Question
弊社の従業員が、終業後に同僚と飲んでいる際に、他の客と口論となり、暴行を加えてしまったようです。
同僚が被害者に名刺を渡したため、被害者から会社に連絡があり、「どう責任を取るのか」と詰問されました。
上司が事実関係の聞き取りのために被害者宅へうかがったところ、その場で謝罪を求められ、「会社として謝罪し、誠意をもって賠償します」との一文が記載された念書に署名をしてしまったようです。
この場合、会社は賠償責任を負う必要がありますか?
このような場合に、どのように対応するべきでしょか?
Answer
従業員の終業後の行為であれば、プライベートに関する事柄といえますので、基本的には会社が従業員の不法行為について責任を負うことはありません。
もっとも、ご質問の中にあるように、法律的には必ずしも賠償義務を負わない場合であっても、約束をすることで賠償義務が生じることがあります。
書面による約束は強力なもので、法律的には負わなくてもよい債務負担が発生してしまいます。
この場合には、念書は無効だと考える理由を記載して、直ちに念書の撤回通知を出します。
それでもクレーマーが念書に基づいて支払要求を続ける場合には、撤回通知を根拠として要求を拒絶します。
このような事態にならないためにも、ハードクレーマーには複数で対応をする体制の構築と共に、書面作成は絶対にしないことを徹底する日頃の備え(従業員の研修など)が大切です。
裁判は、一般に想像されている以上に、「書面主義」と思ってください。
たった一枚の紙にサインすることによって、裁判の結果が変わります。
手慣れたクレーマーの場合、使い回していると思われる書式を持っていることもあります。
悪質なクレーマーによる不当な被害から会社を守るためにも、書面作成はしないことを徹底する必要があります。
より詳しい説明をしていきます。
第1 クレーム対応の基本的な対応要領
1 クレームの判別
クレーム対応においては、顧客の主張を聞き事実関係を調査しながら、正当なクレームか不当なクレームかの判断をします。
どのようなクレームにおいても、この流れはルーティーンとして行います。
そして、正当クレームには真摯に対応する一方、不当クレームに対しては断固として拒否し、関係遮断を求めることがクレーム対応の基本です。
詳細は、以下の参考記事をご覧ください。
✍ (参考)クレームに対する基本的な考え方を解説しています
2 念書・誓約書を書けとのクレーム
その場での回答(結論)を強行に求めたり、拒否しているにもかかわらず強硬に書面作成を求めてくる場合は、作成する必要のない書面作成を求めるもので(要求内容が不当)、不当な要求に分類すべきです。
第2 念書・誓約書などの「書面を書け」とのクレームの法律上の効果
1 書面を作成することの絶大な効力
書面が作成され、それが後で裁判において証拠提出されると、非常に強力な武器となります。
契約書や和解書、合意書などの正式文書でなければ、印鑑がなく署名だけであっても、証拠になります。
日本の裁判は、書面を非常に強く重視します。
法律的には口頭でも契約は成立しますが、裁判では口頭の約束はほとんど重視されません。
これに対して、書面による誓約や契約がある場合は、ほとんど決定的といえるほどの絶大な効力を持ちます。
誤解を恐れずにいえば、念書・誓約書を書いた担当者がどのような心理状態であったか、どれほど恐怖を感じていたのかの事情は、あまり考慮されないといっても差し支えありません。
書面にすると、これほどまでに絶大な効力を有しますので、常習的なクレーマーであればあるほど、書面の効果を熟知している可能性があります。
2 書面を作成すること法的効果
書面での回答を行った場合、その法的効力は、法律上の無効・取消原因がない限り、有効となります。
そして、会社の担当者が書面を作成した場合には、それは「会社の回答」として、会社が念書・誓約書の内容を認めたことになります。
これは、社長名義だけでなく、担当部長や課長名義であっても、会社がその担当者に与えた権限に基づく会社としての意思表示になります。
第3 念書・誓約書などの法律上の効力を否定できる場合とは
念書や誓約書など、書面が作成された場合の証拠としての価値は大きく、容易にはその有効性を否定できません。
もっとも、争う手段がないかというと、そうではありません。
万が一、何らかの書面を作成してしまった場合には、次のような主張を行い、賠償約束などの法的効力を争います。
1 詐欺
クレーマーが主張していた前提事実が、真実とは大きく異なる場合に、詐欺に基づく取消しを主張できます。
たとえば、被害品と申告していたものが、実際には中古であったにもかかわらず新品と申告をしていて、新品を前提とした賠償額の誓約をした場合などが想定できます。
2 強迫(脅された)
教科書によく例に挙げられるのが、拳銃や包丁を突き付けられて書かされた場合です。
ここまでの状況ではないとしても、腕を掴まれながらなどの暴行を受けていた場合や、「このまま帰ったらどうなるか分かっているか?」などの脅迫的な言葉を言われた場合なども、強迫による意思表示として取消すことができるでしょう。
もっとも、長時間の拘束によって疲労、困惑を感じて逃れたい一心で念書を書いた場合には、退去する自由が残っていたと判断され、強迫されたことが原因と主張するのは難しいです。
3 錯誤(重要な事実関係に誤解があった)
たとえば、1万円を支払うと約束したので、書面には1万円と書くつもりでいたのに、誤って10万円と書いてしまったような場合が想定できます。
このような場合には、錯誤による意思表示として取消しを主張できます。
4 暴利行為
たとえば、軽微な怪我や僅かな物の損傷なのに、慰謝料として100万円を支払う約束を書かされた場合が想定できます。
このような場合には、原因行為に対する賠償として、あまりに高額となっており、暴利行為として、公序良俗に反する意思表示に該当し、民法90条により無効を主張できます。
5 権限の不存在
たとえば、アルバイトの従業員が何百万円もの支払約束の念書を書いた場合です。
会社は、無権代理として賠償約束の効力を否定することができます。
もっとも、アルバイトであることや、他には会社の社内決裁を経ていないなどの事情は、基本的には会社の社内手続(内部事情)にすぎません。
そのため、社内的には権限がない従業員であったとしても、会社がその従業員を担当者として交渉にあたらせていたような場合には、賠償約束などの効力も有効とされる可能性が高いので、注意が必要です(法律的には表見代理が成立すると考えられます)。
第4 書面を作成することの原因と対応と対策法
1 書面を作成する原因は迫力負けと軟禁状態
クレーマーに念書や誓約書などの書面を作成してしまうのは、クレーマーの威圧に負けてしまった場合か、もしくは長時間にわたる交渉などにより賠償約束をしないと帰れないと思ってしまったり、軟禁状態から解放されたいという意識を持ってしまう場合が挙げられます。
威圧に負けてしまう場合
ハードクレーム対応では、突然クレーマーから大声で「どうしてくれるんだ、責任をもって答えろよ!」と問い詰められる場面が生じます。
精神的に準備をしていないと、不意を突かれると共に、クレーマーの迫力に負けてしまい、「賠償します」、「責任はとります」などと口頭での約束をしてしまいがちです。
対応にあたった従業員は、会社としての責任までは認めたつもりがなくても、クレーマはここぞとばかりに「今の言葉を文書にしろ」、「ここにサインしろ」と話を進め、念書や誓約書を作られてしまうことがあります。
軟禁状態となった場合
次に、長時間にわたるクレーマーの自宅などでの交渉により、賠償約束をしなければ帰れない雰囲気、事実上の軟禁状態となってしまい、疲労が募り解放されたいという意識によって、念書などを作成してしまう場合が挙げられます。
担当者が「社に持ち帰って検討します」と述べても「帰るなら責任を認めてから帰れ」などと言われ容易に帰ることができず、このやり取りだけでも数時間に及んでしまうこともあります。
このような状態に陥ってしまえば、一筆書くことで「解放」を選んでしまうのも、やむを得ない面があります。
2 迫力負けを回避する方策
大声を出したり、その場での賠償約束などを求める場合、その要求態様から不当要求と判断できます。
少しでも危険・違和感を抱くクレーマーには、必ず複数で対応して、数的・心理的優位を築けるようにします。
また、複数対応ができない場合であっても、日頃から書面などの作成は一切応じてはならないことを徹底します。
対応者は、決裁権がないことと、一切の書面作成を禁止されていることを明言し、クレーマーとの平行線を築くことを目指します。
(対応イメージ)決裁権がない
私には決裁権がありません。
お前じゃ話にならないから、上司と代わって。
報告のために事実関係をうかがわせてください。
そのため、私が対応致します。
権限のある奴じゃないと意味がないから、代わってよ。
それでは、後日、連絡いたします。
(対応イメージ)書面作成の禁止
ご不便をおかけしてしまい、お詫び申し上げます。
謝罪はもういいから、文書にて頂戴よ。
会社の規則により文書を書くことは禁止されています。
謝ってるでしょ、それを紙にするだけだよ。
申し訳ございませんが、対応できません。
じゃあ、あなた個人として書いてください。
会社からは、個人として書くことも禁止されています。
あなた個人なんだから、会社は関係ないでしょ。
繰り返しになりますが、会社より禁止されていますので対応できません。
こっちも繰り返すけど、あなた個人なんだから、会社は関係ないでしょ。
何を言われましても対応ができません。ご了承ください。
【参考】平行線を作る問答集(例文)!クレーマーを撃退する想定事例
3 軟禁状態を回避する方策
軟禁状態を防ぐ効果的な方策は、クレーマーの支配領域(自宅など)での交渉を避けることです。
自社以外の場所で面会する場合には、できるだけ不特定多数の人がいる喫茶店やファミリーレストランなどで行うべきです。
事案の内容から、自宅に赴く場面もあるでしょうが、そのような場合には必ず終わりの時間を決めて、退去することです。
この場合は、会社から定期的に電話をかけることも有効です。
【参考】「自宅に謝りに来い!」と言われたら?~クレーム対応
【参考】面談を強要するクレーマーと応対:時間、場所、人数はどうするか?
第5 書面を作成してしまった場合の対応(挽回方法)
1 直ちに撤回通知を発送する
仮に、書面を作成してしまった場合には、早急に念書・誓約書面の撤回通知を出します。
クレーマーから支払通知を受領したり、法的手続を執られてから対応していたのでは、遅すぎる対応となってしまいます。
念書や誓約書、合意書など、書面を作成してしまった場合には、できる限り早く「撤回」の通知を出します。
撤回とは、意思表示をした当事者が、その意思表示を一方的に否定する行為をいいます。
撤回通知において、なぜ念書などが作成されてしまったのか、なぜ撤回するのかの理由を具体的に記載します。
2 撤回通知の送付方法
撤回通知は、クレーマーに撤回したことを伝達する意義と、後の裁判で証拠として使用する意義があります。
クレーマーが悪質な場合であればあるほど、郵便物をあえて受け取らない(受領拒否)可能性があります。
そのため、確実に撤回通知がクレーマーに届いたことを証拠化するために、配達証明郵便付き内容証明郵便と共に、普通郵便(又は到達が分かるレターパック青など)の両方で発送します。
3 弁護士の活用
撤回通知には、弁護士の活用が効果的です。
会社は、書面を作成した当事者(本人)ですので、クレーマーは「自分から賠償約束をしておきながら、反故にするのか」と必ず出てきます。
これでは、どうしても書面を前提とした交渉に戻ってしまいやすい面があります。
これに対して、第三者である弁護士であれば、クレーマーはこのような主張が行いにくく、弁護士を効果的に活用しやすいといえます。
第6 クレーム対応は日常の備えから ⇒ 顧問弁護士への相談
1 当事務所の考え
不当なクレーム、悪質なクレーマーから会社を守るためには、会社が一丸となり毅然とした対応を行う体制構築が必要不可欠です。
そのためには、継続的な支援が必要不可欠なものと考えており、顧問契約の締結をお願いしています。
【クレーム対応基本プランの提供サービス】
クレーム対応案件における弁護士の活用法は、対応が困難、もしくは判断に迷う事例について、随時ご相談を行います。
そして、定期的に検討会を行い、対応の是非と同種事例への対応策を打合せします。
その上で、これまでに発生した事例に対する検証を行い、それを基にした対応マニュアルを整備します。
法的手続を除いて代理人としての窓口対応業務までも含めていますので、弁護士費用を予算化できますし、コスパ良く外注できる存在としてご活用いただけます。
1~2年の継続により、クレーム対応業務を内製化していき、通常の顧問契約にダウンサイジングしていくことも可能です。
【関連記事】あわせて読みたい
売上を上げるツールとしての顧問弁護士活用法!2 弁護士費用と提供サービスプラン
クレーム対応:基本プラン(6ヵ月~)
クレーム対応:代行特化プラン
弁護士への委任を個々の案件ごとではなく、予算を設定して毎月定額化させたい場合に、特化プランを準備しています。
目安として毎月3件程度を上限に想定していますが、個別相談いたします。
民事全般:基本プラン
上記は、クレーム対応用の特別プランですが、事件対応の一般的なプランもご利用いただけます。
この場合、毎月5万円~の月額顧問料(6ヵ月~)に、以下の事件対応費用(着手金+報酬金)となります。
ご相談予約フォーム
*は必須項目です
お問い合わせ
ご相談については、予約制となっております。
来所相談だけでなく、Zoom相談も対応しておりますので、全国対応しております。
お問い合わせフォームまたはお電話にてご連絡ください。
相談時に必要なもの
事前に以下のものをご準備いただくと、ご相談がスムーズに進みます。
- 相談内容の要点をまとめていたメモ
- ご相談に関する資料や書類
ご相談(初回相談料:1時間あたり1万1,000円)
法律上の問題点や採り得る手段などを専門家の見地よりお伝えします。
問題解決の見通し、今後の方針、解決までにかかる時間、弁護士費用等をご説明いたします。
※ご相談でお悩みが解決した場合は、ここで終了となります。
ご依頼
当事務所にご依頼いただく場合には、委任契約の内容をご確認いただき、委任契約書にご署名・ご捺印をいただきます。
問題解決へ
事件解決に向けて、必要な手続(和解交渉、調停、裁判)を進めていきます。
示談、調停、和解、判決などにより事件が解決に至れば終了となります。
終了
委任契約書の内容にしたがって、弁護士費用をお支払いいただきます。
お預かりした資料等はお返しいたします。
クレーム・カスハラ対応には、会社のトップが不当クレームに対して毅然と対応する姿勢を明確にする必要があります。
大きなストレスやうっぷんが溜まっている社会であっても、会社を悪質クレーマーから守る戦いを、専門家としてサポートします。