をし、勝訴判決を得たとしても、いざ実際に現場に行ってみると違った人が占有をしていたという状況も発生し得ます。
この場合、裁判の弁論が終結した後に占有者が変わったのであれば、前占有者に対する判決をもってそのまま強制執行を行うことができます。
しかし、弁論終結前に占有移転がなされていた場合には、現在の占有者を相手として再び最初から裁判を起こす必要があります。
一応理屈では、占有が変わったならば裁判の途中で訴訟引受の申立て(民事訴訟法50条)をすればよいのですが、占有が変わったかどうかを常に監視することは、およそ現実的ではありません。
建物明渡しは、占有者にとって事業や生活の基盤を失う重大な行為となりますので、裁判という手続保障を与える必要があります。
この手続保障があったかを考えるにあたって判断基準は、形式的に考えていきますので、占有者が変わったら、その占有者を相手にした裁判が必要になるのですね。
2 執行妨害に対する保全処分(占有移転禁止の仮処分)
上記のような裁判制度の抜け道を利用して、弁論終結前に占有を移転(第三者に貸出すなど)する執行妨害があります。
そこで、このような弁論終結前に占有者を移転する執行妨害に対して、事前に占有者を固定しておき、安心して訴訟追行するようにできる方策が「占有移転禁止の仮処分」となります。
占有移転禁止の仮処分の効果 ~ 当事者恒定効
占有移転禁止の仮処分命令が執行されれば、賃借人から建物の占有移転を受けた第三者に対しても、賃借人に建物明渡しを命じる判決に基づいて建物明渡しの強制執行が可能となります。
このように裁判の最中に占有者が変わったとしても、当初の占有者を相手方として固定する効果のことを、「当事者恒定効」と呼びます。
このステップを踏むことで、安心して裁判を進められるようになりますね!
(占有移転禁止の仮処分命令の効力)
🔗e-Gov法令検索「民事保全法」
第62条
1 占有移転禁止の仮処分命令の執行がされたときは、債権者は、本案の債務名義に基づき、次に掲げる者に対し、係争物の引渡し又は明渡しの強制執行をすることができる。
一 当該占有移転禁止の仮処分命令の執行がされたことを知って当該係争物を占有した者
二 当該占有移転禁止の仮処分命令の執行後にその執行がされたことを知らないで当該係争物について債務者の占有を承継した者
2 占有移転禁止の仮処分命令の執行後に当該係争物を占有した者は、その執行がされたことを知って占有したものと推定する。
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建物明渡の流れの全体図(賃料滞納を例に)第3 占有移転禁止の仮処分とは
保全手続において、不動産所有者を「債権者」、占有者を「債務者」と呼びますので、以下もその呼称で説明します。
1 占有移転禁止の仮処分の内容
占有移転禁止の仮処分命令について、具体的に裁判所が出す命令の内容は次のようなものとなります。
- 債務者は、別紙物件目録記載の物件に対する占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。
- 債務者は、上記物件の占有を解いて、これを執行官に引渡さなければならない。
- 執行官は、上記物件を保管しなければならない。
- 執行官は、債務者に上記物件の使用を許さなければならない。
- 執行官は、債務者が上記物件の占有の移転又は占有名義の変更を禁止されていること及び執行官が上記物件を保管していることを公示しなければならない。
形としては、債務者が引き続き利用しつづけますが、保管者は執行官となります。
なお、次項で説明しますが、債務者から占有を取り上げ、債権者が使用する態様もあります。
2 占有移転禁止の仮処分の類型
(基本)債務者使用型
占有移転禁止仮処分の目的は、暫定的に債務者の占有状況の変更を禁止しておくことにあります。
債権者としても、占有状況の変更がなされなければ目的を達成できますし、債務者に使用を継続させても目的の達成に影響は生じません。
そのため、不動産の占有移転禁止仮処分は、債務者に占有物の使用を継続させる債務者使用型が基本となります。
(例外)執行官保管型
これに対して、占有移転禁止仮処分の目的物が絵画や宝石品などの動産であれば、債務者が売り渡してしまう危険性があります。
このような場合は、債務者に使用を許すことは妥当ではなく、執行官が保管(現実には専門の保管業者などに保管を委託)します。
(例外)債権者使用型
さらに、目的物が自動車や建設機械など(特に所有権留保付ローンで販売された場合)、時間の経過によってその価値が大幅に減少してしまい、保管費用もかかる場合があります。
このような場合には、早期に債権者に引き渡して、市場価格相当額にて換価し、お金で保管しておくことが適切といえ、占有自体も債権者に移す類型が認められています。
ただ、いわゆる断行の仮処分と同様に、仮処分において裁判の目的を達成するもので、債務者に与える打撃も大きく、極めて例外的なものとして、厳格な疎明がない限り認められません。
3 申立て
管轄
不動産所在地を管轄する裁判所に申立てます。
申立書
仮処分は、民事保全の1つですので、被保全権利の存在と保全の必要性の要件を満たす必要があります。
申立書は、裁判所のホームページに書式がありますので、これを参考にします。
【参考】
🔗(PDFファイル)【書式4】占有移転禁止仮処分命令申立書・当事者目録・物件目録(東京地裁HP)
🔗(Wordファイル)【書式4】占有移転禁止仮処分命令申立書・当事者目録・物件目録(東京地裁HP)
🔗(PDFファイル)占有移転禁止仮処分命令申立書(大阪地裁HP)
🔗(Wordファイル)占有移転禁止仮処分命令申立書(大阪地裁HP)
被保全権利
賃貸借契約終了に基づく不動産明渡請求権、所有権に基づく不動産の引渡し等請求権が典型的です。
賃貸借契約終了を主張する場合には、信頼関係破壊の法理を踏まえた十分な検討を行う必要がある点に注意しないといけません。
保全の必要性
占有の移転を禁止する仮処分ですので、強制執行までの間に「債務者から第三者に当該不動産の占有が移転される恐れがあること」の疎明が必要です。
主な判断要素として、①債務者の占有権限が不存在であることの明白性の程度、②債務者による不動産の利用の経緯及び現状、③債権者との間の従前の交渉における債務者の言動、④占有を移転する相手方として想定される者の有無ないし属性等、が挙げられます。
ただ、債務者使用を許す場合には、債務者に与える打撃が必ずしも大きくなく、そもそも債務者が占有を移転する可能性についての客観的な疎明は容易ではないことが考慮され、厳格な疎明までは要求されていません。
4 審理手続
審尋期日の要否
占有移転禁止の仮処分は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことのできる審尋の期日を経ることなく発することができます。
債務者審尋が必要でないのは、密行性が要求される手続であること、債務者に与える打撃も大きいとはいえないことが挙げられます。
債務者審尋が必要とされる場合
執行官保管型と債権者使用型の申立てについては、これが認められると、係争物に対する債務者の現実の占有が直ちに排除されて、債務者にとって大きな打撃となります。
そのため、仮の地位を定める仮処分について必要的債務者審尋の原則を定める民事保全法23条4項の趣旨が妥当するものとして、債務者審尋を行うことが原則となっています。
5 担保
債務者使用型
住居であれば家賃3カ月分、店舗や事務所であれば5カ月分の準備をしておくと十分といえます。
下図が、一応の参考とされている基準表です(司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全 補正版』日本弁護士連合会より引用)。
執行官保管型・債権者使用型の場合
債務者が不動産に対する占有を排除されることから、債務者に生じる損害も債務者使用型に比べて格段に大きいです。
債務者が執行妨害を目的としている者であることが明らかな場合を除き、月額賃料の12~18カ月分を準備しておく必要がありそうです。
6 仮処分の執行の申立て
仮処分命令を得たら、不動産所在地を管轄する地方裁判所の執行官に対し、仮処分の執行を申立てます。
債権者に対する仮処分命令の送達日から2週間が経過すると保全執行は許されなくなりますので、債権者にとっても割とタイトなスケジュールとなります。
仮処分の執行は、債務者に対する仮処分命令の送達前であっても可能です。
東京地裁では、発令日の1週間後に債務者に対して仮処分命令を発送する時間差を設けています。
ただ、それまでに執行ができないなどの理由で、債務者に対する送達を留保して欲しい旨の上申書を債権者が提出すれば、その発送を留保する取り扱いがなされています。
なぜ執行官に対して仮処分執行の申立てが必要か?
債権回収の仮差押えや、クレーム対応での仮処分では、仮処分命令を得れば、手続が進行しました。
なぜ、占有移転禁止の仮処分は、別途に執行官への申立てが必要なのでしょうか?
仮差押えや撮影禁止の仮処分などは、仮処分の執行をするのも「裁判所」です。
そのため、仮処分命令を発令する機関と、仮処分命令を執行する機関が「裁判所」と同一であるために、債権者としては何もしなくても、いわば自動的に手続が進みます。
これに対して、占有移転禁止の仮処分は、「執行官」が仮処分を執行します。
仮処分命令を発令する「裁判所」とは異なる機関のため、裁判所が自動的にやってくれるわけではなく、債権者が執行を別機関たる執行官に申立てる必要が出てきます。
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債権の仮差押え~債権回収の方策7 執行官による仮処分執行の態様
執行の申立てを行った後は、債権者は執行官、執行補助者(業者)と執行の日時等の調整をします。
建物明渡しの強制執行を行う際の、明渡しの催告と同様の手続となります。
現場において、執行官が、不動産の現実的・直接的な支配(占有)を債務者が有しているか確認します。
占有者の特定ができた場合には、執行官が建物に公示書を掲示します。
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不動産の占有移転禁止仮処分においては、債務者使用型が基本となります。
そのため、債務者の使用継続を認めると、占有主体が執行官に変更したことが外形的には明らかではなくなり、不正直な債務者が第三者に占有移転禁止の仮処分を知らせずに、当該建物の占有を移転しようとして、第三者が不測の損害を被る恐れが生じます。
そこで、できるだけそのような第三者が生じることを防止するとともに、債権者の保護を確実なものにするため、「債務者が上記物件の占有の移転又は占有名義の変更を禁止されていること及び執行官が上記物件を保管していること」を公示します。
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悪質な執行妨害には「債務者を特定しない」占有移転禁止の仮処分!第4 弁護士が進める建物明渡し
1 弁護士が考えること
占有移転禁止の仮処分は、建物の明渡しを確実に履行するための準備行為と言えます。
執行妨害が意図的に行われるケースは極めて少数といえますが、立退料目当てに執行妨害をほのめかす言動があれば、要注意です。
費用対効果の面もありますが、仮処分を行うかどうかは、弁護士とよく相談して進めることが大切です。
当事務所は、全国の明渡し案件に対応いたしますので、お気軽にお問い合わせください。
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